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胸の傷と接吻


とにかく、めちゃくちゃに走って逃げた俺は軽くパニックを起こして小林に電話していた。

小林は俺の居場所を聞いて、すぐに迎えに来てくれた。


パジャマのまんま裸足で逃げてきてた俺を見て驚いた顔をしたが、何も言わずに小林ん家に連れ帰ってくれた。


沈黙がありがたい。


今でも小林は俺の駆け込み寺だった。


「そこ座って。」


小林の部屋のソファに座る。小林はお湯とタオルと救急箱を持ってきた。


「ちょっと、しみるかも。」


お湯を張った洗面器に、そっと足を浸す。


「・・・んっ。」


裸足で全力疾走したから、足の裏を切ってたみたいだ。

小林は無言で、テキパキと手当てをする。


「ありがとう。」


「どういたしまして。」


山田のときと同じやり取りに、ホッとして、やっと肩の力が抜けた。

小林がお湯を流しに洗面所に行ってる間に、俺は勝手知ったる小林ん家の冷蔵庫からビールを取ってーーー


「何してるの?」


「!!」


小林に後ろからビールを持った手を握られた。


「ダメでしょ。未成年は。」


ビールを取り上げて言う小林の目が、なんだか疑うような、訝しげな顔をして俺を見てる。


ーーーーですよね~。怪しいですよね~。


電話でつい「小林!」と呼び捨てにしちゃったし。

今の行動は、まんま山田太郎だし。


小林は無言で、じっと俺を見ている。

ううう。この沈黙は辛い。


あ!アレだ!!


俺は閃いた。


奇跡体験アンバボーだっけ?テレビでやってた。

臓器移植を受けた少女が、提供者の記憶を一部受け継いでしまったとかいう実話があったんだ。


俺はパジャマのボタンをプチプチ外す。


「君、何して・・・!!」


小林は驚いて言葉を失った。


フェイクだけど、俺の胸には大きな手術の痕がある。


「俺、事故にあって移植手術を受けたんです。山田太郎さんの心臓を。」


小林が目を見開いた。


+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+ 


「えっと。手術の後、夢でいろいろ見て。山田太郎さんの記憶を俺も覚えてるってゆうか・・・

移植した臓器から、記憶も移るってゆう、あ~、こうゆうことって、たまにあるみたいで。だから、その、小林さんの顔も知ってたんです。」


ーーーーどうかな?ぶっ飛びすぎかな?


小林がゆっくり近付いてきて、俺の胸のキズにそっと触れた。


ピクっと俺の肩が揺れる。


「・・・山田?」


小林の指先は、小さく震えてた。


「・・・うん。」


小林は跪いて、俺の胸に耳を寄せた。心音を聴くみたいに。

そっと俺の、有栖川千尋の体を抱きしめて。


「山田・・・山田・・・。」


「うん。うん・・・小林。」


ーーーー小林が、泣いてる。


山田太郎のために。


俺は小林の広い肩を、千尋の小さな手で撫でた。

小林は、そっと、俺の胸のキズにキスをした。


+‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥+ 


しばらく、そのままでお互いに動けずにいた。

時の流れがとても静かで、ゆっくりに感じた。


この空気を壊したくなくて、何も言えなかったけど・・・場違いな着信音が静寂を破った。



ーーーこのバカボンのテーマは、有栖川父からだ!



出たくなかったけど・・・


「・・・もしもし。」


「千尋っ!!ちーちゃん!切らないで聞いてくれッ!!」


有栖川父の叫び声で耳がキーンてなるわ!!


「分かったから、もちょっと声落とせよ。」


小林もびっくりしてるだろ。


「今、部屋の前にいる。」


「はぁ!?・・・あ、GPS!」


俺は自分の足首の輪っかを見た。


「謝りたいんだ。お願いだ。千尋・・・。」


俺はため息を吐いてドアを開けようとしたら、小林が引き止めた。


「大丈夫なのか?」


「・・・うん。大丈夫と思う。」


って言ったけど、小林が前に出て俺を背中で隠すようにドアを開けた。


「!?」


ーーーなんと!目の前には土下座しちゃってる有栖川父。


玄関開けたら2秒で土下座!ってか。


「・・・本当にすまない。私が悪かった。」


額を床に擦り付けるようにして謝罪する。

大富豪のイケメン紳士が、何やってるんだよ。


俺は小林の横をすり抜け、有栖川父の前にしゃがんでため息を吐いた。


「顔、あげろよ。」


有栖川父がそっと顔を上げる。



ビターン!



気持ちの良い音を立てて、両手で有栖川父のほっぺたを叩いて挟んだ。

そのまま、つまんでビローンと伸ばしてやる。


「ふぃ、ふぃふぃろ・・・?」


あ~紳士顔が台無しだ。俺はニヤっと笑って


「ムカついてるけど、許す!」


と言って、手を離した。


「あと、これ外すこと!」


自分の足首のGPSをビッと指差す。

分かった分かった、とコクコク頷く有栖川父と帰ることにした。


「小林・・さん。お騒がせしてごめんなさい。今日はありがとう。すごく、助かりました。」


「いや、気にしなくていいよ・・・また。」


「うん。また。」


小林が薄く笑って「また」と言ったので、嬉しくなって、俺も笑いながら「また」と言って部屋を出た。





千尋が部屋を出て閉じられた扉を見つめながら、小林は呟いた。


「ありゃ、山田だ。」


額に手を当て、苦笑いを浮かべながら。




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