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第8章 近道 横道 遠い道


 ドラゴンを見送ったあと、オレ達は沖合に船を泊めた浜に行った。

 オレ達を運んでくれた船は、もういなくなっていた。

「ま、しかたないよな。

 朝までって、約束だったしな」

「これから、どうする?」

 ララは、赤毛を指に巻きつけて遊んでいる。

「爺さんのところで、学校からの迎えを待つしかないだろ」

「それしかないわよね」

 小屋に戻ると、カウフマン爺さんは、まだ、額に縦じわを寄せていた。

「爺さん、まだ、説明が考えつかないのか?」

「相手はゴールド・ドラゴンじゃぞ。

 下手な説明で誤魔化そうとしてみい。

 ブレス一吹きで、こっちは消し炭じゃ」

「黙っているわけにはいかないの?」

 ララの言葉に、爺さんは縦じわをさらに深くした。

「あの若造ドラゴンは知らなかったようだが、

 族長があの名前がどんなことに使われているか、知らないはずがない。

 あー、納得できる説明と、言い訳を考えにゃあならんとは」

 ブツブツと文句をこぼす。

「まあ、がんばってくれよ」

「そういえば、お前達、なんで戻ってきたんじゃ」

「船がいっちゃったのよ、学園から迎えがくるまで、ここに置いてくれない?」

 ララが壁に寄りかかった。

「船が帰ってしもうたのか?」

「そうなの、いいかしら?」

 爺さんは「かまわんが…」と、いったあと、

「そうじゃ、いいものがあるんじゃ」と、椅子から立ち上がった。

「いいもの?」

「こっちじゃ」

 扉のひとつをあけると、オレ達を手招きする。

 ついていくと、地下に降りる階段がのびていた。

 爺さんが魔法で、いくつかの灯り玉を浮かべてくれる。

「滑るから、気をつけるんじゃぞ」

 灯り玉の青白い光が、あたりを照らしだす。

 石の階段は、表面に苔が生えていた。

 びっしりと隙間なく生えているところをみると、普段はつかわれていないらしい。

「ウィル!」

 ララが階段の壁面に触れている。

 指がなぞる先には、古代文字とおぼしきものが彫られていた。

 古代文字は、魔術文字のひとつだが、今ではあまり使われていない。

 もし、本物の古代文字ならば、この階段は千年以上の時を経ていることになる。

「真実の道を求めよ。

 真実の道はひとつ。

 真実は道は力

 真実の道は智。

 真実の道は…あとは、薄くて読めましぇんねぇ」

「ムー、あんた、古代文字が読めるの?」

 ララの声が震えている。

 古代文字や神聖文字が超難解な魔文字だということは、魔術に疎いオレでも知っている。

「読めましゅよ、ボクしゃんは魔術師でしゅから」

 エヘンと胸を張る。

 危険な召喚魔術しか使えない、役に立たない魔術師だが、

 100年に1人の逸材というのは、本当なのかもしれない。

「すごいじゃない!」

「そうでしゅ、ボクしゃんはすごいんでしゅ!」

 さらに胸を反らしたところで、足を滑らせた。

「ひょえーーーーー、でしゅーーーー」

 階段を滑り落ちていくムーの足を、カウフマン爺さんが捕まえた。

「こら、気をつけろといったじゃろうが!」

「しゅみましぇーん」

 階段を下りたところは、広間になっていた。

 石の床に、石の壁に、石の天井。

 陽光が射さない暗闇の部屋を、灯り玉の青白い光が照らす。

「こいつは、何だ?」

 部屋の床の真ん中に、サークルが描かれていた。

 古代文字と見たこともない記号で書かれたサークルは、直径5メートルほど。

「こいつぁ、転移装置じゃよ」

 爺さんはそう言うと、呪文を唱え始めた。

 サークルの外輪が、ぼんやりと輝きだす。

「これで、エンドリア王立兵士養成学校の裏の池に繋がったぞ。

 さ、そこの輪にはいるんじゃ」

 問答無用と、爺さんはオレ達をぐいぐい輪の中に押し入れる。

「学校の裏の池だって?」

「輪、でしゅか?」

「ちょっと、待っちなさいよ!」

 オレ達の抗議を無視して、背中を押しまくる。

「早くしないと、道が閉じてしまうんじゃ」

 爺さんは、オレ達全員が輪のなかに収まると、短い呪を唱えた。

 光の強さが、急に増した。

「待ってくれ!」

 オレは出ようしたが、光に弾かれた。

 サークルの外輪にそって出現している筒状の光は、薄い膜状の物質になっていた。

「おーい、爺さん、出してくれよ!」

 壁を叩くオレに、爺さんは手を振った。

「気をつけて、戻るんじゃぞー」

 次の瞬間、オレは灰色の世界に立っていた。


「ここは、どこだ?」

「あたしに、聞かないでよ」

 ララはいつもの調子だ。

 この異常な事態にも、動じていない。

「灰色しゃん、ばかりでしゅ」

 オレ達がいるのは、一面、灰色の世界。

 薄闇とは、違う。

 見渡す限り、すべてが灰色をしている。

 空も、地面も、池の水面さえも、乾いた灰色で統一されている。

「ムー、ここは異次元なのか?」

「違いましゅ」

 即答する。

「間違いないか?」

「異次元というのは、それ自体が存在している空間でしゅ。

 ここは存在していない空間でしゅ」

 存在しない空間。

 ムーが何をいいたいのか、よくわからないが、

 オレ達が住んでいるのとは明らかに違う、

 荒涼とした静寂の世界。

「存在していない空間って、なによ?

 あたしにわかるように、説明しなさいよ」

 高飛車な態度で命令するララ。

「ええとでしゅ…魔力とか気とか呼ばれている形のないものを使って作られた場所なんでしゅ」

 ムーが指で地面に、くねくねの線を書いた。

「これ、ファイヤー、でしゅ」

 その先に、Uを書いた。

「これ、指、でしゅ」

 Uの根元に、でかい円を書いた。

「魔力は、ここから、こっちにくるんでしゅけど…」

 円から指に、線を引く。

「…魔力が火になるんじゃなくて、魔力が火を作るんでしゅ」

「そのくらい、あたしも魔術概論で習っているわよ」

「ボクしゃんがいいたいのは、火は存在するものから魔力でつくりましゅが、魔力は純粋な力でしゅけれど、存在はないんでしゅ」

 ララが、ムーの耳を引っ張った。

「あたしにわかるように、説明しろといったでしょうが!」

「いいましゅた、いいましゅた」

「わからないわよ!」

「ララしゃん、もし魔術が存在する力だった、どうなりましゅか?」

 ララの頭に???が浮かぶ。

「存在するものは、変質することはあっても、完全に消滅しましぇん。

 魔力が存在するものだとしゅると、魔力自体を作りだしゅことだできるということになりましゅ」

「魔力って、つくれないの?」

「つくれましぇん。

 つくれたら、みんな、魔法バンバンできましゅ」

「そういえば、友達の魔術師が、魔力が少ないと嘆いていたわ」

「そういうことでしゅ。存在しないけれどあるもの、というのがあるんでしゅ」

「それで構築されたのが、この空間なのね?」

「わかってくれましゅたか」

 ララの平手が、ムーの頬に炸裂した。

「いたいでしゅーー!」

 叩いた手に、フッと息を吹きかけると、

「わからないって、いってるでしょ」と、言い捨てた。

 殴られたムーが、珍しく反抗にした。

「わからないのは、ララしゃんが!」

「あたしが…」

 いつ出したのか、ララの手に長針が光っている。

「…なんだっていうの?!」

「ええと、でしゅ」

 オレのほうを、チラリとみた。

 ムーの言いたいことはわかる。

 だが、相手が悪い。

 オレは、指で×を作った。

「なにがいいたいの、ムー?」

「ボクしゃんの、説明がわるかったでしゅ」

「わかればいいのよ」

 ララの手から、針が消えた。

「なあ、ムー」

「なんでしゅか?」

「お前の召喚術で、この空間とオレ達の済む世界を繋げられないか?」

「できましぇん。ここでは、ボクしゃんの魔力はゼロでしゅ」

「魔力、ゼロ」

「なーーーんも、魔法が使えないということでしゅ」

 堂々と言う、ムー。

 オレは、もう一度、言い方を変えて訊くことにした。

「なあ、ムー」

「なんでしゅか?」

「ここから、出る方法は、あるのか?」

「爺しゃん、転移装置といってましゅたから、あると思いましゅ」

「どんな方法か、わかるか?」

「転移装置は、いまの魔術ではつくれましぇん。

 サークルが古代文字でしゅたから、古代魔法の転移装置だと思いましゅ」

 ムーは、コクと首を傾けた。

「古代魔法の転移装置は、二カ所の遺跡で発見されてましゅが、

 どちらも壊れて使えましぇんので、出る方法はわかってましぇん。

 ラダミス島にあるということは、記録に載っていましぇんから、

 あの転移装置は賢者カウフマンが、密かに研究しているものだと思いましゅ」

 サークルにオレ達を押し込んだ時、爺さんはうれしそうな顔を思い出した。

「くそぉー、あの爺さん、オレ達を実験台にしやがったな!」

「ここから出る方法ではわかりましぇんが、手がかりはありましゅよ」

 ムーが再び、地面に書かだした。、

”真実の道を求めよ。

 真実の道はひとつ。

 真実は道は力

 真実の道は智。

 真実の道は”

「おしょらく、これが道しるべでしゅ」

「意味がわかるか?」

「真実の道、というのは、出口への道だと思いましゅ。

 でしゅから、解かなければならないのは」

 地面に書いた文字から、”真実の道”の部分を消した。

 残ったのは、

”求めよ

 ひとつ

 力

 智”

「”求めよ”と”ひとつ”は、”出口に続く道は一つで、それを探しなしゃい”ということだと思いましゅ」

「力と智は?」

「わかりましぇん」

 ムーと話ながら、オレは驚いていた。

 古代文字が読めることから、ムーが魔術に関して詳しいらしいことは予想がついていたが、

 予想以上に、膨大な知識ももっているらしい。

「ウィルしゃん、これから、どうしましゅか?」

 この世界には、空も、大地も、池もある。

 それなのに、動くものが、ひとつもない。

 生き物は影すらもみせず、風は吹かず、池は波立たない。

「オレ達がこの世界にきてから、かなり経つが、何もおこらない。

 とりあえず、この場所から移動してみないか?」

「そうね、この風景も見飽きたし」

 ララとオレが歩き出すと、ムーが駆け寄ってきて、オレの上着を引っ張った。

「今日は、背負わないぞ」

「えぇーーーー、なんででしゅか!!」

「マロール山の時と違って、急ぐ必要がないだろ」

「ふゅぅー……でしゅ」

 プゥと頬を膨らませたムーだが、おとなしくオレ達のあとについてきた。

 

 オレ達3人は、灰色の大地を黙々と歩き続けていた。

 歩いても、歩いても、同じような風景が続いていた。

 空と大地と池。

 この三つだけしかない。

「もう、ダメしゅ……」

 ついに、ムーが根を上げた。

 膝から、がっくりと地面に着くと、そのまま座り込んだ。

「み…水が、欲しいでしゅ」

 ララが、池を指さした。

「飲んだら?」

 ムーが首をブンブンと振った。

 どんなに喉が渇いても、灰色の水はイヤなようだ。

「ウィル」

 ララが、今度はオレに話しかけてきた。

「このまま歩き続けても、無意味のような気がするんだけど」

「それで?」

「なにか、いい案がない?」

「あれば、やっている」

 同じ場所をグルグルまわっているような変化しない風景。

 手がかりらしいものは、なにひとつ見あたらない。

「ウィル、拳法家でしょ。怪しい気配とか読めないの?」

 そういえば、試験の朝、ボリスにも同じことを言われた。

「そういうお前は、暗殺者だろ。気配は専門じゃないのか?」

「あたしは、気配を消すプロ。読むほうじゃないわ」

 ララの目が、それ以上の追求は許さないという無言の圧力をかけてくる。

「そ、そうでしゅ、そうだったんでしゅ」

 ムーが目をキラキラさせた。

「何か、気がついたのか?」

 オレの問いに、力強くうなずいた。

「ウィルしゃん」

「何だ?」

「拳法家だったんでしゅね」

 殴りそうになった拳を、気力で押さえ込んだ。

「…教えただろ、マロール山で」

「そうでしゅたけ?」

「そうだ」

「じゃ、ウィルしゃん、気をつかえましゅよね?」

 微妙に、話がずれている。

 ずれているが、指摘はしなかった。

 ムーが相手では、話がさらにずれるに決まっている。

「気って、気功の気のことか?」

「はい、でしゅ」

「そりゃ、使えるけどな」

 拳法にも流派が多くある。

 単純に拳法の技術のみで戦う流派もあるが、

 ほとんどの流派では、気をつかう。

 体内を巡る気は、上手く操れば、戦いの時だけでなく、治癒の促進など、幾通りもの使い方ができるからだ。

「いま、気を使えましゅか?」

 オレは足を軽く開いて、背筋を伸ばすと、両目を閉じた。

 気は、体中に散らばっている。

 それを経絡という道を使って、丹田に集めて使う。

 いつもならば、身体の各所に散った気を簡単につかまえることができるのに、

 いくら探しても、気がつかまらない。

 まるで、身体からすべての気が消えてしまったようだった。

「…ダメだ。気がつかまらない」

 ムーのでかい目が、さらにキラキラした。

「やっぱりでしゅ、出口がみつかったかもしれましぇん」

「なに!」

「本当なの!」

「はい、でしゅ」

 ムーは立ち上がると、ズボンについた土を、手ではたき落とした。

「ええと、でしゅ。ボクしゃん達が探しているのは、”力”か”智”でしゅよね?」

「そうだ」

「そうよ」

「”智”は、こっちにおいときましゅ。それで”力”としましゅ」

 ムーがララとオレの顔を、交互に見る。

「考えてみてくだしゃい。ウィルしゃんの気と、ボクしゃんの魔力が消えましゅた。

 この世界で残った”力”は、なんだと思いましゅか?」

「それで答えは、なに?」

 考えるのを、最初から放棄しているララ。

「ウィルしゃんは、なんだと思いましゅ?」

 ここでオレ達が戦うとする。

 戦力になるのは、

 ムーの召喚魔法は使えない。オレの気も使えない。

 ララの針などの直接攻撃、オレの気を封じられた拳法。

「そうか…その言葉通り、肉体の”力”を使っての攻撃のみ、有効なんだ」

「ボクしゃんも、そう思いましゅた」

「で、出口はどこ?」と、ララ。

「ここにあるのは、空しゃんと池しゃんと地面しゃんだけでしゅ」

「で、出口は?」

 ララの手に、長針が出現。

 ムーが地面を、トントンと踏んだ。

「ここでしゅ…」

「ここが、出口ですって」

 針を引っ込めたララが、地面を手でさわった。

「なにもないわよ」

「ここしゅかないんでしゅ。

 空しゃんは、遠くて、とどきましぇん。

 池しゃんの水は、力で攻撃できましぇん」

「なるほど、地面だけは、オレ達が力で攻撃できるというわけか」

「そうでしゅ」

 灰色の大地。

 ムーは立ち上がるときに、土を払った。

 この世界で、オレ達が唯一、触れることができる物質。

「やってみるか」

「手伝うわ」

 ララがナイフを握っている。

 オレは心を静め、拳を固めた。

「ドリャーー!」

 渾身の一撃を、地面に打ち込んだ。

 奇妙な手応えだった。

 分厚い板を殴ったような硬いけれども、裏には空洞があるような細かい振動が手に残った。

「どう?」

「土でできた板のような感触だ」

「じゃ、これで切れるかしら?」

 ララのナイフが、地面を一閃する。

 灰色の地面が、バターのように真っ直ぐに切り裂かれた。

 幅3センチほどの切れ目から、青白い光が漏れてくる。

「出口でしゅ!!」

「よし、広げろ!」

 だが、オレ達が手を差し込むより、切れ目は閉じてしまった。

 元通りにピッタリとくっついている。

 ララが何度か切ってみたが、切れるが、すぐに閉じてしまって、はいるのは無理そうだ。

「ナイフは、反則ってことらしいわね」

 さっとナイフを消すと、地面に座った。

 ムーも、並んで座る。

「頼んだわよ、ウィル」

「よろしくでしゅ」

「おまえらなあ…」

 オレがひとりで壊すことになった地面は、意外なほどもろかった。

 連続して数回殴ると、あっさりと割れた。

 割れ目は、灰色の世界全体に亀裂を生じさせ、

 オレ達は、あっという間に割れ目の青白い光に吸い込まれていった。

 

「なによ、この世界」

 ララが、不愉快そうに言った。

 オレ達を吸い込んだ青白い光は、次の世界までの通路だったらしい。

 光が弱くなったと思ったら、この世界に放り出された。

「おめめさんが、チッカ、チッカ、でしゅ」

 この前の世界が灰色の世界とするならば、この世界は極彩色の世界だ。

 色鮮やかな木や草が大地を埋め尽くし、長い尾羽の鳥達が歌いながら飛んでいる。

 使われている色は原色や蛍光色などの刺激の強い色彩で、ペンキのようにベッタリと濃くいろどられている。

「ここ、イヤでしゅ」

 オレ達が出現した場所は森だった。

 太い木々が空高くそびえ、丈の高い草がびっしりと生えている。

 木や草の形は、オレ達の世界の形と同じだが、色が違う。

 青い幹に紫の葉が生い茂り、糸のような細い金の草が風になびいているのだ。

「早くでましょうよ」

 ララが、紫の葉を引きちぎった。

 葉の切り口から、黒い液がダラリとこぼれる。

「なによ、これ」

「わかるかよ。とにかく、この世界の物には手を出すなよ、危なそうなんだから」

 蛍光ピンクの鳥が、鳴き声をあげて、頭上を過ぎる。

「そんなこといっても、何か試してみなければ、でられないでしょ」

 幹の周りを回って調べたり、皮を引っかいたりしている。

「ムー、ここは”智”だったよな」

「たぶん、そうでしゅ」

「なんか、手がかりになりそうなものがあるか?」

「ないでしゅ」

「あっさり、いうなよ」

「ないものを、あるとは、いえましぇん」

「そうだけどよ」

 繁った葉の合間から、陽の光が射し込むが、七色のプリズムカラーで、

 真っ直ぐな虹が、森の突き刺さっているみえる。

「どうする?」

 ララが、金糸のような草を指先で、そっと触れた。

 草のほとんどが、金糸のような草で、あたり一面に生えていた。

 丈はオレの腰ほどの高さがあり、風が吹くたびに先端をユラユラと揺らす。

 こわごわと草に触れているムーに、オレは聞いた。

「ムー、魔力は戻ったか?」

「だめでしゅ」

 魔力が戻らないということは、オレ達ができることで解決しろということらしい。

「ヒントは、”智”だけか」

 普通に考えれば、知恵を表す”智”だ。

 オレ達がもっている知識は、オレ達の世界の法則に従っている。

 法則の違うこの世界では通じない。

 金の草を、爪ではじいていたララが、

「ムー、ちょっと聞いていい?」と、言った。

「…はい、でしゅ」

 体勢は、逃げにはいっているムー。

「この世界を作ったのは、古代魔法を使った人たちだと思う?」

「ええと…たぶん、でしゅ」

「そうなら、ムーが知っている古代魔法の知識を、あたし達に教えてくれない?」

「はい??でしゅ」

「古代魔法の知識を、あたし達にわかりやすく、教えて」

「わかりしゅくでしゅか?」

 目がウルウルしているムー。

「…いいわよ、わかりにくくても」

 ララが、折れた。

「ええと……古代魔法は説明しにゅくいので、簡単でいいでしゅか?」

「いいわよ。そのかわり、短くしてね」

「はい、でしゅ」

 ララの希望どおり、ムーの説明は、簡単で短かった。

 古代魔法はムウンス人という、古代国家を形成した人種が発明した魔法のことをさすらしい。

 ムウンス人は、いまから六千年前以上昔に、国が滅亡。

 人々は流浪の民として散り、数千年の間に世界各所に地域に根を下ろした。

 長い旅の間に、古代魔法の知識は失われ、純粋なムウンス人は、もう存在していないらしい。

「それは、古代魔法の歴史。

 あたしがいったのは、知識」

「知識でしゅか、知識、簡単な知識……うーん、でしゅ」

 真っ赤な顔をして考え込んでいる。

「どうしかしたか?」

「ララしゃんでもわかる、知識というのが……」

 ララの額に、ピキィと青筋がたった。

 オレは慌てて、ムーを話をさえぎった。

「ムー、とりあえず、説明だ」

「はい、でしゅ」

 古代魔法は、言語と記号で構成されているらしい。

「精霊魔法や神聖魔法の仲間しゃれると思われるんでしゅけど、そっちとは違いましゅ。

 人が人の魔力で使いましゅから、いまボクしゃん達が使う魔法に近いんでしゅ」

「魔力さえあれば、誰にでも使えるのか?」

「だめっしゅ、誰でもは使えましぇん」

「今の人の魔力で、使えないのか?」

「違いましゅ。魔力は大丈夫でしゅ。

 使えないのは、記号のせいなんでしゅ」

「記号?」

「記号が発音でなく、魔力の構成方法なんでしゅ。

 そこまではわかってるんでしゅけど、

 記号の多くが解析しゃれていないんでしゅ」

「でも、わかっている記号があるんだろ?」

「はいでしゅ。でも、魔力の構成には、熟練の技術が必要でしゅから、

 上級レベルの魔術師じゃないと、できないんでしゅ」

 試しに聞いてみた。

「ムー、お前は古代魔法を使えるのか?」

「使えましぇん」

 やっぱりと、思ったオレに、

「でも、わかりましゅ」と、言った。

「使えないけど、わかるのか?」

「古代文字も読めましゅし、魔力の構成もできるんでしゅけど、

 魔法が発動しないんでしゅ」

「なによ、それ?」

 ララが、けげんそうに聞いた。

「ボクしゃんの魔法、召喚魔法以外、発動しないんでしゅ」

 ムーがしょんぼりと、うつむいた。

 すっかり忘れていたが、魔法が使えない魔術師だった。

 ララが、ムーの頭をポンポンとたたいた。

「まあ、だいたいわかったわ」

「……よかったでしゅ」

 ムーは、複雑な顔をしている。

「それで、気になることが、ひとつあるんだけど」

「なんでしゅか?」

「記号は、魔術の構成方法だって、言ったわよね」

「はい、でしゅ」

「その構成方法を、この世界に当てはめられない?」

「はい……でしゅ……」

 頭に手をやって、うーんうーんと唸りだした。

「できないのか?」

「違いましゅ、ウィルしゃん」

「じゃ、何をこまってるんだ?」

「ララしゃんが、何をいっているのかわからないんでしゅ」

 パァーーーンと、ララの平手がムーの頬に決まった。

「いたいでしゅ……」と、涙目のムー。

「はぁ…」と、脱力するオレ。

 このままだと、話が進まない。

 しかたなく、オレがララとムーの通訳をした。

 ララが聞きたかったのは、

 記号が魔術の構成ならば、その構成が、ここからの脱出の手がかりにならないかということ。

 ムーの返事は、魔術の構成は、魔力によっておこなう。

 魔力と呼ばれているものは、魔力には多くの種類があって、

 それらの中から必要な魔力を選び出して、絵を描くように新しい魔力を練ることを、魔術の構成というらしい。

「ムー、ララは、こういいたいんだ。

 魔術の構成は、色んな魔力を使って描く作業だろ?

 ここは、色が間違っている世界だ。

 その魔力の代わりに、この世界にあるもので、構成を描くことで、色を変えることができないか、ということなんだ」

「この世界にあるもので、でしゅか?」

「そうだ、風とか、鳥とか、草とか、なんでもいい、使えないか?」

「うーん…やってみないと、わかりましぇんしー

 記号は全部解読しゃれてましぇんしー」

「おまえが知っているだけの記号の分だけでいい。やってみてくれないか?」

「うーん……むずかしゅい、でしゅ…」

 尻込みしているムーの首に、ナイフが当てられた。

「死ぬまでここにいる気なら、手伝ってあげるわよ」

 ララが猫なぜ声で、ムーの耳にささやく。

「やりましゅ、でしゅ!」

 ムーは目を閉じ、球をもつような手の形をつくった。

 ゆっくりと息を吐き、ゆっくりと息を吸う。

 それを、何度も繰り返すうちに、手と手の間に、ぼんやりと白っぽい渦ができた。

「行くでしゅー!」

 ムーが、それを宙に放つ。

 白い渦は、パンと音を立てて弾けた。

「あぁ……」

 ララが感嘆の声をあげた。

 世界の色が、変わっていく。

 青い幹が、ピンクの幹に。

 金の草は、真っ赤な草に。

 葉も、鳥も、蝶も、

 すべてのものの色を変えて、変化は終わった。

 何かがおこると、オレ達は期待した。

 期待して、ジッと待った。

 待ったが、いつまで待っても、

 風はさきほどと変わらず、そよそよと吹き、

 鳥は、けたたましく鳴いた。

「これで、終わりかしら?」

 ララがしびれを切らした。

「かもな」

 オレが、チラリとムーを見る。

 記号ごとに構成があるならば、構成の種類が他にもあるはずだ。

 視線の意味に気づいたムーは、また、渦を作った。

「とりゃあ、でしゅーー!」

 次の渦で、ピンクの幹は、銀色に変わり、真っ赤な草は、白に変わった。

「ハズレね」

 ララが断言する。

「次、いくでしゅ」

 渦をすでに作り終えた、ムーが渦を放った。

「がんばれ、でしゅーー!」

 銀色の幹が黄緑に、白い草は紺色に。

 オレとララが、首を振る。

 ムーが次の渦を放つ。

「あたりに、なれでしゅーーー!」

「正解、になれっしゅーーー!」

「終わりになれーーっしゅー!」

 世界の色は、目まぐるしく変わり、

 かけ声も、だんだん、いい加減になっていく。

「あきたっしゅーーー!」

「つかれた、しゅーー!」

「いやぁーーしゅーー!」

 幹が茶色に、草が緑になった。

 葉は濃い緑に、鳥は白に、蝶は七色に、射し込む光は、黄色に変化した。

「ムー、やめろ!」

 次を放とうとしていたムーは「おっ、とっ、と、でしゅ」と、手の中の渦を散らせた。

「なにか、おこってよ」

 ララが、祈るように両手を合わせた。

 変化はいきなりきた。

 ガラスの森が砕けるように、オレ達がいた世界は崩壊していった。

 

「出口じゃないわねぇ」

 氷点下200度のララの声。

「そんなこと、言っている暇に、逃げろ!」

 オレは、ボッと立っているムーの襟首を引っつかむと、全速力で走りだした。

 極彩色の世界が散ったあと、オレ達は石畳のうえに立っていた。

 遙か彼方の地平線まで、緑青色の平らな石が、敷き詰められている。

 頭上は闇に沈み、天井があるのかもわからない。

 石の床だけが続く世界。

「ひょえぇーーーーー、でしゅ」

 転移装置の中の世界というのは同じだが、

 前の世界と、決定的に違っているところが、ひとつだけあった。

「ララ、来るぞ」

「わかっているわよ」

 モンスターがいたのだ。

 それも、でかいのが。

「来たわよ」

「右に飛ぶぞ」

 モンスターがあと少しというところで、オレとララは跳躍した。

 石畳に転がったあと、一回転して起きあがった。

 ムーが目を回している。

「また、こっちにくるわよ」

「勘弁してくれよ」

 気絶したムーを横抱きにして、オレとララは、また、必死で走りだした。

「なんで、こんなのばっかりなのよ!」

 ララの気持ちが、オレにもよーーく、わかっていた。

 巨大イモムシに、ロープ馬に、半透明イルカ。

 そして、いま追いかけてくるのは、

 直径10メートルを越す、巨大スイカ。

 ゴロゴロと回転しながら、追いかけてくる。

「逃げ回っていても、しょうがないわ。戦いましょうよ」

「わかっている。でも、いまオレはムーを抱いているんだよ」

 ぐったりとして、目を覚ます様子はない。

 ララがいきなり、ムーの耳をひっぱった。

 スゥと息を吸い込むと、大音量で耳の中に怒鳴った。

「起きなさいよ、ムー!

 なんでもいいから、とにかく、起きるのよ!」

「は、はぅーーーーー!」

 オレの腕にいることに気がつかず、

 バタバタと暴れた。

「おい、静かにしろ!」

「あれ、ウィルしゃん、どこでしゅか?」

「お前を脇に抱えて、走っているのだよ」

 頭だけを横に向ける。

「あ、ウィルしゃん」

「気がついたついでに、後ろも見ろ」

「はい、でしゅ」

 数秒、後ろを見たムーが、

「あれは、なんでしゅか?」

「おまえは、何に見える?」

「ボクしゃんは、スイカのおばけに見えましゅ」

「オレも、スイカに見える。

 動けて、でかいけどな」

 ゴロゴロと音をたてて驀進してくる。

 平らな石畳の世界に、スイカをさまたげるものはない。

「おい、ムー」

「はい、でしゅ」

「召喚魔法は使えないか?」

「ええとでしゅ……魔力は戻ってましゅから、使えましゅ。

 でも…」

「でも、なんだ?」

「…この世界で使うのは、しゅごく危険だと思いましゅ」

「ちょっとぉ…」

 押し殺したララの声。

「…ウィルは、スイカの化け物だけじゃ、不足なの?」

 召喚失敗。

 やってくるのは…。

「召喚はやめだ」

 魔法はダメとなると、残された道は腕力しかない。

「ムー」

「なんでしゅか?」

「タイミングをみて、オレとララでスイカに攻撃するから、ムーはできるだけ離れていろ」

「はい、でしゅ」

 ララが、ナイフを取り出した。

「ウィル、なにか作戦はあって?」

「あるわけないだろ」

「スイカを蹴ったり殴ったりするだけ?」

「そういうこと」

 ララもオレも、身は軽い。

 転がってくるスイカをよけるくらい、雑作もない。

 攻撃も、一回に与えるダメージは小さくても、

 時間をかけて攻撃すれば、倒せないこともないだろう。

「あの、ウィルしゃん」

 抱えているウィルが、こまったような顔をした。

「なんだ」

「怒らないでしゅか?」

「怒らないから、いってみろ」

「じゃあ、いいましゅね」

 背中に、熱を感じた。

「スイカしゃん…」

 オレは、とっさに振り返った。

 大きく開いた、真っ赤な口。

「…火を吐きそうでしゅ」

 ブワァーーーと、炎が吹き出し、熱波がオレ達を包み込んだ。

「そういうことは、早く言え!」

「おぉー!次はファイヤーボール、っしゅ!」

 無数の赤い点が、急速に接近してくる。

 力の限り、横に飛んだ。

 石畳に片手をつき、さらに遠くに飛んだ。

 スイカは、逆側に飛んだララを追いかけて、遠ざかっていく。

「ウィル、覚えてらっしゃいよーーーーー」

 小さくなっていくララとスイカと、視界の隅でとらえながら、

 抱えていたムーを降ろした。

「できるだけ、遠くに逃げろ。

 オレとララの戦いに巻き込まれないように、逃げれるだけ、逃げろ。

 いいな?」

「はい、でしゅ」

 オレから離れようとしたムーだが、

「あ、ウィルしゃん。力を全部、使わないでくだしゃい」

「残しておかないと、まずいのか?」

「覚えてましゅか、古代文字の文のこと」

「あの”真実の道は”だろ?」

「そうでしゅ。あれの最後は、薄くで読めなかったんでしゅ」

 そうだ。

 オレとララは、”智”の世界が最後だと思っていたから、

 この世界に来たことで、戸惑った。

 違うのだ。

 あの次の行は、読めなかった。

 そこには、”智”の次の世界のことが書かれていたはずなのだ。

 そして、ムーが言いたいのは、

「この先、いくつ世界があるか、わからないってことか?」

「そうでしゅ。書かれていたものは、読めましゅが、

 薄くなったり、書かれなかったりしたら、読めないでしゅ」

 出そうになった、ため息を、飲み込んだ。

 転移装置に押し込まれた時点で、オレ達は強制的にこのゲームは参加させられてしまったのだ。

 ゲームを終えるには、転移装置の作った世界から出る以外に方法はないのだ。

「わかった。とにかく、いまはスイカをやっつけるのが先だ。

 できるだけ、遠くに逃げろ」

「はい、でしゅ」

 遅い駆け足で、ムーはノタノタと去っていた。

 オレは、ララとスイカの消えた方向に向かって、走り出した。


「ふぅーん、じゃ、このスイカを倒して、無事にここから出られても、

 次に別の世界に移動しちゃうかもしれないのね?」

「そういうこと」

 オレとララは、地味にスイカを攻撃していた。

 オレは、拳と蹴りで、

 ララは、ナイフと針で。

「けっこう頑張って攻撃しているのに、こう元気に暴れられると、ダメージ、与えられているのか、不安になるよなぁ」

「あたしたちが先に疲れて、終わり、なんて、ごめんよ」

 スイカの攻撃は、転がるだけだ。

 たまに、ファイヤー・ブレスとファイヤー・ボールする。

 どっちも、オレ達はは、かすりもしない。 

「火薬でもあれば、吹っ飛ばせるんだけどな」

「魔術師がいれば、魔法攻撃が効きそうなモンスターなんだけど」

「いるぞ、魔術師」

「ウィル。こんどその事を口にしたら、殴るわよ」

 ファイヤー・ブレスを避けたララが、スイカの開いた口に針を投げる。

 スイカは、針が突き刺さっても、こたえる様子もなく、

 口を閉じて、オレに向かって転がってくる。

 オレは高く跳躍して、スイカに蹴りを入れた。

 ブシュと皮が、へこんだ。

 さらに、連続して、数発蹴りを入れる。

 緑の皮が、わずかにめくりあがった。。

 スイカは、オレの攻撃を完全に無視。

 今度は、ララに向かって転がっていく。

「なんかなぁ」

 スイカから飛び降りたオレは、頭をポリポリとかいた。

 スイカを倒す手だてが見つからない。

 小さなダメージを繰り返せば、いつかは倒れるだろうと思っていたオレ達だったが、

 実際に攻撃してみると、サイズが違いすぎる。

 切っても、へこませても、爪で傷をつけたほどのダメージしか与えられない。

 身軽に飛び回るララが、蜂のようにスイカの各所を突き刺している。

「何してるのよ!ウィル」

「倒す方法、考えてるんだよ」

「何かありそう?」

「毒とか、しびれ薬を、針に塗って、刺す」

「もう、とっくやったわ」

「で?」

「効いていれば、動けなくなっているはずよ」

 スイカは元気に転がり回っている。

「ダメか…」

 ララの手から放たれた黒い霧が、スイカにブワッとかかった。。

「腐食薬よ、吸い込まないで!」

 オレは、ダッシュで、霧から逃げた。

「使う前に、言えよーー!」

 スイカは、うっとうしそうに霧からでてくると、

 また、ララを追いかけ始めた。

 変色もしていないし、溶けてもない。

「なあ、ララ。暗殺者の、一撃必殺、究極技とかないのか?」

「あるわよ」

「あるのか」

「もちろんよ」

「だったら、それを使ったら、どうだ?」

「イヤよ。絶対に、イヤ」

「なんでだよ」

 ムッとしたオレに、ララは自分のお腹に手を当てた。

「あたしの究極技は、体内に埋め込まれた爆弾をつかうの。つまり…」

 オレを、ギリッとにらんだ。

「…自爆よ」

 そりゃ、イヤだわな。

 ララを追いかけているスイカは、また、口をぱっかりと開けた。

 ファイヤー・ボールを次々と打ち出してくる。

 オレはボールを、ひょいひょいと避けながら、ララと合流した。

「そういう、ウィルはどうなのよ」

「オレは、拳法家だぞ。あるのは、拳と脚だけだ」

「ムーの魔力は戻ったんでしょ。ウィルも気が使えるんじゃないの?」

「使えるけどなあ…」

「なにか問題があるの?」

「気も魔力と同じで、量に限りがあるんだ。

 ちょっとくらい、ぶつけたって、あのでかスイカには効かないだろうしなぁ」

「いっそ、全部、ぶつけちゃったら?」

「ぶつけるのに、失敗したら、ララがスイカを倒してくれるか?」

「あら、ウィルが失敗しなければいいのよ」

 カラッと明るく言うララ。

「簡単にいってくれるぜ。

 全身から気を集めて、そいつを一気に放出するんだぞ。

 スイカに追っかけられてできるかよ」

「じゃ、あたしがスイカを引きつけておくから、ウィルは、気を集めてくれる?」

「いいけどよ、スイカが動いているんだぞ。

 絶対にはずさない、なんて、オレは約束できないぞ。」

 ララは「んー…と」と、考えるそぶりをしたあと、

「ウィルが外さないようにすればいいわけね」

「まあな」

「気を全部当てたら、スイカを倒せる?」

 後ろにいるスイカを、チラリと見る。

 何度見ても、でかい。

「一気に吹っ飛ばすのは、無理かもな。

 ま、悪くても、四分の一くらいは壊せると思うぞ」

「四分の一……」

 軽いステップで、石畳みを走るララ。

 余力は、まだまだありそうだ。

「わかったわ。

 あたしが、スイカを引きつけておくから、ウィルは気を集めて」

「そいつは、かまわないが、スイカに当てる策はあるのか?」

「そっちは、あたしに任せて。

 で、何分くらいで、集められる?」

「5分ってとこかな」

「じゃ、5分過ぎたら、気を集めた状態で待っていてくれる?

 スイカをウィルの側まで、連れて行くから」

「わかった。

 気を維持するのに瞑想にはいるから、声をかけて起こしてくれ」

「必ず声をかけるわ」

 オレは右にカーブしながら走り、スイカの進路からそれた。

 ララは真っ直ぐに進み、スイカを引き連れて、走っていく。

 スイカの姿が小さくなったところで、オレは瞑想に入った。

 目を閉じ、精神統一して、全身から気を集める。

 気には、流れがある。

 手の先、足の先、身体の末梢から中心へ、気の道である経絡を使って集める。

 身体の隅々から、じっくりと気を集めたオレは、それを丹田に置いて、練った。

 末梢にあるときには、微弱で希薄な気が、集められ、練られ、強大な力となっていく。

 練りあがった気を、丹田で保持した状態で、オレはララが声をかけてくるのを待った。

 なにかが、近づいてくる音がした。

 ララの声がするはずだった。

 代わりに、手を感じた。

 誰かの手が、オレの武道着の腰ひもを握った。

 手は、腰ひもをひっぱると、オレの身体を引きずっていく。

 オレは気を維持することに集中しながら、それでも、目だけは開けた。

 腰ひもを握っていたのは、ララ。

 オレの身体を引きずりながら、スイカに向かって走っていく。

 スイカがオレ達に気づき、赤い口から火を吐こうとした。

「飛んでけぇーーーーー!」

 走って加速のついたララの投げ技で、オレはスイカの口に投げ込まれた。

「うゎあーーーー!」

 真っ赤な赤い実に、ぐっしゃりと身体がめり込んだ。

 スイカも驚いたのか、開いていた口を、ビシャッと閉じた。

 暗赤色の闇。

 スイカに、食われたと、理解するのに、数秒かかった。

 出ようともがいたが、スイカの実に圧迫されて、身じろぎもできない。

 酸素を求めて開けた口に、スイカの甘い汁が流れ込んでくる。

 遠くでかすかに声がした。

「いまなら、スイカに当たるわよぉ」

 手も足も頭も、全身、スイカに密着状態。

 ララの言うとおりに、外しようがない。

 内側からの気の攻撃ならば、スイカを破壊できるかもしれない。

 でも、オレも確実に巻き込まれる。

 息が苦しくなって、頭が朦朧としてきた。

 意識が遠くなっていく。

 オレは覚悟を決めて、溜めた気を、一気に放出した。

 

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