千尋とお風呂と高槻先輩
高槻先輩は遅くなるみたいだ。
俺は帰り道に買ってきた弁当を食べて、お先に風呂に入ることにした。
昨日はシャワーだったけど、今日はゆっくり湯船に浸かろう。
有栖川邸から持ってきた良い香りのバスソルトのボトルを出す。
最初は「女子かよっ」って思ったんだけど、有栖川邸のメイドさんに勧められて、今ではすっかりハマってしまった。
なんか、いろいろあるんだよ。
ローズ、ミルク、ラベンダー、岩塩、泡風呂になるやつとか。トロみのあるやつとか。
「1日の疲れを取る入浴は大切です!」と、メイドさんがたくさん荷物に入れてくれた。
千尋様の美容のためにも~とか言ってたけど・・・
まぁ、単純に良い香りだから、持ってきただけだ。
今日の保健室での嫌~な出来事を忘れる為にも、お風呂でデトックスじゃ!
俺は風呂掃除をして、浴槽に湯を溜める。お風呂もけっこう広い。
今日はピーチの香りにしてみた。
美味しそうな匂いが好きなんだよね。
サラサラとバスソルトを入れる。
い~い香りだなぁ。
ちょっとウキウキしながら、俺は服を脱いだ。
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◆高槻視点◆
ようやく部屋に帰ってこれた。
・・・疲れたな。
親衛隊の制裁が噂されていて、風紀もピリピリしていた。
ーーー理由が理由なだけに、バカバカしいことだが、放っておくわけにもいかない。
「はぁ・・・。」
ため息を吐いて、キッチンで水を飲む。
そしたら、楽しげな鼻歌が聞こえてきた。
「千尋?・・・ッッ!?」
バスルームからリビングへ、上機嫌の千尋が歩いてきた。
ーーー頭にタオルを被り、ボクサーパンツ1枚で。
「あ。高槻先輩、おかえりなさい。」
俺に気付いて、千尋はこっちを向いた。
ーーー待て待て待て!その格好はいかん!
「千尋!服を着なさい!!」
思わず怒鳴ってしまった。
「あ!ごめんなさい!!気持ち悪いですよね。」
「は?」
気持ち悪くなんか・・・そこでやっと気付く。
千尋の胸には、大きな手術の痕があった。
今は俺に背を向けている。俺が手術痕を気持ち悪く感じたと思ったようだ。
ーーー違う!!
傷つけてしまったかもしれない、と俺は焦った。
「違うぞ!千尋!」
「あっ・・・。」
千尋の腕を掴んで、強引に振り向かせた。
その拍子にタオルが床に落ちた。
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◆千尋視点◆
俺はのんびり風呂に浸かって、1日の疲れを解消した。
いいね。お風呂は。最高です。
長風呂のせいで熱くなっちゃったので、パンイチでリビングに出てった。
「千尋。」
あ。高槻先輩、帰ってきてたんだ。
「千尋!服を着なさい!!」
なんか、めっちゃ怒られた。しかもお母さんみたいな怒り方で。
男同士だし、ちゃんとパンツ履いてるのに・・・あ!!
自分の胸のキズを見る。
醜く引きつれた、けっこうグロい痕だ。
俺は咄嗟に先輩に背を向けて謝る。
こんなモン、誰だって見たくないよな。
てゆうか、一個しかない仏の顔、今ので消去しちゃってないよな?
俺は冷や汗をかいた。
高槻先輩に腕を掴まれて、強引に振り向かされる。
「違うぞ!千尋!」
「あっ。」
その拍子にタオルが落ちた。
高槻先輩は俺の手術痕を見て、少し辛そうな顔をした。
「・・・辛かったか?」
こっちはダミーの手術痕なんだけど。
「あ~。最初はリハビリとか、大変でしたけど。もう問題ないです。気にしないでください。
すみません。お見苦しい。」
俺はヘラっと笑ってみせる。
「・・・見苦しくなんかない。」
高槻先輩は、そっと俺の胸のキズに触れた。
え?ちょっと・・・って思ったけど、その手がそっと、あんまりにも優しい触れ方だったので、俺は何も言えなかった。
「・・・先輩?」
恐る恐る見上げると、ハッとした顔をして、タオルを拾って俺の頭に被せた。
ワシャワシャ髪を拭かれる。高槻先輩、力強すぎ。頭、ぐらんぐらんするわ!
「風邪ひくぞ。」
「長風呂しちゃって熱いんですよ。あ。高槻先輩もお風呂入るとき、使っていいですよ。俺、バスソルトいっぱい持ってきたんで。」
「だから、甘い匂いが・・・。」
「ピーチです。」
高槻先輩、怒ってる訳じゃないみたい。良かった。
ただ、風呂から出たら必ず部屋着を着る用に約束させられた。
高槻ルールかな。
これから、1年間協同生活を送るんだから、気をつけよう!
一個しかない仏の顔を失いたくないからね。
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◆高槻視点◆
俺は慌てて千尋を振り向かせた。
千尋は驚いた顔をしている。
改めて胸の手術痕を見て、俺の胸がキュッと締め付けられた。
千尋の白い胸に大きく、歪に残された痕。
こいつはいつも笑顔でのほほんとしていて忘れそうになるが、3年間の意識不明の状態から奇跡的に目覚めたんだ。
「・・・辛かったか?」
「最初はリハビリとか、大変でしたけど。
もう問題ないです。気にしないでください。
すみません。お見苦しい。」
そう言って、ふわりと千尋は微笑む。
その笑顔が儚げで、胸が締め付けられた。
「・・・見苦しくなんかない。」
無意識に、傷痕に触れた。
白くて華奢な胸の、引き攣れた傷痕。
それが逆に儚さとなって、千尋に対する庇護欲を駆り立てられる。
「・・・先輩?」
俺はハッとして、タオルを拾って千尋の頭に被せた。
誤魔化すように、ゴシゴシと濡れた髪を拭いた。
俺にされるがままになっている千尋の体からはほのかに甘い香りがした。
「高槻先輩もお風呂入るとき、使っていいですよ。俺、バスソルトいっぱい持ってきたんで。」
「だから、甘い匂いが・・・。」
「ピーチです。」
千尋が俺を見上げて、にっこりと笑う。
ーーーこの格好でその顔はいかん!
「・・・風呂上がりでも、そんな格好で出てくるんじゃない。いいか?千尋。」
「はぁい。」
「お前は無防備すぎる。もう少し、気をつけろ。」
「?」
千尋はキョトンとしている。
純粋培養された素直な子なんだろうな。
今朝も放課後も、俺と一緒にいたから牽制にはなっていると思うが・・・
一週間は登下校は一緒にしよう。