1-5 西谷由香里の居場所
俺が机を蹴ると、霊は驚き一瞬ひるんだ。俺はその隙に後ろのドアに向かう。
「いよっしゃ!」
俺は後ろのドアを閉めた。
「ヒヤヒヤ…した…」
「へへっ…ゴメンな!」
「うん…!」
美琴はホッとした様子だった。心配してくれてたのかな。
「んじゃ、音楽室に向かうか!」
「うん…!」
(アケロ!アケロ!)
「うわっ!何だよ…ビックリさせんなよ…」
俺達は悪霊の言う事は無視して音楽室に向かった。
うーん…学校の七不思議っつーのは本当なんだなぁ。まぁ…ここは特殊だし…予想通りっちゃー予想通りなんだけどな。音楽室に入る前からずっとピアノが演奏されてる。中に入るとベートーヴェンの目が俺を追っかけてる。
「…悲愴…」
「えっ?」
「ピアノ・ソナタ8番の…悲愴…」
「な、何が?」
「この曲…」
「あっ、この曲がえーと…ヒ素?」
「悲愴…」
うーん、全く分からないや。音楽に興味がないからかなぁ。
「でも…音が違ったり…する所が…」
「そうなのか?」
「うん…」
全く分からねぇや…。もしかして俺って音楽に才能ない?
「…そういえば…さっきから…外れてるところが同じ…」
「リピートしてんのか?」
「うん…今3周目…」
眠くなってくるような曲だな。ん!?そういえばベートーヴェンの目、俺を見てるんじゃなくて…ピアノを見てる?
「な、なあ…あのベートーヴェンってピアノを見てるんじゃないのか?」
「…そうかも…」
「間違ってるから怒ってるんじゃねぇの?」
「うん…」
美琴は適当な返事をした。すると美琴はピアノの前に座った。そしてなんとピアノを弾きだしたのだ。
「な…美琴、ピアノ弾けるのか!?」
美琴は黙って弾いている。…上手い。全くの素人でなおかつ才能がないと思われる俺でさえ、上手いと思える程上手い。…動きの1つ1つが美しいと言うか、自然にピアノを弾いている様な感じだ。
「美琴…上手いな…」
今までにピアノが弾ける奴は何人もいた。先生やらクラスメートやらに何度も見せられたけど…多分レベルが違う。確かに今も見せられているけれど、今は『魅せられている』に近い。惹き付けられる演奏だ。あっ…終わっちまった…。
「美琴…ピアノ弾けたのか…」
「うん…少し…」
「いやいや、少しってレベルじゃねーだろ」
「そう…」
ガチャ…。
ん?どこかで鍵が開いた様な音がしたな。
「今のは…」
「多分、準備室の鍵が開いたんだろ、行ってみよーぜ」
準備室の中はえらく殺風景だった。何もない…。
「ん?あそこに紙が落ちてるぞ?」
「あれ…は…」
これは…楽譜か。さっきの悲愴の楽譜と…月の光?
「月の光っての弾ける?ドビュッシー?の」
「…やってみる」
美琴は準備室から出てピアノの前に座り弾き始めた。やっぱ上手い。一瞬で『惹き付けられる』状態になる。動きで演奏してる様な演奏だ。
「すげえ…」
お、終わったな。
「すげえ…コンクールとか出ないの?」
「…出ない…」
「なんで?」
「出たって…意味ないから…」
「いやメッチャ上手いじゃん、賞状とか欲しくないの?」
「別に…いらない…」
「なんでだよ、貰えない奴が殆どなんだぜ?」
「だって…価値ないし…」
「…お前が努力したって証なんだぜ?」
「努力なら…誰でもしてる…」
「分かった、この学校から脱出出来たらコンクールに応募しろ」
「…なんで?」
「それを『思い出の証』にするんだ。ここから脱出したって思い出」
「……分かった…応募してみる…」
ん?鍵が落ちてるな。えっと…第6美術室の鍵か…。
「え…これ…は?」
「第6美術室の鍵だって、行ってみよーぜ」
「うん…コンクール…楽しみに…してて…ね?」
「えっ?」
「…」
美琴からそんな言葉が出るとは…ちょっと意外 。コンクールか…。これは俄然楽しみになってきた。
ここが美術室か。まぁ何の変哲もない美術室だな。
「特に…何もなさそう…」
「うーん、どうだろうな…何もないって事はないと思う」
しかしざっと見何もない。まさかここまで来て詰んだか!?
「慎…ここに…何かある」
「うえっ!?何があった?」
「紙…『夏』って書いてある…」
「えっ、それだけ?」
「…絵の具が数セット…画用紙が6枚ある…」
「絵の具?絵を描けって事か?」
「多分…そうだと思う…」
「やってみよっか、ちょっと貸して?」
「うん…」
「そうだ!美琴も描こうぜ!」
「…私も…?」
「そう!…ホラ、美琴の分!」
「…私の…分…」
「夏と言ったら何だろな…花火か?」
「分かった…私も描く…」
俺は想像力を働かせながら、黙々と絵を描く。一方、美琴もまた黙々と絵を描いている。
俺と美琴は向かい合う様にして描いている。なのでお互いの絵は見えない。…フーッ出来た…!美琴は…まだ描いてるか…。そうすると暇だな。…美琴の顔でも描いてよっか…。
「…何…さっきから…コッチをチラチラ見て…」
「イーヤ何でも?」
「…何…気になる…んだけど…」
「…さっき抱きしめたじゃん?それで不機嫌になってんじゃ…と思って」
実際は別にそんな事は思ってない。『抱きしめた』という言葉で思い出させ、少し頬を赤らめる美琴が描きたいんだ。俺って策士じゃん…。
「別に…不機嫌には…なってない…」
「じゃあもっかい抱きしめていい?」
「…駄目…」
「えーっ、美琴すげぇ暖かかったのに?」
「…駄目…」
やっと少し頬を赤らめた。正面から見るとすげぇ可愛いなぁ。……ハハッ、俺リアル黒田貴教じゃん。気持ち悪っ。
「…馬鹿…」
「あ?なんか言った?」
「…何も…言ってない」
…強いて言うと実は思いっ切り笑ってる美琴が描きたいんだけどなぁ。そういえば笑ってる所、見たことねぇな。まぁ俺も大して笑ってないし、こんな状況じゃ笑えねぇか…。
「出来た…」
「えっ…早いな…ちょっと待っててくれ」
「うん…」
「出来た!…ソッチ見せて!」
「うん…ソッチも…見せて?」
俺は夏の絵だけ渡した。美琴の夏の絵を受け取って、顔の絵は机の中にしまった。ここに永久保存だ。
「すげぇな美琴…ピアノも出来るし絵も上手いな」
俺と同じ風景画だった。畑の絵だな。トウモロコシ、ナス、キュウリ、トマトが描かれている。確か東原高って畑があったハズ。それらしき校舎も描かれてる。野菜の種類からも夏だって分かるけれど、光と陰が描く事によって夏を表現してるんだろな。
「…慎の方が…上手…」
俺は海と山の風景画を描いた。夏と言ったら海でしょ。と思ったけどやっぱ山もあるな。と思い結局両方描いてしまった。
「そーか?美琴のもすげぇ上手いと思うけど?」
光と陰は俺の絵にはない。ましてや光の強さで夏を表現することは俺には出来ない。
「うん…コッチの方が…柔らかい…」
柔らかいって何だ?よく分からねぇな。
「コッチの方を…出そ?」
「や、それは両方出そうぜ」
「…うん…」
俺らは机の上に作品を置いた。すると鍵が出てきた。