森を抜けて
【真眼】スキルを解除するともうそこは闇の支配する世界だった。
視界の悪い森の中で敵襲に備えて警戒を続けているためか、そろそろ僕の精神状態も消耗が激しく不味いことになってきている。MPの回復を待つだけでも一苦労だ。
魔物の恐怖に怯えながら、MP消費の回復はまだかとただひたすらに待つだけの時間。
ほんとは日が暮れる前に森を出たかったけど、思いの外MP回復が遅かったのだ。
だけど、辛抱深く耐え続けて僕のステータスは現在こんな感じだ。
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マナセ・トウマ LV1 状態 四肢欠損
HP 14/16
MP 12/20
ATK 4
VIT 3
SPD 0
MAG 5
LUK -1292
<Aスキル>
【ゴーレムクリエイト】【真眼】【ヒール】【念動】
<Pスキル>
【勇者】【レベル1固定】【気配察知】
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僕は魔力回復を待つついでに倒した小男達から魔石を念動で抜き取った後、新たなるスキルを取得すべくスキル一覧を眺めていた。
「……よし、これにしよう」
僕が選んだスキルは【剣身一体】のスキル。取得に20ポイントもかかったスキルだ。
効果は装備にした武器を先端まで自分の体の支配領域に出来ることにある。
つまり、手に持った武器を自分の体と同じ感覚で扱うことが出来るのだ。
一件便利なスキルに見えるかもしれないが、このスキルには妙な弱点があって肌と密着する一番近い武器が対象とされる。
例えばレザーグローブを嵌めてロングソードを装備すると、レザーグローブの方にしか効果が発揮されない。そしてこのスキルのもう一つの欠陥として例え双剣使いであっても所持する武器一本しか発揮されない事が挙げられる。どうやらこのスキルを発動できる対象は一本のみに限られるらしい。くそ。痒いところに手が届かないとはこの事だ。
念動と同じで何で一つ制限なんだ? 二つ操れたらバランス崩壊するほど強いのか?
ともかく、このスキル【剣身一体】という名前なわけだが、僕が思うに実は三節棍のような武器が最強だと思われる。三節棍の間接を全て自分の意思で操作できたら強いでしょ、絶対。
逆に剣は直線だからどんなに意思を持ったところで動かせる場所がなくて旨味が少ないのだ。
……これ、絶対名前の付け方間違ってるよね。
いや、もしかすると蛇腹剣のようなぐにゃぐにゃ曲がる剣を想定してるのかもしれないけどね。
散々こき下ろしたけど、僕はこのスキルを多大に評価している。
だって体の足りないパーツを一つを武器で補うことが出来るんだよ。
そう考えれば、今の僕にぴったりじゃないか。
次に僕は5ポイントで【木工】スキルを取得した。このスキルは材木を対象に、自分の望んだ形のイメージに合わせて木を変形させて取り出すスキルである。それ以外の用途はなく、消費MPは作り出した木工製品の大きさに比例する。
家具職人とかはの喉から手が出るほど欲しいスキルじゃないだろうか?
だって、このスキルがあれば釘も接着剤もなく、いきなり椅子を完成品で作り出したりの出来るのだ。
最後に僕は【痛覚軽減】を5ポイントで取得した。これはまんまだ。痛みが減るだけでダメージ自体はきっちり入るから麻酔のような物だと思ってくれていい。
……さて、これらのスキルを僕はどう使うか?
まず、僕は今から【木工】スキルで手近な木を使って義手と義足の作成に入る。
かつて僕にくっついていた手足をイメージ。
五回近く作り直してスキルの使用感に慣れ、ようやく最初に腕が出来た。
僕はそれを左腕の肘の先にあてがった。しかし、【剣身一体】が発動してくれる様子はない。
固定してないのが駄目なのかと思い、僕は既にボロボロのシャツを更に引き裂いて布帯を作り出し、それを【念動】でぐるぐるまき付け義手と左腕を固定する。
すると、今度は布帯を対象に【剣身一体】が発動される。
紐って推理小説で殺人にも利用されるから、一応武器に入るのか……。
恐らく義手はあくまで道具扱いで武器には入らないのだろう。
僕は試しに先程小男から奪った鉄剣を右手に持ってみる。
すると、布帯がはらりと解かれ宙に舞い地へと落ちていく。
それを義手が追い抜き、先に地面へとカランと音を立て落下した。
……なるほどなるほど。【剣身一体】の効果に対してこちらが意思を持って武器を選べず、勝手にスキルがより武器らしい物を選んで自動でターゲットするのか。
意思を持ったスキルと言えばいいのか、このスキル思った以上に厄介だな。
だけどその性質の全てが悪いわけでもない。
スキルが勝手に挙動を制御してくれるのだ。
例えば目の前に巻藁があったとしよう。そして僕は剣でそれを斬りたいと思うわけだ。
でも、普通の人間は巻藁を斬るのに剣を持った手にわざわざ「動け!」と思わないでしょ。
斬ろうと思えば無意識に手が動く感じ。アレに近い。
僕は刀を動かそうと無理に思わなくても、スキルが勝手に判断して刀の方を動かしてくれる感じだ。それともう一つ、これは感覚的で抽象的になるんだけど説明させて貰うね。
僕は今手に持った鉄剣を自分の一部だと思い込む手間が必要ない。
気づいたら自然と一体化している感じになる。いつから体の一部だったんだっけという状態に錯覚にすら陥る。これは間違いなく自動ターゲットの恩恵だろうね。
だって、僕が手にした刀を自分の体だと思い込もうとするプロセス自体が最早、剣身と一体ではないという根拠と同義なのだから。そのプロセスを介してしまうとどうしても武器が体の一部でなかったことを認めることになる。多分それでは十全には使えない。
だから多分、このスキルはこれでいい。
僕は今し方検証した【剣身一体】のスキルの効果を念頭に置き、もう一度近くの木に【木工】を発動。
ちょっとしたひらめきから僕は木工発動中でウネウネと蠢いている木に鉄剣をぶち込んでみた。
するときはウネウネと形を変えながら鉄剣を飲み込んでいく。そして鉄剣が半分ほど側面から飲み込まれる形で形を変えるのをやめ、最終的に細長い棒の形になって僕の前へと取り出された。
次に僕が作ったのは木製の義足である。日本にいたころ目にしたことがあった、アクションフィギュアの球体関節を参考に作らせて貰った。球体関節の使用カ所は足首と膝の二カ所。
削り出して作るのは困難極まりない。
これは【木工】のスキルで木を変形させなければまず作り得ない代物だ。割と自信作である。
更に膝関節から下の脛に当たる部分からは刃面が正面に突きだしているという仰々しい代物だ。
これなら義足でありながら、蹴りと同時に斬撃も与えられる武器になったと思う。
……そう、武器だ。
僕はそれを右足にあてがった。しかし、それだけでは【剣身一体】が発動する気配はない。
実を言うと僕はこれを半分見越していた。僕の作った義足、実を言うと上の部分を接ぎ木の要領で長さ20センチほどの棒状に加工してあるのだ。
さぁ、お待ちかね。ようやく【痛覚軽減】のスキルの出番だ。
僕はヒールで塞がっていた足の切断面に小男から奪った矢(小男を殺すのに使った奴ではなく、弓の小男の矢筒に入っていた未使用品の方)を突き刺した。
「……く、ぅぅ!」
【痛覚軽減】は体感として痛み半減と言ったところか。ぶっちゃけ泣きそうなほど痛い。
脂汗がだらだらしみ出してくる。僕は歯を食いしばってそれでもぐりぐりと傷口を広げていく。
……よし、これで準備は整った。後は無理矢理こじ開けた肉穴におよそ20センチをぶち込むだけだ。本来無い場所に挿入される異物。その痛みは今までに類を見ない物になるだろう。
……でも、やるしかない。やらなければ夜が深まりいずれ僕は食い殺される。
生きるためには擬似的でもいいから足を再現して森を抜けるほか無い。
すー、はー。
呼吸を整えた後僕は念動で体を浮かせると地面に突き立てた義足に向かい自由落下を開始した。
「ぐ……。うぐああああああぁぁっ! ああああああああああああっ!」
肉をメリメリと引き裂く固い鉄の感触。思わず【ヒール】をかけたい衝動に駆られるが中途半端な定着は事故にしかならない。僕は右手を硬く握り、爪を血が出るほど食い込ませただ必死に永劫とも思える苦痛を耐え抜いた。
「……かはっ……はぁはぁ……はぁ。ヒ、【ヒール】」
何とか息を整えながら僕はヒールを詠唱。傷口が剣の柄を飲み込みながら再生していく。
僕は汗びっしょりになりながら、森の地面に寝そべり呼吸を整える。
……とりあえず、一本終わった。
こんな感想を漏らした僕の顔は多分蒼白だったと思う。
何故なら最低でもあと一本同じ処置をしなければいけないからだ。
それもこの地獄のような痛みを知った上で。
僕は寝そべりながら【剣身一体】を発動。
球体関節を軸に足を伸ばしたり曲げたり。人間の足を目標構造としただけあって、それほど致命的な不具合は無いといえる。動かすのだってスキルが自動でやってくれる。
そう、僕は【剣身一体】のスキルを筋肉の役割で使いたかったのだ。
本当は二本足ともこの処置をしたかったから、僕は【剣身一体】をかゆい所に手が届かないと僕はこのスキルをこき下ろした。
……とはいえ、一本。まずは足が戻ってきた。
ちょっと歪みはあるが応急処置にしては十全すぎる出来だろう。
そして後一本の動かし方だけど……僕は今のスキル群で何とかなると思っている。
……しばらくの休憩の後、僕は【木工】を発動する。基本的な構造は一緒だが、今度の義足は鉄剣を取り込まない普通の義足だ。同じく接ぎ木の容量で20センチほどの棒状の突起を付けたが、待ち受ける苦痛に僕は何とも陰鬱な気持ちになった。
やるしか無い。
森の中に本日何度目になるかもわからない、僕の絶叫が響き渡った。
――そして、ついに僕は森の中に立った。
今の僕を支えているのは筋肉でも骨でも無い。
木造の足と【剣身一体】のスキルと【念動】のスキル。
【念動】により足の操縦には中々コツが掴めず、最初は生まれたての子鹿のような歩みだったが、それでも僕は再び歩けるようになった。
僕の思ったとおり体全体を動かすより遥かに【念動】のコストパフォーマンス減った。
速度は4倍、消費MPは5分の1。
移動距離辺り20倍ほどの効率が出ていると思う。
【念動】で移動していたときと違って僕の作成したゴーレムは僕を待つ動作をしなくても良くなった。
……正直、僕は歩くことを半分諦めていた。
だからか、『歩ける』ただこれだけのことに嬉しくなってがむしゃらに歩いた。
――やがて木々ばかり並ぶ景色が開けた。
鬱蒼とした葉っぱの天井から解放された僕を待ち受けていたのは、満天の星空だった。