バスと謎の一年生
一週間はあっという間だった。
なんだかんだと、美村と園田と連むようになって、ちょっと心配してた「高校生の中で実年齢29歳の俺ぼっち」状態は回避できた。
2人のおかげで、クラスにも馴染んだし。
高槻先輩の朝夕の送迎は続いてる。
1仏陀効果なのか、初日以来ホモの襲撃は受けていない。
やっぱり、高槻先輩の気にしすぎじゃないのかなぁ。
ーーー日曜日。
俺は外出届を出して、学園を出るバスに乗った。
バスで出かけると言ったら、美村にも高槻先輩にも驚かれた。
みんな、お金持ちの息子らしく、おかかえ運転手の自家用車で出かけるらしいね。
まぁ、みんながみんなって訳じゃないけど。
中には、平民よりの家庭から親が頑張って入学させた奴もいて、ちょい金持ち~雲の上の金持ちまで、様々だ。
ただ、金持ち率は高い。
・・・俺も一応、雲の上の金持ちの子だった。
電話すりゃいいみたいだけど、面倒くさいのでバスを待って乗った。
バスの中は俺ともう一人、地味な感じの生徒の二人だけだった。
ーーーあれ?なんか気分悪そう?
そいつはバス停で待ってるときから青い顔をしていた。
今は前かがみになってるけど、バスに酔っちゃったのかな?
俺は斜め4つ前に座る、そいつのとこまで歩いて行った。
「大丈夫?バスに酔った?」
「ッッ!?」
そいつはバッと顔を上げて、めちゃくちゃ驚いた顔をした。
「まだ口つけてないお茶あるけど、飲むか?」
「・・・。」
俺は鞄からお茶を出した。
「・・・僕のこと知らないの?」
「え?どっかで会ったことあったっけ?」
見覚え無いけどなぁ。
「あ~、俺。この学校に来て一週間なんだ。えっと、一年?」
「・・・うん。」
よかった。同年だ。
「俺、有栖川。」
「・・・。」
「・・・?」
ん?俺、なんか変なこと言った?
「・・・僕に話しかけない方がいいよ。」
「何で?」
「・・・。」
何、この間。気まずいんですけど。
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「僕と話してるとこ、他の生徒に見られると、君も嫌な目に合うよ・・・。」
「なにそれ?」
そいつは暗い顔をして俯いた。
ーーーまさか、こいつ・・・。
「ごめん。お前、いじめられてんの?」
「・・・。」
えっ。まじか!
ぶっちゃけ、俺はいじめって大嫌いだ。
いじめって言わずに【犯罪】って呼んだっていいと思ってる。
俺はそいつの隣に座った。
「!?・・・ちょっと!」
「今、誰もいないじゃん。」
よいしょと座って、お茶を渡した。
「お前、名前は?」
「・・・ひ、平野。」
「平野。お前、いじめられてんのか?」
平野は黙り込んで、俯いた。
「親とか先生には相談したのか?」
「・・・そんなこと言えるわけない。」
親なり、先生なりに話して、さっさと転校でもすりゃいいって思う。
ーーー俺の脳年齢は29歳だ。
高校生活なんて、長い人生の中でたったの3年だ。
いじめられて過ごすなんて不毛すぎる。
逃げていい。
だって、まだ子供なんだから。
これからいくらでもやり直しがきく年齢だ。
でも、10代の閉鎖された寮生活だと、この狭い世界がすべてに思えるんだろうな。
「平野。スマホ持ってる?」
「え・・・。」
「連絡先教えるから、なんかあったら俺に言えよ。」
「・・・だから、僕と関わったら迷惑が・・・」
「迷惑かどうかは俺が決めるし。これも縁だし。こっそりメールのやりとりならいいだろ?」
平野は揺れる瞳で俺を見ていたが、そっとスマホを出した。
やっぱり、誰かに聞いてほしかったんだろう。
俺は平野と連絡先を交換して、世間話をした。
あれこれ聞かれるの、まだ嫌だろうし。
「俺、3年意識不明だったんだよ。だから遅れて入学したんだ。」
「あ。1‐Bの眠り姫って君のこと?」
「うがぁ、眠り姫って。やめてくれ。せめて三年寝太郎にしてくれ。」
平野がクスっと笑った。
良かった。ちゃんと笑えて。
そのまま雑談をして、バスを降りて別れた。
ーーー名前は伏せて、高槻先輩に相談しようかな。
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◆平野視点◆
バスの中で突然話しかけられて、びくっとした。
ひどくキレイな顔をした生徒だ。
見たことない顔。心配そうに僕を見てる。
ーーーでも、ダメだ。僕とかかわっちゃ。
「ごめん。お前、いじめられてるの?」
ーーー!?
こんなにぶっちゃけて聞かれたの、初めてで固まってしまった。
正確には、いじめられてるわけじゃないけど・・・
『彼』と同室になってから、僕は孤立している。
僕と関わると、同じような目に合うかもしれないから。
みんな遠巻きに見てるだけ。
「スマホ持ってる?」
このキレイな子、有栖川くんは連絡先を交換しようと言う。
・・・なんで?
アーモンドの形の綺麗な黒い瞳でまっすぐに僕を見る。
「迷惑かどうかは俺が決める。」
ハッキリと告げられて、目が潤む。
駄目だって思うけど・・・僕は有栖川くんと連絡先を交換した。
こんな風に、誰かに接してもらうのなんて久しぶり。
有栖川くんはキレイな顔をしているのに、他の子たちと違って、すごくきさくで話しやすかった。
「眠り姫って君のこと?」
「せめて三年寝太郎にしてくれ。」
すごく嫌そうな顔をした。
思わず笑ってしまう。
ーーーあ。もし、有栖川くんが『彼』よりも先に学園に来ていたら、僕と同室は有栖川くんだったかもしれない。
有栖川くんなら良かったのに。
バスの中は、僕たち二人だけだったので、久しぶりにリラックスできた。
有栖川くんは不思議だ。初めて会ったのに、空気のように自然に、僕の中に入り込んできた。
バス停に着いて、バスを降りた。
ーーーもう、着いちゃった。
もっと、一緒にいたいと思う。
学園に戻れば、また一人だ。
・・・いや、一人ではないけれど。
僕の気持ちが分かったのか、有栖川くんがニコッと笑って
「平野。大丈夫だから。またな。」
「・・・うん。またね。」
バス停で、手を振って別れた。
僕は特に行くあては無いのだけれど、学園を離れたくて街に出てきていた。
「あ。」
スマホにメッセージが届いた。
有栖川くんからだった。
『なんかあったら、遠慮なく言えよ。大丈夫だから。』
ーーー大丈夫。
短いけど、力強い言葉。
泣きそうになった僕は、ぐっと堪えて有栖川くんに貰ったお茶を飲んだ。