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第1章 運命の女神の幸いあれ



 運命という日があるのなら、

 オレにとっては、まさしく今日が運命の日。

 武道家を目指すオレが、初めて卒業試験を受けるのだ。



 暖かい陽の光は、エンドリア王立兵士養成学校の校庭に降り注いでいた。広くない校庭には卒業試験の生徒で溢れている。

 オレと同じ武道着だけの格闘家もいれば、鉄鎧に長槍の騎士見習いもいる。黒ロープにとんがり帽子のクラシックな魔法使いスタイルや、巨大なリュックに片手に魔法薬という怪しげなヤツまでいる。

 エンドリア王立兵士養成学校では、戦士や魔術師などで戦いを職業に目指す者を育てている。一定レベルに達したと教師が認めると卒業試験を受けることが認められる。卒業試験に失敗した者は、また半年後の卒業を目指して、修行や研究に精を出す。



 きょろきょろと見回していると、同じ格闘技クラスのビルに会った。

「よっ!」

 黒い武道着はオレと同じだが、棒術を得意とするビルは、腰に短い鉄棒を差していた。

「調子はどうだ、ウィル?」

「まあまあかな」

「こっちは、どうだった?」

 片手にはさんだ白い紙を、ひらひらとさせた。

「なんだ、それ?」

「試験の組み分けの番号札。デイモン先生がくばっているぞ」

「もう、くばっているのかよ」

「さっきは、研究棟の前にいたぜ」

「ちょっと、もらってくるな」

 番号札を取りにいこうとしたオレの肩を、誰かが叩いた。

 振り向くと、エンドリア王立兵士養成学校魔女学教諭推定年齢70歳強のデイモン先生が、真っ赤な唇で微笑んでいた。

 血の色にみえて、ちょっと怖い。

「ウィル、番号札をどうぞ」

 差し出されたのは、50センチ四方の木箱。

「は、はい!」

 箱の上部にあけられた穴から手を入れ、紙を一枚引き出した。

「運命の女神の幸いが、あなたにありますように」

 にっこりと笑ってデイモン先生は、歩み去っていった。

「何番だ?」

 ビルに聞かれ、紙をみた。

「103組」

「残念だな。オレは、119組なんだ」

 ビルが肩をすくめた。

 試験は、3人1組で行われる。

 メンバーに不満があっても、メンバーの交代や組の移動は認められない。

 例外は、3人の中に魔術師がひとりもいなかった場合、

 または、3人とも魔術師で白兵戦における戦闘能力が著しく劣っていると判断された場合のみ、

 組の再編成を希望することができる。

 試験を受けるのは、516人の訓練生。

 魔法戦士もいれば、治療師や盗賊もいる。

 どんなメンバーと組めるか運次第。

 デイモン先生のいう「運命の女神の幸い」だ。

「ま、メンバーに2人が武道家というのは、きついかもな」

 ビルの言葉に軽くうなずく。

 武道家2人だと魔法使いが1人になる。

 治癒系の魔法使いならば、攻撃魔法が使えない可能性が高い。

 攻撃系の魔法使いならば、治癒魔法が使えない可能性が高い。

 武道家は接近戦だから、接近不可能なモンスター用に遠距離から攻撃できる魔法はどうしても欲しい。

「オレの希望は、剣士と攻撃系魔法使い。剣士に治癒魔法が使えたら文句なしというところかな」

「白魔法が使える剣士…この学校にいたか?」

「いないのか?」

「治療はアイテムで、が基本だろ」

「薬を持っていくなると、薬草だけだってかなりの量になるぜ」

「校長先生!!!」

 ビルとの話しに夢中になっていたオレは、デイモン先生の金切り声で我にかえった。

「番号札、配り終わりました!」 うんうんとうなずいて、校長が壇上に登った。

 太った身体が、もったりと動く。

「えー、皆さん、先生の誘導に従って、番号札の順番に並んでください」

 先生達が手と声で誘導して、縦に10組ずつ、横に17列に並ばせられた。

 場所は番号から予想がつくので、オレも自分10列目の前から3番目の組を探しはじめた。

 オレは歩きながら、運命の女神に祈った。

 聖騎士と攻撃型魔法使いを、相棒によろしく。

 オレが103組を探して歩いていると、すでに移動を終えたやつらが、お互いの紙を差し出して、メンバーの確認しあっていた。

 喜んでいるやつもいたが、不満のあるやつもいるらしく、叫び声がいくつも校庭に響いた。

「いやぁーーー!」

「お前なんかと、組めるかぁ!!!!」

「え、本当かぁ?!」

「やり直しだ!やり直しをオレは要求する!」

 不満のあるやつのほうが多かったらしく、騒ぎは見る間に広がり、すぐに校庭全体が阿鼻叫喚の騒ぎとなった。

 泣く、喚く、叫ぶ。

 すざまじい音響が校庭を支配したが、先生達は慣れているらしく、集まって見物している。

 オレはその頃になって、ようやく103組の仲間に出会うことができたていた。

「どけーー!」

 誰かの放った火の玉が、オレの頬をかすめていった。

 いつもなら仕返しに蹴りの数発を入れるが、いまのオレはそれどころじゃなかった。

「……嘘だろ」

 差し出された103組の札、3枚。

 オレのが1枚。

「よろしく、です」

「…………はぁ…」

 残りの2枚の持ち主を、オレは知っていた。

 挨拶したチビが、魔術師のムー・ペトリ 。

 水色の短ロープに、水色のズボン。肩から水色の布袋を下げている。

 ため息をついた女暗殺者が、ララ・ファーンズワース。

 暗殺術では、先生をもしのぐという凄腕だ。

 燃えるような長い赤毛で、身体にフィットした黒革の上下を着ていた。

「どうしろっていうんだよ」

 オレの独り言に、ララが顔を上げて、キッとにらんだ。

「どうしようもないでしょう。このメンバーで課題に取り組むのよ」

「そりゃ、そうだが…」

 目が自然とムーをみた。

「すみません」

 小さな身体を、さらに小さくしてムー謝った。

 魔術師がひとりでもいれば、メンバーの変更はできない。

 ムーは魔術師だ。

 だから、メンバーの変更は不可能だ。

 問題は…。

「本当に召喚魔術師なのか?」

 オレの問いに、ムーはこっくりとうなずいた。

「はい」

 召喚魔術師は珍しい。

 魔術師は生来の能力が大きくものをいうが、召喚魔法はその中でも特殊な才能が必要らしい。

 エンドリア国でも、召喚魔法を使える者は十数人しかいない。この学園ではムーひとりだけだ。16歳から20歳までが勉強するこの学園に、12歳のムーが入学できたのも、特殊な才能をみこんでらしい。

 もっとも、オレがムーのことを知っていたのは、珍しい召喚師だからじゃない。ムーは召喚魔法を使えない、という噂があるからだ。

 ムー自身は自分を召喚師だといっているが、ムーの召喚魔法を見たヤツはいない。先生の数人はみたという噂だが、少なくともオレはムーの召喚魔法をみたというヤツを知らない。ただ、魔力はあるらしく、魔法関係の授業を受けてはいるが、先生から習うような普通も魔法はひとつも使えない。

 魔法の使えない魔術師、というのがムーに貼られたレッテルだ。

「本当にモンスターを召喚できるのか?」

「できます」

 きっぱりとムーが言い切った。

「学校内にモンスターを呼び出すのは危険だからと、先生に止められていただけです」

 ムーは自信ありげだが、オレの不安はぬぐえない。

「それで、どんなモンスターを召喚できるんだ?」

「ええと………」

 ムーの目がさまよう。

 オレは、ゆっくりと、大きな声でムーに聞いた。

「どんな、モンスターを、召喚できるんだ?」

「ええと…」

 少し迷うような表情を浮かべた後、

「……まあ、いろいろと」と、答えた。

「どういうこと?」

 ララが眉をひそめた。

「ええとですね…いろいろと呼べるんですけれど…よくわからない、違ったのがきたりして……」

「違ったの?」

 オレとララの声が重なった。

「ほら、ボク、まだ、未熟でして…」

 ムーが困ったように指でもじもじとした。

「間違えずに呼べることもあるんですけれど、違ったモンスターがでてきちゃうこともあって…ちょっと事故が大きくなっちゃうこともあるんですけれど…あ、そんな顔をしないでください。大丈夫です。時々ですから」

「お前がいう”時々”というのは、どのくらいの確率だ?」

「ええとですねえ、10回に……9回かな?」

 オレの拳がムーの顎をとらえた。

 ムーの身体が、ふわりと宙を飛んだ。

 木に激突。地面に落ちて、ゴロゴロと二転ほどして止まった。

「ひ、ひどいでしゅ」

 幼児語で訴えるムー。

「そんな危険な召喚術、使えねえだろうが!」

 ララが疲れたようなため息ついた。

「魔法は諦めるしかないわね」

「魔法なしは、きついな」

「当たり前のこと、いわないでよ」

 治癒魔法なし、攻撃魔法なし、補助系魔法も神聖魔法も古代魔法も自然魔法もなし。

 あるのは使えない召喚魔法と、チビの召喚師。

 それでも、このメンバーで課題に取り組むしかない。

「こうなると、魔法なしでもクリアできるような課題であることを願うしかないわね」

「”運命の女神”でも、頼むか?」

 自嘲の笑みが浮かんだオレの耳に、校長のまのびした声が届いた。

「それでは、試験の課題の発表します」

 いつの間にか校庭は静まっていた。

 叫んでいたヤツも、暴れていたヤツも、それぞれ3人組になって固まっている。

 メンバーに納得した、わけじゃないだろう。

 オレと同じに諦めた顔で、校長を見上げている。

「試験の課題は…」

 校長の指先から、白い煙がもくもくとあがり、青い空に文字となって浮かび上がった。

 ”マロール山のレッド・ドラゴンの卵をもちかえってくること。時間は明日の日没まで”

 一斉に、悲鳴があがった。

 マロール山のレッド・ドラゴンの卵。

 ここ数年で、もっとも過酷な課題かもしれない。

 ララの悲壮な声が、オレの耳元で炸裂する。

「魔法なしで、どうやってとれるのよーーー!!」

 ララのいうとおりだ。

 火炎を吹くレッド・ドラゴン相手に、魔法なしでは、どうにもならない。

 オレは顔を上げた。

 晴れた空は、透明で青く、高く、どこまでも続いていそうに見えた。

 オレは空に向かって、力の限り叫んだ。

「運命の女神の、バ・カ・ヤ・ロ・ゥーーー!」


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