千尋と小林と洋食屋
今日は小林と約束をしていた。
昼飯食いに行こうってのと、必要なものを買い物しにお出かけだ。
待ち合わせ場所に、背の高い隠れイケメン。
小林が待っていた。
「小林・・・さん。」
あっぶな。呼び捨てにするとこだった。
俺。今17歳。一応、敬語を使わねば。
「久しぶり。」
小林が笑って答えた。
ああ。落ち着くなぁ。
今は、10代の男子高生に囲まれてるから、本来の同年代と一緒だとやっぱ落ち着くわ。
「ちょっと早いけど、先にご飯食べる?混むだろうしね。」
「うん。」
俺と小林は並んで歩いた。
昔はあんまり身長変わらなかったのになぁ。
今は10センチ以上、小林の方がでかい。
むかつくなぁ。
「何?」
「いや。背高くてむかつ・・・羨ましいな、と。」
「今、むかつくって言いかけたでしょ。」
「バレたか。」
つい気を許してしまう。
でも、小林はその方が楽しそうだった。
小林は俺が『山田太郎』の心臓を移植されたことで、『山田太郎』の記憶や人格を受け継いでいるという話を信じている。
ーーーちょっと複雑だけど。
小林に嘘を吐いているし。
でも、小林がこんなにも山田の死を悲しんでいたのだと知って、胸が痛くなる。
それに、不謹慎だけど、少し嬉しかった。
軽口を叩きながら、まるで昔の山田と小林に戻ったような気がしていた。
「何食べたい?」
「あの洋食屋は?」
小林がハッとしたような顔をした。
俺が言ったのは、大学生時代から一緒によく行ってる洋食屋のことだ。
ボリュームもあって、美味しい。久しぶりに食べたくなった。
「いいよ。行こうか。」
小林は少し複雑そうな笑みを浮かべて、そう言った。
その顔を見て、どこまで素の自分を出していいか、少し迷った。
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俺と小林は昔ながらのレトロな洋食屋さんに入った。
ーーー懐かしい。
まだ早いから、他に客がいなかった。
アルバイトの女の子が出てきた。
「いらっしゃいませ。」
「お。いらっしゃい。小林君、久しぶりじゃない。」
店長が厨房から顔を出した。
学生時代からお世話になった店長だ。
無精ヒゲで熊みたいにでっかいおっさんだ。
「その子は?」
「えっと・・・」
「遠い親戚です。はじめまして。有栖川です。」
俺はちょろっと嘘を吐いた。
「へぇ、こんな可愛い親戚いたんだ。」
「可愛い言うな。」
店長が、ガハハと豪快に笑った。
俺たちは席に着いて注文をする。
小林はササミ梅しそ巻きセット。俺は・・・
「チキンカツでトルコライス。」
ここのトルコライス美味しいんだよ。
チキンカツかトンカツか選べるんだよね。
いろいろてんこ盛りでお得感満載なんだ。トルコ全然関係ないけど。
学生時代から、よく食べたんだ。
顔を上げると、小林がじっと俺を見ていた。
「山田もよく頼んでたよ。」
「ああ。うん。」
ーーーどうしよう。
「・・・あの、小林、さん。」
「うん?」
「嫌ですか?」
「なにが?」
ちょっと迷ったけど、思い切って聞いてみる。
「俺が山田さんっぽい言動するの、嫌じゃない?」
小林がハッとした顔をした。
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「・・・まぁ、少し複雑な気持ちではあるけど。」
小林は苦笑して
「君は君で面白いよ。そのままでいい。変な気は使わないでいいからね。」
俺の目を見て答えた。どうやら本心みたいだ。
「そっか。」
ちょっとほっとした。
なんか、やっぱり小林と疎遠になるのは嫌だから。
「あと、二人のときなら小林って呼んでいいから。」
「え?」
「何度も呼び捨てにしかけてるじゃない。『小林・・・さん』って。」
「バレたか。」
「さすがに外ではね。子供が大人に呼び捨てはいかんでしょ。」
「子供言うな。」
「高校生でしょ。二人のときは小林でいいから。」
「うん。」
なんか嬉しくなって、えへへと笑った。
小林は小林のままだった。
物腰柔らかだけど、きちんと本音を話す。
小林はあんまり社交辞令を言わない。
嫌な事は嫌、大丈夫なことは大丈夫と、ちゃんと言ってくれる。
だから、安心する。
厨房からいい匂いがしてきて、お待ちかねのトルコライスが来た。
「おおお。美味そう!いただきまーす。」
「はい。いただきます。」
懐かしい味に、嬉しくなる。
俺はアツアツのカツを頬張った。
小林はそれを見て、また笑った。