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もう一つの現実

「あっ、アレは一体? 何が起こってるんだ?」

「ほら、無駄口叩かない。黙ってアソコに向かいなさい!!」

 走行中の車内からフロントガラスの先に見える鬼火のような箇所に人差し指を向ける霧島。

 病院から捜査員を強引に連れ出しパトカーを拝借してから1時間以上が経過していた。ここ数分のうちに霧島の持つ統合情報端末(iイルミネーター)のタブレット画面には、警察情報を始め消防・救急・公共交通機関からの緊急連絡情報がリアルタイムに入ってきている。

 霧島はその情報を一つ一つを精査し、分析・統合をしながら必要な情報のみ抽出していた。莫大な情報処理に常人なら鼻血を出して卒倒してしまう程だが、彼女にとっては何ら苦にならない作業だった。

 ここ数日の月宮亮が住む周辺地域の監視カメラと、星村マナが入院している病院サーバーへの不自然なログ改ざん。たんぽぽ襲撃後の繁華街での銃撃戦通報、高速道路での交通機動隊の無線通信、そして必ずその前後に出現する非特定回線からの各省庁管理サーバーへの大規模アクセス。

 これら全ての情報が月宮亮に繋がっていると判明するのに、そう時間は掛からなかった。

「ちょっと、ここは高速なんだからスピードを100キロより落とすんじゃないわよ。いい絶対落とすんじゃないわよ」

「無理言わないでくれよ。これでも僕は高速はまだ2回しか乗ってないんだよ。それにナビに映ってるとおり、この先は渋滞なんだから落とすに決まってるだろう」

「これ警察車両でしょう。なら赤色灯なりサイレンなり使いなさいよ」

「理由も無しに緊急走行できるわけないだろう、それにここはもう高速機動隊の管轄なんだ。高機方面部に連絡しないで緊急走行してみろ、僕の今後のキャリア人生に傷がつくだろうが」

「モヤシのキャリアなんて私には関係ないわ、モヤシ官僚が減るならむしろ日本の為になるわ」

「おい、ふざけるなぁ!! 人の人生なんだと思ってるんだ。それに僕の名は飯野だ」

「いいから早く赤色灯出しなさい!!」

「嫌だ。絶対嫌だぁ!!」

 これだけは譲れないといった感じの声で飯野はハンドルに力を込める。

「…しょうがないわね」

 これ以上は時間の無駄だと判断し、無線機を手に取った。

「モヤシ。あんたの上司の名前は?」

「えっ、稲葉本部長です」

 流れで思わず言ってしまった。

「こちら公安別室第17課諜報監査室の霧島補佐官よ。IDナンバー:29885147JCF。至急この回線を稲葉本部長に繋げて」

「えっ!? 公安? 公安だったのかアンタ!?」

 飯野が驚き振り向いた。

『すまないが本部長は帰宅されました。現在は荒島主任が課にいますがそちらでも構いませんか?』

 男性オペレータの遠慮する口調が返ってくる。

「ちょっと。これがタダの通報だと思ってんの。緊急回線使ってるこっちの事情を考えてごらんなさい」

『ですが、こんな夜中に繋げることは、ちょっと・・・』

「いいことよく聞きなさいよ。本件は公安との合同極秘捜査中なのよ、それは稲葉本部長も了承してるわ。緊急事態には即連絡をするように言われてるのよ。だからここで貴方と押し問答をしてる暇はないの。すぐに本部長に繋げて、もし別の誰かに繋げてごらんなさい。私の上司から直接捜査妨害の抗議がくるわよ。わかったなら早く繋げなさい。今すぐっ!!」

 嘘とはいえ霧島の気迫と操作妨害の脅迫に押されたようで、オペレーターは了解しましたっと一言だけ言って回線が切り替わる。何度かのコール音が鳴った後、もの凄く不機嫌そうな声が混ざった稲葉本部長の声が無線機から響いてきた。

「だれだぁ、こんな時間に緊急回線を使ってる奴は?」

「稲葉本部長ですね。夜分に申し訳ないけど。貴方の部下の飯野っていう将来キャリア官僚予定の指揮権を一時的に全て私に譲渡してもらうわ。書面による正式命令書は後日発送させてもらうから、口頭で勘弁して下さい。それでは許可をお願いするわ」

『君は誰だ? 所属と姓名を名乗れ』

「おっと、これは失礼しました。公安別室第17課所属、霧島補佐官です」

『公安? …17課…!? 諜報監査室か!? どういう意味だ?』

「本部長時間がないのです。一言『許可する』と仰っていただければ結構です」

『ふざるなぁ!! こんな時間に非常識だろうがぁ!! 公安風情が一体何様のつもりだ』

 仰る通りです。といった感じに苦い表情を浮かべる飯野だったが、その横で俊敏な速さでタブレットを操作する霧島は動じることなく話を続けた。

「稲葉本部長。どうやら貴方は少々骨のあるお人のようですね。私も嫌いじゃありません。でした少々強い刺激が必要なようですね。それに突然の連絡にまだ頭の整理が付いていらっしゃらないようですね。それでしたここで完全に目を覚ましていただきましょうか」

『何だとぉ!!』

「キャリア組みとしては随分と輝かしい経歴ですね。戦時中よりも戦後の占領時代の方が功績が多いですね。それに地方の治安維持部隊を指揮した経歴もあるようで、まさに現場叩き上げの制服組とは珍しいですね。度が付くほど堅実な人でも欠点がないわけでもない」

『どういう意味だ?』

「ずいぶん前から捜査費の一部を私的流用してるようね。これは立派な横領ですね」

『……』

「あっ、しかも。署内の会計責任者の口座に毎月決まった額を入金してますね。賄賂わいろですかこれ? だどしたらこれは立派な贈収賄ね。貴方は口が堅そうだから先にこの会計責任者の課長さんの入金記録を内部調査課と検事局に送ったらどうなるかしら」

『…何のことだ。もしそれが事実だとしても、そんな入金記録何とでも言い訳ができる。疑惑だけでは動かんぞ』

「ええ、そうでしょうね。でも疑惑だけでも貴方の人生計画が大きく狂う事になるわよ。下手したら一生本部長止まりでしようから。おっとっと、これは……面白いモノを見つけてしまったわ。3年前から同じ課の大澤明美巡査と不倫関係にあるようですね。禁じられた大人の遊びね。捜査費の流用はこの交際費でしたか」

『違うっ!!』

 隣で聞いていた飯野が手で耳を覆う。恐らく無線の向こうでは本部長が歯を食いしばっている様子まで想像できる。

「大声はご遠慮下さい。奥様が起きてしまいますよ。私は別に脅しているわけではないのですか。本部長のでかい器を持って部下と権限を一時的に貸して欲しいといってるだけですから。もちろん拒否する権利はありますから、どうするのかは本部長次第ですよ。アンタの器を見せるか、部下一人の為に人生設計をやり直すのか、天秤にかけるまでもないと思いますけどね」

 数秒ほど沈黙が続いた後で、本部長から承諾したと返事が返ってきた。諦めが混じったその声を聞いた飯野は少しだけ同情の気持ちを持った。

「さあ。これで君はたった今から私の部下よ。まず最初に赤色灯とサイレンを鳴らしなさい。そして黙って運転しなさい」

 飯野は大人しく赤色灯とサイレンを入れた。だが、口は黙ってはいられなかった。

「なんて奴だ。本部長を脅すなんて。あれは立派な犯罪だぞ。公安だからって法に触れないとでも思ってるのか。お前のツラと名前、それにIDも全部覚えたからな。これが終わったら脅迫の現行犯で僕が必ず逮捕してやるかな」

「呆れた。それ本気で言ってるの? だとしたら相当温室で育ったモヤシね。それに公安といっても『元』が付く公安よ」

「なっなんだと!? お前、公安じゃねぇのかよ。ならこのまま現行犯逮捕だ」

「そう、出来るものならやってごらんなさいな。公安じゃないにしろ、今の組織でも君の上司を黙らせる権力()ぐらい持ってるわよ。それよりも自分の心配をしたほうがいいんじゃないかしら」

「僕の? どうして?」

「わからないの? あんたさぁ、エリートなんだからもっと頭を使いなさいよ。今回の本部長の件はアンタが原因なのよ。あの本部長が元凶のアンタをタダで済ますわけないでしょう。向こうに戻ったら報復人事ぐらいあるでしょうね」

 その言葉を聞いて飯野の顔からみるみる血の気が引いていく。やっと自体を飲み込んだようだ。

 ハンドルを握る手がガチガチ震え、あの時大人しく言う事を聞いておけば良かったと心底後悔した。

「ぁ…うっ…あぅ…」

「安心しなさい。君が私の言うと通りに動いてくれたら、本部長には私の方から口ぞえしてあげるから」

「ほっ、本当ですか!?」

「ええっ、ただし。それはあくまでも君がちゃんという事をきいたらの話だけど」

 霧島の光る眼がまっすぐ飯野に向けられる。

 その視線を感じゴクリっとツバを飲み込む飯野。

「…わかりました。それで…お願いします」

「よろしい。じゃアクセル踏んで飛ばしなさい」

「…了解です」

 大人しくアクセルを踏み込む飯野の姿に、霧島は少しだけほくそ笑んだ。

「いいこと…権力者を従わせるには、自分達の地位と権力を脅かせばいいのよ。連中、地位と権力がなくなる事が何よりも恐れている事だから。アンタも出世したいなら上司の弱みの一つや二つ握ってなさいよ。誰よりも一番に出世するわよ。いくら理想と正論を語ったところでクソの役にも立ちゃぁしないのよ」

「一つだけ聞かせてくれ。アソコに一体何があるってんだ?」

 一番の要はそこだ。自分達が向かうさきに一体何があるのか。当事者になるならそれが一番知りたい事だ。

「軽率に口を開けば身を滅ぼすわよ。もう一つの現実よ」

 答えにならない解答をもらい。車は遠方で赤黒い火柱が昇る場所へと向かっていった。

どうも朏 天仁です。永らく更新が遅れてしまいました。仕上がった分を急遽載せました。

いろいろと変更があり、今後少し投稿が遅れがちになるかと思いますが、出来るだけ早く載せて行きたいと思ってます。最後まで拝読してくださった読者の皆さん。ありがとうごうざいます。

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