熱狂
夜の繁華街を一台のベンツが無謀ともいえる運転で走り抜けていく。
轟音響かすエンジン音が、歩道に立つカップルや壁に持たれかけてる浮浪者たちの視線を一同に集めながら目の前を疾走していく。
「あっ、ねっねぇ兄上ぇ!! 落ち着いて。そんな熱くならないでよぅっ!!」
青白い顔で助手席に座る薫が甲高い悲鳴のような声を上げる。
「俺の一体どこが熱くなってるよぉ!!」
正面をギッと見つめたまま、亮はアクセルを深く踏み込んだ。強烈なG。
「兄上ぇ 前ぇ前ぇ!! 信号!! 信号!!」
手前の信号が丁度青から黄色へと切り替わった瞬間、車体を横滑りさせながら交差点に侵入する。道路を擦るスリップ音と孤を描く車体の後にタイヤ痕が刻まれた。
「ちょっとストップ!! ストップ!! このままじゃ着く前に死んじゃうから。私が運転替わる。チェンジ。チェンジ」
「うるさい。黙ってろ!! 人と車にブツけなけりゃいいだろう。大丈夫だ。心配するな。これでもちゃんと免許は持ってるし、道交法も頭に入ってるよ。むしろ横から茶々入れるな薫。気が散るだろう」
「…いっ一応伝えるけど、ここ一般道だからね。せめて国道か高速に出てよ。ほら前、前。信号赤だよ。止まって止まって!!」
前方に赤信号で停止している車列が見える。
「スットォップぅぅっっっ!!!!」
普通ならここでブレーキを掛ける所だが、亮は踏み込んだアクセルを一向に緩める素振りさえ見せない。むしろこのまま突っ込む事を想定している。
間違いない。亮はこのまま突っ込む気だ。
「兄上ぇ!! 赤だよぉ!! 見えないのぉ、止まって止まって!!」
「黙れ。女みたいにピーピー騒ぐな!! 問題ない。見てろ」
「兄上。私…車は運転するよりもされてる方が怖いのよ!! だから…ああああああぁぁぁぁっ!!!!」
反対車線に車体を移し停車している車列の横をすり抜けながら交差点を突っ切た。タイミングよく左右から来た車体と車体の間数センチを無事に通過する事ができた。が、予想した通り後方から複数のブレーキ音とクラクションが、けたたましく鳴り響いた。
「……あっ兄上、少しスピードを落として。このまま行き着く前に事故ったら……それこそ間に合わなくなります…」
「何言ってんだ。後ろのシスターを見ろよ。あんなに落ち着いてるじゃねーかよ。お前の方こそ、少しはその口を落ち着かせろ」
「え!?」
直ぐに後部座席のシスターを確認する。
「ちょっと兄上。あれ完全に失神してるわよ。しかも手を組んだまま失神してるわよ。神様に祈ったままよ。こんなんじゃ神の加護もないわよ」
「うるせぇーな。お前が神の加護なんて口にするな!! だったら薫。お前が代わりに祈ってろ。地獄の神が守ってくれるかもしれないぞ。気休めに丁度いい」
「嫌よ!! 兄上がスピードを落とせば解決するわよ」
「それは無理だ。スピードを落としたら間に合わなくなる。時間がねぇんだ。しかもチャンスは一度きり。連中が俺たちに気づく前に一気にカタをつけるぞ」
「もう嫌ぁ、降ろしてぇ!!」
「降りたければ降りろ。出口はそこだぞ」
亮が罵声混じりの声を上げると、電子速度計が180キロを超えた警告音発してきた。
猛烈な加速音と振動が車内に響く。
ベンツのエンジンがさらに吠えた。コンビニが、外灯が、信号が、あらゆる景色が一瞬の内に目の前を流れ去っていく。
どうしてこんな状況になったんだと。薫は少しでも現実から目をそらそうと思考を巡らせた。
事態が動いたのはほんの30分前だった。シスターのもとに領事館にいる参事官から連絡が入った。
内容は彼らの目的である『クルージュの奇跡』を無事に回収した連絡だった。そして至急『新日本連邦国際空港』に待機させた外交官専用機で出国する内容だった。
もう空港に向かっているため、至急空港まで来て欲しいと参事官が丁寧に付け加えた。
早朝の空港は混雑するため、比較的滑走路が空いている深夜帯が一番ベストな状況だ。
空港には既にルーマニアの衛兵を始め魔導兵が待機している状況を知った亮は、移動中に急襲して葵を奪還する作戦を提案した。
タイミングよくボイスから連絡があり、葵の乗った外交官車両の追跡を要請すると、快く了解した。
そして、ベンツに搭載しているカーナビにリアルタイムで対象者の位置情報が表示されると、誰よりも早く亮が運転席に滑り込み急発進させた。
その後の展開は言わずともわかるだろう。
薫はまさか亮がこれ程まで我を忘れるとは夢にも思わなかった。止める事が出来なった事を後悔してももう遅い。
このまま無事に高速に乗ってくれることを祈るしかなかった。
バァーンッ!!
「あっ…」
爆走疾走を続けるベンツが高速料金所のレバーを吹き飛ばし侵入した。派手に回転するレバーが道路を2、3度跳ね上がる。それを薫が確認する前にルームミラーからフレームアウトした。
「まっ、…いっか…」
亮は絶対止まらないのはわかっていた。それよりも高速に入ったことで、薫はやっと安堵のため息を漏らした。
「兄上、無事…とはいきませんが高速入りましたから今後の事について幾つか確認させて下さい」
「何だ?」
「今回の件が無事に片付いた後、兄上はあの槇村葵とか言う亜民をどうするつもりなの?」
「それは葵が決める。葵が『たんぽぽ』に戻りたいと言えば俺はそうするつもりだ」
「その亜民に帰らなければならない場所があったとしても?」
亮の視線が一瞬だけ薫に向いた。
「そうだ」
「兄上。その結果、大国の軍隊を相手にするかもしれないのよ。兄上がたった一人で挑んでも、いくら『桜の獅子の子供たち』でもたった一人で戦うには無謀というほかないわ」
「だからどうした? どんな化物にも急所はある。たった一本の裁縫針でも心臓に突き刺せば致命傷になる」
「本気で言ってるの?」
「当然だ」
「ふふっ…、バカよ兄上は」
「時々バカをやってみたくなるんだよ!!」
薫の目には亮が飢えているように思えた。凶暴なサメが血を求めるかのように、常に戦場を求めこれから始まる戦いを欲しているかのように。
そう、この感じがまさに薫が憧れた亮本来の感じだ。たとえどんなに自分を偽っても、本能には逆らえない。
本来の亮を戻す糸口はまだ残されている事に、薫は次第に興奮してきた。早くこの兄を戻したい。そして昔みたいに血の山河の中で謳歌を楽しみたい。
薫の歪んだ妄想が頭を駆け巡る中、後方から赤色灯とサイレンを鳴らしながら高速機動隊のパトカーが追いかけて来た。
「予定通りゲストの登場ね」
「チッ、こんな時に」
「あ~あ、あそこでレバーを壊すからよ。普通に入ればよかったのに。どうすの? このままギャラリー引き連れて行くつもり、相当目立つわよ」
「……薫、手が離せねぇ。お前が相手しろ」
「えっ!? いいの?」
「構わん。ただし殺すなよ」
最後の言葉にやや不満げな顔を向けるが、直ぐに脇に立てかけたおいた刀を掴んだ。
「それじゃー相手してあげるわ。殺しが御法度なのはしゃくにさわるけどね」
「それともう一つ」
「何?」
薫のスカートを指した。
「お前のワイセツ物は見せるなよ」
「しっ失礼ね。ちゃんとこの下にインナー履いてます」
「インナー? スパッツじゃないのか?」
「うるさい。ほら、窓開けるわよ」
車が時速200キロ超で走る中、降ろした窓から強風圧を体に受けながら車体の上によじ登る。
先ほどの青白い顔が嘘のように生き生きとした顔に戻っている。
車体のルーフにバランスよく立ち上がり、刀を腰に当てる。そしてまっすぐ向かってくる獲物を、ほくそ笑みながら眺めて待つ。
サイレンが近づき、激しくなびくセーラー服と黒髪がパトカーのライトに照らされ光る。
「オイ…何だありゃ!?」
対象車両に近づいた高速機動隊の隊員は我が目を疑った。
無理もないだろう。時速200キロを超える車体の上でセーラー服を着た少女が刀を持って仁王立ちしているのだから。
常識ではありえない光景を見て動じない方がおかしい。
「たっ、隊長どうしますか? アレは外交官ナンバーですよ」
「知るか。ここは俺たちのシマだ。たとえ外交官だろうと、大統領だろうと見逃す訳にはいかねんだよ。オイ。車体を対象車の後ろにつけるな。もし落ちたら轢いちまう。左右から挟み込む形で何とか停止さるぞ」
「了解!!」
車両を対角線上から外させ、左右両側から挟み込む形で迫り始める。
「マジかよ…」
パトカーが近づくほどベンツに乗った少女の容量がハッキリと確認できる。夢でも幻でもない、本当に少女が立っているのだ。
直ぐに隊員がスピカーマイクに手をかけ警告を発した。
『前方のベンツ!! 直ぐに停止しなさい!! 繰り返す直ぐに停止しなさい!! 上に少女がいるぞ。危険だからただちに停止しなさい!!』
薫の安全を考えたのか、声に焦りが混じっていた。
「少女じゃねぇよ。ただのオカマだ」
「むぅ、別にいいじゃない。少なくとも見た目で私が少女だって見えてるんだから」
嬉しそうに微笑むと、薫の瞳が紅色に変わる。
刀を腰に当て構えの姿勢をとると、横一文字に抜刀した。
刃先から出た白く透明な刃形が右前のパトカーに当たると、突然ボンネットが開きフロントガラスを覆い隠した。
絶叫とブレーキ音にバランスを失ったパトカーは車体を振り後続車のパトカーを巻き込みながら小さくなっていく。
「右は片付いたわ。多分アレくらいじゃ死なないと思うけど、悪くても大怪我ぐらいでしょうね」
やや不満げな口調のまま今度は上段に構える。
「次はあんたらよ」
左前にパトカーに向かって振り下ろした。
パトカーのフロントガラスの中央に白い線が走ると、次の瞬間フロントガラスが粉々に粉砕した。
時速200キロの風圧とガラス片が隊員を襲う。車内に吹き込んできた強風とガラスに、とても目を開けられる状況ではない。
咄嗟にブレーキを踏むと、後は先ほどの同じ状況でパトカーは消えて行った。
「終わったわよ兄上。全然物足りなかったわ」
「まだだ。まだ終わっちゃいないぞ薫」
「え!?」
右脇に見えたのは白バイだった。
「まだ残ってたのね。どうしようかしら。う~~~んっと、そうだバイクはしょうがないからエンジン回路を切って自然に止めさせるわ」
考えがまとまった所に、白バイがベンツのすぐ後ろに付いた。ヘルメットから見える顔の一部でまだ若い隊員のように見える。
「はい、そのまま動かないでっ…がっ…!?」
頭部に軽い衝撃を受け、薫の動きが止まった。すかさず衝撃を受けた場所に手を当てると温かい液体を感じる。
「えっ!? ちょっと、痛いわねぇ。警告なしに顔を撃つなんて、ヤってくれるじゃないの!!」
白バイ隊員は薫の頭部を正確に狙撃した。もちろんそれだけ薫を倒すのは無理だか、怒らすには十分だった。
あと数秒後には彼の身体はミキサーにかけられたように細切れになる運命だろう。
「兄上。コイツ殺すわ!!」
「オイ、熱くなるよ」
「ふふふっ熱くなんてなってないわ。ただ楽しいのよ」
薫の顔に何本もの筋が立つ。完全に殺害対象と認めたようだ。
こうなってはもう仕方がない。相手には悪いが頭部を撃ったのだから殺害意思はあったのは間違いない。それなら殺されてしょうがないはず。
「お前に任せる」
「ありがとう兄上。感謝します。ふふふふっ」
刀を横一文字に振り払うと、刃先から出た刃形が白バイに向かっていく。当たる寸前車体を倒し上手く交わす。
続けて二波、三波と薫の攻撃を紙一重の差で交わして見せる。
「ふふふっ、そうこなくっちゃ面白くないわよね。じゃあコレならどうかしら? 月鎌流居合体術『乱風』」
今度は振り出た刃形から幾つもの小さい刃形に変わり網の目のように向かっていく。
「避けられるものなら、避けてみさないよ」
流石にこれは避けきれず、数枚の刃形をバイクと身体に受ける。ヘッドライトが消え、赤色灯が破壊された。身体には腕と足から血が滲みではいるが、頭部はヘルメットがあるため無事だった。バイクも人も走行には支障がない。
「薫!! 早く終わりにしろ!! もうすぐ着くぞ!!」
「残念だわ。もう少し遊んでいたかったけど、時間が来ちゃったみたいだから次で終わりにすわ。そのかわり綺麗に細切れにしてあげるからねってガハっ」
またも頭部に銃弾を受ける。今度は右目だ。
「ガッ…ちょっ…待っ…ダァ…」
銃弾が正確に頭部にヒットする。背中で強風を受ける薫の身体がその度後ろにのけ反る。
「おい、なに遊んでんだ薫!!」
苛立つ亮の声が下から響く。
「うるさっ…ガハ、ちょっと待っ…ガァ…」
いくら正確に命中させても、運転中の再装填は困難を極める。7発全て撃ち終わると、それを待っていたかのように薫の反撃が始まった。
「コノォー!! 人の顔をバカスカ打ってんじゃないわよ!!」
発狂寸前のような大声をあげ、完全に頭に血が上った薫は邪虎を出す。不気味な女能面の裂けた口元から牙が現れる。斑模様の体躯から伸びる長い前足と鋭い鉤爪がベンツの天井を食い込ませた。
「行け!」
それを白バイ隊員目掛けて飛び掛らせた。
唸り声を上げなら邪虎の鋭い鉤爪が隊員の首元を掻っ切ろうとした瞬間、体勢をズラらされカギ爪が空を切る。
すぐに体勢を戻し、今度は四本足をチーターのような動きで高速道路を滑走する。
白バイ隊員も一度後ろを振り向いた。行き成り目の前にバケモノが姿を現し襲ってきたのだから。しかも相手は諦めず追いかけてくる。もはや追うものと追われる者の立場が逆転した。
「ふふふっほら、早く逃げないと捕って食われちゃうわよ」
「薫!! 車が目視できたぞ。一度中に戻れ!! 目だってしょうがねぇ」
見ると約1キロ前方に外交官ナンバーの車が確認できた。普通ならまだボタンほどの大きさにしか見えないが、亮や薫にはその車のナンバーまでハッキリ見ることが出来る。
「わかったわ。次のショータイムに移る前にお色直しといきましょう」
後ろを確認すると、邪虎が白バイと平行して走っている。餌食になるのは時間の問題だろう。あの白バイは邪虎に任せて薫は車内に戻る事にした。
次の瞬間。
空気を裂くような衝撃波に襲われ、薫の身体が横に吹き飛ばされた。身体が空を舞い、そのまま対向車線に飛び出すと勢いよくトラックと衝突して連れて行かれた。
「なっ!?」
一瞬何が起ったのかわかなかった亮だったが、すぐに敵襲だと気づき亮の瞳が琥珀色に変わる。
「くそ!! こんな時にかよぉ!!」
葵が乗った車まであともう少しという所で邪魔が入り、奥歯を強く噛む。ベルトに挟んだコルトを取り出そうと手にかけたと同時に、車体が大きくバウンドしたと思ったら何か強い力で下から押されている感じになった。
速度計が一気に3桁から1桁に落ちる。
しだいに白煙とタイヤの摩擦音が虚しく響くだけだとなり、やがて完全に停止すると今度はフロントガラスの上から細い足が2本降りてきた。
「よっと。今回は時間を気にする必要なんてなかったな。これだけ派手に目立って、しかも鬼門も開いてくれたら、自分から見つけてくれって言ってるようなものなんだしね」
降りてきたのは法眼だった。ベンツの上には一本足の巨大な巨鳥の式神が載っている。この巨鳥の足にベンツが掴まれている。
フロントガラスに片足を掛け膝に肘をついて中を覗き込む。
「お前が月宮亮か? 姉さんの事とか他にもいろいろと聞きたい事があるんだけど。とりあえず一緒に来てもうよ。むろん強制だけどね」
車内を覗き込む法眼が2つの琥珀色の瞳と目を合わせた瞬間、フロントガラスが吹き飛び、法眼は寸前で横に飛んで上手く避けた。
「危ないな。もう少し上品に出て来れないの? これだから亜民って奴は嫌いなんだよ」
肩に付着したホコリをパタパタと軽く叩く。相手の事のなどまるで気にしない様子だ。
空いたフロントガラスの窓から亮が出てくる。顔に幾つものスジを走らせ光る瞳を法眼に向ける。
まさに怒りの顔そのものだ。身体からは蒸気を立ち昇らせている。
「あと、もうぉ少しだぁったのにぃ…なにぃ邪魔してくれてんだぁよぉ!!」
「そんなに吼えるなよ餓鬼が。いいよ、僕は少しだけなら遊んでやるから。全身を刺身にされても口が聞ければ問題ないんだから。掛かってきな赤鬼さんよ」
法眼が挑発するかのように手招きする。
どうも朏 天仁です。
今回のお話はどうでしたか?
夏バテ気味で執筆が遅れてしまい申し訳ありません。
読者の皆様方には今後も変わらず応援よろしくお願い致しますm(__)m
では、また次回お会いしましょう(^^)/~~~




