国家バウンティーハンター
その女性はドアの前で立っている亮に冷ややかな視線を送ると、揶揄うような口調で話してきた。
「午前中には帰ってるかなと思っていたけど、案外時間がかかったわね。もしかしてデートでもしてたの? いいわね若いってい」
「バスに乗り遅れただけですよ」
「あら、相変わらず愛想無いわね。ねぇーいつまでも突っ立ってないで、こっちに座りなさいよ。私だって遊びに来たんじゃないし」
部屋に一歩踏み込むと、亮の顔色が険しくなり始める。鼻腔を刺激するLARKの独特の香りが漂っていた。これと同じ銘柄を吸うのは亮の叔父一人だけしかいない。亮はこの香りが好きになれなかった。なぜならこの香りで叔父と一緒に過去を思い出してしまうからだ。
「じゃあ何しに来たんですか? 仕事で来たって? 冗談よしてくれよ、もうあんたと俺は何の関係もないはずだけど、正直俺にとってあんたは会いたくない人なんだよ」
「まあ、そんな無下に扱わないで、取り敢えず座って座って」
返事をすることなく荷物を下ろすと、亮はテーブルを挟んで相向かいに座った。高級スーツを着こなしたこの女性の名は『霧島千聖』34歳。すこし切れ長の瞳の他に、一般女性より少し肩幅が広いのが特徴だ。体型は細いスタイルをキープしているが、見る人が見れば何かしらの格闘技に精通した体型だとすぐにわかるだろう。
霧島千聖は埼玉BHアカデミーの技術指導副教官を勤めているが、本当は連邦政府直下の部署、公安別室第17課の諜報監査室の補佐官だ。簡単に言えばバウンティーハンター組織を監視する政府の犬であり、付け加えると亮のハンター訓練生時代の上官でもある。
「お茶おかわり」
「ねぇーよ」
「えぇー、さっきの子はいつでもおかわりしていいって言ってたけど」
「暇じゃないんだろ、それにお前に飲ませるお茶はねぇーよ。とっとと要件すませて、早く帰ってくれ」
「あらあら、随分としゃべるようになったわね、最後に話したのは確か・・・2年前の精神病棟だったわね。君は薬漬けにされて殆どしゃべれる状態じゃなかったけど、覚えてるかしら?」
千聖の軽い猫なで声にうんざりしながら、亮は浅く頷いた。
「あら、やっぱり覚えてたんだ。成人の6倍も安定剤を打たれて視線が定まってなかったけど、そうやっぱり覚えてるのねぇ、ちゃんと聞こえてたか心配してた―」
「なあ! 早く要件を言えよ。昔話をしにきのか、だったもう帰れよ!」
最後の語尾を強めると、亮は人差し指をドアに向けた。
一時の沈黙が訪れると、霧島千聖の切れ目が鋭く変わる。
「相変わらずせっかちな奴だな君は、少し良くなったと思ったら何も変わっちゃいねぇな」
今までの態度と打って変わり、声も低く好戦的な口調に変わった。
「俺に何を期待した。余計なお世話なんだよ」
「人が心配してるのに、君はそう言う態度をとるのね」
「下手な嘘はやめろ、俺の知ってるあんたは、絶対他人に同情するような奴じゃない、さっさと要件を言えよ。でないと力ずくで追い出してもいいんだぞ」
亮の高圧的な態度に、霧島は眉一つ動かさずにいる。切れ長の瞳から発せされる殺気に似た感覚は、二人の居る部屋に重い空気を作り出していた。
「はぁ~、わかったわよ。君の牙がちゃんと付いてるか確認しようとしたけど、また今度にするわ。今日の新聞は読んだ?」
「ああ」
「なら知ってるわね、一ノ瀬が死んだわ」
「ああ」
「あらら、薄情ね。一応、あの事件の時の仲間だったでしょう」
「・・・仲間じゃない、ただ組まされただけ。俺はいつも一人だった。わざわざそれを言いに来ただけか?」
「あら、そう思うかしら。実はこれは前置き、本題はこれよ」
そう言って霧島はシルバーのアタッシュケースをテーブルに置いた。
カチリとロックを外すと、中からA4サイズの紙を取り出し読み上げ始めた。
「国家バウンティハンター認定通知書 宛・準バウンティハンター月宮亮 登録番号JFS-0038211879 発・日本連邦バウンティハンター協会付属国家資格認定委員会 貴殿は準バウティハンターとして本事件の解決に尽力し又、国家の安全に多大なる貢献を示したことを認め、当協会の国家資格認定審査会の審査の結果、貴殿を連邦国家認定の国家バウンティハンターに任命することに決定した。なお、貴殿に新しいIDと国家BH認定バッチを後日認定審査委員から渡され受け取った時点で、この資格は効力を発揮するものとする。なお、・・・・・・まな細かい話が続いてるからここは割愛と、エトセトラと言いう事で」
一方的に読み上げ終わると、二つ折りにしてケースに戻し、今度はB5サイズの黒い木箱を取り出した。
「おめでとう、国家バウンティハンター最年少記録達成ね」
「なんのつもりだ一体?」
理由がわからず霧島に訊ねる。
「まあ、驚くのはわかるわ。理由はいろいろあるけど、簡単に言えば『感謝と報酬』のつもりかしら。君達が『あの人』を捕まえてくれた事に感謝するのと、それに伴って発生した犠牲への報酬よ」
亮が木箱のフタを開けてみると、ケースの中には亮の顔写真入の身分証明書が一枚と、国家バウンティーハンターを表すスターバッチが一つ入っている。バッチにはFugitive Recovery Agent(逃亡犯人逮捕連行捜査官)の文字が彫られている。
「いりません。これを貰っても、死んだ人間が帰ってくるわけじゃない」
亮は即答で答えると、ケースの蓋を閉めて霧島に返そうとする。
「あら、君が殺された人達に同情するなんて・・・・いいから受け取りなさいよ。使う使わないは君に任せるから・・・・それに君はいつも仕事探しに本庄の公共職業安定所に通ってるの知ってるのよ」
「ここに来る前に監視もしてるんだ。ご苦労なこったな」
「ねぇ、ハンターだった人間が今更企業で『正社員』ができると思ってるの? ハンターに戻るにしても準BHは派遣登録事務所で登録しないと活動できないしい、ましてや君の経歴を知って雇ってくれる所なんてないわよ」
確かに国家BHになれば派遣登録事務所を通さずに仕事も出来るし、自分で事務所も建てられる。それに依頼人とフリーで契約もでき煩わしい役所の書類にも手間が掛からないが、今の亮にとってはもうどうでもいい事だ。その時、亮は霧島がここに来た理由がわかった。
「そうか、あんたの狙いは俺を政府公認の殺し屋にするつもりだな」
「違うわ、殺し屋にするんじゃない。その逆よ」
「どういう意味だ?」
「さっき君はわたしの事を補佐官といったけど、あれは正確じゃないわ。もうわたしは公安の人間じゃない、さっき言った通り国家資格認定審査会の認定審査委員になったのよ。もう裏の顔なんてないの」
「どういう心境の変化だ」
「腐った政府に嫌気がさしたのよ、その理由がバウンティーハンターよ! ねぇハンター憲章の第三条と第九条を知ってる?」
霧島は悔しそうに奥歯を噛み、細い手を強く握り閉めた。
「もちろうん知ってる。第三条は『拘束権の解除』だ。バウンティーハンターになった者は、全ての国家、政治、宗教、法律、外交特権及びあらゆる規制に拘束されることなくその任務を遂行する事ができる」
「そうよ」
「第九条は『権利の強制剥奪』だ。別名死の宣告とも言うけど、バウンティーハンターは対象者の生存権を含む全ての権利を自身の裁量で強制的に剥奪する事ができる」
「その通りよ。この2つのおかげで、連邦政府が合法的に犯罪者を殺し回ってるのよ」
「いい事だ」
「良くないわよ。どんな犯罪者にだって裁判を受ける権利があるわ、一方的に殺すのは虐殺以外なにものでもないわ、それにその犯罪者の中に政府にとって都合の悪い政治犯だっているのよ。検察が証拠を捏ち上げてハンターが殺しまくってるわ。わたしはそれを変えるためにこの役職についたのよ」
「ご苦労な事だ、それと俺と何の関係がある?」
霧島の瞳に強い決意の感情が現る。
「今年中にハンター憲章の一部改正が行われるわ、その前の検討会に私がこの第三条と第九条の規制強化案を提出するの、でもそれだけじゃあ弱いわ。そこで凶悪犯罪者を殺さずに捕まえるハンターの実績をデータとして提出する。バウンティーハンターの模範となるべき姿勢を示すのよ。殺さなくても捕まえる事ができるのを証明するの」
「その模範生が俺か」
「そうよ、アカデミーでのあなたは異質な存在だったわ。特例入学が許されたと思ったら、入学初日に主任教官3人を病院送りにして、挙句には上級訓練生を7人も血祭り、どこで覚えたかしらいないけど、常人離れした戦闘能力はわたし達でも脅威を感じてたわ、だからあの事件でもあなたの力が必要だった。だからわたしが選抜したのよ」
「黙れ! あの事件の事は言うな。思い出したくない。それに俺はもうハンターには戻らない、これも返す持って帰ってくれ」
亮は木箱のフタを閉めると、そのまま霧島へと返した。
霧島の説得に亮の気持ちは変わらなかった。
「そう、急で混乱してるだろうし、でもそれは貰ってくれないと・・・・それと私の名刺を置いていくから、困ったことがあったら連絡して、出来るだけ協力はするわ。それじゃまた今度」
そう言って名刺をテーブルに置くと、霧島は荷物をしまって立ち上がり部屋から出て行った。亮もすぐに後を追って玄関まで行くと何かを思い出したように、霧島がクルリと亮の方に向く。
「あーそうそう、『あの人』で思い出したわ。あの人の裁判だけどおととい判決が出たわよ、検察の求刑どおりに死刑が言い渡されたわ」
「そうですか。・・・・47人も子供を殺せば当然だ」
目線を逸らし俯く、それを見た霧島が亮の顔を覗き込みながら笑いかける。
「へぇー君ってそんな顔もするんだ。まさか、今頃彼を殺さなかったのを後悔しているの?」
殺さなかった。亮はその言葉に一瞬ドキリと動揺する。だがすぐに顔を上げると、霧島をにらみつける。
「早く帰ってください!」
「はいはい、もう帰りますよ。あっ、それともう一つ。これはわたしが個人的に聞きたい事があったの」
靴を履きながら、質問をしてきた。
「何ですか? 手短に話して下さい。こっちはもう腹が減ってるんだから」
「君って・・・本当に人間なの?」
馬鹿げた質問でも霧島の視線はじっと亮を捉えている。
「・・・何言ってんだよ」
「実はね。二年前のあの事件の最中、わたし蛇を見たのよ。それも車一台軽く飲み込む程の巨大な蛇、しかも半透明な蛇だったわ」
「ふっ、見間違いだな。そんな蛇いるわけないだろう」
「そうね、わたしも最初そう思ったわ。でもね今日ここに来る前に、わたし病院に寄ってある人に会ってきたわ。魚住真司って人知ってるわよね」
その名を聞いて、亮の表情がまた険しくなった。
「知ってる、残りの二人の名前もわかる」
「一年前の被害者の一人よ、君に引きちぎられた両耳の再生手術は無事に終わったし、砕けた膝も完治して順調にリハビリしてたわ」
「そうかい、それが」
「彼がこんな事を言ってたわ、意識を失う前に『恐ろしい二頭蛇を見た』って」
「だから何だ。俺がその蛇だって言うのか、冗談よしてくれ。って言うか被害者ってなんだよ! 一番の被害者はマナだ。俺はマナを守っただけだ」
靴を履き終えると、背中を向けたま、
「そうね、裁判記録にもそう書いてあったわ。こんな話馬鹿げてると思われるだうけど、でもねそれでも疑ってしまうのよ、君が人間かどうかを」
「どこまで失礼なんだよ、あんたは」
「そうね、ごめんなさい。・・・それじゃまた」
亮の言葉を背中で受け止めると、霧島は玄関を開けて出て行った。
扉が閉まり玄関先で大きく深呼吸すると、亮は荷物を取りに応接室へ戻ろうとした。が、またしても偏頭痛に襲われ、その場に膝を着いた。
だんだんと鼓動が早まり、今度は軽い眩暈もする。過呼吸にならないよう気持ちを落ち着けようと、蒼崎先生から教わった呼吸療法を行い始めた。ヨガの呼吸法をモデルに蒼崎先生が考案したオリジナルだが、2分ほど行うと嘘のように眩暈が消え、偏頭痛が軽くなった。
「大丈夫。大丈夫だ。もう・・・大丈夫だから、俺は大丈夫だ。はあ、はあ・・」
口腔内が乾くまで、亮は同じ言葉を何度も自分に言い聞かせ続けた。
読者の皆さん!! こんにちは。少し早い投稿になりましたがいかがでしたか。ようやく話が面白くなってくる所まできました。このまま順調に進めば良いのですが。(^_^;)
さてさて、何やら亮の過去が徐々に分かってきましたが、そろそろ葵の登場を考えないとですね。
次回投稿も今月中にできればと考えてます。ここまで読んでださった読者のあなたに感謝を送りたいと思います。m(_ _)m
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