死神と私
「キミの命をもらいに来た」
突然そんなことを言われた。
私は安川沙夜、大学一年生。今年の春から一人暮らしをしている。
目の前には妖しい人物がいる。私の命をもらいに来たと言った妖しい女性。
格好はなかなかいけているのに、頭がちょっとおかしいみたい。まあ、この暑さではね。今年の夏は例年に比べると一段と暑いみたい。
頭がおかしい人に付き合っていると、私までおかしくなる。だから、ここは関わらないことが一番。
と、言うわけで私は目の前にいた怪しい人物の横を何事もなく通り過ぎようとした。
“ガシッ”
しかし、手を掴まれて通り過ぎることは出来なかった。
女性は私の手を掴んだまま、私の顔を覗き込んできた。
あっ、近くで見るとますます美人な人・・・・・・
女性に見つめられドキドキしていた私に、女性は一言、言った。
「・・・ごはん、食べさせて・・・・」
そして、女性はその場で倒れてしまった。
「う~ん、美味しい」
女性は嬉しそうにご飯を食べていた。
ここは、私のマンション。あの後、私は気を失っている女性を引きずってここまで連れてきた。そして、家にあった材料で適当に食事を作ってあげた。
女性は余程お腹が空いていたのか、私が作った料理をあっという間に食べてしまった。
「ふう、美味しかった。ありがとね」
女性は満足そうにしていた。
作った料理を美味しいと言ってくれるのは悪い気がしないね。それが例え、妖しい人でも・・・・って、気が付いた。この人はすごく妖しい人だった・・・・
私がプチパニックに陥っていると、女性は面白そうに私を見つめていった。
「可愛い子ね。ますますあなたの命が欲しくなったわ」
女性の言葉に、私はハッと冷静さを取り戻した。
「って、あなたは誰ですか!」
私の言葉に女性はスッと立ち上がった。そして、妖しく微笑んだ。
「安川沙夜さん。あなたの命をもらいに来ました。」
・・・・・・私は二度目の死の宣告をされた。
それから数分後、私と女性はコーヒーを飲んでいた。少しは落ち着かないとね。
「・・・・で、貴女は誰なの?」
そう、まず私は基本的なことを聞いた。見ず知らずの女性を家に入れ、食事をご馳走し、一緒にコーヒーを飲んでいる。普通に考えれば、奇妙なことだ。
「私?私は死に神だよ」
私の質問に女性はさらりと答えた。
死に神?・・・・はは、まさかね。
「本当に死に神だよ。キミの命をもらいにきたんだよ。でも、キミを探すのに時間が掛かってしまって、ご飯を食べることを忘れたんだよね。」
そう言って死に神と名乗った女性は笑った。
私を捜して、ご飯を食べなかった・・・ねぇ。だから、お腹を空かしていたんだ。でも、死に神もお腹が空くんだ。
「・・・・本当に死に神なの?」
私は疑いの目で女性を見た。だって、いきなり‘死に神です’なんて言われても信じられないもの。それに、実際に死に神なんているはずがない。
女性は少し考えるふりをして、後ろを向いた。
「ねえ、見てて」
女性はそう言うと、少し力を入れた。すると、女性の背中には、真っ黒な羽根が・・・・・・
「ちいさ~い」
そう、女性の背中にでた羽根は物凄く小さかった。でも、黒い羽根が出現していた。
「・・・・今は小さいの。でも、力を使うとき、つまりキミの命をもらうときに大きくなるの!」
女性は少し怒ったように言った。
背中にある黒い羽根。普通の人間にはまずあり得ない。やはりこの人は死に神なんだろうか?
女性はニコリと笑って私に手を差し出した。
「・・・沙夜が命をくれるまで、一緒にいるからね。だから早く命を頂戴」
・・・・・・私と死に神、奇妙な共同生活が始まった。
死に神が家に来て一週間。
死に神との共同生活、絶対にうまく行くはずがない。きっと、いや絶対に戸惑ってしまい違和感があるに違いない。
私は洗濯機のスイッチを入れた、とふと思った。
「ちょっと~、洗濯物もうない~?あるならだしてね」
と、死に神に向かって叫んだ。死に神は近くにあった服数着持ってきた。
私はそれを受け取ると洗濯機のふたを開け、服を入れた。
あっ、思い出した。
「それと、お昼ご飯冷蔵庫に入っているからレンジでチンして食べてね」
死に神は私の言葉を聞くと、嬉しそうに台所に向かっていった。
・・・・ったく、本当に死に神なのかな?
私は死に神の事を放って大学に行く準備をした。
そしてハッと気が付いた。
「・・・めちゃめちゃ、馴染みまくってるよ、死に神との生活・・・・」
私は将来の不安を感じ、少し暗くなった。
私は学校に行くため、玄関で靴を履いた。
座っていたので立ち上がろうとしたら、そこに死に神が来た。
「沙夜、今日は何時に帰ってくるの?」
死に神は私が出かける時必ず聞いてくる。何でかな?
「今日?今日は早いと思うよ。バイトもないし。多分2時頃かな?」
「そう、帰ってくる途中に死なないでね。沙夜の命は私がもらうのだから、死ぬときは私の前で死んでね」
「ばーか」
死に神の言葉に、私は一回‘あっかんべー’をして玄関を出た。
ドアを閉めようと振り向いた瞬間、死に神は嬉しそうに手を振っていた。
私も、それに答え手を振り返しドアを閉めた。
アパートの階段を下りながら、今日の晩ご飯を考えた。
お肉にしようかな?お魚にしようかな?あいつハンバーグをすごく美味しそうに食べていたから、またつくってあげるかな?作った料理を美味しいって言ってくれるだけで、何故だか嬉しくなるな~。
私はウキウキしながら階段を下りた。
「・・・って、なんで浮かれなきゃならないのよ」
階段を下り終わってやっと気が付いた。あいつは、私の命を狙っている死に神だった。
・・・でもまあ、直接手を下さないみたいだから、私が気を付ければ良いのかな?
私は気にせず、学校に向かった。
学校が終わり近所のスーパーで食材を買って家に帰ったら、死に神はソファーに座って気持ちが良さそうに眠っていた。
私は死に神を起こさないように、静かに近づいた。近づいても、気付かないみたい、なんかすごく警戒心がない死に神だな。・・・本当に本物なのかな?背中の羽根も、作り物だったりして。
それにしても、綺麗な顔。透明感がある肌に切れ長の目に高い鼻。世間一般で言う美人さんだな。
私はジーと観察した。滅多に見れる物じゃないからね。
それにしても今日は本当に気持ちが良い日。窓から入ってくる風に心地よい気分になる・・・・
「・・・ここは?」
ここは・・・私の部屋みたい。外はすでに暗くなっていて・・・寝ていたのかな?私・・・
ゆっくり身体を起こし、ふととなりを見ると死に神が優しい笑みを浮かべて私を見つめていた。
「あれ?なんでアンタがここにいるの?」
「・・・何でって言われても。私が目を覚ましたら沙夜が寝ていたんだもの。風邪引くといけないと思ったから、ベットまで運んだんだよ」
死に神は少し呆れ顔になった。
そっか・・・死に神がここまで運んでくれたんだ。・・・・ん?どうやって?
「・・・お姫さまだっこ?」
「うん、お姫さまだっこ」
私の言葉に死に神は嬉しそうに答えた。何がそんなに嬉しいのかな?死に神はにこにこ顔になった。
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
私の質問に、死に神はぱあっと表情を明るくさせた。
「だってだって、人間が生きている証拠は重さでしょ?沙夜を持った時、私の腕にずしっと来る重み・・・・・きゅう~」
死に神がなにやら失礼なことを言ったので、近くにあった辞書で殴ってやった。そしたら案の定、ベットに倒れ込んだのだが、自業自得。私は悪くない。女の子に向かって思いなんて禁句なのに。
私は気を失っている死に神を無視して、台所に向かい夕食の準備をした。
死に神が私の前にやって来て一ヶ月。私は死ぬような目にも遭わず、死に神との共同生活に幸せさえも感じていた。
一人じゃない、誰か側にいる。そう思うだけで、何故だが心が暖かくなっていた。・・・・・相手が誰であろうとも・・・
「な~沙夜、あれ何?」
ある日、テレビを見ていた死に神が流れた映像を不思議そうに見ていた。
「ん~?」
私は死に神の言葉に、テレビの方を見た。
「ほら、赤い服を着たおじいさん。子供達に何か配ってない?」
死に神はテレビ画面を食い入るように見ていた。
・・・・・って、あまり近くで見ると目が悪くなるよ。
テレビ画面には大きな木の下で赤い服を着たおじいちゃんが小さな子供達に大きな袋から取り出したプレゼントを配っていた。・・・クリスマスの光景だった。
「ああ、あれはサンタクロースだよ」
「さんたくろーす?」
「そう、12月の24日に世界中の子供達にクリスマスプレゼントを配るんだよ。みんなが大好きな優しいおじいちゃん」
「へぇ~。でも、一人で世界中の子供にプレゼントを配るなんて大変だな」
と、本気で感心している死に神・・・・本気で知らなかったのかな?
「でも、プレゼントをもらえるのは子供達だけなの?」
突然死に神は私の方を向いて聞いてきた。・・・・・はい?何を言ってるのかな?
「子供と言っても、人間には大人と子供の区切りは無いよね。じゃあサンタクロースも大変だね。大人か子供かも判断しないといけないなんて」
と、真剣に言っている死に神・・・・あっ、なんだかちょっと可愛いかも。
私は死に神の頭を撫でてあげたい衝動に駆られたが、なんとか我慢。
人間界のことを知らない死に神に少し教えてあげよう。
「流石に世界中の子供達にサンタはプレゼントを配ることは出来ないよ」
「えっ?じゃあどうするの?」
「それはね、子供達ならその親がサンタクロースになるんだよ。24日の夜に子供の枕元にプレゼントをそーっと置く。一日だけ親はサンタクロースになる」
「へ~」
「ついでに、世界中の恋人達もこの日を待ち望んでいるんだよ」
「・・・・なんで?」
「だって恋人がサンタクロースになるから」
「どういう意味?」
「子供ではない、でも大人でもない・・・そんな人たちのサンタクロースは恋人なんだよ。ほら有名な歌あるでしょ?『恋人がサンタクロース』って・・・・・」
・・・って、歌の題名を言っても分からないか。数年前に流行った歌だしね。
それにしても、自分で言っていて恥ずかしかった~
私はチラッと死に神を見た。と、死に神は何故か感心したように目を大きくさせていた。
そして突然悪戯っ子のような目になった。
「沙夜は~サンタクロースいるの~?」
と、意地悪く聞いてきた死に神。ちっ、こいつ遠回しに私に恋人いるか聞いてきている・・・・
「・・・・いないわよ。それに私はもう大人だからサンタクロースはいらないの」
強がって見せた私・・・・本当は恋人欲しいのよ。でも、この勝ち気で負けず嫌いな性格のお陰で、ここ数年は独り身です・・・
死に神は私の言葉を聞くと、ますます悪戯っ子の表情になった。
「だったら~私がサンタクロースになってあげようか?」
「えっ?」
「今8月だから、あと4ヶ月の内に沙夜に恋人が出来なかったら。まっ、沙夜の性格を治さない限り恋人は無理か。・・・と言うことは私がサンタクロースになる確率が高い?!・・・・・ふふん、嬉しいでしょ?」
「嬉しいもんか」
私は死に神の脇腹にパンチを一発。
死に神は苦しそうにうずくまった・・・・・いい気味。
物事は突然やって来る。
私の今後に関わる物事。
それは今日、突然やって来た。
8月も終わりに差し掛かった今日。私はいつものように死に神と道を歩いていた。
今日は少し風邪が強いみたいだから、いろいろと注意して歩かないといけない。
「沙夜、次はどこ行くの?」
死に神は手に持った買い物リストを見ていた。
死に神の左手には大量の買い物袋が。少し私が持つよと言っても「沙夜体力なさそうだからいい」と言って、全部持ってくれている。
「次はね~秋物の服が欲しいんだ~」
「了解」
私の言葉に死に神は快く返事をした。なんだか何気ない幸せだな・・・・・
今日は風が強い。いろいろと注意しないと・・・・・
「「あっ」」
その時私と死に神は同時に声を出した。
目の前からは帽子がコロコロと転がってきている。
そしてその後ろには小さな女の子が泣きながらその帽子を追いかけて・・・・・
「沙夜?!」
私は思わず帽子に向かって走り出していた。
後ろからは死に神の声がしたが、気にしてはいられない。泣きながら追いかけていると言うことは、あの帽子はあの子にとってとっても大切な物。早く拾ってあげないと・・・・・
私は風で飛ばされている帽子に向かって走り出した。
もう少し、もう少しで手が届く・・・・・
私は必死に手を伸ばした。後数センチで帽子を捕まえられる。でも、その数センチが物凄く遠い。
私は必死に必死に走った・・・・そしてやっと捕まえた・・・・
「やった・・・・」
帽子を手にした瞬間、足がもつれてしまった。
いつの間にか来ていた大きな川の橋の上。
私は帽子を内側に投げた・・・そして私の身体は橋の手すりを飛び越え、川に向かって落ちていった。
『お姉ちゃん』
落ちていく瞬間、女の子の声がした。
そして・・・・・
“バサッ”
大きな黒い羽根を広げた死に神が私の方に向かって飛んでくる。
そっか・・・・私これで死ぬんだ。私が死ぬから死に神は羽根を広げ、私の命を取りに来るんだ・・・・・
・・・・・・・・クリスマス・・・・一緒にいたかったな。・・・・私のサンタクロースと・・・・
私の意識はここで消えた。
『お姉ちゃん!!』
ん・・・・・・何?
私はその声で目を覚ました。
目の前には白い天井。そしてふと顔を横にするとそこには帽子を追いかけていた小さな女の子。その隣には母親らしき女性が・・・・
「お姉ちゃん。大丈夫?どこもいたくない?」
女の子は目を潤ませながら私に聞いてきた。・・・・私、生きている?
「貴女は一週間眠っていらしたのよ」
と、母親らしき女性は言った。
女性の話によるとこうだ。私は帽子を拾おうと追いかけていたが、取った瞬間川に落ちてしまった。でも、運良く下流の浅瀬に打ち上げられたそうだ。そして今日まで意識が戻らずに、入院していたと・・・・・
私はハッと起きあがった。
「アイツは?アイツはどこに行ったの?」
私の言葉に女性は不思議そうな顔をした。
「アイツ?・・・・・誰のことでしょう?」
そうか・・・・やはり分からないか・・・・
女性は私が目を覚ましたことを伝えにナースステーションに行くと言って出て行った。
この部屋には私と女の子二人だけになった。
女の子は手に持っていた帽子をかぶった。
「お姉ちゃん、ありがとう。これ、大事な帽子だったの」
そう言った女の子とは物凄く嬉しそうだった。
その子の表情を見て私も嬉しくなった。
「そうそう、黒いお姉ちゃんが言っていたよ」
・・・・何?!黒いお姉ちゃん?!
私は女の子の言葉に耳を傾けた。
「黒いお姉ちゃんね、お姉ちゃんを水の中から引き上げ『また次の機会に命をもらいに来るよ』と言ってお姉ちゃんを水の掛からないところに置いたんだよ。そしてね、黒いお姉ちゃんは空高く上っていったよ・・・・・あれ?お姉ちゃん、何で泣いているの?どこか痛いの?」
女の子の心配そうな声が聞こえる。
いつの間にか私は泣いていた。
死に神なのに、私の命を助けた。
私は看護婦さんが来ても、泣くのを止めなかった。
あの暑い日から数カ月経ち、まわりはもう冬になっていた。
今日はクリスマスイブと言うことで、街のイルミネーションは凄く綺麗だった。
私はイルミネーションの海から離れ、静かな川の近くに来た。・・・・・ここは私が死ぬはずだった場所。
アイツは突然やって来て、突然消えた。
たった数日しか一緒にいなかったのに、アイツは私の中で大きな存在になっていた。
「・・・・ちっくしょー。何でいなくなったんだよ~」
私は何故か悔しくなって涙を流していた。
私の命を助けてくれたのだが、それと引き替えに寂しさをくれた。
突然一人になって、物凄く淋しくなり、悔しくなった。
この怒り・・・・やはりアイツにぶつけるしかないだろう。
「今日はクリスマスイブだぞ~。クリスマス一人だったらサンタクロースになってくれると言ったのはそっちだろう。・・・・」
私はキッと顔をあげた。目には涙を浮かべたまま。
「この・・・大うそつきーーーーーーー」
私はありったけの大声で叫んだ。アイツに届くように。
「・・・誰がうそつきだって?」
えっ?
私は慌てて後ろを見た。
なんと、そこには少し呆れた顔の、アイツが立っていた。
「死に神?!」
突然のことでビックリした。
死に神は柔らかな表情を浮かべ、私に向かって両手を広げた。
「沙夜、約束通り私がキミのサンタクロースになってあげよう。さあ!」
死に神の言葉に、私は思わず腕の中に飛び込んでいた。
死に神は腕の中にいる私を優しく包み込んでくれた。
「・・・・・遅いよ、バカ」
「ごめん。いろいろあってね~。データー操作とかいろいろやっていたら遅くなっちゃった」
「でも、来てくれて嬉しい」
「そりゃ、約束したからね。クリスマスに独り身だったら一緒にいてあげるって・・・・・本当に一人だったなんて・・・・」
「うっ・・・・うるさい!アンタを待っていたの!」
「そっか・・・・嬉しいな」
死に神はそっと私の身体を離した。
私と死に神は見つめ合った。
そして死に神は静かに囁いた。
「・・・・沙夜の命・・・・私がもらうよ」
死に神の言葉、私は静かに頷いた。
そして、私は目を閉じ、死に神を待った。
死に神は、そっと優しく私に触れてくれた。
・・・私の命、最初から死に神の物だったような気がする・・・・




