それでも生きている
……失った物は戻ってこない。数秒前までは確かに生きていた命があった。
僕の顔は涙や鼻水などの体液にまみれてぐしゃぐしゃだった。
すぐ側で巨大な狼が肉塊を咀嚼している。
「……う……あう……あ」
どうして世の中ってのは無情なんだ。何もかもが掌からこぼれ落ちていく。
片腕と両足を失った僕はもうダルマ同然だ。残る腕も折れている。失血も酷い。
最早森と共に朽ちるしかない。
弱肉強食。それがこの世の理だ。
僕の身の周りだけ都合良く変わるわけがないんだ。
奴は森の中で必死に生き抜いてきた。それだけのこと。
対する僕は森に死に来た存在だ。
……結果なんて目に見えているじゃないか。
そして、敗者が勝者の糧となるならば……もういっそ殺してくれ。
<レベルが3に上がりました。レベル上昇によりスキルポイントを6獲得しました。Pスキル【レベル1固定】が発動します。レベルが1に再設定されます>
死を覚悟した僕に水を差すように脳内にアナウンスが響いた。
どうやら先程仕留めた狼が今頃息を引き取ったらしい。
くそ、レベルが3に上がって1に戻るってだけの内容に何の意味があるっていうんだ。
……いや、待て。スキルポイントを取得したと言ったか?
えっと、使い方は……いや、僕は知っている。
この世界に生ける物全てがこのシステムの恩恵にあずかれることも。所持ポイントは6。
どうやらレベルアップの時に獲得したスキルポイントはレベルを戻されても減らないようだ。
くそ、死ねると思ったのに、まだこの世界は僕に足掻けとでも言っているのか?
6で取得できるのは何だ。
僕はリストを呼び出した。
1P
【ステータスオープン】
どうやら1Pはこれだけらしい。
王城で鑑定して貰ったときのように、自分のステータスが見れるようになるだけのようだ。
続く、3ポイントで採れる物は異常に多い。多いので補助系、ステータスUP系、攻撃系とソートさせて貰った。代表的なスキルを名前だけ少しずつ紹介してみようと思う。
3P
【回復速度上昇〈微〉】【生活魔術】【腕力強化〈微〉】【脚力強化〈微〉】……。
【HP+10】【MP+10】【ATK+5】【DIF+5】……。
【スラッシュ】【ファイアボール】【サンダーシュート】【アクアウォール】【ヒール】【雄叫び】【念動】……。
最上段の補助系スキルは一時的にステータスを割合で上げ、中段のステータス底上げは恒久的に微上昇させる。どちらがいいかは一長一短だ。
最後の段は直接的な攻撃手段。例えばスラッシュなら剣先から魔力の刃を飛ばせるようだ。
……どうせならダルマにされる前にこれらのスキルが欲しかったが、ダルマになったことでスキルポイントをゲットしたことを考えると卵と鶏理論な気がする。
5P
【初級雷魔術】【初級回復魔術】【初級氷魔術】【初級土魔術】【初級火魔術】【初級風魔術】【初級錬金術】【初級剣術】【初級槍術】……
なるほど。5Pは初級の技術系スキル全般が取れるらしい。
主に3Pで取得できるスキルを自力習得できるようになるほか、その技術を使ったときの威力に補正がかかるらしい。
【初級剣術】を取得すれば、練習次第で【スラッシュ】も手に入るという寸法だ。おまけに剣の扱いも少し上手くなる。更に言うなら自力習得可能になるスキルは各二つ。長期的に見ればスキルだけ3Pで覚えるよりも少しだけお得なようだ。
……今の僕の状況に合わせたスキルはどれだろうか?
欲を言えば【回復魔術】が欲しいがそれだと後が続かない。
ここは割り切って【ヒール】と【念動】でいいだろう。
僕はスキルポイントを支払い2つのスキルを入手する。
そしてとりあえず【ヒール】を三回ほど連発。
失った手足は生えてこそ来なかったが、とりあえず血は止まった。
体の中で血が作られたのか少し体力も戻った気がする。
ヒールのMP消費は一回当たり5だが、自分のMAXMPがわからない。
一回見たはずだけど忘れてしまった。
ステータスオープンが出来ないのは不便だと気づいたので後で余裕があるときに習得しておこう。
僕がスキル習得を終えるとほぼ同時、狼は肉塊を食べ終えたのかこちらへと向かってくる。
……まずい、逃げないと。
手足を失った僕は移動手段として【念動】を手に入れた。僕は得たばかりのこのスキルで自分の体を持ちあげる。対象を指定すると同時、秒当たりの使用MPが表示される。
僕の体の場合は5秒ごとに1。仮に僕のMPが20だとしたら約1分と40秒。
……これは逃げ切るのはまず無理だ。
総判断した僕は今度は短剣に【念動】を使う。この念動は結構便利そうだが、対象を同時に一個しか指定できないのがネックだ。
ダルマな僕の場合は短剣を動かしている間は無防備になってしまう。
……やるかやられるかの一発勝負。
「……だったら」
短剣は僕より軽いのでたった1のMPで20秒は動かせる。多分、僕が普通に振り回すのとそう変わらない速度だろう。
だけど、それじゃあ相手を殺すには至らないだろう。
だから僕はMPをありったけ込めて【念動】スキルで相手めがけてただまっすぐ飛ばすことにした。得たばかりの付け焼き刃スキルだとあんまり複雑な動きはまだできないからだ。
僕が全力で短剣に【念動】スキルを発動させると一瞬で短剣が手元から消えた。
僕が【真眼】スキルを持ってしてようやく捕らえた短剣は狼の尻を突き破って飛び出してくるところだった。
狼は声一つあげる間もなくその場に倒れた。
喉元から血が出ていることを見ると僕が放った短剣は一瞬で狼の体内を食い破ったのだろう。
短剣はその後の制御まで考えていなかったので森のどこかへと消えてしまった。
<レベルが4にあがりました。【レベル1固定】によりレベル1に再設定されます>
「……生き残ってしまった」
未だ信じられない。全てが夢だと思いたい。
どうしようもないほどのこの体の欠損も、僕が森で出会った名前すらも知らぬ少女のことも。
少女は出会ったばかりの僕に生きてと願った。しかし、その少女は死んでしまった。
あそこで僕が自暴自棄になって取り乱したりしなければ、もしかすると逃げおおせたのかもしれない……。
過去を悔やんでも結果は変わらない。だけど……あんまりじゃないか。
――僕は敵すらもいなくなってしまった森の真ん中でただひたすらに孤独に泣き続けた。