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第7章 卵様はお出かけ中



 ラダミス島は遠浅の海に囲まれた、小さな島だった。

 船長は沖合、1キロほどのところに船を止め、小舟で島まで送ってくれた。

 明朝、船出すから、それまでに戻ってくれば、無料でキジュル港まで送ってくれると約束してくれた。

「ふぅーん、噂とは、ずいぶん違うところね」

 ララの言葉に、オレもうなずいた。

 魔法実験でできた魔獣がうろついていると噂されているラダミス島だが、

 本物のラダミス島には、魔獣どころか、鳥も動物もいない。

 島の表面が白い砂に覆われた平らな浜で、

 中心とおぼしき場所に、白い小さな小屋がひとつ、ポツンと建っているだけだ。

「賢者カウフマンの研究所だよな」

「行きたくないわ」

「けどよ、行かないわけにもいかないしなぁ」

 オレ達は卵を失った。

 届け物は、もうない。

 ないが、ないことを、伝えないわけにもいかない。

「ゴールド・ドラゴンの卵だしなぁ」

 気も、足も重い。

 降りた浜辺で、立ちつくしているオレ達は、小屋から人影が出てくるのが見えた。

 落ち着いた足取りで、白砂を踏みしめて、オレ達に近づいてくる。

 歓迎するように両手を広げると、にこやかな笑みを浮かべた。

「卵を届けに来られた、エンドリア王立兵士養成学校の方ですね」

「うそぉ…」

 目を見開いたララが、つぶやいた。

「お待ちしていました」

 陽光よりも輝く黄金の髪、彫りの深い整った顔。

 白いローブを着た、すらりとした長身の美青年だ。

「どうぞ、こちらへ」

 オレ達は、卵をなくしたことを言い出せずに、美青年について小屋に入った。

 粗末な木のテーブルと椅子が3つ。

 奥には、扉が4つ。

「いま、卵をいれる器をもってきますので、ここでお待ちいただけますか」

 優雅な礼をすると、扉のひとつに消えた。

「おい、どうする?」

 話しかけたが、ララはオレの呼びかけなど、耳にはいらない状態だった。

「すごぉーーい美形……だけど、あれはジジイよ、だまされちゃダメよ。

 でも…あぁーーーー素敵…ダメ、ダメ、あれはジジイ、賢者カウフマンが化けた姿なのよ」

 目がハートになったり、三角になったり、

 頭を抱えたり、手を組んだり、ひとりでバタバタしている。

「お待たせしました」

 何の相談もしないうちに、美青年が戻ってきた。

 腕には大きな籐かご。

 燐光シダが、びっしりと敷き詰められている。

 渡す卵がないことを、話そうとしたとき、

「どれどれ、ワシにも見せておくれ」

 後ろから現れたのは、長いヒゲを垂らした貧相な爺さん。

「え!」

 ララが停止した。

「あんたが、賢者カウフマン?」

 賢者に、あんた呼ばわりはないと思うが、ララには気にする余裕がなかったみたいだ。

「いかにも、ワシがカウフマンじゃ。万斛の叡智と無量の魔力を備えし、偉大にして勇猛なる賢者じゃ」

 最後の”勇猛”が突っ込みどころらしいが、オレは無視した。

「初めておめにかかります。

 エンドリア王立兵士養成学校から来ました、ウィル・バーカーとララ・ファーンズワースといいます」

 カウフマン爺さんが、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 ララの目が、チラチラと美青年を見た。

「あの……そちらのお方は?」

 美青年は、そちらのお方、になるらしい。

「あー、こっちか、こっちは、ここから卵の親元まで運ぶ、運送係じゃ」

 こっち、と、呼ばれた美青年は、軽く頭を下げた。

「それよりも、卵。卵は、どこじゃ」

 隠し通せるわけもない。

「実はこちらに来る途中、トラブルがありまして」

「トラブル!」

 美青年の顔が、真っ青になった。

「もう一人の仲間、ムー・ペトリが持っていたのですが…いや、まだ、持っていると思うのですが」

「そ、それで!」

 急いで知りたかったようなので、簡潔に説明した。

「ロック鳥と飛んでいきました」

 ふらりと、美青年がよろめいた。

 倒れるかなと思ったが、踏みとどまって、オレ達をにらみつけた。

「な、なんていうことを!」

 金色の髪が輝きを増し、身体全体から金のオーラが放射された。

 オーラが淡い光で、形作ったのは。

「………ゴールド…ドラゴン?」

「いかにも。彼はゴールド・ドラゴンじゃ」

 ララの問いに、カウフマンが得意げに紹介した。

「すげーー、本当に人間に化けられるんだ」

「信じられない。なんて綺麗なドラゴンなの…」

「そんなことは、どうでもいい!」

 感激しているオレ達を、ドラゴン=美青年が一喝した。

「それよりも、卵だ。卵をロック鳥に取られたのか!」

「はい」

「そうです」

 オレ達の答えに、また、よろめいた。

 カウフマン爺さんが「まあまあ」と、ドラゴン=美青年をなだめると、肩を抱いて椅子に座らせた。

 自分も椅子に座ると、オレ達に笑いかけた。

「あわてんでいい。順番に話してみぃ」

 オレ達は、学園を出るときに予言があったこと。

 予言に従って卵をムーの背中につけたこと。

 海賊の襲撃があり、海賊に召喚されたロック鳥がムーを連れて行ったこと。

 オレとララのスキルでは、ロック鳥を追うことも、居場所を突き止めることもできなかったこと。

 覚えている限り、できるだけ細部に渡って、説明した。

「ふむふむ、すると、予言に従ったら、卵を取られたというんじゃな?」

「はい」

「そうです」

 カウフマン爺さんは「ふむふむ」をしばらく繰り返していたが、

「明け方まで、待ってみるかぁ」と、言った。

「そんな、悠長なことをいって、もし、卵に…卵に…何かあったら…」

 美青年の顔が、恐怖でひきつった。

「安心せい、卵はだいじょうぶじゃ」

「ですが」

「ワシの予言では、卵は無事に朝に届く、じゃ。

 2つの予言が、卵が無事着くことを伝えているんじゃ。

 ムー・ペトリが、まもなく、届けてくれるじゃろう」

 そう言って、カウフマン爺さんはドラゴン=美青年を言いくるめた。

「わかりました。明朝まで待ってみます」

 ドラゴン=美青年は、話をきちんと聞いていれば、おかしいことに気がついたはずだ。

 オレ達の予言は”ムーが卵を背負っていかなければならない”で、

 ”背負っていれば、卵が無事着く”じゃない。

「それで、その……ムー・ペトリという者は、ロック鳥から逃げ出せるような強者なのでしょうか?」

 答えが見つからなかった。

 だから、オレは黙っていた。

 ララも、口を閉ざしている。

「あの…ムー・ペトリについて、聞いているのですが?」

 頭の中を回る単語は、

 幼児語、チビ、危険、巨大イモムシ、水色服、奇禍、ガキ、鈍足、災い、ロープ馬…。

「ムー・ペトリというのは、いったいどのような…」

「召喚師じゃよ」

 答えたのは、カウフマン爺さんだった。

「まだ、幼いが異次元召喚を行うことができる、100年に1人でるかでないかの逸材じゃ」

 あのムーが、逸材。

 ララの頬が、ひくひくと動いている。

 反論したいのだろうが、ここでムーの真実の姿をぶちまければ、ドラゴン=美青年は卒倒するかもしれない。

「そのような素晴らしい魔導師が、卵を守っているのですね」

 やや安心したのか、顔に血の色が戻った。

「そうじゃ、安心せぃ」

 …爺さん、責任はあんたがとれよ。


 それから、オレ達は、夜が明けるまでの時間を、爺さんの小屋で過ごすことになった。

 眠りたかったが、ドラゴン=美青年がそれを許してはくれなかった。

 いつムーが来るかもわからないし、ムーが来たときに本人かどうかは、オレ達でないとわからないと言うのだ。

「ゴールド・ドラゴンの卵は貴重なんです」

 ドラゴン=美青年の話によると、ゴールド・ドラゴンは、非常に繁殖力が弱いらしい。

 雌は十数年に一度、一個しか卵を産まず、その卵も孵らないことが多いらしい。

 数百年生きる長寿な生き物であるにも関わらず、個体数が増えないのはその為だという。

「あの卵も、孵化しないんじゃないかしら。

 冷たかったわよ、あたしが巣から持ち出したときには」

 ララ、自分が卵盗人であることをばらしている。

「あの卵には、孵化の兆しがみえていたんです。

 数日中に産まれると期待されていたのですが…」

 恨めしげな視線。

「ええと……ほら、あのレッド・ドラゴンの洞窟の入口、閉じちゃったの知っている?

 あのドラゴンの巣に、あの卵以外にも、卵がいくつかあったけど、そっちのはいいの?」

「他のはダミーです。

 レッド・ドラゴンがひとつだけ大きさの違う卵があることを不審に思わないように、

 同じ色と大きさの卵をいくつか配置するのです」

 恨めし度アップの視線。

「あれだけが、本物だったのに…」

 ゴールド・ドラゴン達が待ちに待っていた卵を盗ったのは、オレ達だ。

 試験だったというのは、盗んだことを許される理由にはならない。

 オレ達は素直に頭を下げた。

「すみませんでした」

「ごめんなさい」

「…済んでしまったことです」

 許すとはいってはくれなかったが、恨みの視線はやめてくれた。

 ドラゴン=美青年の愚痴は、まだ続いた。

「あの卵は、特に貴重だったんです」

 オレ達が盗んだ卵は、美青年が属する一族の長の卵だという。

 ドラゴンは世襲制ではないが、優れた親からは、優れた子が生まれる可能性が高い。

「卵を無事に持って帰れなかったら、ああーーーーー!」

 頭を抱えた。

 ララが心配そうに、美青年の顔をのぞき込んだ。

「もし…もしも、卵が壊れていたら、どうなるんですか?」

「族長に殴られます、蹴飛ばされます、ブレス吐きかけられます」

 心底、イヤそうにいうドラゴン=美青年。

 卵が大事、という話は、どこにいったんだ?

「まあまあ、もうそろそろ届く頃じゃろぅ」

 カウフマン爺さんが、窓に顔を向けた。

 東の空が白んでいる。

 太陽が昇り始めている。

「あの……」

 不安そうなドラゴン=美青年。

「だいじょうぶじゃ。まもなく………」

 爺さんが、窓を指した。

「………なんじゃ、あれは?」

 ロープに吊された樽。

「ムーだ!」

 オレとララが外に飛び出した。

「ムー!」

「だいじょうぶかー!」

「はぁーーい、でしゅ!」

 元気に手を振るムー。

 聞くつもりはなかったが、つい声に出た。

「なんだ、それ?」

「イーイーギ、でしゅ!」

 淡い蒼色の水でつくったような半透明の美しいイルカが、しなやかに空を泳いでいた。

「イーイーギは、すごいんでしゅよ」

 イルカにまたがっているムー。

 足に樽。

 背中に卵。

「イーイーギ、たすけてくれたんでしゅ」

「わかった。わかったから、とにかく、降りてこい!」

「はぁ~い、でしゅ」

 イルカはムーを降ろすと、空を泳いで、どこかにいってしまった。

「た、卵、卵は、無事ですか!」

 小屋から転がるように、ドラゴン=美青年が出てきた。

「はい、卵はだいじょうぶです」

 いきなり、普通のしゃべり方に戻ったムー。

「遅くなって申し訳ありません」

「ペトリ殿も卵も無事なようにで、何よりです。それでは、卵を預かりますので、小屋の方へ」

 ドラゴン=美青年も、毅然とした態度になって、ムーを誘導する

 白砂に夜明けの陽射しが反射して、黄金の髪が輝きを増す。

「やっぱ、いいわ」

 美青年の正体が、ジジイと思っていたときは拒否したのに、

 ゴールド・ドラゴンならば、許せるらしい。

 ララの目は、ピンクのハートを飛ばしていた。


「無事で、よかったのぅ。心配したぞぉ」

 爺さんが、笑顔でムーを出迎えた。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。

 エンドリア王立兵士養成学校のムー・ペトリ。

 お届け物の卵を、持参いたしました」

「ロック鳥につかまったそうじゃな。さぞ、怖かったじゃろう」

「いえ、つかまったあと、すぐに異次元獣を召喚しましたので」

 ムーがつかまったのが、夕方前。

 いまは、早朝。

 半日間、空白の時間。

「そうか、そうか。それでは、卵をもらおうとしようかのう」

 さらりと話を本題に移す爺さん。

「いいんですか?」と、ムー。

「いいんじゃ、いいんじゃ」

「聞きたくありませんか?ボクがロック鳥からどのようにして…」

「いいんじゃ、いいんじゃ」

「呼びだした召喚獣は、異次元獣のなかでも…」

「た・ま・ご。まず、卵を貰おうかのぅ」

 せまる爺さん、話したそうなムー。

「…いま、降ろします」

 爺さんの迫力勝ち。

 ララが縛り付けた紐をナイフで切って、オレが慎重に卵を外した。

 細心の注意を払って、燐光シダの敷かれた籐かごに置いた。

 ドラゴン=美青年が、籐かごをもちあげた。

「これで、ようやく、集落に帰れま………」

 ドラゴン=美青年の顔から、血の気の引いていく。

「た、たまご…たまご…」

「どうしたんじゃ!」

 ただ事ではない様子に、カウフマン爺さんが卵をもちあげた。

「むぅ」

 卵に穴があいていた。

 小指の先ほどの穴があり、穴の周りには細かいヒビがはいっている。

「あー、卵に傷がついてしまった。もう、ダメだぁ」

「落ち着くんじゃ、まだ、卵がダメと決まった訳じゃない」

「ダメです、ダメに決まっています。

 私たちの卵は、非常に弱いんですから」

「そんなことをいっている間に、卵を助ける方法でも考えるんじゃ。

 一族に伝わる秘術のようなものは、知らんのか」

「そんなものないです。あー、これで、私もおしまいだーー」

 ドラゴン=美青年がテーブルに突っ伏した。

「あーーー、でしゅ」

 幼児語に戻っているムー。

 慌てて言い直した。

「あの…賢者カウフマン殿、お話ししたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「なんじゃ?」

「卵の穴が、大きくなっています」

 小指の先ほどの大きさだった穴が、親指が通るほどになっている。

「本当じゃ」

 その穴から、ちいさなピンクの口先がのぞいた。

 ツンツンと卵の穴を器用に広げていく。

 爺さんが、テーブルに突っ伏したままの、ドラゴン=美青年を揺り起こした。

「孵化じゃ。卵が壊れたんじゃないんじゃ。卵がかえるんじゃ!」

「ふか…孵化、卵がかえる…」

 喜ぶと思ったオレ達を裏切って、

 ドラゴン=美青年は、さらに青ざめた。

「た、大変だ、名前、名前をどうしよう」

 パニックしているドラゴン=美青年から爺さんが聞き出したところによると、

 ドラゴンの孵化は早く、15分ほどで終わるらしい。

 卵から孵った雛は、最初に聞いた音を、自分の名前として認識する習性がある。

 だから、仔ドラゴンが卵からでてきたときに、名を呼んであげなければならない、らしいのだが。

「こんなことになると思わなかったから、族長から、この仔の名前を聞いてきていないんですよ」

「魔法で、族長の方と通信してはどうでしょうか?」

 ララが案を出した。

「ここの地域には特殊な魔法結界があって、私の魔法はほとんど使えないんです」

「こうなったらしかたあるまい。お前さんが名前をつけるんじゃ」

 爺さんが賢者の威厳で、ドラゴン=美青年に命令した。

 仔ドラゴンは、せっせと穴を広げていて、口のほかに前足と翼の先が見えていた。

「わ、私が族長の子供の名付け親になるんですかぁ」

「しかたあるまい。ワシらは、ドラゴンの名前などわからん」

「でも…」

「しっかりせい。お前さん以外に名前を考えられる者はいないんじゃ。

 この仔のために、良い名を早く考えるんじゃ」

「そ、そうですね。名前を、名前を……」

 ドラゴン=美青年は腹を決めたらしく、ブツブツと名前のようなものを唱えだした。

 ほとんどが、人間の音とは違う、奇妙な音階をともなったものだった。

「こっちのほうが……いや、このほうが気品が……」

 ドラゴンが穴から、前足を出した。

 爪の生えたトカゲのような足だ。

「そろそろだぞ。みんな、声を出すな」

 爺さんが、注意した。

 口先が、穴の端をつっつくたびに、穴がどんどん広がっていく。

 穴からピンクの翼が、モゴモゴと動いているのが見える。

「可愛いでしゅ…」

 ララと爺さんとオレの手が、ムーの口を塞いだ。

 卵が、ピキと音を立てて割れ、両翼が現れた。

 小さな前足で、卵を払うような仕草をすると、仔ドラゴンの身体が、卵の殻からコロリと出た。

 全身が薄いピンク。

 ぷっくらとした腹。

 ばたつかせている、小さな手足と翼。

 真っ黒な大きな瞳が、きょろきょろと動いている。

 可愛い。

 オレがいままで見たなかでもダントツの可愛さだ。

 ドラゴン=美青年が、澄んだ明瞭な声でいった。

「й☆фю∋Г∴」

 オレ達、人間では発声することはできない名前だったが、

 美しい音で構成されていた。

 仔ドラゴンは、わかったというように「ミュー」と鳴いた。

 ドラゴン=美青年は、仔ドラゴンをそっと抱き上げた。

「お世話になりました。この仔を早く親元に届けたいので、一度失礼します。

 あとで、改めてお礼に参りますので」

 腕に抱いた仔ドラゴンに、柔らかい笑みをむけた。

「さあ、帰ろうね。й☆фю∋Г∴」

 優しく名を呼んだドラゴン=美青年を、仔ドラゴンは、きょとんと見た。

 ドラゴン=美青年も、奇妙に感じたのだろう。

 もう一度「й☆фю∋Г∴」と、呼んだ。

 仔ドラゴンは、やはり、なんのことかわからないという顔をしていていた。

「й☆фю∋Г∴」

 ドラゴン=美青年の顔が、真剣になっていく。

「й☆фю∋Г∴、й☆фю∋Г∴」

 仔ドラゴンは、大きな瞳をパチパチと瞬かせた。

 誰が見ても、名を認識している様子じゃない。

「どういうことじゃ?」

 しびれを切らした爺さんが、ドラゴン=美青年に聞いた。

「わかりません。こんな例はいままで耳にしたこともありません」

「普通の時は、どうやるんじゃ」

「今のと同じです。

 卵の周りに血縁の者が集まり、名付けの親が産まれた仔ドラゴンの名を呼びます」

「ふむ…同じじゃなぁ」

 爺さんが腕組みした。

「あの……」

 ララが、おずおずとドラゴン=美青年を見た。

「あたし、ちょっと、気がついたことがあって」

 真っ直ぐに見返されたララは、言いずらそうに話しだした。

「さっきの名付けの時、カウフマン様とウィルとあたしで、ムーが喋らないように口を押さえていたんです。

 その時、一番下だったのが…つまり、ムーの口に触れていたのが、あたしの手で…」

 その先がわかったオレは、ムーが逃げないように襟首を捕まえた。

「……動いたんです。もごっと……動くか動かないかくらいだったんですけど……」

 オレ達、4人の目が、ムーに集中する。

「おい、ムー」

「なんでしゅか、ウィルしゃん」

「仔ドラゴンが産まれたとき、なんか言ったか?」

「口を押しゃえられていましゅた」

「オレが聞いているのは、そのときに、何か言ったか、だ」

「仔ドラゴンしゃん、可愛いでしゅ」

「ムー…言ったんだな?」

「ウィルしゃん、怖い顔でしゅ」

「素直に吐け。いまなら、怒らないでやる」

「本当ででしゅか?」

「本当だ」

「ちびっとだけ、お口を動かしました」

「そのとき、なんて動かしたんだ?」

「えっとですねぇ…」

 ムーが恥ずかしそうに、小声でいった。

「…ポチ」

「ミューーー!」

 仔ドラゴンが、翼を羽ばたかせた。

 カウフマン爺さんは、額を抑えてると、椅子に倒れ込むように腰を下ろした。

「どうかしたのですか、賢者カウフマン殿」

「仔ドラゴンの名がわかりました」

「いま、ペトリ殿が出された短い音されたが名なのですか?」

「そうです」

「もう一度、正確に教えていただけますか?」

 頼まれた爺さんは、仔ドラゴンの名をしぶしぶ口にした。

「ポチ」

「ミューーー!」

 カウフマン爺さんの額に、縦ジワがよった。

 ドラゴン=美青年は「ポチ」と、声に出した。

 腕の中の仔ドラゴンが「ミュー、ミュー」と、元気に羽ばたく。

「ドラゴンの名として使われたことのない音ですが、悪くない音色です。

 これならば、族長も喜んでくれるでしょう」

 爺さんは、何とも言えない表情をしている。

「それでは、これで失礼します」

 腕の仔ドラゴンを、しっかり抱きかかえると小屋の外に出た。

 オレ達も外に出る。

 ドラゴン=美青年は、会釈をすると、空に舞い上がった。

 人間の姿のままで。

 カウフマン爺さんが、ドラゴン=美青年にむかって声を張り上げた。

「伝言を頼む」

「なんでしょうかぁ」

 ドラゴン=美青年が、空から聞き返す。

「族長殿に、あとで連絡をくれるように言ってくれ」

「わかりましたぁ」

 ドラゴン=美青年は、仔ドラゴンを両腕で抱きしめて、東の空に消えていった。

「美形だったのにぃ~」

 ララが悲しそうに、東の空を見上げている。

「ポチ、いっちゃいましたね」

「いったんじゃない。親のところに帰ったんだ」

「もう、会えないでしゅかねぇ」

「また、会えるさ」

 寂しそうなムーの頭を、オレは抱き込んだ。

「ゴールド・ドラゴンは数百年を生きるんだっていっていたぜ」

「会えたときに、ポチ、ボクのこと覚えてくれているといいんでしゅけど」

「そうだな」

 カウフマン爺さんが、深々とため息をついた。

「やれやれ、仔ドラゴンの名のことを、族長殿になんと説明しようかのう」

 ヒゲをなぜながら、重い足取りで、小屋に戻っていった。

 賢者も、楽じゃなさそうだ。


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