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第二章_第二節



「人狼のせいです……人狼さえいなければこんなことには」



 誰もが疑いにかかっていたヴォルフガングの証言を裏づける発言。人狼などいるはずがないと思っていた者たちの心にも揺さぶりをかけていくものであった。そして、人狼がいるとはっきりとアルノルトの言葉によって証明された途端、狂ったように人狼探しと人狼狩りをしようとするフォルカーもまた、夢で見た通りであった。


 本当にあれは正夢だったのだろうか。考え込んでいると、また眩暈と耳鳴りに襲われた。ひどくのどが渇く。夢と同じだ。自分の身体は一体どうしたというのだろう。近くにいるレアに断りを入れると、フロレットは逃げるように台所へと足を向けた。駆け込んですぐ、フロレットはのどの渇きを癒すように水を口に流し込んだ。だが、まるで渇きは癒えない。ただ口からのどを通過するようであった。さらに水を仰ごうとしたとき、くらりと眩暈に襲われた。思わず膝をついて身体を丸めた。まただ。また眩暈と耳鳴りがする。気持ちが悪い。



「――フロレットさん、大丈夫ですか」



 肩に手をかけられ、フロレットは思わずびくりとした。まったく気配に気がつかなかった。そばにはクラウスがいた。心配そうな顔でのぞきこんでいる。



「すみません……しばらくすれば、大丈夫です……」



 フロレットの状態が良くなるまで、クラウスはそばにいてくれた。これ以上心配かけないようにと立ち上がろうとしたが、失敗してへたりこんでしまった。



「よかった……先ほどよりも顔色は良くなっていますね」


「すみません……ご迷惑をおかけして」


「良いんですよ。ふふ、それにしても君はずっと僕に謝ってばかりですね。もしや僕は君を怖がらせてしまっているのでしょうか」


「いえ、そんなことは……」



 この会話も、夢でしたものと似ていた。また、夢をなぞった行動をしている。

 フロレットを安心させるように冗談混じりに笑っていたクラウスは、ふとフロレットが手にしていた水を見やると、笑みをひそめた。



「フロレットさんは、昔から身体が弱かったですか? 昔からよく立ちくらみをしたり……」


「いえ、大病もすることなく……いままで普通に過ごしていました。こうやって眩暈が起こって倒れたりすることも初めてで……」


「初めて、ですか。……もしや眩暈以外にも耳鳴りもひどいのではありません」


「え、ええ……少し」


「のどもひどく乾きますか」


「そう、ですね」


「それはいつからですか」


「今日……クラウスさんの屋敷に来てから……たぶん、色々あって疲れてたからだと……」


「そうですか。ほかに何か気になることはありませんか。普段とは違う症状が出たり……」



 フロレットは、思わず黙り込んでしまった。どうして、クラウスはここまで気にするのだろう。嫌に問いを重ねてきているように思えた。



「クラウスさん、もしかして私……何か悪い病気なんでしょうか」


「……いえ、念のためお聞きしているだけですので心配しないでください。色々と聞きたがるのは医者である僕の性分だと思ってください」



 ほかに何か異変らしい異変などあっただろうか。強いて言うならば、へんな夢を見たというところであろうか。だが、たかだが夢の話である。



「ほかには……特に変わった症状が出たりは、なかったと思います」


「そう、ですか……」



 クラウスがそれ以上言及してくることはなかったが、フロレットの心には一抹の不安が残った。眩暈と耳鳴り、のどの渇き。クラウスはなぜそこに反応したのだろう。医者の性分だからと言っていたが、そうだとしたら何かしら気になる点があったから深く聞いてきたのではないだろうか。そう思うのは考えすぎだろうか。ただの心労から一時的に身体が悲鳴を上げているだけかもしれない。



「フロレット」



 クラウスとともに大広間に戻ったとき、レアが心配そうに声をかけてきた。彼女にはずっと心配をかけてばかりな気がする。



「……すみません。急に気分が悪くなってしまったから」


「ちょうど良いときに戻ってきたね」



 にこかやに迎え入れたフォルカーに、思わず後ずさりした。彼の笑顔はひどく胡散臭いものに見えた。彼自身は本当に心の底から愉快で笑っているのかもしれなかったが、周りのものにとってはそれが不愉快の種になるようであった。大広間に残っていた者たちも一様に顔をしかめていることからして、あまり良い話がはじまると期待することはできなかった。


 フォルカーもフォルカーで自分に向けられた周りの態度には気がついてはいるようで、騒ぐ大衆の前に立つ弁論者のように、共感を求めるように大手を広げた。



「なに、単純な答え合わせをしようって言っているんじゃないか。俺はわかっているよ。アルノルトくんに怪我を負わせた犯人が誰なのか。人狼は確実にこの中にいる。それが誰なのか、俺はわかっている」



 空気が一段と冷えたように思えた。誰かが息を飲む音が聞こえた。


 違う、とフロレットは思った。夢で見た展開と変わっている。あのとき、フォルカーはこのような発言をしなかった。なぜだろう? あのときはたしか――。そうだ、フロレットは窓の外に人狼が出たと言ったのだ。今回はそれがなかった。


 窓の外を見てみたが、何もいない。あのとき見えた人狼の影は欠片でさえも見ることはできなかった。


 フォルカーは愉快そうに目を細めながら、一人々々に視線を配った。その視線の先に、本当に犯人がいるのだろうか。恐ろしい人狼が。




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