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クソガキ主人とチンピラ従者

作者: 紫陽花

クソ短い。

「お前って、本当につまらない従者だよなあ。」

 この館の若き主である少年は言った。

「と、仰いますと。」

 それに応えるは主の忠実なるしもべ。

 こうべを垂れて、その身に似つかわしくない豪奢な椅子にふんぞり返って腰かける主に、丁寧に低頭する。

 まさに、従者の鑑。

「そういうところがだよ!」

 うら若き主は、感情の起伏が大変激しかった。

 慣れているのか、従者は主が立ち上がって指をさしてくるも、まったく身じろぎしない。

 尚も主は続ける。

「執事業務は完璧、敬語も礼儀作法も正しい、館の管理完備もすべて把握、武術体術も高い完成度でひとしきり体得済み、料理もできて手先が器用、掃除だって文句の付けどころなし、しかも!小奇麗な顔で無表情しやがって!お人形さんかっ!」

 勢いに任せて巻くし立て、またその勢いに乗る。

「そういう、完璧で人間臭くないところが!つまんないっ!」

 主は息を荒げて、従者に言った。

 それに対して、やはり従者は眉一つ動かさず、静かに言った。

「では、私はどのようにすればよろしいでしょうか。この愚かなしもべにお教えください、ご主人様。」

 従者はもう一段階深く腰を折った。

 それを見て聞いた主は、待ってましたとばかりに、次の言葉を吐いた。

「オレはお前に、年相応の態度を取られてみたいっ!」

 主は目を輝かせて言った。

 この主、齢十を迎える。

 そしてこの従者は十五歳だ。

 つまり主は、この条件でなら、この従者が自分にへりくだることがなくなるだろうと思ったのだ。

「それは……、」

 従者が口を開いた。

 主は、断られるのかと危惧した。

 しかし、

「こういうことか?クソガキ。」

 主は予想を超えた事態に、絶句した。


 それが、早、五年前のことである。

「おいいつまで寝てやがるクソがさっさと起きろガキ。」

 今や、主の目覚めは従者のこの言葉で始まる。

 ノックもなしに無遠慮に開け放たれる扉に、それを咎めた時のことを思い出す。「どうせ起きてねえのにそんなもんなんの役に立つんだ返事が聞こえたところで寝言だろうがそんなもんになんで俺が待たされなきゃなんねえんだこのクソガキ。」そんなもん。そんなもんって二回言われた。思い出すたびに、ちょっぴり切なくなる。

 主の部屋のノックをそんなもん呼ばわりし、その主をクソガキ呼ばわりするこの従者、それでも有能さは依然として一切まったく衰えてはいない。

「今日はなんかあるんだっけ?」

 主が従者に問うも、まず返って来るのはため息だ。

「来客が来る。だからさっさと朝餉を済ませろ。」

 それでもこの従者が、忠実なしもべであることは、なんら変わらない。

 いっそ不思議にさえ感じてしまう。

 クソガキに仕える、この優秀な下僕のことが。

 そして主が食事を終え、来客を待つ間、執務を行っていた時だ。

「あれ、」

 既にもう来客が来る時間であった。

「お客さんって、まだ?」

「……。」

「……?ねえ、」

「ご主人様、」

 それは、五年前の主の命より、普段は聞かなくなった呼称だった。

「おま、」

「今一度、」

 今となっては、従者がそう呼ぶ場合というのは、

「失礼をお許しください。」

 従者がそう言って、主の体が執務机から一気に離れたのは同時だった。そのすぐ後に、主の背にあった窓から連続した撃音が聞こえ、ガラスが割れて飛び散ったのは、主からすれば同時とたがわない感覚だった。

 従者は主をその腕に抱えたまま、片手で自らの懐に手を差し入れると、そこから手榴弾を取り出した。

 それを障害物の亡くなった窓から放り落とし、爆音の後外が煙にに包まれる。

 それを従者は主から片時も離れずやってのけた。

 素早い判断力と素早い動き。

 主からしてみれば、あっという間だった。

 更にその主には傷一つない。

「自警団に連絡……」

「他の従事の者がやるでしょう。」

 主がやっとそれだけ言うと、対して従者は冷静に答える。

 この従者が五年前の命を受けてから、再びその礼儀を身に纏うのは、決まって主以外のものがいる時だ。

 五年前の命は、主と従者の間だけの、秘密の約束だった。

 そしてその夜。

 真昼間から襲撃しておいて、夜にまた訪れる悪党などいはしないだろう。

 いたとしても、その主には腕の立つ従者がいる。

「ガキはさっさと寝ろ。クソして寝ろ。今すぐ寝ろ。」

 その主は、クソガキで起こされガキクソで寝かしつけられるのだ。

 主はその毎日に、充分満足していた。五年前から。

「うん。おやすみ。」

「……おやすみ。」

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