冷たい躰
神里 藍緒さま主催「ライアー☆企画」参加作品です。
彼がなぜ私を好きになってくれたのか理由は忘れてしまった。
「……だから美佳のことが好きになったんだ」
そう言って照れ臭そうにしている彼が眩しかったし嬉しかった。私も彼を好きになった理由を言わなくてはいけないかなぁと思ったが、言葉が見つからなかった。
◆◆
もうすぐ22になるというのに、私は彼に出会うまで恋愛をしたことがなかった。興味がなかったというのもあるし、何かしら異性に対してのトラウマがあったのも事実だ。いつからか男の人と知り合うと、まるで、おはようの挨拶みたいにすぐに躰を重ねるようになっていた。面倒くさい恋愛過程はいらなかった。ぶっちゃけ誰でも良かった。抱いてくれさえすれば、このどうしようもない空虚感を埋めて欲しかった。
「愛してるよ」
「うん」
「愛してるから」
「私も」
その繰り返される嘘の言葉と肌の温もりでとりあえずの今を満たしていく。
◇◇
彼とはSNSのソーシャルゲームで知り会った。彼は気さくに話しかけてくれる人で同じ県内住みということもあり話しが弾んだ。話題も豊富でとても大人な気がした。リアで出会うようになるのにそう時間はかからなかった。
彼が初めて私の住む最寄駅まで車で来てくれた時から、私は助手席に座って彼の左腕にずっと凭れていた。離れたくなかった。彼は29歳でバツイチだと言っていた。彼とは暫くの間キスをする関係だけだった。それが私にはすごく新鮮だったし不思議だった。見つめ合って、会話をして、ドライブをして、カラオケに行ったり、買い物したり、一緒にご飯を食べて……それで十分満たされた。そんな普通のことが嬉しかった。大切にされていると感じた。そして何回目かのデートの夜、彼と結ばれた。
「ねぇ、こうちゃん」
「ん?」
「こうちゃん」
「何?」
私は何を言おうとしていたのだろうか。私は感じていた。きっと私は彼をダメにする。そして彼は私をダメにする。でも今が幸せならそれでいいんだ。私は何かを飲み込んだ。
「こうちゃん好き!」
「俺も美佳が好きだ!」
二人とも愛してるという言葉は決して使わなかった。きっと二人とも愛なんて信じてはいなかった。彼は優しかったし一緒にいて飽きなかった。でも彼の躰はとても冷たかった。彼は破滅型の人間だ。自分をどんどん追い込んで削っていく。それは痛々しく怖かった。私はまたどこかに温もりを求めるようになった。
◆◆
私はずっと歳の離れたパパみたいな人と躰を重ねていた。
「愛してるよ」
「うん」
「可愛いよ」
嘘の言葉が何度も囁く。でも温もりが感じられる。みんな、みんな抱いてくれる時は優しかった。これでまだ生きていける。そう思った。これは私の中の選択肢の一つだった。剃刀で腕を刻んだり、薬を大量に飲んだり、過食嘔吐するよりずっと楽な方法だった。誰にも迷惑をかけない。だからいつだってお金なんて貰わなかった。
◇◇
「俺、仕事してないから」
彼がさらりと言った。
「え??」
「あ、何か探すよ。でも住民票もないんだ」
「何で?」
「逃亡中なんだよ」
私たちは一緒に暮らすようになった。彼は色々複雑な事情を抱えていたし、私もバイト暮らしだったのでなんの保証もなかったが、何とかアパートを借りてギリギリの生活を始めた。彼とは毎日抱きしめあってキスをする。それだけが私たちの存在証明だった。でも、彼の躰はどんどん冷たくなっていった。
彼はカーテンを開けるのを嫌った。暗い部屋でDVDばかり観ていた。そしてお金が出来るとギャンブルに走った。そして私はそれに反発するようにソシャゲにのめり込んでいった。イベントが始まるたびに、上位になりたい、トップに立ちたい、そう強く思った。そのためにアイテムを大量に買って、課金は月に十万を超えた。仲間からかけられる賞賛の言葉。優越感に浸っていた。そしてそれが私の温もりになっていた。
そんな二人の生活は当たり前のように崩壊していく。そのうち彼はバイト先の店長と警察沙汰になるような大喧嘩をしてクビになり、それから全く働こうとしなくなった。彼はお金の無心を私にするようになった。私がためらっていると彼は言った。
「美佳は俺を必要としていないの?」
「え? そんなことないよ」
愛し合うってやっぱりお互いが必要とし合うことなのだろうか。だとしたら私は……
でも私は彼が好きだった。彼のために自分のためにお金を作った。親には女の子の友達とルームシェアしていると話していたので、その子が病気で家賃が払えないということにしてお金を借りた。あとはバイトを増やしたり、カードを作って借金したり。体重は1カ月で7キロ減った。友達に彼のことを相談するとみんな口を揃えて、絶対に別れなよと言った。それでも私は彼が好きだった。意地になっていたのかもしれない。
それからしばらくして、私の祖母の体調が悪くなり母が一人で面倒を見るのが大変なので、私は実家とアパートを行き来するようになった。彼とはだんだんすれ違いが多くなり会話も減ってきた。もうだめかもしれない。それでもそれを埋めるように私は彼と抱きしめあった。そこに温もりはないのに……
「美佳……愛してる」
ある日彼が突然そう呟いた。
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる??????????
「こうちゃん……」
彼の体は氷のように冷たかった。
「私も……アイシテル」
死んでしまいたかった。そのまま氷漬けになって死んでしまいたかった。
愛なんて嘘!! 知ってるくせに。
それからまもなくして彼はいなくなった。