蘭川咲子 ー25歳夏ー
「ただいまー」
誰もいない家に、今日も帰宅の挨拶をする。初めは違和感しかなかったけれど、こんなことも二年も続ければすっかり日常になる。
人なんてそんなものなのだろう。違和感と生きるのは苦しいけど、慣れてしまえば苦しいことも平気になるし、楽しいことも見つけられる。
ーお前は出来ることをやってるのか?ー
このセリフの意味は今は理解している。つもりだけど。二年前の私にはわからなかった言葉。彼が初めて私にかけた言葉。私の人生を少しだけど大きく変えた言葉。ただ彼に会いたい。
今彼は生きているのだろうか、そもそもその概念の中にいるのだろうか。
今でも夢に見る彼の後姿。決まって前を見られないのは私の弱さ。心が逃げてるんだと思う。
ピロンと短い携帯の受信音が考え事を中断させる。なんとなくだけど楽しいことな気がして、いつもならお風呂で見るメールをチェックする。
『同窓会』
あの懐かしき友たちとの会。毎年開かれてるらしいけど、逃げたい私は、二回とも参加していない。
でも、今回は参加しようかな。もう逃げるのはお終いにしなきゃ。
私の指は、迷いながらも確実に返信の文を作っていた。