晴れ時々甘い雨(ミレーレ)
悪役令嬢とはヒロインのライバルで、物語のスパイスで、究極の踏み台。
性格が悪ければ悪いほどヒロイン側のザマァは気持ちのいいことだろう。
ただし、俺がやりこんだ乙女ゲーのミレーレが悪役令嬢かと言われたら首を傾げてしまう。友情ルートがあるのだから仕方がないと言えば仕方ないが。
そうだな、例えば。
それぞれの攻略対象の好感度を上げつつ、ミレーレとの好感度も上げていけば、平民のヒロインはミレーレの口利きで公爵家の養女となり結婚できるいわゆるハッピーエンドになる。
アホ王子ルートの場合は、他国ルートを2周目で出させるための布石ともなる。
これだけ聞けば、単なる悪役で終わらないだろ?
ある意味第二の主役だな。
ミレーレとの好感度が低ければ、結ばれるもののバットエンドやメリーバットなんだから相当シビアで面倒くさい部類なんだろう。
ただし、ゲーム的には厚みが出ていたような気もするから、もう好みでしかないな。
もちろん俺の一推しは、ミレーレとの好感度が一番高くなったルートだぞ。
そらそうだろ。イケメンと恋愛するとかナイから。
ヒロインがその高い能力を買われ、後宮の女官長としてミレーレの片腕になりバリキャリとして羽ばたくルート。
攻略対象とも仲が良いため、ある意味ハーレムエンドともいえる。
王妃になったミレーレの女の園とも言える後宮で本命のプリメラたんとキャッキャウフフのラブラブ生活。スチルも余計なの(男)もいない麗しいもの。最高だろ!!
じゃぁ、この現実で目指してるのがそこかと言われると考えてしまう。
男と結婚してぴーして、子ども産むとか無理! 想像できんわ。
体の構造的に毎月のものは受け入れてはいるが、それをしのぐ痛みなんて耐えられる自信がない。ないったらない。
もうさ、俺がこの有様で微妙にずれてきてるんだし、なかったルート作ってもいいだろ。ゲームじゃなくて生きてる俺達が作ってる世界だぜ? ありあり、ありっしょ。
ただし前世魔法使いだった俺のスキル的に、プリメラたんを既知の攻略外で落とすなんて土台無理ですから、あまり逸脱した行動はできない。ってのは秘密だ。
まぁ、大筋のルートがそれなきゃいい気もするからポイントを押えればい良いはず!
それにな〜。たしかにキャッキャウフフはしたいが、実際目の前にプリメラたんを見た日から、可愛い笑顔で幸せに生きていてくれればいい! ッてノリになってきてるんだよな。 ちょっと女子的お触りをさせてくれればOK、的な? 心境の変化ってやつ。
だから、この世界のプリメラが誰かと恋をし結ばれたいと思うのなら、攻略対象云々おいといて、俺を倒してからいけや!!
なぁ、そこのチャラ男! えせイケメン!!
ついでに、脳筋男もだよ!
何でお前らここにいるんだよ。今の時間プリメラたん追っかけまわしてる時間だろ? 俺の唯一の息抜き邪魔するなよ。
「……お二方は、なぜこちらにいらっしゃるのです?」
いやいや、顔を見合わすな不思議そうな顔をするんじゃないよ。
ここ学園の調理実習室だから。
前世の俺は自炊もお菓子作りも案外やってた。好みの味を追求してったらそうなっただけなんだけど、彼女もいなかったしな!
だから、この世界でも息抜きに調理室を借りては料理をしてる。
この場所でやってることは誰も知らないはずなのに、まず脳筋ゴラウ・トレスタラーがヒョコリと顔を出した。
「匂いの道筋を辿り、ここに来ました!」
なにいい笑顔でたどり着いてんの。
人外か。お前がよくいる訓練棟からここ真逆だよね!?
どうしてやろうかと思ってたら第二陣が来た。
「麗しい貴方の香りが、私をここに導いたのです」
流れるように手を取ろうとするな、サブイボ立つ。
てか、お前が一番キショイわ!!
何なの君ら? 犬かな? 犬なのかな?
とりあえず、冷ましていたクッキーを両方の口にねじ込み、窓を閉めました。
あー、今日は厄日だな。
残りのクッキーを手に、いつもの日課でプリメラたんを探す。
す、ストカーじゃないんだからね。これはあれだ、没落ルートに入らないための布石なのだよチミ!!
……誰に言い訳してんだ俺。
項垂れながら人気のない道を進む。きっとこの先の木陰に彼女はいるから!!
群れることを良しとはしない俺は取り巻きがいない。なのでひとりで行動してることが多い。
王族の通う学園だ、セキュリティ面での不備はないからな。それに、チートボディにあやかって、そこそこ戦えるようにしてるし。
そんな完璧(第二の主役様だからな)で血筋の良い俺に擦り寄るものもいないではないが、媚やへつらいに一切反応しない俺がやりにくいのだろう。しばらくしたらいなくなってるんだよなぁ。ま、別にいいけど。
ってな訳で到着してからの、片手で砕いたクッキー礫を受けてみろ!
この、バカ女ども!!
クッキーのかけらが、我がプリメラたんを囲う女どもに降り注ぐ。
すぐさま木陰に隠れ、とある方向に目を向けそっと頷いた。
(やっちゃってくださいよ先生)
つぶらな瞳の先生は俺の意を組んだように、刹那の速さで複数の影が女どもに襲いかかった。
バサバサバサッ!!
「え? な、なに? いたっ!! 痛い!」
「きゃぁッ!! 」
「いやッ! 」
フッ、馬鹿め。先生の超技巧連続突きの前にさっさと退散するが良い!
木陰でどや顔をしていたら、いつの間にか馬鹿女どもはいなくなっていた。
残されたのは、呆然とする涙目のプリメラたんと。地面をついばむ先生たち。
その可愛さに思わず、脳内激写しておきました。ヤッベ、まじかわいい。
っと、こんなことをしてる場合ではなかった。
「あのような者につけ入る好きを見せるのは死と同じこと」
「インフィニーテ様……」
あえて、プリメラたんの方は見ずにクッキーを砕きまく。先生ご苦労様です!!
手持ちの分がなくなると、察した先生たちはお家に帰っていきました。今回も素晴らしい仕事でした!
ハンカチで手を拭き、ようやく目を向けた。
グハッ!
心の吐血を撒き散らし、嫣然と微笑む俺。落ち着け俺。
いや、何その涙をたたえ今にも決壊しそうなはちみつ色の瞳。柔らかくなった午後に光を受け甘く輝く亜麻色の髪。先程の女どもにやられたのか、不自然に一部が色づく桃色の頬は、優しく手のひらで産毛を逆撫でて……ッて、いかんいかん。脳内シアターでR15劇場が幕開けるところだったぜ。
架空の鼻血やら吐血やらを振り払い、プリメラたんの手をそっと取る。
滾る欲望は押し込めて、可愛い袋に入れたクッキーを乗せてやる。
「あ、あのこれは……」
「私が作りましたの」
「へ?」
「味見をして“何が足りない”のか是非私に教えて下さいね」
プリメラたんなら俺の言いたいことが分かるだろ。やってみせてくれよな。鮮やかに蹴散らすさまを。
ぽかんとする顔が可愛くて、思わずなでこしてしまったのは仕方がないと言わせていただきたい!