第4章 卵を担いで、えっさっさ。
ドラゴンがでてきた左側の通路を慎重に、それでいて急いで下った。
巣がある前方だけでなく、ドラゴンが戻ってくるかもしれない後方にも神経をとがらす。
道はあいかわらず、幾重にも分かれていたが、オレ達はもう迷うことはなかった。
壁の所々に残されたファイヤー・ブレスの焦げ痕が、ドラゴンの巣にたどり着く正しい道を教えてくれていたからだ。
ドラゴンが、前から来るかもしれない恐怖と、後ろから来るかもしれない恐怖に挟まれながら、オレ達は必死にくだっていった。
どれくらい下りただろう。
続く緊張に、オレは時間感覚を失っていた。
いきなり、ララが松明を消した。
真っ暗になった闇。
だが、通路の奥には、チラチラと瞬くものがあった。
青と緑の混じった点滅は、淡いが強い。
ララが小声でいった。
「あれは、燐光シダよ」
教科書の一文が、唐突に頭に浮かんだ。
”発光する燐光シダは、レッド・ドラゴンの巣に使用される”
「すると、あの光の場所に…」
「ええ、あるはずよ」
ようやく卵に会える。
じーーーーんと感慨に浸っているオレに、
「いるかもしれましぇんよ~、ドラゴンしゃん」
不幸のどん底に落とす声がする。
「降りろ!」
背中が軽くなる。
「先にあたしがいくわ。手で合図したら、ウィルが来て」
「ボクしゃんは?」
「来ないで」
きっぱりと拒絶するララ。
ララの気配が消えた。
足音はしなかった。
燐光シダの光がかげり、ララがドラゴンの巣の入口に移動したことがわかった。
オレは合図を待った。
だが、合図より先にララが戻ってきた。
「…ダメだわ」
「いるのか?」
「いるわ…」
ララの声がさらに暗くなった。
「…いっぱい」
「いっぱい?」
「いっぱい、でしゅか?」
聞き返したオレとムー。
「ザッと見ただけでも、12,3匹って、とこかしら」
あのレッド・ドラゴンが12,3匹…。
「ダメだな」
「ダメよね」
がっくりと肩を落とした。
「でもでしゅねえ、卵しゃん取らないと落第でしゅよ」
明るい声でいうムー。
いっていることは正しい。
正しいが、腹が立つ。
「あのなぁ、どうやって取るんだ、ドラゴンがうじゃうじゃいるんだぞ」
「簡単でしゅよ、透明魔法をつかっ……」
パシッと音がした。
見えなかったが、ララがムーを叩いただろう。
「あんたしかいないのよ、魔法使い。あんたが、透明魔法を使えるっていうの」
押し殺したララの怒りが、声にこもっている。
「透明魔法はつかえましぇんが、透明な身体の魔獣なら呼びだせましゅ……」
バコッという重い音。
何で叩いたんだ、ララ。
「…いたいでしゅ…ララしゃん」
「今度、召喚魔法使ったら、殺すわよ」
「…はい、でしゅ」
卵を取らなければ落第。
他に巣を探すという手もあるが、時間に限りがある。
時間内にみつからなければ、それで終わりだ。
いくことも、帰ることもできない。
ララが困惑した声でいった。
「卵のところまでは、いけるけど…」
「どういうことだ?」
「気配を完全に消すの。完全に消すと、見えていても見えていない状態になれるの」
「見えていても、見えていない…」
「つまり、あたしは、卵を取りに歩いているわよね。あたしが歩いていて、ウィルやドラゴンもみんな見えているんだけれど、あたしという存在を目でも感じられないから、見えていない。透明人間と同じ扱いになるのよ」
「それならいける!」
興奮するオレに対し、ララの声は暗い。
「でもね、卵には効かないの。ドラゴンの卵をつかんだ時点で、卵もあたしも見えちゃうのよ」
卵をつかんだ途端、ドラゴンから一斉攻撃。
ファイヤー・ブレスで、丸焼きララのできあがり。
「…あのでしゅね」
「なんだ?」
オレはちょっとムーを見直し始めていた。
ガキっぽくて、幼児語で、足手まといで、使いようのないヤツだが、とにかく、前向きだ。
「紐は、消せましぇんか?」
「ヒモを消す?」
「そうでしゅ。ボクのバックに紐がありましゅ。ララしゃんが、それを持っていければ…」
「あたしは、気配を消して、卵に紐をかける…」
「そのままオレ達のところに戻って、それから、卵にかけた紐を引っ張る」
ドラゴンが途中で気がついても、ドラゴンが来る前に卵を回収してしまえば、あとは逃げるだけだ。
逃げるだけ……。
「致命的な問題があるな」
「ええ、そうね」
ここまできて、足を引っ張るのは。
「なあ、ムー」
「はい、でしゅ」
「ドラゴンより、速く走れる自信があるか?」
「ないでしゅ」
「オレもな、お前を背負って逃げ切る自信はないぞ」
「……………」
「お前を背負えないぞ」
「…………えぇーーー!」
しばしの沈黙。
ララが決然とした声で言った。
「こうなったら、しかたないわ。ムー、覚悟はできている」
「いやでしゅ!ドラゴンしゃん、ガブは、やでしゅ!」
泣き声だ。
ララが子供をなだめるように言った。
「そんなこと、あたしがするわけないでしょう?」
「ほ、ほんとうでしゅか?」
「本当よ、ちゃんと外まで連れて行ってあげる」
ララの猫なぜ声。
「だから、あたし達を信じて、あたし達のいう通りにするのよ。わかった?」
「わかったでしゅ」
「絶対によ」
「絶対にでしゅ」
ララがオレに、こっそりと作戦を打ち明けた。
いまのところ、それしかないかもしれない。
が、ララは鬼だ。
オレ達は道を少しだけ戻り、松明をつけた。
ムーの紐の先端を編んで、網状にした。
紐をひっぱると広げた網はすぼまり、卵をすっぽりと包み込む。
壊さないように回収すれば終わり。
それとは別に、ララが細い革紐をオレに渡した。
できれば使いたくないが、万が一の保険というヤツだ。
準備が整ったところで、ドラゴンの巣の入口を向かった。
ボンヤリとした燐光シダの灯りが、徐々に強くなっていく。
ララの指示通り、右側の壁にぴったりと張りついて、入口から中をのぞいた。
いた。
大小とりまぜて、十数匹のドラゴンがのんびりと身体を休めている。
卵は地熱で暖められるのか、燐光シダの上に無造作に置かれている。
大きさは片腕で抱えられるほど。
ララが深呼吸をした。
紐の端を握ると、巣の中に歩き出す。
大股でゆっくりと、ドラゴンの間を抜けて、卵に向かって歩いている。
見えている。でも、見えない。
いるのはわかるのだが、感じることができないのだ。
燐光シダを踏んで、さりげなく網を卵に落とす。
パラリと卵にかかったのを確かめると、また、ゆっくりとした足取りで戻ってきた。
片手をあげて、迎える。
あとは、紐をひけば、卵は手に入る。
紐をひいた。
紐が引かれるにつれて、卵が網に包まれていく。
完全にとりこんだところで、紐をたぐり寄せる。
シダに敷かれている卵は、たいした摩擦もなく、シダごとずるずると近づいてきた。
ドラゴンのほとんどが眠っている。
気づかれずにすむかもしれない。
希望は、あっけなく打ち砕かれた。
一匹のドラゴンが、動いていく卵に気がついたのだ。
咆吼が巣に響き渡る。
オレとララの二人がかりで、卵を引き寄せた。
ララが卵を抱きしめると同時に、1匹のドラゴンが駆け寄ってきた。
やりたくはなかった。
でも、やらざるえない状態だった。
ララが卵を片手に、ドラゴンの背中に飛び乗った。
ドラゴンは振り落とそうと猛然と暴れる。
「ムー、ごめんな!」
そのドラゴンに向かって、オレはムーを放り投げた。
「うぎゃぁーーーーー!」
ムーを受け取ったララが、ムーに卵を押しつけた。
「死んでも放すんじゃないわよ!」
そのまま、卵をひっぱった紐で、ムーと卵をグルグル巻きにした。
ララが飛び降りながら、紐の端をオレに投げた。
オレは暴れるドラゴンの腹の下をすばやく潜りぬけ、逆側から卵を抱えたムーに紐の端を縛り付けた
振り向いたドラゴンが吹いたファイヤー・ブレスをギリギリで避けたオレは、出口に向かって一目散に駆けだした。
道を知っているララが、すでに前を走っている。
「ひどいでしゅーーーーー!」
追いかけてくるドラゴンの背中には、ムーと卵。
ララのたてた作戦は、こうだ。
ドラゴンが追いかけてきた時、
オレとララは自分の足で逃げる。
足の遅いムーと荷物になる卵は、ドラゴンに運んでもらう。
そのとき、卵が壊れないように、ムーを卵のクッションにする。
「ドラゴンしゃん、ゴツゴツで、痛いでしゅーーーー!」
「だから、あんたがいるんでしょー!」
名付けて、”ムー・卵クッション大作戦”
ララを追って、ひたすら駆け上る。
途中で何度か試験生にあったが、慌てて岐路に飛び込んで逃げていた。
卵を取りに来るグループが一つくらいあるかと思ったが、ムーで包んでいるせいで、卵をもっていることを気づかれていないらしい。
「痛いでしゅーー…」
「でたら、助けてやるからなー」
坂道を延々と駆け上って、息が上がりはじめる。
そろそろ危ないかと思い始めたとき、道の先に外の明かりが見えた。
涼しい風が顔にあたり、夜空に星が見えてくる。
「出口だ!」
オレは両手をあげて、出口を駆け抜ける
追いかけてきたドラゴンに、ララが駆け寄り、すれ違いざまに革紐を切った。
「ひぇーーーーー!」
落ちてきたムー&卵を、オレが受け取る。
「よし、回収したぞ」
「成功……かしら……?」
ここで、オレ達は失敗に気がついた。
卵は手に入れた。
洞窟からは出た。
あとは、学園に戻るだけだが…。
「おい、このドラゴン、洞窟に戻らないぞ」
ドラゴンが、鋭い爪を振りかざして咆吼した。
深紅のブレスが、マロール山の空を焦がす。
鼻息も荒く、戦闘する意志、満々。
オレ達は、ジリジリとあとずさった。
後ろは、垂直に近い岩壁。
「飛び降りるしかないよな」
「ブレスの届かない距離までいけば……」
ドラゴンの巨体が、岩壁を降りられるはずがない。
オレはムー&卵を右脇にしっかりと抱えた。
数メートル飛び降りて、左手一本で岩につかまる。
厳しいができないこともないだろう。
飛ぶ前にムーに、釘を刺した。
「卵を放すなよ」
「放しゅたくても、放せしぇませーん!」
そうだった。
卵に巻いてあったんだ。
飛び降りようとしたとき、ドラゴンが口を、ニヤリとゆがめた。
まるで、あざ笑うように。
「…な、なによ…」
ララが怯えた声をだした。
ドラゴンは、牙の生えた口を、大きく開けると、
翼をバサリと広げた。
ララが絶叫した。
「反則よ!翼があるなんてーーー!」
ドラゴンは、真っ赤な翼をバタバタとさせ、ふわりと浮かび上がった。
オレ達に逃げ場はなくなった。
「とんでくだしゃい!」
抱えているムーがもがいた。
「下に、とんでくだしゃい!ディアムラムシアがいましゅ!」
ディアムラムシア…聞いた記憶があるが、思い出せない。
首を回して崖下を見たが、切り立った岩壁とそのずっーーーーと下にある森林しか見えない。
「いまでしゅ!!」
身体が勝手に反応した。
気づいたときには、崖下に飛んでいた。
「しまったーーーーー!」
落ちながら反省した。
「なんで、飛んじゃったのかしら…」
憂鬱を塊にした声で、ララがつぶやいている。
オレと同じで、うっかり、飛んだらしい。
オレは左腕をのばして、何かにつかまろうと振り回した。
枝でもいい、つきだした岩でもいい。
何かにつかまらない限り、数秒後には、地面との激突がやってくる。
必死に振り回していた左手が何かをつかんだ。
それをギュッと握りしめた。
次の瞬間、腕が抜けそうなほどの衝撃がきた。
それでも、オレは放すまいと、必死に握っていた。
「助かったみたいよ」
ふてくされたララの声。
オレが握っていたものを、ララも握っていた。
指の太さほどのロープ。
ありきたりのロープだが、ロープの形には疑問があった。
「……なんなんだ?」
「あたしが、知るわけないでしょ!」
知っていたら、むしろ不思議かもしれない。
ロープの馬。
他にいいようがない。
子供が落書きした線の馬を、ロープでつくったら、こいつになる。
おまけのその馬は、ほぼ垂直の崖に四本足で立っている。
重力の法則を、完全に無視している。
「ディアムラムシアでしゅ」
思い出した。
山道を登るために、ムーが呼んだ召喚獣が、ディアムラムシアだ。
来たのは、巨大イモムシだったが。
「成功してたんでしゅ!」
ロープの細さの召喚獣。
あの細道を駆け抜けるには、最適だろう。
あの時に、召喚されていれば。
「ドラゴンしゃんです、ドラゴンしゃんが、来ましゅた!!」
赤々と燃えるファイヤー・ブレスが、急速に近づいてくる。
「ディアムラムシア!」
ムーの声が、また、凛々しくなっている。
「エンドリア王立兵士養成学校へ、急げ!」
ビシッと命令をした。
ロープ馬は、いななくように前足を高々とあげると、崖を一気に下り降りた。
10分後、オレ達はエンドリア王立兵士養成学校の校庭にいた。
オレもララも生きていたし、ムーも卵も無事だったが、
「………絶対に、絶対に、この先、一生、命のある限り、あんたの側にいかないわ」
ララが呪詛のこもった声で、ムーをにらんでいた。
もっとも、ムーは気絶をして白目をむいていたから、聞いていない。
「よく、生きていたよなぁ」
重力無視のロープ馬は、崖を垂直に走った。
森林にはいると、枝から枝へと飛び移り、校庭で一度立ち止まってオレ達をおろすと、どこかに走り去った。
ロープ馬につかまっていた10分間。
嵐にもまれる船より過酷で、狂った裸馬の曲芸乗りより危険だった。
その苦労をのりこえ、卵を時間内にもって帰ってこれた。
「これで、合格だ…」
すりむけた左手を眺めているオレに、校長の怒鳴り声がふってきた。
「君たちーー、あれを、なんとかしなさいーーー!」
オレ達を追いかけてきたレッド・ドラゴンが、校庭の上空をゆうゆうと旋回していた。