第三章_第二節
レアへ
元気でやっているだろうか。どうか、先に謝らせてほしい。どうか、懺悔させてくれ。お前にだけは本当のことを知っていてほしい。お前と一緒に暮らせる日を願っていたが、それも叶わないかもしれない。
私は軍人になったことを後悔はしていない。父さんや母さんのため、そしてお前のため、街の人々のため、国のために私は生きたいと願って生きてきた。昔から身体は虚弱だったものの、勉学に関しては誰にも負けないつもりで励んできた。おかげで、軍医として国に貢献することができた。そう思っていた。けれど、私のしてきたことは間違いだったのかもしれない。私はとんでもないことに関わってしまった。そのために多くの人を苦しめ、これから多くの人を不幸にするかもしれない。
レア、お前は人狼について知っているだろうか。小さい頃母さんが話してくれたおとぎ話や、近所のおばあさんが話してくれた、この国に古くからある言い伝えの中に人狼の話があっただろう。悪いことをしたら人狼に食べられるとか、そんな脅しめいたことを言われたこともあったね。けれど、人狼はおとぎ話の中の存在ではない。いや、なくなったと言った方が正しいだろうか。人狼は人の手によって現代に甦ってしまった。こんなことを書いても、何を言っているんだと思われるかもしれない。だが、どうか私がこれから伝えることを信じてほしい。
そもそも、人狼とはなんなのかということについてまず書いておこう。昔から人狼と呼ばれていた者たちの実体は……――……のことのようだ。これは16……年にすでに牧師の……氏が書籍で発表している。だから、人狼は一見しただけでは普通の人と変わらない見た目をしており、夜や満月の日にその凶悪な本性を現すという伝聞ができたのだろう。
だが、私が先ほど言った現代に甦ってしまった人狼というのは、それとは少し違う存在だ。私がいま身を置いている軍部では、ある計画が行われている。表向きは強兵計画と銘打っていたが、裏ではそれを人狼計画と呼んでいた。それは、人狼という凶悪な生き物を飼いならし、新たな兵団をつくる試みだ。
私は、気づかずにその計画に加担してしまった。先ほど人狼とは……――……だと言ったが、人狼計画は、それを……――……そうとするものだ。……――……たちを兵士にする、というと馬鹿げていると思うだろう。そうだ、馬鹿げている。我々軍部が人狼と名付けた存在の実態は、その実……となんら変わらないんだからね。ところが、ある条件下で……――……の特徴が、その馬鹿げたことを馬鹿げたものとして片づけられないものにしてしまったのだ。そのある条件下で起こる……の特徴として、身体能力が圧倒的に飛躍するという点が上げられる。また同時に、凶暴性も高まるんだ。感情の抑制が効かなくなるため、瞬間的に恐怖を感じなくなるとともに冷静な判断もきかなくなる。
軍部が着目したのはこの点だ。身体能力の飛躍と、恐怖を感じず凶暴な振る舞いができるというこの特徴。兵士という名の使い捨ての駒にふさわしいと思ったのだろう。だからこそこの計画は続けられ、恐ろしい実験が続いたのだ。
現段階ではとても人狼を飼いならして兵団をつくるなど、妄想にも近い夢物語だ。だが、軍の上層部はそれが実現可能であると信じている。だからこそ実験を我々に行わせている。……そしてその恐ろしい妄想が実現される日がくる可能性も否定できない。
レア、もしかしたらお前のすぐそばにも人狼と呼ばれる存在がいるかもしれない。だが、人狼はいま言ったように……――……だ。彼らはときとして人を傷つけるかもしれないが、望んで傷つけているわけではない。
……――……は様々であるが、軍が行っている……な人狼実験は、ある薬物を……――……することで精神と肉体に変化を起こすものだ。人狼を……――……の主原料となっているものはリーゼ……――……だ。お前も見たことがあるかもしれない。一見、何の変哲もない普通の……だ。もちろん……している分には何の問題もない。ところが、その……を体内に取り込むと……――……をきたす。一種の……――……まうんだ。この……はどこにでも……わけではない。軍が収穫場として目をつけているのはハイデントゥームの森だ。あの森には人狼実験の……となるリーゼンブルゲンが……している。いまのところその森以外で……を見つけたことはない。なぜそこにだけ……――……しているかは不明だが、逆に言うとその森の……さえなくなればこの恐ろしい計画に終止符を打つことができるかもしれない。
私は恐ろしい人体実験に加担してしまった。軍のほとんどの人間は人狼のことを人とは思っていない。ただの実験動物、情報を得るための家畜以下の存在としか考えていなかった。だから、軍は人狼計画などという恐ろしい愚行を遂行するに至ったのだろう。生き物に対する敬虔な気持ちがありさえすれば、神を畏れる気持ちさえ持っていれば、このようなことは起こらなかったに違いない。
この人狼計画は一部の軍の上層部と、計画遂行のために集められた医者たちしか知らない。私もその一人だ。その中でも、計画に大きな貢献をした一人の男がいる。この男はひどく優秀な男だが、とても危険な男だ。その男の名をお前に教えておく。……――……ンクーゲルという男に気をつけろ。お前が直接この男と関わることはないだろう。……ないことを祈っているが、万が一に備えてこの男の名を覚えておいた方が良い。やつは人狼……――……だ。医者という皮を被った非道な男だ。あいつがひどく優秀な医者であることは事実だ。けれど、自分の欲求を理性で抑えることができない獣だ。
万が一に備えておいて、軍が人体実験して得た人狼の特徴を書き記しておく。先ほど示した身体能力の飛躍、感情の抑制が効かなくなること以外に、めまいや幻覚、幻聴などに襲わるようだ。また、ひとつの興味深い特徴として、ひどいのどの渇きに襲われる点がある。そして……――……次第に深刻化していき、正気を保つことが難しくなる。また、見た目は普通の人間と変わらないが、徐々に髪……――……くなっていくことは大きな目印となる。
こんなことをお前に頼むのは間違っているかもしれない。だが、おそらく私は、生きてこの研究所を出ることはできないだろう。だから、お前にその森に行って……――……ほしい。
何があったとしても、私はお前のことを愛している。
所々水で滲んでよく読めなかった。おそらく、今宵の雨で濡れてしまったのだろう。また、殴り書きしてあったためにつづりが読み取りづらかった。これを書いた人物は、随分慌ててこの手紙をしたためたようである。これがレア宛ての手紙だとしたら、レアはこの手紙に書かれていることをすべて知っているということだ。
フロレットは困惑した。この手紙に書かれている内容。フロレットがまず気になったのは「ハイデントゥームの森」という地名が書かれていたことである。ハイデントゥームの森とは、祖母の家があった森のことである。そしておそらくフロレットがいまいるクラウスの屋敷も、ハイデントゥームの森の中にあるはずだ。祖母の家から走り続けた森の中にあったということは、おそらくそのはずである。ハイデントゥームの森が人狼と何らかの関わりがあることは手紙からわかったが、肝心なところがにじんでしまって詳細がわからない。
いや、それよりも、とフロレットはある一文を見直した。人狼の特徴として「めまいや幻覚、幻聴などに襲われる」と書かれている。そして――「ひどいのどの渇きに襲われる」。まさか、とフロレットは思った。でも、いや、そんな、と自分のうちから湧き起こってくる推測を必死で打ち消そうとする。そんなこと、あるはずがない。けれど、だったらどうして――。




