鈴木茂子の受難
全国の鈴木茂子さん。
あなたの名前は、決して平凡でも地味でもありません。
古風で素敵なお名前だと思います、
なので、怒らないでくれると嬉しいです。
「探しましたよ? 風紀委員長。こんな所で何をしているんですか?」
目の前では今まさに、学園通りから少し奥まったところにある、小さくて可愛らしい喫茶店へと入っていこうとする、ひと組のカップルの姿が。
私がそう声をかけると、そのうちの男性の方が、振り返ってこちらを見ておいでです。
サラサラと風になびく、濡れたように艶やかな黒髪。
制服のせいなのか、より着やせして見えるスラリとした長身。
黒縁メガネをかけ、左目の下にほくろが特徴的な、涼しげな目元をしたインテリ風なイケメン様。
そのイケメン様は、こちらに視線を送るなり、怪訝そうにピクリと右眉を吊り上げておいでです。
そして。
「? 君は誰なんだい?」
と、不機嫌そうな口調で聞いてきました。
まあ、予定の範囲内です。
一応私、あなたのクラスメートなんですけどね?
「私のことは、どうでもいいです。それよりも城之内先生から、このようなメッセージを預かっているので。今すぐ聞いてくださいよ? でないと、私の身が危険なんです!」
そう。
ひとまず、聞いてもらわなくては困る。
なんせ、聞いてもらえなかった場合、私にだけ特別スペシャルな課題オンパレードが課せられるそうで。
ぜんぜん、嬉しくない!
はっきり言って、職権乱用という名の、先生の八つ当たりでございます。
「? 君の身? まあいい。その制服からして、君はうちの学園の生徒らしいから、聞こうじゃないか!」
話のわかる人で良かった。
ということで。
「ポチッとな!」
再生ボタンを押したところ。
『ぐぉらぁぁぁ~! 一ノ瀬ぇぇぇ~~! 今日は大事な風紀員会議だつっただろうが~! この発情期のクソったれがぁぁぁ~~! さっさとこねーと、今日こそはぬっころすぞぉぉぉ~!』
って先生、コレ、やばいと思うんですけど?
教育委員会とか、PTAとか、聞かれたら教師生命ピンチなんじゃないの?
「やだ~もう~♥」
「そんなんじゃ、ダメだぞ✩」
なんて、いつもはこんな可愛らしい口調なのに。
しかも思いっきり、声のトーン下がって、ドスまで効いているよね?
というのが、よかったのか?
「や、やばっ! 畑野さんごめん! 今日は無理だ!」
隣にいるのは、肩あたりに切り揃えられた、栗色のボブカット。
小柄で可愛らしいその少女に向かって、彼は顔の前で右手を立てると、ものすごい勢いでUターンなさってます。
「え? そんな・・・・・・私とのお茶会は・・・・・・」
「ごめん! お茶会よりも、自分の身の安全のほうが大事なんだ~!」
半泣き声でそう叫びながら、猛ダッシュにて、そのお姿を消してしまわれました。
これで私も、平和な日々を過ごせそうです。
次の日。
「ご、ごめん!」
突然ですが。
廊下にて、人とぶつかりました。
ええ。
書類を手に持ちながら、となりを一緒に歩いているなかなかのナイスバディーな少女に見とれていて、ぶつかってきたあんたが悪い!
そう思うのですが。
相手は、生徒会会計の妹尾くん。
ふんわりとした明るい茶色系のくせ毛の髪。
吸い込まれそうな清らかで大きな目と、可愛らしい顔立ちをしたイケメンさん。
背もまあ、平均よりは少し高いくらいかな?
生徒会のマスコット的存在ですが、やることはきっちりしていてミスは許さない性格とのギャップで、女子にモテまくりです。
そんな人気のお方に、そこらへんの生徒AもしくはBで済まされる私が反論しようものなら、完全に吊し上げ状態です。
なので、ここはがまんして。
「いえ。私こそ不注意でした。すみません」
そう言って、廊下に散らばった書類を一緒に拾っていたのですが。
「あの・・・・・・こんなに注文するなんて、何に使うんですか?」
ふと、目にした書類。
そこには、“文化祭おばけ屋敷用マネキン 10000体”という文字が。
私の手から、乱暴に奪い取った書類を見るなり、みるみる顔色が変わっていくということは、間違っている? ってことですか?
「え? あ! 本当だ。こんなケアレスミスをするなんて。ボク、疲れているのかな? えっと。君は誰だか知らないけど、とにかくありがとう。助かったよ!」
私一応、去年はあなたのクラスメイトだったと思うのですが。
まあ、いつものことなので気にしていませんが。
彼はよほど嬉しかったのか突然、私の両手を掴んで、ブンブンと上下にはげしくふり、とても感激している御様子。
「ごめんね、畑野さん。ボク、これから生徒会室に戻って、資料を作り直すから」
彼はとても申し訳なさそうに、隣を歩いていた少女に謝罪しておいでです。
そんな彼を見て、
「え? 直すんですか?」
と、その大きな目をさらに大きく見開き、驚いている美少女さん。
「? 間違っているんだから、当たり前だろう?」
そんな彼女を、不思議そうに見つめながら、
「とにかく。ボクは修正してくるから。君は先に教室に戻っていればいいよ?」
そう言うと、美少女様をその場において、すたこらさっさとUターンしていかれました。
未然にミスが防げて、良かったですね!
結果、オーライ?
強いて言えば。
私は、あなた様に手を握られたところを、誰にも見られていないと、ただただそれだけを願うばかりです。
そして、畑野さんが言いふらさないことも。
女の嫉妬ほど、怖いものはありませんからね?
次の日。
「痛っ!」
突然、私の顔めがけて、何かが飛んできました。
痛いところをさすりながら、床をキョロキョロと見渡してみれば。
「え? なんで制服のボタン?」
私の近くを、コロコロと転げまわるひとつのボタンが。
そしてそのボタンは、立ち止まっていたらしいひとりの人間の足元へとご到着してしまいました。
「すまない。まさかこんなに飛んでしまうとは」
足元にぶつかったボタンを拾い上げ、そのまま私めに頭を下げているのは。
「え? きょきょきょ刑部生徒会長?」
そう。
まるで彫刻のように整った、お美しい容姿。
イギリスとのハーフということで、背が高くてスラリとしたまるでモデルのような体格。
サラサラで、キラキラときらめく金髪。
成績は常に、他者を許すことのない、堂々の万年トップ。
スポーツ万能、ちなみに得意なのは剣道という、我が学園のキング、刑部生徒会長様でした。
「女性の顔に、傷をつけてすまない。保健室に連れて行きたのだが、歩けるか?」
さすがは紳士の本場、イギリス仕込みのジェントルマン。
ってそのお美しい顔を苦痛に歪められなくても。
「ぜんぜん大丈夫です。それよりも今日は、他校との交流会だと聞きましたよ? そのままではまずいのではないのでしょうか?」
「そ、そうだな・・・・・・」
取れたのは、制服の下にある、ワイシャツの第二ボタン。
ちょっとみっともないといいますか、胸元がはだけてしまってセクシーな・・・・・・ではなく、風紀が乱れますよ。
「私、ちょうどソーイングセットを持っているんで・・・・・・」
ということで。
ここで、手芸部の本領発揮です。
ちゃっちゃと、縫い付けちゃいました。
それにしても・・・・・・・。
この人男の人なのに、なんでこんなにいい匂いするんだろう?
「すまないな、ありがとう。えっと・・・・・・」
申し訳なさそうに口元ににぎりこぶしを当て、眉間にシワを寄せつつも、私の名前を思い出そうとしておいでです。
一応、私たちは同じクラスなのですが。
生徒会長のくせに、全校生徒の名前も覚えておらんのかい! ってつっこみどころ満載ですが。
まあ、ここは大目に見ましょう。
私の、親友のために。
「気にしないでください。会議、がんばってくださいね?」
そう言って会長にペコリと頭を下げると、私はそそくさとその場を去りました。
こんな光景、特に女子に見られた日には、私、陰湿な制裁を受けかねません!
君子危うきに近寄らず。
危ない場所からは、さっさと退散するのが、私のモットーです。
そして数日後。
「オイ! そこの目立たない地味女! お前、畑野さんの教科書を破った上に、悪口オンパレードの落書きをしただろう?」
「へ?」
昼休みが終わったあと、教室に入ったら突然、男子に囲まれました。
先程のような、わけのわからない脅迫付きで。
「とぼけるな! お前が昼休みの誰もいない時間帯を狙って、畑野さんの教科書を机から盗んだっていう証拠は、上がっているんだぞ?!」
と、身の覚えのない罪をきせてきやがりました。
はっきり言って、迷惑です。
「地味女のくせに、畑野さんに嫌がらせするなんて!」
「なんて、身の程知らずな!」
「お前の名前なんて、誰も知らないくらい身分が低いくせに!」
ってソレ、余計なお世話です。
って言いますか、身分低いってどういうこと?
意味分かりません!
クラスの男子ほぼ全員? というかなんでほかのクラスや学年の男もいるの?
とは思うのですが。
はっきり言って、むさくるしい・・・・・・。
「君たち、それ、本当なのか?」
意味が分からず、いわれ放題の私。
誰も助けてくれないかと思いきや、そこで助け舟を出してくれたのは。
「あ、図書委員長」
刑部生徒会長の親友で、裏の参謀とまで言われている、我らが菊川図書委員長様。
生徒会長に負けず劣らずの、冷静沈着なイケメン様です。
涼しい目元と、整った顔立ち、陶器のような澄んだ白い肌。
そして会長と同じくらい、背は高いけど文化系だから多分、体格的にはひょろっと系と思われ。
その図書委員長様は、不服そうに眉を吊り上げて、私を弾劾しているみなさんを睨んでおいでです。
まるでブリザードをまとうかのような冷たい視線に、あえて立ち向かう勇者=田中くん。
「ああ。目撃者もいる!」
体制を少し後ろにずらしつつも、果敢にも反論してきやがりました。
「それ、ダレ?」
相変わらずの、冷た~いお言葉です。
「え? だれって、このクラスの人間?」
次第に声は小さくなり、挙動不審ぎみに辺りを見渡しますが、みな視線を合わせようとはなさいません。
「そ、それよりもお前! なんで、そんな奴を庇うんだ?」
急に話の論点、すり替えやがりましたよ?
顔の色を赤や青に変えながら、私を指さしてそう攻める田中君に対し。
「はぁぁぁ~」
と、深くも投げやり気味な、ため息をもらす我らが菊川図書委員長様。
「なぜって。おかしいからだよ?」
「はあ?」
「なぜなら彼女は、今日の昼休みもずっと、オレと図書室で委員会の仕事をしていたんだが。そんな中、どうやってそんな低レベルなことができるんだ?」
「へ?」
その説明に、その場で固まってしまう田中くん。
そして、まるで蜘蛛の子を散らすがごとく、集まっていた皆様は、それぞれに去っていかれました。
どうやら、誤解は解けた模様です。
次の日の放課後。
さて帰りましょうかと、椅子から立ち上がったその時です。
「お前! なんで畑野さんの体操服をこんなに刻んだりしたんだ? ひどすぎるぞ!」
教室に入るなり、その男は私の目の前に来て、怒鳴りやがりました。
「はい?」
「とぼけるな! 証拠は上がっているんだ! 目撃者だっているぞ!」
その男は、自信満々に、5~6人の同士を引き連れておいでです。
まあみなさん、全て男なのですが。
「5時間目の体育の時間、確か畑野さんは体操服を着ていたと思うのだけれど?」
我がクラスの委員長、名倉さんが不思議そうに、畑野さんへと視線を送ります。
が、彼女はその視線を、何故か逸らしてしまいました。
なぜに?
「で、でも! 見た奴がいるんだぞ!」
「ハア? それ誰?」
自信満々に両腰に手を当て、胸をどんと前に突き出しながら、自信満々に言う隣のクラスの男= 前田くん。
そんな彼に対し、ちょっとキレ気味に口を突っ込んできたのは、サッカー部期待のエース、東条くん。
口は悪いが、見た目は爽やかイケメンに分類するため、そこそこ女性に人気があります。
「お前こそ! なんでその地味女を庇う!」
って、まあいいですけどね?
確かに私は、名前も覚えてもらえないほどに、地味子ですが。
キッと睨みつける前田くんを見て、思わず、
「はぁぁぁ~~・・・・・・」
と、ちょっとキレ気味なため息をもらす、東条くん。
「あのな? 5時間目に体操服を着てたってことは、それから今までの間での犯行なんだろう?」
「? ああ。そうだな?」
「それなら絶対に、コイツには無理だ!」
「? なぜだ?」
呆れる東条くんに、食い下がる前田くん。
彼のその疑問に対し、東条くんは更にまた深い溜息を漏らすと。
「なぜって。コイツは5時間目に俺のシュートを顔面に喰らい、脳震とうを起こして、さっきまで保健室で寝ていたんだぞ? そんな奴が、どうやって体操服を切り刻むなんて、陰湿極まりないことができるんだ?」
「へ?」
まるで鳩が豆鉄砲を喰らうがごとく、アホズラ丸出しでその場で固まってしまった前田くん。
いつの間にか、取り巻きは教室から姿を消しておいででした。
ということで。
無事に誤解が解けて、よかったです。
さらに数日後。
「オイ! そこの地味女! お前、畑野さんを階段から突き落とすとは、どういうことだ!」
放課後。
近くの喫茶店でお茶をしていたら、突然、お店に入ってきたうちの学園の男子生徒に、怒鳴りつけられました。
「? 突き落とす? それはいつのことだ?」
「はあ? さっきだけど・・・・・・」
最初は威勢の良かった彼=違うクラスの流川くん。
質問してきた私のお茶相手その1さんの顔を見たとたん、急に声が小さくなりました。
「さっき? それはおかしいですわね?」
そして、流暢にお茶を飲んでいるその2さんがそういうなり、さらに縮こまってしまう流川くん。
まあ、仕方ありませんよね?
だって・・・・・・。
「おかしいとは? どういう意味なのですか? 桐生生徒会副会長」
私のお茶相手その2=桐生生徒会副会長は、コトリとティーカップをソーサーの上に戻すと。
「だって今日は昼休みあとからずっと、茂子は私と生徒会長とともに、ここでお茶をしておりましたもの。その彼女がどうやって、その畑野さんとやらを突き落とすというのです?」
そう言うなり、ギロリとまるでレーザービームでも出そうな、殺気のこもった視線を流川君に送る私の親友=桐生 薫子生徒会副会長様。
「そうだな? この前オレの不注意で怪我をさせてしまった・・・・・・鈴木? くんにお詫びを兼ねて、薫子とともに、ここでずっとお茶をしていたのだが。どうやったらそんなことが、できるんだろうな?」
刑部 高彬生徒会長。
疑問符を入れながら、私の苗字を言わないで!
なんだろう?
流石に悲しくなってきますので。
二人に睨まれ、まるで蛇に睨まれたカエル状態になっている流川くん。
彼もしっかり、その場で硬直してしまいました。
どうやら今回も、無事に誤解が解けたようです。
・・・・・・と思ったら?
「一体、あんたはなんなのさ!!!」
って、すっごく昔の歌の歌詞にありそうなセリフ、喫茶店のドアを蹴破るがごとく乱暴に開け放った方が、言い捨てやがりましたよ?
「? あなたは、畑野さん?」
「ええ。私は畑野 恵美留。このゲームのヒロインよ!」
「はい?」
「え? ゲーム?」
「ハア? なんなんだそれは?」
三者三様、突然のゲーム宣言に、ぱちくりと目を合わせることしかできません。
「そうよ。私はこの乙女ゲーム“初恋は突然に”のヒロインなの! ツンデレな性格が災いし、周りと馴染めず悩む一ノ瀬くんとは、喫茶店で彼の話を聞いてそこでイベント発生=攻略成功の予定だった! 大量の発注ミスで困っている妹尾くんに、斬新な私のアイデアで救ってあげて、そこでイベント発生=攻略成功の予定だった! 大事な会議に、ボタンを無くして困っている刑部生徒会長のために、ボタンを探し出して縫い付けてあげて、そこでイベント発生=攻略成功の予定だった! 私をいじめる桐生薫子の取り巻きその1! つまりあんたの陰険な手口を菊川図書委員長と一緒に暴いて、そこでイベント発生=攻略成功の予定だった! そして東条くんは私にサッカーボールをぶつけて、そこでイベント発生=攻略成功の予定だったのに! みんな、みんな名前もないあんたのせいで! モブで桐生薫子のイソギンチャクでしかないあんたなんかに! なんで私の計画がすべて邪魔されないといけないの?!」
って。
そんなこと言われましても・・・・・・。
「一ノ瀬がツンデレ? イベントとか攻略とか今ひとつわからんが、あいつは確か城之内先生一筋だから、お前なんか見向きもしないぞ?」
「へ?」
「そういえば妹尾さん。困っておいででしたわよ? 直したはずの資料を先生にだそうとしたら、なぜか間違った資料が先に出されてしまっていたって。“まさか畑野さんは、マネキン10000体欲しかったのかな? 何に使うんだろう?”って。妹尾さん、畑野さんのことが気味悪くなってきたっておっしゃっておいででしたが」
「へ?」
「オレには、婚約者の薫子がいる。ボタンつけてもらったくらいで、浮気をするようなやすい男と思われては困るんだが?」
「へ?」
「畑野さん。あなた、図書室でもたくさんの殿方をはべらせて、迷惑行為をなさっていらっしゃるようね? 菊川さんから生徒会に、苦情が来ていましてよ? “あのビッチ! なんとかしてくれ!”と」
「へ?」
「苦情といえば、東条もだな? あいつからも、畑野さんがサッカー部の部室にしょっちゅう来るから、ほかのやつらが練習にならなくて邪魔! 大会が近いからなんとか追い払ってくれって、生徒会に苦情を入れてきてたぞ?」
「そ、そんな・・・・・・」
「あの。私のこと、モブだの薫子のイソギンチャクだの、言いたい放題で大変申し訳ないのですが。しかも私、ちゃんと鈴木茂子という、目立たなくも平凡極まりない地味な名前がついているんですけど? っていうか、名前のない人なんているんですかね? ちなみに私が、あなたをいじめる? え? なにそれおいしいの? 何かいいことでもあるの? あなたの頭の中は、一体どうなっているの?」
ただ。
気になったことを、聞いてみただけなのですが。
彼女はそのまま、その場で失神してしまい、救急車を呼ぶ羽目に。
そしてそのまま、彼女を学園で見ることは、なくなってしまったのです。
こうして私、鈴木茂子の摩訶不思議? な受難の日々は、無事に終息を迎えたのでした。