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第6章 卵様と一緒



 ラダミス島を目指す旅は、はじまりは快適だった。

 急ぎの旅とだからと、ニューマン先生が学校の飛竜で、キジュル港まで送ってくれた。

 ラダミス島のまでの船も、学校がチャーターしてくれた。

 船のカミンスキー 船長は、何度もラダミス島に行った経験があり「カウフマンは、陽気で面白い爺さんだ」と教えてくれた。

 ラダミス島の周りは、風が強いので、竜では行けないが、距離は短いらしい。

 正午の鐘が鳴っているときに、船は岸を離れたが、夕刻前には着くと保証してくれた。

 船室に荷物を置いたオレとムーは、ララがいないか船を探した。

 甲板に登ると、船尾に遠ざかっていく港を見ているララがいた。

 豊満なバスト、引き締まったウエスト、海風になびいている長い赤毛。

 ムーが静かな足取りで近づいた。

「なにか、よう?」

 海をみつめながら、聞いてきた。

 ムーがうるうると涙目で、ララをみあげる。

「重いでしゅ…」

「そう」

「重いでしゅ」

「ウィルに言って」

「ウィルしゃん、ダメって」

「そう」

「重いでしゅ」

「あきらめるのね」

「ララしゃん」

「なに?」

「いじわるでしゅ」

 黒い足が、弧を描いた。

「やめろぉー!」

 ララの足先が、ムーの眼前で止まった。

 止まったがピクピクと動いているところをみると、よほど、蹴りたいのだろう。

「ふふふっ…ボクしゃんを、蹴れましぇんよ」

「け、蹴っていい、ウィル?」

「ここは、我慢だ。こらえろ」

 順調な旅にも、障害はつき物だ。

 いまのところ最大の障害が、ムーの背負っている荷物、ドラゴンの卵だ。

 諦めたララが、足を下ろした。

「なんで、ムーなのよ」

 オレ達が出発する際、学園で先生方が旅の無事を祈ってくれた。

 その際、予言があったというのだ。

”卵はムーが背負っていかなければならない”

 ドラゴンの卵は、赤ん坊くらいの重さだ。

 オレが持つには苦でもないが、チビのムーにはきついらしい。

 重い、重い、と不平を言うのだが、予言では”背負っていかなければならない”のだから、勝手におろすわけにもいかない。

「すんごく、重いんでしゅ」

 壊れないように柔らかな布でくるんだ卵を、幅広の紐でムーにしっかりと縛り付けてある。

「なあ、ムー。立っているから、重いんだろ」

「さっき、座りましゅたが、重たかったでしゅ」

「腹ばいになったら、どうだ?」

「はらばい、でしゅか?」

「お腹を床につけて、うつぶせになって寝ることだよ。ほら、手伝ってやるから」

 オレが卵を支えてやると、ムーは甲板にうつぶせになった。

「こっちのほうが、楽ちんさんでしゅ」

 手足をバタバタさせて喜んでいる。

 短い手足、背中に乗った大きな卵。

「亀ね」

 ララが断言した。

 たたまれていた帆がひろげられると、それまで静かだった船が、グラリと斜めに傾いだ。

「外海にでたぞ。波が荒いからな、揺れっど!」

 船長が操舵室から、顔をのぞかせていた。

「下手すっと、海に投げ出されっからなー、船室に戻ってろやー!」

 オレはうなずいて、ムーを立ち上がらせようと手を伸ばした。

 あと少しというところで、船首が大きくもちあがった。

「ムー!」

 斜面になった甲板を、ムー&卵が、スッーーーーと滑っていく。

「わぉーーーーーでしゅーーー!」

 慌てて、ムー&卵を追った。

 ムーの腹の滑りがいいのか、ムー&卵はかなりのスピードで、船尾に向かって滑っていく。

 ぶつかると思った瞬間、船がまた横に傾いだ。

 今度は、甲板を斜めに滑っていく。

「こっちでーーーしゅーーーー!」 

 オレとララは、必死に近寄ろうとするのだが、船の揺れに合わせて、甲板を縦横無尽に動き回る。

「ジッとしてなさいよ!」

「できましぇーーーんーーーー!」

「ムー、なんでもいい。何かにつかまれ!」

「はぁいーしゅーーー!」

 甲板には帆柱に巻かれたロープや樽なども置かれている。

 ムーもつかまろうと手を伸ばすのだが。

「あっーーー、失敗でしゅーーーーー」

 ララが吐き捨てた。

「手、短すぎ」

 ムーを捕まえるだけならば、簡単だ。

 やっかいなのは、卵を割ってはならないことだ。

 オレとララは、ムーが滑っていくのを追うのではなく、ムーが滑っていき激突すると思われる地点を予測して先回りしていた。

 オレ達が待っているところまで、ムーが滑ってくれればよかったのだが、その前で方向を変えてしまう。

「しかたがない、オレがムーを追う。卵を頼めるか?」

 長い髪をヒモで縛ると、ララは不敵な笑みを浮かべた。

「やってみるわ」

 オレは滑っていくムーを追い、ララが卵の激突地点に先回りする。

 ひとりでカバーするには広いすぎる甲板だが、ララの身軽さにオレは賭けた。

「ひょえーーーー、でしゅーー」

 船首に向かって滑っていくムーを、オレが追う。

 ララが甲板に置かれた荷物のうえを、飛び移り、先に舳先に移動した。

「はぅーーーー、でしゅーー」

 船首に行き着く前に、右側にずれて滑っていく。

 ララはロープに飛び移って、先回り。

 オレは飛びついて、滑っていくムーの足首を捕まえた。

「ふぅーーしゅー……」

 オレとララで助け起こす。

 手すりにつかまって立ち上がったムーは、いまの腹滑りで疲れたのか、卵がさらに重そうだった。

「あと少しで島に着く。それまでの我慢だからな」

 オレのはげましに、ムーは顔を上げた。

「ウィルしゃん」

「なんだ?」

「楽しかったでしゅ」

 パッ、パァーンという音が、大海原に響いた。

 両頬の腫れたムーをうながして、オレは船室に入った。

 赤くなった手を、吹き冷ますララがついてくる。

 ラダミス島まで、あと2時間ほど。

 空には、雲一つない上天気だった。

 

「うげぇーーー、でしゅーーーー!」

 船室にいたのは30分ほど。

 ムーが船酔いになった。

 しかたなく、オレとララはムーを連れて甲板に出た。

 船の揺れは、ずいぶんおさまっていたが、オレ達は万全を期して、

 船縁にしがみついて「げろげろ」しているムーの足にロープをつけた。

 ロープの先には、空っぽの樽を結んだ。

 ムーが、じゃなく、卵が海に落ちたときの、浮き輪がわりだ。

「く、くるしゅいでしゅーー!」

 ララもオレも船に酔いはしたが、すぐに回復した。

 日頃の激しい訓練に比べたら、これくらいの揺れは楽なもんだ。

「うぷぷっ……うぎゅーーー!」

 七転八倒しているムーが卵を割らないように気をつけながら、オレとララは船縁にもたれて、ひなたぼっこをしていた。

「ラダミス島まで、どのくらいかしら?」

「そろそろじゃないか?船足も順調みたいだしな」

「賢者カウフマンの魔法の研究って、どんなものなのかしら?」

 校長は島に危険はない断言したが、自分で来るのは拒否した。

 何を研究しているか知っているらしいのだが、オレ達には教えてくれなかった。

「噂は、魔獣の製作だけどなぁ」

「でも、校長は違う、って、言っていたわよね」

「船長も知らないっていっていたしなぁ」

「船長、賢者と親しそうじゃない。

 魔法を使っているところをみたことはないの?」

「あー、そういえば、それっぽいのを、見たには見たらしい」

 船室を出て、甲板にいるということを、伝えに行ったとき聞いたのだ。

「どんな魔法だったの?」

「島に食料を届けにいった時、賢者カウフマンの姿がなくて、代わりにトカゲが一匹」

「まさか……」

「そ、変身の術でトカゲになったらしいんだ。

 ところが、トカゲは呪文が唱えられない」

「なによ、それ。普通、術をかける前に気づくでしょ」

「まあな。困っているのを見かねて、船長が他の魔術師を呼んでやろうとしたらしんだが、

 賢者と呼ばれているのに、他の魔術師に知られるのは恥ずかしい。」

「で、どうしたの?」

「トカゲ専用の発声器を、すんげー苦労して作ったんだってさ。

 それからは、人間以外には変身しなくなったんだってよ」

「どうせなら、トカゲじゃなくて、若くていい男にでもなればいいのに」

 真顔でいうララ。

「ぐわぁーーーー、でしゅーーー」と、ムー。

「………化けても、ジジイだろ」と、オレ。

「う、う、うーーーーーーーーーーー」

 ムーがよろよろと手を伸ばすと、オレの上着をつかんだ。

「苦しいのか?」

「う、う、ウィ……ィルしゃん」

 船縁から手を出して、海面を指す。

「吐いたのか?」

「い、い…ましゅ…うぷーー!」

「何がいいたいんだ?」

 オレが言い終わらないうちに、船縁に鉄の鉤が食い込んだ。

 危険を感じ、ムーを引き寄せたオレ達の周囲に、火薬の炸裂する音がした。

「どうした!」

 船長が操舵室から、飛び出してきた。

 そいつは、ゆっくりと登場した。

 船縁の向こうに、頭が、体が、足が、現れる。

「初めまして、諸君」

 空中に浮かぶそいつは、年は30歳前後で、性別は男。

 七色の羽の帽子をかぶり、白い薄絹のマントをまとっていた。

「我こそはエンドリア随一の海賊、蒼き波濤のブランシェット!」

 甲高い声で名乗ると、バサッとマントを跳ね上げた。

 下から現れたのは、

 レースの白いブラウス。

 銀色の薔薇が一面に刺繍された、水色の上着とズボン。

 それをみたララが一言。

「趣味、悪すぎ」

 宙に浮かぶ男は、再び、声高に叫んだ。

「我は蒼き波濤のブランシェット!この船にいる者達を、おとなしく降伏せよ」

 船長は、あっけにとられた顔で、ブランシェットを見ている。

 その間にも、船縁にかけられた縄ばしごからは、海賊らしい男達が、次々と乗り込んでくる。

 ブランシェットも一緒に来て、自分だけ先に浮遊魔法で現れたのだろう。

「おめー、誰だ?」

 船長が、ブランシェットに聞いた。

「聞いていなかったのか!私は蒼き波濤のブランシェット。海賊だ」

「おめーが、海賊なのはわかったけど、この船には、取るもんなんぞ、なんもないぞ」

 ブランシェットは、指を一本立てると、チ、チ、と、振った。

「調べはついているんだよ。この船にエンドリア王立兵士養成学校が貴重な物を乗せたということはわかっているんだ。素直に出せば命まで取るとは言わない」

「素直に出さないと、どうなるの?」

 ララが、嬉しそうに笑った。

 戦いの予感に、血が騒いでいるらしい。

 全身から「戦いたい、戦いたい」というオーラがにじみ出ている。

「おや、綺麗なお嬢さん、あなたが宝物のありかを知っているのかな?」

「知っているわ」

「教えてもらえないか?」

「冗談でしょ」

「あなたも怪我をしたくはないだろう」

「あたしに、怪我をさせるって?」

 ララの舌が、唇をぺろりとなめた。

「その様子からすると、腕に多少の覚えがあるようだが、私にはかなわない。

 さあ、君の可愛い顔が傷つかないうちに、宝物をだしておくれ」

「イヤよ」

 ブランシェットが、パチンと指を鳴らした。

 海賊たちが一斉にララに襲いかかった。

 振り下ろされる刀をかいくぐり、ララが男のひとりの後ろに回り込んだ。

 首筋に長針を打ち込む。

 声も立てずに、男は崩れ落ちた。

 刺すと同時に飛びさすったララは、つま先で体を半回転させると、次の獲物の首に針を打ち込こんだ。

「このぉーーーー!」

 大男がララめがけて振りおろした大刀は、空を切った。

 音もなく飛び上がっていたララが、斬りつけた男の首に針を刺す。

 次々と襲いかかってくる海賊たち。

 振り下ろされる刀をララは身軽にかわすと、その海賊の首筋めがけて、針を突きたてた。

 海賊のほとんどは、自分がいつ刺されたのかもわからなかっただろう。

 十数人いた海賊は、1分ともたずに、全員昏倒して、甲板に転がった。

 ララの戦いには、一片も無駄のない。

 黒豹が踊る、銀針の舞だ。

「あー、久しぶりにすっきりした」

 パンパンと手を叩いたララが、最後に残ったブランシェットに微笑みかけた。

「たしか、あたしに怪我をさせるっていったのよねぇ~」

 ネズミを追いつめたライオンの笑みだ。

「い、いった。いったとも」

「あれは、どうなったの?」

 目を細めて、宙にいるブランシェットをみあげた。

「い、いま、やってやる!」

 ブランシェットが、目をつぶると、なにやら唱えだした。

「くるぞ」

 オレはムーを、荷物とオレの身体の間にいれた。

 刀や拳の戦いならば勝機はあるが、純粋な魔術となると、オレ達には対抗手段がない。

「攻撃のあとを狙うわ」

 ララが長針をくわえた。

「何が来るのかしら?炎、それとも氷?」

 楽しそうに笑っている。

 ブランシェットは、両手を空に向かってあげると、大声で怒鳴った。

「我はブランシェット」

 ララの口から、針がポトリと落ちた。

「我が声にこたえよ」

 ララが青ざめた顔で、数歩、あとずさった。

 逃げ場がないことに気づいたララが、絶望の表情を浮かべた。

 船の上でなければ、オレもとっくに逃げている。

「ロック・バード!!」

 オレとララは、顔を見合わせた。

 ここだけは、ムーの呪文と違う。

「我はブランシェット、我が声にこたえよ」

 空が割れた。

 割れ目からバサバサと音を立てながらでてきたのは、全長10メートルほどのロック鳥。

 モンスターには違いないが、エンドリアでも北の山脈に住んでいる一般的なモンスター。

 この間の巨大蛾やロープ馬みたいな異次元生物ではない。

「よかったーーーー!」

 ペッタリと座り込んだララが、涙を浮かべている。

「助かったなぁ」

 喜んでいるオレとララに、ブランシェットが不思議な顔をした。

「驚かないのか?」

「何を?」

「モンスターを召喚したんだぞ!」

「見ればわかるわよ」

「で、なんで、驚かないんだ?」

 ララが答えるより早く、ちいさな影が躍り出た。

「ボクのおかげでしゅ」

 両手を腰のあてて、胸をはっているムー。

「水色の上着にズボン。そのスタイルは……まさか、召喚師?」

「ふふふっ…その腕ではレベル3、現世単騎召喚クラスっしゅね」

 ムーは鼻から息をフッと吹き出した。

「ボクはでしゅねぇー、異次元召喚者でしゅ!」

 ブランシェットは、目を丸くした。

「レベル10が、実在したのか!」

 ムーが、コクコクとうなずいた。

 自慢げなムー。

 そのムーの身体に、巨大な影が被さった。

「うわあぁーーーーーーーーーでしゅーーーーーー!」

 ムーが空高く、遠ざかっていく。

 足に一本のロープ。

 先っぽには、空樽がひとつ。

「ロック鳥のこと、忘れていたわね」

「卵、うまそうだもんな」

「ロック鳥、どこにいったのかしら?」

「卵、穴あいていないかな」

「ラダミス島にいかないで、帰らない?」

「卵、取り戻しにいかないと、まずいよな」

「予言、どうなっているのかしら?」

「卵、ドラゴンが取りにいってくれないかな」


 オレ達が悩んでいる間に、ブランシェットは逃げてしまった。

 ララが針で眠らせた海賊達は、オレとララで縛り上げた。

 あとで船長に、港の治安当局に届けてもらうことにした。

 

 で、オレ達が出した結論。

 とりあえず、ラダミス島いく。

 その先のことは、考えない。


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