たんぽぽの子供たち
亜民の共同生活施設の一つである『たんぽぽ』は、町内の中では少人数制をとっている。理由としては入所している亜民の子供達ひとりひとりに対して、質の良いケアプランを実施する為だ。と言えばそうなのだが、主な理由は『たんぽぽ』が施設認定される直前、全国各地のグループホームに対して連邦政府から設置不許可の通知が下ったためだ。
悪質な経営者が全国で増えたため、連邦議会が新しい法整備を創るまで一時的に認可がストップしたのだ。しかし、同時に入所予定だった全国約300万人の亜民達が自宅待機になってしまう問題が発生したため、急遽一定の基準と条件をクリアすれば仮認定が許可された。
基準の一つに、建築基準法で住居認定された住宅があること、医療・介護系の国家資格を持った責任者を亜民10人に対して一人置くこと。
そして、残りの条件とは本認定されるまで、埼玉県(国)からの助成金・補助金が4分の1で支給される事を納得すること。
『たんぽぽ』はその全ての条件をクリアし、現在こうして設置が認可されている。元女医で主任兼管理人の蒼崎玲子が、叔父の保養所を貰って施設にしている。部屋数の関係でどうしても入所人数に限りがでてくる。もっと問題なのが、入居人数が増えるとそれを維持管理する経費が必然的に増えてしまう。要するに金がかかるのだ。
最初の頃は財政難で苦しんでいたが、『たんぽぽ』は運良く連邦政府公認の自然環境促進広域授産都市10ヵ年計画(新エメラルドプラン21)のモデル地区に認定された為、埼玉県(国)からの助成金・補助金の他に、連邦政府から特別会計が下りている為、何とか最低限な生活は維持できている。
一年前、月宮亮がこの『たんぽぽ』に入所してからは誰も入所していない。これは台所事情が厳しいく、同じグループホーム内では珍し事ではない。
それにデメリットだけではない。メリットとしては大人数と比べて少人数ではホーム内で強い繋がりが備わってくる。その繋がりの中で亜民同士、必然的に恋愛感情も含まれる。
今こうして『たんぽぽ』の玄関先で行われている亮とマナの馴れ合いも、必然的な日常茶飯事の出来事の一つと言える。
「亮兄ぃ、おかえり。マナねぇ、ちゃんと大人しく待ってたよ。亮兄ぃが帰ってくるまで待ってたんだよ」
「そうかマナ。エラいぞ。取り敢えず俺から離れてくれないか、苦しいから」
「マナねぇ、ちゃんと待ってたんだよ。偉いでしょう、偉いよね亮~兄ぃ!!」
亮の訴えを無視するように、さらにマナの細い両腕が脇腹を締め付けてくる。
「だから、マナ・・・腕を離してくれ、つうか離して下さい、いっ息が―」
さらに締めつけが強くなる。
「えっへっへぇ、マナね『いい子』で待ってたんだよ。亮兄ぃ! 『いい子』でね、『いい子』でいたんだよマナは」
この時、ようやくマナの言っている意味が理解できた。軽くムセ込みながら亮は右手でマナの濡羽色の黒髪を優しく撫で始める。
「わかったマナ。お前はいい子だよ。エライ、エライ」
頭を撫でなれながら、マナは満面の笑を浮かべた。幼さが出ている顔立ちだが、その笑顔と容姿は純粋な大和撫子の言葉がピッタリ合う程だ。
「むっふふ、おかえり。亮兄ぃ」
ゆっくりと手を離すと一歩下がり、乱れた和服の裾を直し始める。14歳とは思えないくらいしっかりと和服を着こなしている。
この星村マナは、ここ『たんぽぽ』のスタートと同時に入所している子で、『たんぽぽ』の中では一番の古株だ。6年前から解離性人格障害を患っていて、管理人兼主任の蒼崎玲子の元患者でもある。
亮はあまり聞いていないが、マナの実家は旧華族でかなり厳格と規律が強い家だったらしい。らしいと言うのはマナが『たんぽぽ』に入所が決まった時、実家の星村家から絶縁状を突きつけられたそうだ。それ以降家の事に関してマナは話そうとしない。
身内に亜民(社会不適合者)が出たことで、世間体を気にして戸籍から籍を外そうとする家族は珍しくない。マナも例外ではなかったようだ。だが幸いな事に、子供のマナは絶縁のその意味がまだ理解できていないらしい。
「ただいま、マナ」
亮はある事を確認するために右手をマナの頬へとのばした。いつも帰ってくると両頬に涙の跡が残ってる筈だが、今日はその跡がない。
「おっ、ホントにちゃんと待っていたんだな。関心、関心」
「へっへっ、今日はちゃんと留守番できたもん、マナも成長するもん」
「うっ・・・そ、そうだな」
マナの温かく柔らかい頬の感触に、つい先美花の胸を揉んだ感触を思い出すと、直ぐに手を離す。
「あれ~亮兄ぃ、さっきから亮兄ぃの体からいい香りがする」
「えっ!」
一瞬ドキリとして、一歩下がる。おそらく里子のつけていた香水の匂いだろう。迂闊にも亮は犬のように鼻がきくマナに、匂いを嗅がれてしまった。先までのマナの笑顔が消え、だんだんと顔色が険しくなっていく。
「そうかな、そんなこと無いと思うけどな。マナの勘違いだよ、何かと勘違いしてるんだよきっと」
「うんうん、ちゃんと匂いするよ。マナが今まで嗅いだことない匂いだよ」
「あっバスだよ。多分バスの中でいた人の匂いが着いただけだと思うよ、きっと・・・」
「・・・亮兄ぃがいつも乗っているバスにこんないい匂いの人いないよ。それに今バスの時間じゃないよねぇ、それに亮兄ぃさっきから変に汗が出てきてる。何でなの? どうしてなの? マナにちゃんと説明して!」
マナの座った目が亮に近づく。
「えっと、だっだからそれは、その、えっと」
「むぐぐぐぐぐ、亮兄ぃ。まさか外でマナ以外の子と、でっ、デートなんてしてないよねぇ!」
「してない。してない。絶対してないから」
「ほ~ん~と~お!!」
「・・・嘘やな、それ」
突然、マナの背後で声がすると、背後霊のように立っている神山彩音がいた。しかも殺気立てた目で亮を睨みつけている。
「なっ、彩音。いつからそこにいる?」
「あんたがうちのマナにセクハラしとる時からや!」
「あれはセクハラじゃない、マナもそんなこと思ってないし」
「はぁん! どうだか」
亮を睨みつけたまま、彩音はマナを守るように抱きしめる。和服のマナと違い、ショートの茶髪に白のタンクトップに黒のショートパンツを履いて現れた神山彩音は、亮が入所する1年前に『たんぽぽ』に入所した亜民だ。
マナの頭二つ分大きい身長で、年齢は17歳。関西方面の出身とパニック障害と言う以外亮は知らされていない。いや、もう一つ知らされてなくてもわかっている事がある。
「彩姉ぇ、苦しいよ」
「マナ油断したらアカンで、男はみんなオオカミや、女を獲物としか見てへんから、気ぃ抜いたらパクっと食われてもうで」
「オイ、マナに変な事吹き込むなよ。それに彩音オレが帰ってきたのに何もなしか。何か言うことがあるだろう」
「あぁ、そやなぁ。おかえりこの甲斐性なし」
「オイ! 甲斐性なしって言うな」
「かいしょうなし? ってなに彩姉ぇ」
「なら、穀潰しや!」
「ちゃんと呼べ!」
「ごくつぶし? ってなに彩姉ぇ」
「わかった、わかった。なら、間をとってゴキブリや、それでええやろう」
「全然違げーよ! 何で人間以下なんだよ。だいたいどこの間をとったらゴキブリになるんだよ」
「うちは年が下でもあんたの先輩やで、先輩が後輩をどう呼ぼうと関係あらへんやろ。文句があるんやったら、うちより早くここに入るんやったな」
「お前なぁ・・・」
「彩姉ぇ、亮兄ぃをあんまりイジメちゃダメ」
「マナ、うちはイジメとるんやない、遊んでるんや」
「それならいいよ。マナも遊ぶ」
「よくないよ。取り敢えず玄関から上がらせてくれ」
含み笑いを見せる彩音にこれ以上かまっていられない亮は、早く荷物を部屋に置いて遅い昼食を済ませたかった。
神山彩音が亮に対して横柄な態度を向けるのは特別な意味はない。単に彩音は亮が嫌いなだけだ。正確には彩音は男が嫌いなのだ。それは彩音のパニック障害の原因が極度の男性恐怖症から始まった為で、ここでの治療で彩音は男に対して横柄な態度をする事で、無意識に自分の自我同一性を保っているからだ。
「それよりも、玲子先生はいないのか?」
靴を脱ぎながら亮が二人に訪ねた。
「うん、先生今日はしゃちょうの所に行くってくるってマナ聞いたよ」
「えっ社長?」
「ちゃうちゃう、マナ。社長やない、社協や。社会福祉協議会の略したやつや」
「そうそう、そうだったね」
「なんでも、向こうから急な呼び出しやったみたやで、先生ぇ慌てて出て行ったからな」
「ふ~ん、そうなんだ。って、あれ?」
靴を脱ぎおわった亮があるものを見つけてた。
「何か綺麗な靴が一足あるぞ。誰か来てるのか? 楓のじゃないよなコレ」
「おおぉそや、亮にお客さんが来とんやった。それ教えたろうと思ってうち降りてきたんやった」
「客? 俺に? 誰?」
「うちが知るわけないやろう。この女たらしめ!」
「事実と違うことを言うな。マナが誤解するだうが」
「嘘じゃなか、現に来てるお客は大人の女やで、しかもこれまた美人やで! ついさっき来て奥の応接間に案内したとこや」
「・・・美人!」
彩音の『美人』と言う言葉にマナが反応して、再び鋭い視線が亮に向けられる。険悪なムードになると感じた亮は急いでその場を離れようと、応接間へと足を向けた。
「待って亮兄ぃ、マナも一緒に―」
亮の後ろを付いて行こうとしたマナを彩音が抱き寄せる。
「うぅん、マナぁお客さんはなー亮だけに会いに来たんやで、邪魔しちゃあかんで。それにこんな浮気性な男なんて忘れて、今日はうちが飽きないくらいマナと遊んでやるでぇーえへへへ」
マナの顔に無理やり頬ずりをする彩音。それを必死に嫌がるマナ。
「えぇぇ、彩姉ぇーいつもマナのおしりや胸を触ってくるから、いやー」
「あれは偶然や、偶然。今日はうちの学校でボーカロイドのコスプレを作ったんやで。サイズが丁度マナにピッタリやと思うで、だから早よー早よー着せ替え・・じゃなかった。うぅん、着替えをせんとな」
「うぅー亮兄ぃーたす・・・・」
助けを求めるようとするマナの口を彩音の左手が塞いだ。
「なあっマナもボーカロイドの衣装着てみたいやろ。なぁ!」
マナの口を左手で塞ぎながら、今度は右手をマナの後頭部に回し、強制的に『コクリッ』と一回頷きさせる。何て無理やりな女だ。
「ほう、そうかそうか。ほなら善は急げや!」
彩音がマナを抱きかかえると、口を押さえたまま一目散に自分の部屋へと階段を駆け上がる。その姿はまるで、肉食動物が捕らえた獲物を巣に持ち帰るに近い。
後には呆気にとられて1人佇む亮だけが残された。これがいつもの3人の日常だ。あともう一人風間楓と言う亜民がいる。自閉症と知的障害を患っていて殆ど自分の部屋から出てこない。
「マナ、ちょっとの間我慢しててくれ、後でちゃんと助けに行くから」
ミシミシと音が響く廊下で一人呟くと、応接室をプレートが貼られたドア前まで来た。木製の扉にドアノブには少しサビが目立つ。ドアノブに手を掛けようとした時、ドアの隙間から微かに香りが漂ってきた。
その香りが鼻腔を刺激すると、亮の脳裏に人物の顔を浮かび上がってきた。彩音の言った大人の女で、亮がここにいる事を知っている人物は一人しかいない。
「まさか、あいつかよ・・・」
コンッコンッと一応ノックをしてからドアノブを回し、ゆっくりとドアを開けた。
「あっ、久しぶり。お邪魔してるわね、月宮亮」
思っていた通りの人物がそこにいた。六畳間の和室に正座でお茶をすすりながら亮に笑を向ける人物。今の亮の人生を狂わし、この『たんぽぽ』に入所するきっかけを作った張本人がそこにいた。
「・・・・・・お久しぶりです。霧島補佐官」
読者の皆さんこんにちは、朏天仁です。最低でも月一投稿を目指しておりますが、今回投稿が遅れてしまいすいませんでした。・゜・(ノД`)・゜・
今回の話しついにたんぽぽの子供たち登場です。さてさてこの先の展開はどうなるのでしょう!!
次回は今月の下旬か、遅くとも12月の上旬には載せたいと思います。
ここまで読んでくれました皆さんに感謝を込めて、ありがとうございますと申します。m(__)m