小林と千尋
半年後、俺は病院を退院して有栖川邸に移った。
ーーーーほんとにめちゃくちゃ豪邸!
雲の上のお金持ちだから、こんな突拍子もない手術を閃いたのか・・・。
何度も「俺は山田太郎であんたの息子じゃない」と言ったが、それでも構わないらしい。
死んだ母親瓜二つのこの体が生きていることが最後の希望みたいで。
ーーーー亡くなった奥さんのこと、ほんとに愛してたんだなぁ。 こんな狂った真似をしてしまうくらいに。
もう二度と失いたくないという想いが強すぎて、有栖川父は過保護すぎて息が詰まったけど。
リハビリの甲斐あって、日常生活は問題なく送れるようになった。
有栖川千尋の16歳という若い肉体と山田太郎も28歳と働き盛りの脳だったので、本当に奇跡のコラボレーションだったようだ。
問題なく生活できている。
そう、問題ない。 問題ない。
ーーーー有栖川邸での生活に慣れた頃、こっそり俺は家を抜け出した。
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俺は山田太郎が住んでいたマンションへと向かう。
有栖川邸は全然知らないお屋敷だけど、山田宅は最寄り駅も道順も近所のコンビニも全部覚えてる。
ーーーー俺の部屋は、506号室。
郵便受けには「村井繁」という名前が貼り付けられていた。
「・・・だよなぁ。 半年経ってるもんな。」
そのまま小林の家に向かう。 行ってどうするんだ? もう俺は山田太郎じゃないってのに。
小林のマンションの前まで来て、俺はポツネンと立ち尽くす。
どれくらいそうしていたか分からないけど・・・今、マンションのエントランスから出てきたのは
ーーーー小林!!
眼鏡の仏頂面、背が高く、無造作に髪を括っている。 そして隠れイケメンだ。
ふと、小林がこっちを見た。
ーーーー小林! 俺だよ!! 山田!!
生きてたんだ!! びっくりしたか!?
・・・などと言える訳もなく。
小林は興味無さげに俺の横を通り過ぎていく。
ーーーー小林。 小林! 俺だってば。
・・・俺、本当は全然大丈夫じゃないんだよ。 小林・・・!!
小林が通り過ぎていっても、俺はマンションの前で立ち尽くしていた。
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「君、大丈夫?」
ーーーー!?
振り返ると、小林が俺を心配そうに見ていた。
すっとハンカチを差し出される。
俺ってば、ボッロボロに泣いてたみたい。
ーーーー小林・・・!!
思い出した。 小林は他人に恐ろしいくらい無関心な男のはずだ。
何故か俺とはしょっちゅう連んでいて「もうちょい愛想良くすればいいのに」とか
「飲み会参加しろよ。 友達作れよ。」とか忠告してみても
「人付き合いは煩わしい。 俺は山田だけで充分だ。」と言われていたんだった。
そんな小林が、見ず知らずのガキにハンカチ差し出すなど奇跡に等しい。
俺は泣き濡れた瞳で小林を見た。
小林はハッとした顔をしている。
勝手な思い込みだけど、小林の瞳の中に山田太郎が映っている気がした。
最後の夜のフランケンシュタイナーを見ていた小林の言葉を思い出す。
ーーーー苦痛や困難だと分かった上で、それでも受けて立つ。
「・・・ありがとう。」
ーーーー小林。 ありがとう。
声に出さずに名を呼ぶ。
「・・・君・・・!?」
俺の身に起こったトンデモない出来事。
これからやり直す人生はハードモードだと思う。
それでも・・・
受けてたとうじゃないか。
山田太郎最後の夜の、あの時の熱さが胸に戻ってきた。
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◆小林視点◆
山田が死んで、半年。
俺の胸にぽっかり空いた穴は一向に埋まる事はない。 たぶん、一生埋まらない。
ただ、淡々と毎日を過ごす。
ある日突然「小林~!」と、山田が駆け込んでくるような気がするが・・・
ーーーーもう二度と山田は来ない。
その日、マンションを出たところで一人の少年と出会った。
随分と綺麗な顔立ちの、色が白く華奢な美少年だった。
物言いたげにこちらを見ていたが素通りする。
だけど、通り過ぎた瞬間ーーーー「小林!!」と、名前を呼ばれた気がした。
ーーーー山田!?
振り返ると少年は細い肩を震わせて泣いているようだった。
「君、大丈夫?」
思わず声をかけると、驚いた表情で俺を見た。
「ありがとう。」
その言葉にハッとする。
『ありがとう。 小林。 ありがとう!』
最後の夜の山田を思い出す。
この美少年と山田は似ても似つかない。 姿形は全く違うのに。
ーーーー山田?
心の中でだけ、山田の名を呼ぶ。
すると美少年は泣き濡れた瞳でニコリと微笑んだ。
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