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モヤシの忠誠心

 軽く額を打ち付ける何かに平松は意識を取り戻した。ゆっくりと瞼を開き霞む視界に入ってきたのは闇だけだった。その闇の中で唯一認識できたのが、自分の額を軽く叩いて落ちてくる水滴だった。

 他に見えるものは何もない。耳に入ってくる音といえば自分の荒い息ぐらいだ。

 一瞬、自分はもう死んでしまったのかと思ったが、身体を動かすと駆け巡る強烈な痛みでまだ死んでいないと確証できた。

 しっそ死んでいたらどんなに楽だったか。っと、思って見てみるがすぐに頭から切り捨てた。

「はあ、はあ、…誰か…」

 他に誰かいないのかと、ひどく痛むノドの奥からかすれる声をひねり出す。しかし、どこからも反応が来ない。

 悲しい事に平松は自分がいる場所には、彼以外誰もいない事をまだわかっていない。

「…誰か…誰か…っ…」

 再度声を出しても反応がない。

ようやく暗めに眼が慣れて辺りの様子がわかってきた時、ここで始めて誰もいない事に気づいた。

誰もいないことがわかれば無駄に体力を消耗する必要はない。嘆くのは後、まずはこの状況を一人で打開する方法へと思考を巡らせる。

指先から体幹に向けて身体を動かしてみる。上半身は右人差し指と左肩に痛みが走る。下半身は左大腿部に鈍痛が響く。

恐らく足の骨は折れてないだろう。しかし、左肩は脱臼していて、右人差し指は折れている。

「くそっ…たれめ…」

 さらに呼吸の度に両脇に痛みが生まれる。間違いなくアバラ数本にヒビが入っている。

 上手くこの場所を脱出できたとしても、この体で逃げるのは非常に困難だ。下手をしたら再び捕まってしまう。

恐らく次捕まれば生きられない事は容易に想像がつく。

 一人で脱出を成功させる確率は非常に小さくても、このまま黙って死を待つつもりも無かった。

 平松は拘束されている手錠を何とかするために、動かせる指を使って右親指の関節を器用に外した。民間警備会社にいたとき従軍した同僚から教わった方法だ。

 教わった当初は実際に同僚から親指を外されあまりの痛みに怒鳴ってしまったが、何度が試していくと、痛みなく簡単に外れるようになっていた。

 手錠から抜いた右手を確認すると、折れていると思っていた指は脱臼していた。多分爆風の衝撃時に外れたのかもしれない。

 だがこれは不幸中の幸いだった。折れているよりも外れているなら戻せばいい。早速指を掴みいっきに入れ直す。

ゴキッ!!

「う゛ぐぅ!!」

 人差し指を戻すのは始めてだったのを忘れていた。想像していたよりもずっと痛く、しばくの間、平松は戻した指をさすっていた。

「クソッタレめぇっ」

 指は元に戻したが、まだ左肩が戻っていない。ゆっくりと上半身を起こすと、左手にハメられている手錠に左膝を乗せると一気に上半身を持ち上げた。

「ぐう゛ぅぅぅぐぅぎぃぃ」

 膝を手錠に乗せ、固定された左腕が上半身を上げた事で肩骨と上腕骨が離れた。そのタイミングに合わせて上半身を後ろにズラしながら手首の位置を肩よりも高くして、一気に上半身を降ろす。

 上手いくらい綺麗に骨が入り脱臼を直した。

 これも昔その同僚から聞いた『手首を引っ張りながら肩よりも高くすれば、あとは自然と骨が入る』を思い出したからだ。

 だが、本当に一回で入るとは思っていなかった。平松は始めてあの同僚に感謝した。今度あったら上手い酒でも奢ってやろうと。

 ここまでくれば後は楽だ。左手の手錠を外し足かせも外すと壁に手をかけゆっくりと立ち上がった。

「よし、これで何とかいける」

 身体拘束が解けたとはいえ、アバラが治った訳ではない。この体では走る事は無理だ。呼吸をする度に痛みがくるし、こんな状態では10mも走れないだろう。

 痛む脇を押さえながら平松は部屋の探索を開始した。何か武器になるようなモノか、明かりになりそうなモノがないか手探りで探し始める。

「んっ!?」

 しばらくしてから部屋のおかしなことに気づいた。いくら辺りを探しても部屋の入口が見つかない。6畳程の部屋だから入口はすぐに見つかるだろうと思っていたが、再度念入りに探して見てもやはり見つからない。

 手の平を擦り切れるようにして探しても突起物らしきものや、壁の継ぎ目すら見つけれない。

 一応、床も探して見たが無駄だった。

「何でなにもないんだよ。おかしいだろうが、これは」

 次第に平松の中で言いようのない不安感が生まれ始めた。闇の中一人この空間に残されていくうちに、ノドに違和感を感じると妙に息苦しさを感じた。

「まずいぞ。何か灯りを、とにかく灯りを作らないと」

 自分のポケットに手を突っ込み、持ち物を探してみるが何も入っていない。全て没収されたようで、護符や銀のてい針もない。

 何とか気持ちを鎮めようとその場に膝をつくと、目を閉じ呼吸を整え瞑想に入った。

 時間にして3分程経つと、ノドの息苦しさは消え不安感も無くなった。

「ふっー、取り敢えずこれでいいだろう」

 自分を落ち着かせると、頭の中で状況の整理を始める。場所は不明、時間も不明、ここの脱出ルートも入り口さえも不明ときた。情報があまりにも不足している中でどうやってここから脱出するのか、又は外部と連絡を取ればいいのか、頭を悩ませるところだ。

「どうなってんだ一体? ここに入ったんだから入口はあるだろう。まさか|瞬間移動<テレポーテーション>でもしたってのかよ。バカバカしい」

『迷える羊飼いよ、救済を望むか?』

「ッ!?」

 突然耳元から聞こえた声に平松は驚いて顔を上げた。そして両手を大きく振って辺りを探してみるも何も無い。一瞬の幻聴かもしれない。だが、確かに聞こえた。

「…幻聴か?」

 高鳴る鼓動を抑えながら、返事がくるのをまった。

『戸惑いの羊飼いよ。救済を望むか?』

「どこだ? どこにいる?」

 姿は確認できないが、間違いなく誰かいるのは確かだ。

「俺を助けてくれるのか? 誰なんだ一体? 俺をハメる気か?」

『救済を疑うものに神の手は届かない。答えよ』

「あんたは敵なのか? 何が目的だ!!」

『…求めよ、さすれば与えられん。これが最後だ』

平松にとっては大きな賭けだった。相手からの情報は一つ、救いを受けるかどうかだけだ。おそらくそれ以外は答えないだろう。

敵かもしれない相手に助けを求める事は大きな代償を支払う事になる。しかし、自力でここから脱出するのは非常に厳しい。

「…わかった。…救済を望む」

 ここに閉じ込められているよりかは、少しでも相手の情報を収集して反撃のタイミングを狙う方を考えた。

「えっ?」

 上から何かが掛かった感じがして、思わず顔を天井に向けた。

 何か重たい石か何かを持ち上げる音が響くと、正方形の光の線が現れる。ちょどそれを確認して時、光の線の箇所が消え目を射抜く程の強い光が入ってきた。

 眩い程の光量に手で顔を隠すと僅かに見える天井から人の影が一つ見える。

「誰なんだそこにいつのは? あんた…一体?」

 天井から平松を見下ろしている影は黙ったままその場にしゃがむと、手を差し伸べてきた。

「神よ。異端の羊飼いに守護天使の加護が与えられんことを、さあ、この手をつかめ。」

 恐る恐る掴んだその手は、とても小さく柔らかい。そして異常に冷たかった。


 旧国会議事堂のすぐ脇に『中央連邦赤十字病院』があった。この赤十字病院は終戦後に戦災傷病者や戦災孤児達を治療、保護、自立支援を行う『東京総合医療センター』が母体だった。

しかし、5年ほど前に別れて独立し赤十字病院として運営されている。ここでは連邦内でも珍しく亜民を積極的に受け入れている数少ない病院だ。

元々この病院の運営陣の奉仕精神が高いと言われているが、堂々と亜民受け入れを宣言して周りから騒がれないのには、ある程度の権力者と相互協力関係を築いている事は間違いないだろる。

真夜中のこの時間、照明が灯いた病院1Fの処置室前には、一人だけパイプ椅子に腰を掛けて座っている男がいる。

 長身で整った顔立ちにブランドスーツと上品なネクタイを着こなし、飲みかけのコーヒー缶を手持ちぶさそう弄りながら、チラチラとアルマーニの腕時計に目を移しては頻回に貧乏揺すりを繰り返していた。

「ふー……始めてがこんなのかよ。ったくよ」

 そうボヤくと、わずかに残った最後の一口に口を付けた。飲み終わり缶を足元に置くと更に貧乏揺すりを激しくした。

 この男の様子を見る限り、見張りを任せられた新米刑事が不満を態度で表している風に見える。

 実際その通りだ。

 飯野トオルは今年4月の人事異動で刑事課に配属された新米刑事だ。連警官僚の家庭で育ちエリート大学を卒業し、連邦国家公務員試験を合格して連邦警察官になった純粋なキャリア組だ。

 2年間の交番勤務を経た後、ようやく一般巡査から警部補に昇進して刑事課に配属がかなったと思ったら、突然先輩刑事から呼び出しを受けた。

訳も分からず言われた通り病院に来て見れば、こんな制服巡査がやるような仕事を任せられて不満を口にしないわけがなかった。

「ったく。何が『お前に全幅の信頼をよせてるから、後は任せたぞ』だ。これでもあと5年後にはお前らの上司になる男だぞ。もう少し僕を敬えってんだよ」

 悪態をつくトオルのすぐ後ろでは、数人の看護師らしい女性たちの声が飛び交っている。

 女性が落ち着いて下さい。まだ検査が。動いちゃダメですよ。とか言っている事から奥の患者がダダをこねているに間違いない。

 この処置室の中には重要参考の女性が一人いるだけだから、暴れても警備員が2人いればすむ問題だ。大方酔っ払いのケンカに巻き込まれた被害者か何かだろう。

そんなに危険性はないし、むしろそれだからこうして任せられたんだと勝手に思ってさえいた。

 だが、次第に女性の声に悲鳴が混ざり始め、金物が落ちる金属音が響いてきた。

「へぇ!? おいおい、マジかよ。ちょっと待てよな」

 いささか奥の方が非常に不味い状況になってきたと感じると、このまま処置室に入るかどうか迷っていた。

もし万が一患者が暴れてメスや注射針を持って襲ってくる事を想定し、ここはまず上司に報告し指示を仰いだほうが賢明だろうと判断した。

 上着のポケットからスマフォを出した瞬間、勢いよく目の前のドアが引いた。そこに居たのは手にしたアイスノンを額に当て、血走った目をトオルに向ける霧島だった。

 細い首に包帯を巻いて、荒い息使いに肩を揺らしている。

 その鬼気迫る様子に気圧されトオルは後ずさる。

「…おっおい。何やってんだ君は…、すぐに戻りなさい!!」

「ふん」

 トオルの言葉を無視すると、霧島は後ろで腕を掴む看護師の手を振り払って行った。

「おっおい、ちょっと待て!!」

 本当に不味い状況になった。このまま重要参考人を逃がしたら自分の経歴に傷がつく。キャリア官僚思考のトオルは直ぐに霧島の前に立ちはだかる。

それでも相手にしないかのように横を抜けようとすると、今後は肩を押さえて警告した。

「警察だ!! あんたは重要参考人なんだから勝手なマネは許されないぞ。逮捕されたくなければ大人しく向こうに戻るんだ!!」

「逮捕? この私を逮捕するって、面白いわね出来るもんならやってもらうかしら」

「何だと? いいだろう。そんなに逮捕して欲しいなら望み通り逮捕してやろう。緊急逮捕だ。ほら腕を出せ!!」

 腰ベルトから手錠をだして掛けようとした瞬間、逆に手首を掴まれあっけなく床に倒されてしまった。

「弱っ、あんた本当に警察官なの?」

「きっ貴様ぁ…公務執行妨害だ…覚悟しろ…」

「口だけは達者ね、悪いけど私はあんたと遊んでる時間はないのよ。んんっ、あんた警官なのよね? なら丁度いいわ、あなたも一緒に来てもらうから」

「何だと、ふざけるな!! 僕にこんな事してタダで済むと思うなよ。俺と一緒に行くのは警察署だ。逮捕だぁコノ野郎。逮捕、逮捕」

「うるさい男ね、ならこれでいいでしょう」

 トオルの持っていた手錠の片方を自分に、もう片方をトオル自身に掛けた。そのまま起き上がらせるとネクタイを掴み引き寄せる。

「ほら、逮捕させてあげたわよ。ただし行き先の決定権は私にあるわ。さあ、早くあなたの車まで案内しなさい」

「ふざけるなよ。お前いつまでも調子にのるんじゃねぇぞ。ここまでしてタダで済むと思う―」

 そこまで言いかけた時、顔に強烈なビンタを受けた。

「よく喋る口ね。弱い犬ほどよく吠えるのを知らないのかしら? あなた警察官なら口よりも目で語りなさい。それにもう少し口数を減らすように口元をキツク締めた方がいいわよ。特別に私が手伝ってあげるわ」

 言葉に不機嫌な感情を乗せると、更に霧島の往復ビンタが続く。最初は軽く、次第に強く腰を入れて打ち続ける。

「ぶっ、………ぶべぇ……やっ…ヤメテっ…ぶぅ…うべぇ…」

薄暗い廊下に乾いた連続音が響く中、後ろの看護師達は止める事ができずにそのまま呆然としている。

「あっ…あの…」

 みかねた一人の看護師が霧島に声を掛ける。

「ふー、よし。これで少しは静かになったかしら。それじゃーほら、えーと……モヤシ君、早く君の車の所まで案内しなさいよ」

 霧島の往復ビンタを受けたトオルの頬は晴れ上がり、鼻血と涙目を浮かべたブサイクな表情からはすでに戦意が喪失していた。

「こっ、こっち…です」

ふらつきながらも廊下を進み、夜の駐車場に停めてある公用車のハイブリットカープリウスに乗り込んだ。

もちろん運転席には霧島が座る。トオルから鍵を受けとってエンジンをスタートさせると、トオルのスマフォが鳴り出した。

「上司からです…あの、出てもいいですか?」

「貸して」

「はい…」

 霧島にスマフォを渡すと、そのまま窓の外に放り投げた。

「あっ、何するんですか!!」

 さすがに抗議するトオルの前に、霧島が手にしたバッチが突きつけられる。

「国家バウンティーハンターよ。あなたは私の捜査協力者になってるのよ。捜査協力中はいかなる組織、権力からの影響を受けないし、行動を抑制する事もBH法で認められているのよ」

「あんた…ハンターだったのかよ」

「あら、言ってなかったかした。バウンティーハンターの霧島千聖よ、よろしくモヤシ君」

「あなた一応刑事なんでしょう。そこのデジタル無線機に自分のID入力してくれるかしら、多分もう起こってると思うから」

「起こるってなにが? 事件でも起こす気か?」

「あらビンタが足りなかったかしら? いいから黙って無線をつけなさいッ」

「ひぃぃぃ、わかりました。つけます。つけますからヤメテ下さい」

 怯えた声を出し大人しく無線機をつけると、直ぐに司令室からの無線が入ってきた。

『司令室より各車へ、旧東京の○○区○○○付近のビル内で銃声を聞いたと通報がったが、現着した機捜より、死傷者多数。至急応援と救急車の要請あり。付近を走行中の車両は至急現場に向かって下さい。繰り返します、旧東京の―』

「遅かったわね」

「へぇ、まさか、ここに向かうの…ですか?」

「もう行っても無駄よ。それより、この車は警察車両なのよね? だったら統合情報処理端末(iイルミネーター)があるはず、それを利用するから出しなさい」

「でっ、でもアレは僕のIDじゃあ操作できません。主任クラスのIDがないと」

「いいから出しなさい!!」

 一括されると、情けない程従順にiイルミネーターを差し出した。すでにこの場の上下関係が出来上がっている。

「よろしい。それとその鼻血何とかしさないよ。そんな鼻血垂れしている男ってみっともないし、隣で歩いて欲しくないから」

 この鼻血はあんたのせいだろうと、恨めしげに視線を送りながらトオルはダッシュボードから取り出したテッシュを1枚掴むと鼻血を吹き始める。

 こんなハズじゃなかったと思いながら丸めたテッシュを鼻腔の奥に詰めると、軽い痛みに顔を引きつらせる。

 すぐ横にいる霧島は黙ったままiイルミネーターのタッチパネルを操作している。ここにきてトオルはこの女一体何者なのかと思い始めた。

 遅すぎる事だが、考えないよりはマシだろう。

 先ほど国家バウンティーハンターと言った事以外は全く知らない。誰かを探しているのは間違いないようだ。 

「あの、誰を探しているんですか?」

恐る恐る訊ねてみると、霧島の指先が一瞬だけ止まりまた動き出す。

「出来の悪い元生徒よ。人殺しをする前にあのバカを早く見つけないと。もっともすでに殺しちゃぅた後かもしれないわね」

「……あの、それで僕に一体何をさせる気なんですか?」

「あんた一応刑事なんでしょう。連邦警察や公安当局に正式に協力申請すると時間が掛かるから、簡単に非公式協力してもうから。それにアイツがもし人を殺した場合、実況見分の時にこっちが有利になるように証言してもうのもあるし」

「僕に偽証しろと言うのか? 僕はこれでもエリート官僚の息子なんだぞ。将来の連邦警視正候補なんだぞ。こんなことに将来を棒に振るようなマネ出来るわけないだろう」

「へえぇー、確かに君は官僚一家の出のようね」

 操作になれたiイルミネーターでトオルの個人情報データベースにアクセスして閲覧している。

 内容を熟読しながらだんだん霧島の口元が緩みだした。何か面白い情報でも見つけたようだ。

「ほうほう。あらあら。まあまあ。」

「ちょっと、僕の個人情報を勝手に覗かないでくれ」

「へえ、あなた飯野(わたる)検事正の甥っ子なのね。それに、何が将来の警視正候補よ、君の経歴は最初から真っ黒だったんじゃない」

「どう言う意味だ? 僕は警察官になって自分に恥じる事は一切してないぞ」

「警察官になる前はね。身辺調査の欄に書いてあるわよ。あなた、大学入学試験の時コネ使ったでしょう」

「なっ、何の事だ?」

 トオルの顔から一気に血の気が引いて聞く。あれは大学入試後、ふとした気の緩みから新しく出来た彼女と遊び放けた挙句、勉強不足のまま苦肉の策ではったヤマを半分以上外した時だ。

 さすがにエリート家族の中で一人だけ一浪何て認めてもらえる家庭でないことから、もし一浪なんて事になったらどんな目にあうか想像するのも恐ろしかった。

家族の誰とも相談する事ができず、そこで唯一温厚な叔父に泣きつくことにした。

 最初は自業自得だと怒られたが、家の事情も知ってか最後はトオルを助けることに了承した。

 トオルの資料を数分読んだだけで、相手の弱みを見つけるこの手腕は並大抵な事ではない。

「そのせいで、当時検事補だった飯野渉が内部監査部から任意の調査を受けたようね。結局検事総長に鶴の一声で収束されたみだけど、監査部からはしばらく遺恨を残したようね」

「デタラメだ。僕は…そんな事」

「何故わかるかは、同級生の一人が君の大学入試問題のコピーをサーバーに保存していたようね。今も、そして叔父が検事正になったとき彼は大阪国検特捜部に栄転になってるわよ。コレをネタに取引したのは間違いないわね。協力しないなら今すぐコレを各部署に一斉送信するわよ」

「…もう時効だ」

「じゃあ、認めるのね。それに、いくら時効だからっといっても警察にもメンツがあるしね、不正入学したエリート官僚を仲間が庇ってくるなんて思わない方がいいわよ」

「う゛ぐぅ」

 トオルには返す言葉も見つからない。

「何が望みなんだ」

 ここで始めて霧島がトオルの方に顔を向けた。

 細い切り目から向けられる鋭い視線に、心臓を射抜かれたような錯覚を感じた。

「私にとって常に誠実で、疑いのない忠誠心を誓ってもうかしら」

「……わった。できるだけ努力する」

「緊張感が足りないようだな。もし、私の意にそぐわない事をしてみろ、君のエリート人生が消滅するだけでないく、君そのものの人生も消滅するんだよ。わかったかしら?」

 まるで軽い冗談のようなセリフだが、冗談ではない。

 トオルはゴクリッと生唾を飲み込むと、震える息に言葉を乗せた。

「わわ、わかりました。でででも、…いえ、ぜぜぜ、全力で、がががっ頑張ります…」

「よろしい。結構よ」

 霧島が満足そうな表情になると、iイルミネーターの画面にメーセージ音と一緒にメッセージ欄が開いた。

「見つけた。ほら最初の仕事よ。連邦交通局に連絡してこれから言う車両の常時監視を要請しなさい」

「あっ、はい。わかりました」

 緊張したまま無線機を強く握ると、マイクに向かって一方的にしゃべる。

「結構、結構。その調子よ、モヤシ君」

 霧島はエンジンを掛けると、甲高いタイヤ音を周辺に響かせながら車を走らせる。勢いよく駐車場を出ると、一般道を颯爽と駆け抜ける。

「待ってなさいよ。亮!! このカリは高くつくからねぇ!!」


皆さんお久しぶりです。朏 天仁です。

先月は更新できず誠に申し訳ございませんでした。

長らくお待たせしましたが、本日更新できました。

スティグマ~たんぽぽの子供たち~を、今後ともよろしくお願いします。

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