繋がる点と線
冷たく重い空気を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出してから村岡は気持ちを切り替えた。
今目の前に藤原一二三本人がいる。この男、五行法印局関東支部で統括局長の肩書きを持っているが、肩書き以上に黒い噂の方が有名だ。
それはこの身体から発せされる異様な雰囲気からも感じ取れていた。全身の毛が逆立つ感覚を覚えながら、村岡は口を開いた。
「これは、これは。藤原総括局長。こちらの無理な申し出を受けていただき感謝します。わざわざご足労いただいたからには―」
L-211を取引材料に考えていた村岡は、それがダメとわかると何とか他の交渉材料を模索する為、あえて時間稼ぎを考えた。
姑息だが、今は少しでも考える時間が欲しかった。
「私は役立たずが嫌いだ」
「はっ!?」
「考えろ。この関東支部の五行法印局の中で、トップ2の人間をこんな真夜中に呼び出し。しかも指定場所は寺の地下に設置された戦時中の秘匿施設。どんな話かと来てみれば、昼間死亡したハズの男が迎えている。それだけでもきな臭く厄介事の臭いが強烈に匂ってきてるのに、呼び出した相手は私の顔を見るなり奇声を上げた後、ご丁寧な挨拶を始めた」
「それは…」
「まあ、何が起こったかは大体察しがつく。だがワシをここまで運ばせておいて、何も無いなどとほざくなよ」
村岡の身体を射抜くような鋭い視線が送られる。口に出さなくても下手な言い訳をしたら即命が無い事ぐらい簡単に想像できた。
「ふぅー。やめやめ。こんな型式的な事ヤメましょうやぁ、藤原さん。俺の事を知ってるようだから、ここはお互い肩書き抜きで腹を割って話をしましょう」
「ふんっ、ワシを前にして面白い男だな。いいだろう。腹を割るほどの信頼はまだないが肩書きは抜きだ。その方が後々面倒でなくなる」
もうこうなってしまってはどうする事も出来ない。村岡はネクタイを少し緩めるとフル回転している思考回路に口を任せる事にした。
「藤原さん。正直に話すと、あなたが後ろの扉を開ける前と後ではもう状況が一変した。まずはそれを言っておく」
「ほう。つまりコケにされたワシに殺される準備ができたというわけだな。いいだろう。望み通り殺してやろう」
藤原の足元から伸びる影が長く伸びると、大きな虎の様な形に変化した。そして影だけが動き出し村岡へとゆっくり伸びていく。
「待った。待った。そう結論を急がないでくれ。一歩下がって広い視野で考えてみようぜ」
「いいだろう。命乞いぐらいなら聞いてやらんでもないぞ。申せ」
「ここにあんたを読んだのは、お互いに抱えている問題を解決する提案を伝えたかったのさ。それを俺が言っても構わないが、先にそっちが言うのが筋じゃないのか」
「どう言う意味だ? ここまできてまだくだらん時間稼ぎをしたいのか? おい貴様っ、これ以上ワシを愚弄する気か?」
「そんなつもりは無い。簡潔に言うと、あんたの捕らわれれた部下救助の代行を俺たちが引き受けてもいいと言ってるだぜ、栄えある五行法印局の施設が襲撃され、部下が虜とし晒されたら他のいい笑いものになってしまうぞ」
これはもうイチかバチかの賭けだった。前に法眼たちが言っていた五行法印局の襲撃の話を思い出し、何とか話を創作してみたまでは良かったが、ここで藤原が知らぬ存ぜぬを通せば全てが終わる。
数秒後にはこの床に無残な死体が横たわっている。
藤原の返事を待つ時間がとても長く感じられる。ほんの一秒が一時間に感じられる程の感覚だ。
藤原のわずかな表情の変化を見逃すまいと注視する一方で、ポーカーフェイスを装っている顔とは逆に、腹と背中は不快な油汗で濡れている。
「………ほう、さすがは対外諜報部の人間だな。国内の情勢に目を向けるのはいかがなものかと思うが、まあいいだろう。まだ局の一部しか知らん情報をよくぞそこまで集めたな。どやら貴様は資料以上の男のようだな。ワシは人を褒める事は滅多にないが、それがハッタリでなければ褒めてやろう」
僅かだが藤原の表情が緩んだように見えた。だだ、結果はまだ吉と出たとは限らない。
「だが、それは余計なお世話をいうものだ。貴様らに心配される言われはない。まさかそれを言うためだけに呼び出したのか? なら結果は変わらん、このまま黄泉へと送ってやろう」
状況は変わらなかった。やはり、交渉材料が少なすぎる事に奥歯を噛み締める。
藤原が軽く指で空をきると、村岡の身体が勢いよく後方へと吹き飛び壁に激突した。
「がはっ!?」
強く身体を打ち付け、一瞬息が止まった。
抵抗できないまま更に全身にいくつもの衝撃派が襲ってきた。
おそらく法眼が使っていた破壊念動術と同じ念動術の一種だろう。全身のタコ殴りに何度も頭部を壁に打ち付けられ、耳介の裏で甲高い音が響くのを聞いた。
昔、戦闘中に謝って10式戦車の主砲前に出たしまったとき、発射時に受けた衝撃波で軽い脳震盪を起こした時の響に似ている。
「がぅっ、ゲホゥ、う゛がぁ、ゴホッ」
息つく暇のないくらい衝撃派に襲われ、このまま撲殺される。やはり甘かった。
先に官位を持っている事を伝えていれば幾分違ったかもしれない。だが、もう遅い。仮に先に伝えたとしても、この男の前では意味をなさなかっただろう。
薄れゆく意識の中もうダメか、そう思った瞬間脳裏にある言葉が浮かんだ。
どうせ捨てた命だ。イチかバチか、村岡はそれに掛けて見ることにした。
「…冴鬼望…」
その瞬間、全身に受けていた衝撃派はやみ、藤原から殺意が消えた。
「貴様ッ、どこでその名を知った? いや、それよりも何故今その名を言った。答えよ」
震える膝に手を乗せ、口腔内に溜まった血痰を吐き出しながら、村岡は口を開いた。
「…今回の事件…にっ、2年前の『大宮事件』が関係しているだろう…当時、あっ、あんたらも…コソコソ動いていただろう。ペッ、…はあっ、はあっ、…その様子だと…未だ真相まではわかってないようだな…」
「抜かせ、今更そのような事を調べて誰が何の得があるというのだ。今更故人の話をしてなんになるというのか?」
「へっ、…動揺してるじゃねぇかよ…彼女は…死んでない…死んでなんかいない」
「何だと!? 詳しく申してみよッ!!」
藤原の目の奥に困惑を感じた村岡はここで攻勢に出た。
「それは話せないな。はぁ、はぁ、まだ…アンタとは交渉が成立してない。交渉が始まってもないうちに…情報を全部話すバカがいるかよ? …この話の続きを知りたいなら…まず最初にこちらの条件を聞いてもらうのが先だ…」
「ふん、若造が。それでワシの急所を掴んだつもりか? 思い上がるなよ」
「あんたが協力してくれたら、彼女について俺が知ってる限りの彼女の情報を教えてやるよ。ただし―」
「もうよいっ!! それで、貴様の望みは一体なんだ?」
「新しい権限が欲しくないか?」
「どういう意味だ。周りくどい言い方はやめよ。率直に申してみよ」
「対外情報局に五行法印局から強制捜査に入って欲しい」
「ほう、如何様な理由で? いくら何でも理由もなく他局に強制捜査などできんよ、越権行為と逆にこちらが責められる。貴様の中で青写真はすでに出来ているのだろうなぁ!」
「局長の播磨は私用で陰陽師を使っている。五行法印局はその事をまだ掴んでいないだろう。それに、亡霊犬と呼ばれる、局長直下の実行部隊が存在している。この部隊の半分は戦時中に戦死した死者の魂を幾つも入交えて作られた屍鬼達だ。残りは特殊法力を扱う対陰陽師要因員だ」
「馬鹿な。そのような世迷いごとをワシが信じるとでも思ったか。バカも休み休み言え。五行法印局を騙せても、このワシの目を欺く事など不可能な事だ。第一それが本当だとしても、この国で少しでも術を使えば使った時点で結界に相殺され、直ぐに各支社の上級陰陽師や奥之院の九字水明鏡にあらわれる。今までもそうやって不穏分子達を粛清してきのだ」
藤原が優越な口調で話しているが、彼自身にも少し気になる事がない訳ではなかった。先日弟が言っていた太上秘宝鎮宅の霊符が燃えた事が気になっていた。
詳しく調べさせた結果、不覚にも今回の襲撃に巻き込まれ今は行方不明ままだ。どんなに疎ましい弟でも兄である藤原にしてみても、直ぐに状況確認に動きたい気持ちを持っていた。
だが、今の村岡の話を全て信じる事は出来なかった。話しを裏付ける決定的な証拠がない以上は、このまま交渉に乗るわけには行かない。
沈黙が続くお互いの間に、微妙な空気が流れる。このままいけば時間だけが無駄に過ぎてしまう。
「ああ、もうやってらんねぇーよ。まったく。こんな大人の都合で僕の貴重な時間がどんどん削らされるなんて我慢できないね」
重い雰囲気を一気に払拭したのは、横から姿を現した冴鬼法眼だった。続けて道士が後に続いた。
「遅いぞ。出るならもっと早く出てこい」
「なんだ貴様らは? んぅっ!? ほう、よく見れば冴鬼の童と、その小鬼ではないか。何用だ?」
「五行のオッサンよ、ここに動かぬ証拠があるだろう。僕と言う証拠がさ」
「確かにそうだな。藤原さん。今回俺たちが受けた任務に播磨局長から極秘でわあったけど、陰陽師を使っていたんだよ。それがコイツだ」
村岡のコイツ発言に法眼が不満な視線を向ける。道士もただ苦笑いするしかなかった。
「コイツのように生きた証拠があるなら連中も言い逃れできない。強制捜査するには十分過ぎる証拠だぞ。どうだ乗ってくれるか?」
藤原は腕を組、妙に思案顔になる。そして暫くして、右手を差し出してきた。その手を村岡が握ろうした時。
「ただし、ワシの弟を先に見つけろ。強制捜査はそれからだ」
藤原の提案に一瞬だけ躊躇したが、直ぐに握手を交わした。絶望的な状況下で何とか交渉がまとまった事に村岡は安堵した。
一つでも掛け違いがあれば死んでいたに違いないだろう。村岡の人生の中でこんな経験は滅多にないことだ。
藤原が去った後、残った法眼に対して村岡が訪ねた。
「俺が吹き飛ばされてタコ殴りにされていた時、なんでもっと早く助けに来なかったんだ?おかげでこんな状態じゃねぇかよ。見ろコレをっ!!」
「何言ってんだよ。オッサンの自業自得だろう」
「何だと。お前なぁ―」
「だって、自分で言ったんじゃないか。『お互い肩書きなしで腹を割って』なんて言うからだよ。自分の官位を放棄したんだから、僕が助ける義理はないね」
「お前な、大人の世界でアレは建前上そう言っただけであってだ。普通、あの状況だったら直ぐに助けるモンなんだよ。仲間内の間じゃな」
「仲間じゃないよ。おじさんとは利害が一致したビジネスパートナーさ。だから相手の行動を尊重して任せただけだよ。それと、そんな大人の事情だなんて言ったってさ、そんなこと僕には知ったこっちゃないんだよ。僕にとっては過程が上手くいかなくてもそれは自己責任だよう。まあ、結果は上手く言ったわけだし。OK、OK」
「チッ、このガキが」
「お二人共そのくらいで、それよりも早くしないと不味いですよ!!」
手を叩きながら道士が、ヤレヤレとっいった顔で二人の間に入ったきた。
「残念ながら、法眼様それに村岡殿。ここで無駄話しをしている程の時間はございませんよ。現に、我々は首の皮一枚でつながっている状況なのですから、藤原殿が言っていた弟様の捜索にアテがあるのですか? 正直言って時間の浪費になりかねませんよ」
「そうだ。その通りだよ。一から人探しなんてそんな時間の浪費は考えたくないくよ。どうしてくれんだよ、オッサン!!」
法眼の大袈裟に慌てる様子を眺めながら、村岡は懐から一枚の写真を出して見せた。
「誰? コイツ?」
「どなたですか?」
二人は始めてみる人物だった。
「コイツを先に探す。俺のカンだと全ての元凶がこの男から始まってる。そう言っているんだよ」
「そんな、カン信じられるかよ。もっとはっきりした根拠を言えよ。そんな事に無駄な時間を費やす気なの?」
「加えるなら、その弟が消える数時間前に、この男にあっている。レッドクロスの来日、そして結界の襲撃に、L-211の奪取、時系列で見ても俺たちの周りで起こった事が偶然にしては出来すぎている。だからこの男を探す。それに、この男を調べていった過程で、お前の姉の名前が出てきんだぞ。それでも捜査拒否するか?」
それを聞いた途端、法眼の顔色が変わった。
「馬鹿言うなよ。やるに決まってんだろうが!!」
「よし、では捜索開始だ。式神を使った人物捜索はどの位かかる?」
「その写真で顔がわかっているなら、韋駄天を使えばすぐにでもわかるよ。見つけたらどうする? 殺しはダメだから動けないように両手両足を折っても構わないの、頭さえ無事なら他は用済みだよね」
冗談っぽく笑って言ってみせたが、村岡は厳しい表情を崩さなかった。
「冗談はそのくらいにしておけよ。この男の周りには正体不明な術師がいる。俺の部下が犠牲になってるし、相当な手馴れなのはたしかだ。道士お前も相当手酷くヤられたそうだったな」
「ああ、あのオカマ剣士か。僕も実際対峙しているけど、腕はまあまあだけどムカつく程サドで僕が一番嫌いなタイプだったよ。でもちゃんと倒したから問題ないよ」
「他に仲間がいるかもしれないだろう」
「いないかもしれないよ。まっ、いたとしても問題ないよ。また殺すだけだからね」
「物事を自分の都合のいいように解釈するのは間違ってるぞ。常に最悪を想定し最善に努めなければ、いつか足元をすくわれるぞ。お前はまだ強敵に出会ったことがないからそう言えるんだ。自分が適わない程の敵と相対した時に、いかに自分を見失わずにいられるか。結局戦の勝敗は運命の女神なんかじゃなく、冷静な分析と判断力だ。運なんてもんはクソの役にも立ちはしねぇよ。お前はまだ自分を超える敵に出会ってない、だから出会うのを求めて自ら危険は場所へと自分を追い込もうとしている。だがな、お前みたいな若造を幾人も見てき俺がそれでも何かが違ってると思ったよ。お前はどこか死に場所を求めている自殺者に思えてならん。そういうタイプな人間は周りを道連れにして死んでいくのが相場だが、こっちは大いに迷惑だ」
村岡の説教じみた口調がどこか重く感じ始めた法眼だったが、珍しく反論も反応も見せずに黙って聞いていた。本来なら挑発的な返事で相手の気を逆なでするはずだが、法眼は村岡の言葉をただ黙って聞いている。
その様子を不思議そうに眺めていた道士が、代わりに口を開いた。
「お話はそのくらいで、結局の所私達はこの男を急いで見つけなければならないのでしょう。村岡殿、この人物の詳細をお聞かせ下さい」
「名は月宮亮。亜民で『たんぽぽ』と呼ばれる共同生活施設に入所している。年齢は19歳だが、最年少の国家バウンティハンター保持者だ。そして出生と経歴に不正確な情報が多い謎深き者だ」
話を聞いて法眼と道士が妙に思案顔になる。
「どうした?」
「いや…月宮? …!?…どこかで聞いた様な名だな」
「ええ、…確かに、以前どこかで………私も聞いた気がしますが、どこだったか思い出せません…」
さらに法眼が一言ポツリと呟いた。
「!?…まさかな……まさか…」
法眼の中で何かが繋がった。何か答えが出たのかもしれないが、それを村岡に悟られまいと平静を装いながら法眼は考えてるフリを続けていた。
皆さんお久しぶりです。朏 天仁です。前回から大分時間が経過してしまったとこは申し訳ございません。
今後ともどうかこの作品をよろしくお願い致しますm(__)m
では、次回お会いしましょう(^^)/~~~




