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第5章 卵や、卵、ああ卵。



 合格だと信じていた。

 オレ達を追いかけてきたレッド・ドラゴンで、校庭の木が半分黒こげになっても、

 そのあと、モンスター担当のニューマン先生がドラゴン誘導の呪文とかで、苦労して洞窟に戻すことになったとしても。

 オレ達は、時間内に卵をもって帰ってきたのだ。

「なんで、あたしたちが不合格なんですかぁ!」

「不合格といったら、不合格」

 校長はララの涙の訴えを、情け容赦なく切り捨てた。

「だから、なんでなんですかぁ」

「試験の課題をクリアしていないからです」

「卵をちゃんと持って帰ってきたじゃないですかぁ」

 食い下がるララに、校長は他の試験生を指した。

「他の試験生たちの卵を見たかね?」

 オレ達の他に卵を持って帰ってこれたのは、26組。

 なんと、彼らは26組全部で協力して、手に入れたらしい。

 手分けして巣を見つけたあと、魔法使い達がドラゴンを牽制している間に、盗賊のスキルのあるヤツが卵を盗み出し、体力派の戦士や武道家が巣の出口の岩を崩し、追っ手のドラゴンを振りきったらしい。

 残りのグループは失格。半年後の試験に再挑戦だ。

「卵??」

「そうだね、そこの君、卵をもってきたまえ」

 校長は、卵をもっていた生徒を呼びつけた。

「見比べてごらん」

 オレ達の卵。薄い黄色で、片腕に抱えるほどの大きさ。

 他の生徒の卵。うす紅色で、両手に乗るほどの大きさ。

「……違うな」

 オレの目が、ララを冷たく見る。

 卵を選んだのは、ララだ。

「な、なによ、ウィルも見ていたでしょ。レッド・ドラゴンの巣からとったわよ」

「見ていた」

「だったら」

「でも、卵は違う。卵が違えば、オレ達は…………」

 苦労が走馬燈のように、頭をまわった。

 巨大イモムシ、巨大蛾、レッド・ドラゴン、ロープ馬。

 あの苦労が、苦労が、すべて水になるとは。

「この卵が悪いぃーーー!」

 床にたたきつけよう、オレは卵を頭上にかかげた。

「お、落ち着きなさい!」

 校長がオレを後ろから羽交い締めして、ニューマン先生がオレから卵を取り上げた。

 オレをなだめるように、肩を叩きながら校長が言った。

「君たちには、私から話がある」

「オレ達に、話などなぁーーい!」

「なくても聞きなさい。条件によっては、合格にしてあげるから」

 合格という言葉に、耳がピクッと動いた。

「……本当に合格にしてくれるのか?」

「まず、話を聞きなさい」

 校長がオレ達を、ベンチに座らせる。

「君たちは托卵という言葉を知っているかね」

 3人とも首を横に振る。

「簡単に言うと、自分の産んだ卵を、別の生き物に預けて、育ててもらうことをいうんだ。わかるかね」

 オレ達はうなずいた。

「君たちはこの托卵を取ってきてしまったんだ。運の悪いことに」

 運が悪いのは、組分けクジを引いたときからだ。

「問題はだ…」

 校長はいかにも言いにくそうに、しばらくためらったあと、言葉を続けた。

「……君たちが取ってきた卵は、ゴールド・ドラゴンの卵らしいんだ」

 耳を疑った。

 ゴールド・ドラゴンは、ドラゴン種で一番知能が高い。

 人語を介すると表現されるが、実際は、人間よりも数倍も頭がいいらしい。

 長寿で数百年も生きるらしい。

 魔法も操り、人にも変化して、人間社会にも遊びに来ているらしい。

 らしい、ばかりで、こうだと言い切れないのは、ゴールド・ドラゴンは人の前にほとんど姿を現さないからだ。

 自分より下等な生き物の前に、あえて姿をさらす必要もないのかもしれない。

「ゴールド・ドラゴンは、卵を孵すのに地熱を利用するらしい。危険がないようにレッド・ドラゴンの巣に置かせてもらい、孵化することをみはからって卵を回収するらしい。まさか、マロール山のレッド・ドラゴンの巣に置いてあるなど、私たちは思いもしなかった」

 オレ達も思わない。

「君たちも知っていると思うが、ゴールド・ドラゴンの卵は実物は見つかっていない。ドラゴン研究者がいうには、レッド・ドラゴンの巣にある卵で、薄い黄色でこれほどの大きさがあるのは、ゴールド・ドラゴンしか考えられないと言うんだ。もし、別のドラゴンや別の生き物の卵ならば問題はないが、もしゴールド・ドラゴンの卵であったなら、そして、それを勝手に人間が持ち帰ったとすると……」

 オレの顔から、血が引いていく。

「どうなるんでしゅか?」

 のんきなムーの声が、遠くで聞こえる。

「わからない。ゴールド・ドラゴンが、卵を取り返しにやってくるかもしれない。それくらいならよいが、最悪、ゴールド・ドラゴンの群れによる、人間社会への襲撃が行われるかもしれない」

 金色の巨大ドラゴンの群れが、空から一斉にブレスを浴びせる。

 村も町も破壊され、人々が怯えて逃げまどう。

 その元凶は、オレ達が持ってきた、この卵。

 ララがすくっと立ち上がった。

「あたし、帰る」

「待ちたまえ」

「失格でもいい。ううん、失格にして」

「いいから、座りなさい」

 校長にうながされ、また、ベンチに座った。

「本当ならば、急いで巣に返せばいいのだが、それができない」

「なぜですか」

 オレの声が、かすれている。

「君たちを追ってきたドラゴンのせいだよ」

 校長の説明によると、レッド・ドラゴンに通常は翼はないが、ごくまれに翼のある変異種が生まれる。オレ達が追いかけられたのは、珍しい翼付きレッド・ドラゴンだったわけだ。

 普通のレッド・ドラゴンは、マロール山の洞窟からは降りてこられない。だから、オレ達の住む町も学校も安全だったわけで。翼付きのレッド・ドラゴンが、うろうろしたら、危険で生活できない。

「レッド・ドラゴンを洞窟の中に追い込んだあと、一時的な処置として、洞窟の入口を閉鎖させてもらった」

 あとは、国の研究機関がなんとかしてくれることになっているらしい。

「そういうわけで、あの巣にはいれないのだよ」

 オレ達は、がっくりと肩を落とした。

「私たちも考えなかったわけじゃない。ドラゴンの卵をなんとか無事に返えす方法を」

「なにか、ありましゅたか?」

「ひとつだけ、方法を見つけたには見つけたのだが…」

 また、言うのをためらっている。

 断言してもいい。

 ろくな方法じゃない。

「…そのだな、ラダミス島に住む賢者カウフマンがゴールド・ドラゴンと交流があると……」

 オレは扉に飛びついた。

 ニューマン先生が、逃げようとするオレの腰にタックルしてきた。

 引きはがそうともめているオレとニューマン先生の横を、ララが走り抜けた。

 扉をぬけたところで、ララが転けた。

 足に、煙の輪がはまっている。

「落ち着きなさい」

 ワンパターンな校長の台詞。

「いやだーーー、ラダミス島に行けいうのだろうーーー!」

「いかないわよーー!絶対に、いかないわよーーー!」

 暴れるオレ達に、校長がだした魔法の煙が巻きついて、身動きできなくなったところで、襟を引きずってベンチに座らされた。

「話は最後まで聞きなさい」

「聞いたら、ラダミス島にいかなくてすむのか!」

「いや、いってもらうことになるのだが」

「いやよぉーーー、魔物になるのはいやぁよぉーーー!」

 オレとララが、必死で拒否するには訳がある。

 賢者カウフマンは、天才だったらしい。

 わずか10歳で、世界最高峰の魔法学校、コーディア魔力研究所を卒業。

 新しい魔法をいくつか開発した後、ラダミス島を買い取り、そこに移住。

 俗世間との関わりと絶ち、魔力の研究に没頭する。

 ここまでが、教科書の記述。

 いま、ラダミス島はカウフマンの怪しげな魔法実験の結果でできた魔物で埋め尽くされている、というのが、世間一般の噂だ。

「落ち着きなさい。ラダミス島はそんなところではありません」

「嘘よぉー!そういって、実験体に送り込んでいるんだわーー!」

 わめくララの頭を、ニューマン先生がソッとなぜた。

 声がやんだ。

 わめいているララは、そのまま。

 声が音にならなくなっただけらしい。

「とにかく、卵を届けて欲しい。あとは、賢者カウフマンがやってくれるだろう」

「本当か?」

「本当だ」

「オレ達は届けたら、すぐ帰ってくるぞ」

「もちろんだとも」

「カウフマンが”卵をゴールド・ドラゴンの親玉に届けろ”とか”卵が孵化するまで世話をしろ”とか、命令しても、無視して帰ってきていいな?」

「それはダメだ」

「なら、いかない」

 オレは開き直った。

 怪しげな島にいかされて、その先の保証もされない。

 そんな旅に、誰がいくものか。

 校長がやれやれと、肩をすくめた。

「ウィルくん、そもそも今回の事件は、君たちがゴールド・ドラゴンの卵を持ってきてしまったからなんだよ」

「マロール山にゴールド・ドラゴンの卵があることを調べておかなかった先生達の下調べ不足もあるでしょう」

「ここに卵を置いておくと、いつゴールド・ドラゴンがくるかもわからない。危険だと思わないか?」

「思いますよ。ドラゴンは危険です。でも、ラダミス島に行くのも危険なんですよ。どうせ危険なら、オレは楽なほうがいいですよ」

 オレは食い下がった。

 ここで言い負かされたら、ラダミス島行き決定だ。

「君たちの卵で、みんなに迷惑がかかるんだぞ」

「オレ達の卵といいますが、周りから見たらエンドリア王立兵士養成学校の卵です。そして、エンドリア王立兵士養成学校、ここの責任者は、校長先生、あなただ!」

 ビシッと、指をさす。

「き、君は……」

 校長のこめかみがヒクヒク痙攣している。

「卵を届けるのは、別にオレ達じゃなくったっていいはずだ。校長先生、あなたでもいいはずだ」

 これでラダミス島行きは、のがれた。と、思った。

「わかったよ、ウィルくん」

 いきなりの、猫なぜ声の校長。

「別に私がいってもいいのだが……」

 コホンと咳をした。

「昨日の夕刻、マロール山の西にあるナルズ村の数十頭の牛が、明け方まで宙に浮かぶという事件があった。怪我をする牛はいなかったが、何頭かの乳牛がショックで乳をださなくなった。村人は非常に怒って、エンドリア魔法局に提訴する予定だ」

 オレ達を横目でチラリと見る。

「…しまったでしゅ」

 つぶやいたムーのスネを蹴飛ばしたが、校長が真相に気がついているのは間違いない。

「犯人には相当額の賠償金と魔法局からの罰金刑が科せられるのは確実だろう。ま、幸いにして、私はナルズ村の村長と仲がいい。うまく、おさめてやってもいいのだけれどなあ…どう思うかね、ウィル君」

 黄色と黒のマダラの巨大蛾。

 舞い散る鱗粉、牛の群れにひらひらと。

 オレの額に、冷や汗がにじむ。

「どうだろう、ウィル君」

 笑みを浮かべた校長。

「卵を届けに、ラダミス島にいってくれないか?」

 選択の余地はない。

「…行かせていだたきます」

 オレは悔しくて、唇をかんだ。

 大人って、ずるい。


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