R.U.N.E〜幸せのカタチ〜
真っ白だ。
目を開いても
閉じても
ここはどこなんだろう
僕は誰なんだろう
誰かいないのかな?
僕しかいないのかな?
いや ここには
僕すらいない
1
目が覚めた。
なんだかすごく変な夢を見ていた気がする。
見上げれば白い見慣れぬ天井。
そうか、僕は入院していたんだったな。
一ヶ月前に、交通事故に遭って、大怪我をしたんだった。
時計を見上げると、もう昼前だった。
「一樹くん、お見舞いの方来てますけど…どうします?」
「え、あぁ 入ってもらって結構ですよ。」
がちゃっと病室のドアが開く。
「一樹!!」
開くなり飛び込んでくる見知った顔。
「茜、あんまり飛びつかないでくれ。その…周りの視線がイタイ…」
無論、ここは個室などではない。4人収容の大部屋である。
周囲の患者はイタイ視線どころかもはやあきらめたようにいつも通りだ。
要するに、茜は事故から一ヶ月の間、毎日見舞いに来てたりする。
「全く、別に毎日来なくたって…ってゆーかおまえ学校はどうした?」
ちなみに、僕も茜も一般的な高校2年生だ。
「そりゃ毎日来るでしょ、心配だもの。ちなみに学校は今日はお休みだよ〜」
いわれて日付を見る。 そういえば今日は創立記念日だったかも知れない。
まぁ、毎日この時間に来てる時点で、しばらく午後の授業に出てないのは確実だろう。
「で?退院はいつくらいなの?」
「ん、もうほとんど完治だからもうすぐだと思う。」
「そっかそっか。うんうん、よかったよかった」
茜はとてもうれしそうな顔をしている。
そうして、いつものように夕方まで話し込むと、彼女は帰っていって、僕はまた、暇なひと時を過ごし始める。
2
退院の日が来た。僕は帰宅の準備を整えて病室を出る。
「お世話になりました。」
「一樹君、退院おめでとう。それと、お大事に。」
看護士さんが優しい言葉を掛けてくれる。
踵を返し、病院を後にする。目の前には、茜の姿。
「茜……」
「行こう、一樹。」
「……うん」
茜と並んで歩き出す。
平日の昼。街はなんとなく閑散としている。
なんでもない風景。いつもの街並み。
でも―――
―――この違和感は何だろう?―――
人の気配があるのに人がいないような
まるで、夢の中みたいに色褪せて見える世界
何だ?コレ……
「どうしたの?」
気がつくと茜が僕の顔をのぞき込んでいる。
顔を上げて辺りを見回す。
先ほど感じた違和感は……無い。
「ん、何でもない。ちょっと疲れてるかも。」
「そう?少し、休む?」
「いや、もう大丈夫。それより早く帰ろう」
僕等はそのまま家路へと着くのだった。
3
ジリリリリリリ
カチッ
目覚ましの音で目を覚ます。
「―――朝―――?」
ぼんやりと昨日の出来事を思い出そうとしてみる。
いつの間に家に戻っていつの間に寝たのかも、
いや、昨日全体にもやがかかったみたいに思い出せない。
「まぁ、いいか。」
どうせ他愛もない日常だったのだろうと割り切って布団からはい出る。
階段を下りて居間へ向かう。
「おはよう。」
「おはよう、一樹。」
母さんがなんだか機嫌良くみえる。何かあったんだろうか。
朝食を食べている間もずっと僕のことを見て微笑んでいた。
「じゃぁ、いってきます。」
「はい、気をつけて行ってらっしゃい。」
何も変わらない日常
何も変わらない朝
本当に何も変わらない繰り返しを、今日もまた始める。
4
「……」
少女は眠っている。
穏やかな寝息を立てて、幸せそうに眠っている。
傍らには少女の兄が立ち、少女を見下ろしている。
「×××、いつまで、寝てるんだよ……」
少女の名前を呼ぶ兄。しかし、眠る少女は何も答えない。
「×××……」
彼はそのままゆっくりと少女のベッドに腰を掛ける。
そして部屋の壁に掛けられたカレンダーを見る。
「もう、一ヶ月か……」
前の月のページのままのカレンダー。それは、まるで少女の時間がそこで止まってしまったかのように動かない―――
少女は幸せそうな寝顔を浮かべて、既に一ヶ月覚めぬ夢を、未だ見続けていた。
5
「一樹」
だれかが僕を呼んでいる。
誰だろう。
目の前は真っ暗で何も見えはしない
「一樹っ!!!」
はっと我に返る。
目の前にはこめかみに青筋を浮かべた教師が立っていた。
「何ぼーっとしてるんだお前は。そんな暇があったら前出てあの問題を解け。」
「あ、はい。」
僕が入院している間はそれほど授業が進んでいなかったらしく、僕はなんとか問題を解いて席に戻る。
「うむ、正解。じゃぁ次の問題は……」
退屈な授業が続いている。
隣の席の茜はまじめにノートを取っている……ふりをして実はノートには落書きが大量に書かれている。
そのくせテスト前になると「真面目に授業受けてたけど全然わかんないー」とか言い出すのだ。
でも、落書きを書いてる時の楽しそうな茜を見るのは、僕はとてもスキだ。
6
そのうちに放課後になって
またいつものように茜と家路につく。
そして、帰り道の途中にある曲がり角に差し掛かる
―――ィィィィィィィ―――
無音の騒音。
音ではないのに近づくその喧噪が僕の目の前に迫り、僕をすり抜けて通過する。
思わず振り返る。
そこには何もない。何でもないいつもの帰り道。
「どうしたの?」
茜が首をかしげていた。
「ん、何でもない。」
そういってまた僕たちは歩き始めた。
7
次の日になって目が覚めた。
ジリリッカチッ
目が覚めてから目覚ましが鳴ったからすぐ止めた。
ぼんやりと昨日の出来事を思い出そうとするけど、
昨日全体にもやがかかったみたいに思い出せない。
「まぁ、いいか。」
どうせ他愛もない日常だったのだろうと割り切って布団からはい出る。
ふと本棚を見る。教科書やら、マンガやら、参考書やらが入り乱れている。
その中の一つのマンガ雑誌に手を伸ばす。
週刊のその雑誌は今日が発売日のはずだ。だが、
その雑誌が手元にある。
「昨日買ったのかなぁ?」
書店によっては発売日前に出すこともあるかもしれないと思って、別に気にもとめなかった。
階段を下りて居間へ向かう。
「おはよう。」
「おはよう、一樹。」
母さんがなんだか機嫌良くみえる。何かあったんだろうか。
朝食を食べている間もずっと僕のことを見て微笑んでいた。
「じゃぁ、いってきます。」
「はい、気をつけて行ってらっしゃい。」
何も変わらない日常
何も変わらない朝
本当に何も変わらない繰り返しを、今日もまた始める。
8
学校に着いて、授業が始まる。
同時にその違和感が再びよぎる。
「あれ……?」
板書を続ける教師。
それを書き写す他の生徒達。
僕のノートには、既に
―――今日の板書が―――
―――教師の板書が、僕のノートをなぞるように書かれる―――
―――教師の手が止まる―――
―――僕に近づいてくる……?―――
はっと我に返る僕。
目の前にはこめかみに青筋を浮かべた教師が立っていた。
「何ぼーっとしてるんだお前は。そんな暇があったら前出てあの問題を解け。」
「あ、はい。」
その問題は見たことのあるような問題。
いや、前にやった問題だ。それも、つい最近。
「ふむ、正解。」
そのまま席に戻る。
そしてここ数日のことを思い出そうとしてみる。が、
どうも思い出せない。
その後も放課後まで、聞き覚えのある授業を受け続けた。
9
「一樹、帰ろう。」
放課後、茜が声を掛けてくる。
「あぁ、うん。」
つい気のない返事をしてしまう。
今日というこの大きな既視感が僕を大いに惑わせていた……はずだったが、茜の顔を見ていたらそんなことはどうでも良くなっていた。
「じゃ、行こっ」
二人で歩き出す。
そして、あの交差点に差し掛かると再び、無音の轟音が鳴り響く。
聞こえないはずの無音。襲い来る轟音。それはその交差点を通るたびに聞こえる。
家に帰る前にコンビニに寄って、「今日発売」のマンガ雑誌を買う。
そして、家に帰り、自分の部屋に入って気付く。
本棚の中には、その雑誌が既に収まっていた。
「……ま、いいや」その隣に新しい雑誌を突っ込んで、あとは普段の日常の繰り返し。 そして、夜が更け、再び明けていく……。
10
次の日、
違和感が確信に変わる。
相変わらず昨日やその前のことはイマイチ覚えていないが
今日は明らかにおかしい。
「今日発売」のマンガ雑誌が二つ並んで本棚に入っている。
いくらなんでも、発売日前に二冊買う理由はない。
「この世界は……どこか、おかしい。」
走る。
学校ではなく、違和感の根源の、あの交差点へ。
そこには茜が立っていた。
「茜、なんでここに?」
茜は静かに眼を閉じ、そしてゆっくりと開く。そして、じっとこちらを見据える。
「気付いちゃったんだね。この輪廻に。」
僕も茜を真っ直ぐに見つめる。
「うん、まぁ今日がサ○デーの発売日じゃなければ、気付かなかったかもしれないけどね。」
「そっか、週刊誌は計算外だったな。」
茜はいたずらの見つかった子供のようなバツの悪そうな顔をする。
「説明……してくれるよね。茜」
しばしの沈黙。その後、茜がゆっくりと口を開いた。
「今日、何の日か知ってる?」
「今日は、多分平日だと思うんだけど。」
「そう、普通の何でもない日。今日までは。」
茜の言動はわかりにくく、時折首をかしげてしまう。
「今日までは?」
「そう、今日の17時44分、この交差点で、×××××××××××……」
それは、僕にとってあまりにも衝撃的だった。
11
眠っている少女。その表情が哀しみに満ちていく。
傍らの少女の兄がいち早くそれに気付く。
「×××、どうした?なぁ、×××!」
少女は夢の中で泣いているようだった。
小さな嗚咽が少女から漏れる。
「×××、しっかりしろ。おい!」
しばらくすると、落ち着いたのか、そのまま静かに寝入る少女。
「なぁ……」
兄が突然わなわなと震える。
「眼を……開けてくれよ……おまえの……×××のためなら、俺はこの命だって差し出してもいい!! だから……」
少女に向かって叫ぶ。
しかし、少女は起きようとはしない。
「だから……お願いだよ……『茜』」
茜と呼ばれた少女の顔に兄の涙が落ちる。
それはそのまま茜の頬をつたい、流れ落ちた。
12
「そう、今日の17時44分、この交差点で、一樹は事故で死んだのよ……」
僕は言葉も出ない。
茜はそのまま続ける。
「とても悲しかった。私の大好きな一樹が、
ずっと一緒だと思ってたのに、こんなに突然!!」
「私は願った。一樹が生きている世界を望んだ。
そして『ここ』に辿りついた。」
すっ―――と、茜が眼を閉じる。
「ここは素敵な世界。私の願いを叶えてくれる、私の世界。
私の夢。そう、これは夢なの。でも、
醒めない夢」
「私はここで一生暮らすの。一樹と一緒に、一樹のいるこの世界で。
醒めない夢は私の中で『現実』となり、私は永遠に幸せになれる」
茜は優しく微笑む。天使のような、悪魔のような微笑み。
「だから、続けましょう。この夢の続きを。ねぇ、一樹」
僕は顔を上げて、真っ直ぐに茜を見た。
「それが、茜の幸せなの……?」
「そう、一樹がいて、世界が回っている。これは夢。だけど醒めることのない夢なの。」
僕はきっと憐れむような表情をしていた。
「茜、夢はいつか醒めてしまう。僕は自分の死を受け入れる。だから、茜が僕の分まで生きることが、僕の幸せ。」
両手を広げて、茜の前に立つ。
目の前には、ずっと無音だったその轟音が
『あのときのトラック』になって轟く。
キィィィィィィィィィ―――
そして、僕は、
この世界から去った
13
目が覚めた。
私の部屋
目の前に誰かいる。
「×××、×××……」
私を呼ぶ声がする。
「茜……!!」
「お兄……ちゃん?」
目の前にいたのは私の兄。
「茜、よかった。よかった……」
何が
「何が……」
ナニガソンナニヨカッタノ
そのとき、私はすごく冷たいしゃべり方だったと思う。
「茜、ずっと眼覚まさなくて……俺ずっと心配してたんだぞ?」
私の中にはいいしれぬ悲哀、そして憤怒。
私が
「私がこんなに哀しいのに……」
兄は悪魔でも見るような眼をしていたと思う。
私は寝間着のまま、裸足のまま、外へ出る。
「一樹、一樹。この世界にはいない一樹。
ねぇ、私も連れて行ってよ、あなたのところに。
あなたのそばに居ることが私の幸せなのに!!」
踏切の真ん中で崩れ落ちる私。
いっそ このまま
カズキトオナジバショヘ
カン カン カン カン
警報がなり、電車が近づく。
カズキ、コレデイッショダヨ
14
7月13日 ○日新聞 記事抜粋
今日未明、t市内の交差点でひき逃げ事件が起きた。ひき逃げ犯は早期に
自首し、傷害の疑いで逮捕されている。被害者の市内在住友坂一樹さん(17)は頭蓋骨骨
折など意識不明の重体。この事故のショックで一樹さんの双子の妹の友坂茜さん(17)が
錯乱状態に陥り、そのまま意識不明に。 8月14日 ○日新聞 記事抜粋
13日未明、t市内の踏切で人身事故が起き、死者1名、重傷1名を出した。
死亡したのは市内在住の友坂茜さん(17)で、事故当時かなり精神的に錯乱しており、寝
間着に裸足姿だった。重傷だったのは茜さんの双子の兄の友坂一樹さん(17)で、茜さん
を助ける為にみずから踏切に飛び込んだものだ。警察ではこの事件を自殺として捜査を進めている。
15
茜は一樹への想いのあまりみずから命を絶った
一樹は茜への想いのあまりみずから命を絶つ
共にありたいという想い。
突然壊された日常に翻弄された二人の
最後に見た幸せ
―――幸せのカタチ―――
これは大学の講義が暇で暇でしょうがないときに書き上げた短編です。
ちなみにその講義は「優」でした(笑
こーゆーのを逃避エネルギーって言うんでしょうかね。
よく分かりませんがとても筆(というかタイピング?)が進んだ記憶があります。
で、書き上がったの見ると自分でもよくわからん(何)ので簡単な解説を。
概要としては、このお話は茜の夢の中のお話です。というのは多分わかると思うのですが、茜は夢の中で、一樹を幼馴染だとカン違いしています。物語終盤でわかるとおり、一樹は茜の双子の兄です。この夢の中では、茜は身内を失ったショックを和らげるため、一樹を「幼馴染」という、親密な関係をそのままに、赤の他人にスワップしたということなのです。
そのため、最後に目が覚めたとき自分の「兄」を「一樹」だと認識できなかったというわけなのです。
茜の夢の中は事故当日をずっと繰り返していました。
正確には、茜が眠った日をずっと繰り返しています。
授業の内容が変わらないのも、茜がその先の授業を知らないからなのです
では最後まで読んでいただき、ありがとうございました。