ほんの少しのわがまま
――狼を打ち倒すのにMPを大幅に消耗した僕は移動手段として【念動】に使える分のMPが回復するまでの時間つぶしにスキル一覧を眺めていた。
狼をもう一匹仕留めたので僕のスキルポイントは9だ。
上昇レベル3×【勇者】スキル補正の3Pで9の計算式だ。
そう言えば経験値もさりげに3倍なんだよな。
【勇者】が無かったら1しかレベルが上がらなかった可能性が高いな。
尤も、1に戻るだけなんだけどね。
どうやらスキルポイント取得判定は完全にレベルアップだけが条件で、そのレベルへの初到達ボーナスではないようだ。
1度上げたレベルにまたなってもスキルポイントは何回でも貰える点はありがたい。
僕は【レベル1固定】とかいう呪いじみたスキルのせいで、レベル自体は上がらないが、レベルアップが全くの無意味でないことが証明できただけでも僥倖だろう。
スキルポイントを支払って得られるスキルとは凄いもので【ヒール】をかけた右腕の骨折は治ってしまった。
体力もバッチリで最早今にも死にそうな気配はなくなった。
出来れば残る手足も生えてきて欲しいがそれは流石に贅沢だろう。
……そっか。僕はもう二度と歩けないのか。今後、使えるのも片手だけ。
この異世界には助けてくれる知り合いもいない。
……頼れるのは自分だけ……なのに。たった一回の戦闘で片輪になってしまった。
僕は生きていけるのか?
この体で働けるのか?
お金だって無い。
住む場所もない。
情報だって無い。
レベルも上がらない。
友達になれそうだと思った少女は死んでしまった。
……あまりにも制限が多すぎる。
ただ生きることがこんなに難しいとは思わなかった。
……今になって途方もない喪失感と不安が押し寄せてくる。
……やっと右腕だけは動くようになった。何かやっていないと落ち着かない。
僕は気を紛らわせるように辺りからいくつか手頃な石を探しだす。
僕は少女の散った木の根に念動で石を運んで積み上げていく。
墓標に文字を刻めない。だって僕は刻むべき少女の名前すらも知らないのだ。
――折からの風が僕の頬から涙を攫っていった。
「……ありがとう……人間さん。私、ようやく思い出したの。もう一度会えて嬉しかった。今も昔もボロボロになりながら私のために戦ってくれた人はあなただけ。……なのに、私、あなたに何もしてあげられなかった。私に出来たことは争いの種を生むことだけ。そんな私のために泣いてくれて……あなたの思い出だけが私の幸せだった。だから、もう行くね。ばいばい。人間さん……冬真君はもう大丈夫。きっと生きて」
幻聴だろうか?
僕は少女の声を聞いた気がした。
多分、少女は僕を知っていた?
そして僕も……彼女を知っていたのだろうか?
僕には何も思い出せない。
だけど、彼女の存在は確かに過去と僕を繋いでいた。
彼女の魂が風に乗って旅立つ前に僕に挨拶をしてくれたのだと思った。
目には見えないが、少女は多分まだそこにいる。
僕にはかける言葉が見つかなかった。
……ちくしょう。
このまま悲しいお話でしたって終わってたまるか。
少女の魂を風になんか連れてかせてるものか。
来世で幸せになれよなんて言ってやるもんか!
さっき見ていたスキル一覧丁度いいのがあったはずだ。
僕はとっさにそのスキルを習得した。8Pの割に使い勝手が悪そうだと思ったスキルだが、このスキルに賭けるしかない。
「ゴーレムクリエイト!」
【ゴーレムクリエイト】
無機物で作った体に上級魔石及び魂を核として自立運動させる能力。
魔石を核とした場合は定期的に魔石を食わせなければならず、魂を核とした場合は前世の魔力量に性能が左右される。魔力は自動回復せず魂の残存魔力が尽きた場合、魂は存在事消滅する。
僕が使い勝手が悪そうだと言ったのはこのためだ。上級魔石の入手方法はわからない。だが、上級とつくくらいだから確保が難しいのだろう。
魂なんてもってのほかだ。そしてもっと酷い点が魂の消滅だ。そう、このゴーレムクリエイトのスキルは魂を消耗品として使い潰す前提として存在しているようにしか思えないのだ。更に言ってしまえばゴーレムなんてただ動くだけで魔力を消費してしまう。
……だけど、僕にはほんの少しばかりの勝算がある。
僕は少女のためにと用意した墓石で体を作った。そこに魂を定着させる。
魂を弄ぶような行為だ。禁忌と言われても仕方がない。これは僕の自己満足のためだ。
そのためだけに魂をこの世に無理矢理つなぎ止めた。
ゴーレムは喋ることも出来ない。温度も感じ取れない。物も食べられない。
主従関係も結ぶため僕からそう離れることも出来ない。
果たして生きていて幸せなのかと問われるレベルの生活を送る事になるだろう。
……だけど。それでも。
禁忌ギリギリの方法だが、それでも僕は精一杯少女を幸せにしてやりたいと思う。
僕は彼女の送ってきた人生を知らない。
ただ、何となく幸せな生き方は出来ていなかったと思うんだ。
だから、死ぬ前にどうにかして思い出をあげたいんだ。
僕の勝算は魔石を食わせることでの魔力残存量回復。
丁度そこに倒したばかりの狼が二匹いる。そして先に倒した個体の腹部から何やら水晶のような石が覗いているのが見て取れたのだが、魔石ってのはあれじゃないかと思う。
僕は【念動】で結晶を引きずり出した。そしてそれをゴーレムへと与える。魔石は魔力の結晶らしいので推測が正しければゴーレムの核とした魂の内部魔力残量を回復できるのではないかと踏んだのだ。
僕が生み出したゴーレムはそれが必要な物だと理解したのか自らの体へと取り込んだ。
これから先、僕はゴーレムの魔力残量は気にしていかないといけない。
これは僕のわがままで陥った事態だ。
と、なれば魔物を狩ることは必須になる。
今後の問題は山積みだが、少しづつ問題を解決していかないといけないな。
ちょっと今後の展開で設定にちょっとした思いつきがあったので、一部少女の台詞を変更させて貰いました。名乗ってないのに少女が主人公名を知っているところがポイントかなぁ。
大分伏線めいたセリフですが、この少女の話は塔剛の過去と合わせて消化していこうと思います。多分、大分先だけどね。