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あなたが涙を拭うとき

 亮は引き金を引けなかった。

 自分が助かるために他者を殺す。そんな単純明快でわかりきったことに何の疑問があるだろう、自分が助かるために許される殺人を誰が止められると言うだろうか。 

同時に、戦場においてその戸惑いや躊躇が原因で命を落とす事もある。だから亮は今この状況下で自分が最善の選択を実行する事に何の罪悪感も持たなかった。

だが、自分でもそれはおかしいと気づいていても、引き金を引く事が出来なかった。

「チッ」

不適な笑みを浮かべるU2の顔を見ながら、亮の横顔を何かが飛んで行った。

それを確認した亮の瞳に、起爆スイッチを押したU2の腕が空を舞っていた。

「まったく、らしくないわよ兄上。自殺したいならほっとくけど、栄えある『桜の獅子の子供たち』の若獅子様が爆死なんてしたら、笑い話にもならないわよ」

 すぐ後ろから薫の声が響いた。服にべっとりと乾いた返り血を浴びたまま握る日本刀を肩に当てて立っている。

 U2が起爆スイッチ押す瞬間、導線と一緒に薫の抜刀で切り飛ばしたようだ。

「第一兄上を殺すのは私のハズなんだから、誰にもゆずる気なんてないからね。特にそんな雑魚にやられるなんて我慢ならないわ」

「大きなお世話だ。それに俺がこんなヤツと一緒に心中する気なんてサラサラねえよ」

「あらそう、結構ヤバそうに見えてたけど余計なお世話だったみたいね。そうよねぇー兄上に限ってそれはないわよねぇ」

 若干不服そうに睨みつけてくる。

「まさかとは思うけど、ひょっとして兄上まだ殺しをためらってるんじゃないわよね。自分を殺そうとした相手を見て、ありもしない良心が痛んだのかしら?」

「随分と言ってくれるじゃねぇかよ。俺はコイツが起爆スイッチなんて押す気はねぇと思ったから引かなかっただけさ。自爆する確信があったら躊躇ちゅうちょなく撃ち殺してたさ」

 あえて言い返してみたが、内心撃てなかったことに動揺している。薫は気づいていないように感じられるが、見下すような視線は変わらなかった。

「へぇーそう、なら兄上のカンはまだ戻ってないみたいね。私はてっきり知っててやってるもんだと思ってたわ」

「どういう意味だ?」

「それよ、それ。その腕見てみなさいよ」

 薫が指差す先には、先ほど切り飛ばされたU2の腕があった。よく見ると切り口からなにやら黒い霧のようなモノが昇っている。

「もう気づいたと思うけど、そいつ『呪怨兵じゅおんへい』よ。どこぞの戦場で中途半端に死んで、中途半端な術で黄泉返りさせられたからこんな歪な形になってるけど、もう人間じゃないわよ。最初に気づかなかったの兄上?」

 薫の言うとおり最初におかしいと気づくべきだった。

 普通の人間が『劣化ダムダム弾』に撃たれて平気なはずが無い。麻薬中毒者で痛覚が麻痺していても、骨が砕かれれば姿勢を維持する事は出来なくなり床に倒れ込む。

 この男は『劣化ダムダム弾』で撃たれても、足の急所に命中しても動じることなく反撃してきた。

 昔ならここでU2が人ならざるものだと気づいたかもしれないが、亮は無意識に相手を人間だと思い込んでいた。

「まさか『呪怨兵』を人間だなんて言わないでよね。兄上。こんな歩く腐乱死体を本来の死体に戻す事をためらう理由なんてないはずよ。いい加減その鬱陶しい道徳心を捨てたらどうなのさ。そんなに殺すのが無理なら私が変わりにってもいいのよ」

「薫。俺は最初に言ったよな。お互い自分の獲物には手を出すなって、仮に俺が撃たずに爆発に巻き込まれたとして。お前っ、俺がこんなチンケな爆弾で死ぬと本気で思ったのか?」

 琥珀色に光る眼が薫を射抜くように凝視する。首筋に冷たい殺気を感じて薫の肩が一瞬ビクリと反応した。

「…兄上、私だって兄上が爆弾で死ぬなんて思っちゃいないわよ。ただ私はそんな雑魚にそんな陳腐なやり方に巻き込まれる兄上が情けないと思っただけよ」

 もっともらしいく去勢を張ってはいるが、ゆっくりと視線を横にズラしていく。

「心配するな。久しぶりの狩りに少し慣らしてるだけだよ。次俺の獲物に手を出したらその二枚舌を引き抜くからな」

 薫に忠告を済ませると、亮は床で倒れたままのU2の襟首を締め上げた。

「オイッ!! さっきの続きだぁ!! ハリマとは何だ!! 答えろぉ!!」

 大抵の場合ここで足の一本でも撃ち抜いたり、爪を一枚づつ剥がしていけば大抵の人間は自白する。しかし、既に死体となっている呪怨兵にそんな脅しは通用しない。人が持つ5感すべてが麻痺しているため、拷問による脅しは通用しない。

 加えて死の恐怖すらない。ただ主の命令に忠実に従う化物アンデッドなのだ。

「無理よ兄上。そいつは絶対に口を割らないわ。時間の無駄よ。始末するなら早くしましょう。上の生き残り連中に聞いた方がわかるかも。あっもちろん上の獲物はまだ決まってないわよ。早い者っ勝ちでいいかしら!! 私さっきの顔を見てたら気分が高揚してきちゃって体が火照ってきてるのよ。だからお願い兄上、上の獲物私に譲って頂戴ぃ!!」

「ダメだ」

「え~、何でよぉ!?」

「理由は3つある。1つ目はお前が尋問したら聞き出す前に殺す可能性が高い。2つ目はもう俺が足を撃って動けなくしてるから俺の獲物だ。3つ目はさっき俺の獲物に手を出した罰だ」

「そんな~アレは兄上を助けようと思って―」

「関係ないな」

「それじゃー私のこの火照った体はどうすればいいのよ。兄上が相手してくれるの?」

「おい…そんな気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ。欲求不満ならトイレにでも言って済まして来い。邪魔なんだよ」

 お前は俺に何を求めているんだ。とっ言う顔を向けていた。

薫の様子からそうとう楽しい事があったんだろうと思ってみたが、どうせ誰か殺したん事に変わりないはずなので考えるのをやめた。

「さて、こっちは余り時間がねぇから手荒なマネは覚悟してもらうからな」

「…オ前、無理…アキラメロ……無駄ダ、無駄…ハッハッハ…」

 片言のような発音だが、これでも捻り出す様に発している。既に受けたダメージが大きすぎて常人では死んでいてもおかしくない。

「ずいぶんと舐めた口きくじゃなねぇか。お前が人でないならこっちがどんなに楽か教えてやるよ。こっちも歩く死体なんて珍しくもねえよ」

 U2の下肢の銃創から登る黒い霧に亮が左手を置くと、琥珀色の瞳がさらに輝き始めた。

 載せている亮の手の皮膚が白い鱗のように変化したと思ったら、突然U2が悲鳴交じりの雄たけびを上げた。

「ヒギギャヤヤヤヤアアアアァァァァァァァァァッ!!!!」

「ほらっ!? さっきの余裕はどうしたよ。肉体に対する物理攻撃は無駄でも、お前の魂が直接食われる攻撃は有効なんだろう」

「ヒィィヒッイイアアアア!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁっぁぁ!!」

「さてと、こっちは時間がねんだよ。さっさとしゃべってもらうぞぉ!! まずはハリマについて知ってる事をとっとと吐きやがれぇ!!」

 左手の指をさらに食い込ませた。

「ア゛ア゛ギギャヤヤヤヤアアアアァァァァァァァァァッ!!!!」

「楽になりたいなら早く吐いたほうがいいぞ。お前のマズイ魂食っても意味がねえが、お前を苦しめるのは意味がある。彩音あいつと約束しちまったからな。それにマナはもっと苦しかったはずだっ!! ほらっ、早く吐けよ。俺の夜叉蛇がお前を食いたくて暴れ始めてるぞ。お前の味を覚えたみたいだからな」

 尋問を続ける亮の首筋から、白く透明な蛇の頭がゆっくりと伸びてきた。

床でもだえ苦しんでいるU2を視界に捕らえると、赤く伸びる舌を素早く出し入れしながら様子を伺い始める。

「何よまったく。兄上だって十分楽しんでるじゃない。昔みたいに楽しくなってきたじゃないのよ」

 その様子を楽しそうに眺めながら薫は呟いた。自分が手を出せない事が口惜しそうな表情を浮かべながら、これから始まるであろう展開に心震わせている。

「はあっ、はあっ、兄上っ、はあっ、兄上っ、私っ、その悲鳴を聞いてたら…アソコがゾクゾクしてきちゃったわ。はあっ、はあっ、やっぱりいいわ…いいわ…兄上っ、その悲鳴最高よぉ!! はあうぅっ!!」

 薫は壁に背もたれながら、全身を駆け巡る快感に1人興奮して身悶えていた。


 深夜の路地裏を彷徨っている葵はホトホト疲れきっていた。監禁されていた部屋を上手く出たまでは良かったが、自分の後ろを鎧武者が付かず離れずといった距離でついてくる。

 この鎧武者の式神に自分の事は見逃せすように頼んでみたが、付いて来ないでとは頼まなかった事を少し後悔していた。

さすがにこれだけ目立ってしまっては、大通りに出て行くわけにはいかない。変に目立ってしまっては直ぐに見つかってしまうし、運良く警察に保護されても『たんぽぽ』の一件から面倒事になるのは間違いない。

外に出てみてから自分にはもう帰る場所がないことに気づいた時、急に寂しさと虚無感で泣きそうになった。

それでもせめて『たんぽぽ』がどうなったのかだけも知りたくなり、自然と重たい足が進んでいく。

「う゛っ…」

 踏み込んだ足に鈍い痛みが走った。靴を脱いで確認すると右足の親指近くにできていたマメが破れてしまった。

 履き慣れない靴と一緒に慣れない道を歩き続けた葵の足は限界を迎えていた。

 それでも右足を庇いながら葵は再び歩き始めた。

 満足な灯りもなく、異臭立ちこめる路地裏を進んでいると、ふとっ葵の前に鎧武者が入り込んできた。

「!?」

 どうしたかのかと思って歩みを止めると、前から人の気配と一緒に乾いた靴音が聞こえてきた。

 まずいと思いどこかに隠れようと辺りを見渡してみても、こんな薄暗い中では見つけられるわけがない。

 やがて、足音はすぐ近くまでくると止んだ。

「こんな人目につかない場所にわざわざ入ってくれてるなんて、随分と簡単に見つかってくれたわね。おかげで手間が省けたは」

 鎧武者の脇から様子を伺った葵が見たのは、白いローブを着た修道女だった。

 瞬間、心臓の鼓動が一気に早くなり、呼吸が荒くなり顔色がみるみるうちに青ざめていく。

そこにいるのは葵がよく知る人物だ。暗い穴蔵に監禁されたいた時に何度か会った事があるミランダと言う女性だった。

 彼女に捕まったら最後、自分は間違いなくあの暗い穴蔵へと戻される。そう考えると自然と足が後ずさり始める。

「忌々しいサル共が作った結界だったけど、意外とモロイ箇所があったもんね。おかげでこっちも要約魔術が使えるようになったわ。旧関東地区周辺にいる事は間違いと分で空に放った『コルムバ・ディギトゥス』の数は一万三千羽、上空から網の目で監視されている状況化で逃げるなんて至難の業なのよ」

 言葉を続けながらミランダが腕を伸ばす。

「でも、まあ。こんなに近くにいたねんてねぇ、灯台下暗しって言うのかしら。さあ、大人しくこちらに来なさい。今ならまだ手荒なマネはしないでおいてあげるわ」

 ミランダのグリーンの瞳に写った葵は怯えた表情のまま離れようとする。戻る意志がないと判断すると、ミランダは腕を下ろし腰に付けた長剣を抜刀した。

「それが答えと了承したわ。どっちみち連れて帰るつもりだったけど、生きていれば別に問題ないのよ、必要なら手足の一本ぐらい無くてもいいと言われているのだから」

 顔に殺意を現して歩み始めるミランダ。しかしその行く手を鎧武者が動かないはずがない。

 鎧武者も同じく抜刀すると、刃の先端をミランダに向けてから構えた。

「チッ、二級人種の使い魔が私の邪魔するんじゃないわよ!!」

 お互い間合いに入った所で鎧武者の刀がミランダの首目掛けて突き出された。素早い体重移動で首スレスレで交わすと、腹部目掛けてミランダの膝が打ち込まれた。

 胴丸と呼ばれる部分にヒビが入り、鎧武者の動きが一瞬止まったのをミランダは見逃さなかった。

「遅いっ!! ドン亀がぁ!!」

 脇から腕を掴まれると、そのまま側の壁に向かって背負投げで叩きつけた。

 ミランダは敵の装備から瞬時に死角や弱点を見抜き、一番不向きである接近戦での応戦を試みた。案の定ミランダの読みは正しかった。

いくら頑丈な鎧で身を守っていても、デカイ鎧を身につけた分だけ機動力は殺され、動きが限定的になってしまう。

戦場での勝敗を決定するには装備はもちろんの事、相手の力量を把握しながら、戦術を組立てる冷静な判断力が勝敗を分ける。

加えて相手も悪かった。簡易式神であるため、対人に対しては強いがミランダのような魔術を使う準騎士相手では差がありすぎた。

「さてと、これで邪魔者はいなくなったわね」

 手をパタパタと叩きながら、ミランダは葵の方へ足先を向ける。

 葵はその場で動けずにいた。この状況を見て、もう逃げられないと悟ったのだ。

「そうそう、それでいいのよ。賢い選択ね、余計な手間をかければ私も加減をする余裕はなくなるから…んぅ?」

足に鈍い痛みを感じたミランダが下を向くと、短刀が右足を串刺しにしていた。

「ぐぎぃい!!」

 倒したハズと思っていた鎧武者がしぶとくまだ生きていた。

「この…死にぞこないがぁ!!」

 長剣を振り上げると、鎧武者の背部に突き刺した。

 一瞬、葵は顔を背けた。

 簡易式神であるため言葉を発する事は出来ないが、葵には鎧武者の悲鳴が聞こえた気がした。

「油断したとはいえ、この私に一矢報いた事は褒めて上げるわ。でもこれ以上のふざけたマネは看過できないわね」

 事切れた鎧武者にミランダは何度もその剣先を突き刺した。その剣先が突き刺さる度に葵の表情が歪んでいく。

「そういえばさ、極東のサムライって戦闘で死んだら首を切り落されるのよね。確か『ウチクビ』って言ったかしら」

 声が出せない葵が何度も『ヤメテ!!』と口だけ動かしてる中、ミランダはゆっくりと長剣を引き抜いき、そして鎧武者の首目掛けて一気に打ち下ろした。

 剣先が地面をかすり火花を散らすと、葵の足元にゴロゴロと鎧武者の頭部が転がって行く。

 惨劇の光景に放心状態のまま葵は膝を落とした。

やがて膝元近くまで転がってきた頭部に葵が手を伸ばそうとした時、ミランダの足が頭部を踏みつけた。

見上げる葵の瞳には不敵な笑を浮かべるミランダが映っていた。

「さてと、もう邪魔者はいなくなったわよ」

 ミランダの手が葵の銀髪を掴み上げ、自分の顔よりも高く上げる。「うふっふっふっふっ、」

ミランダの鼻歌混じりの声を耳で聞きながら、葵は髪を掴んでいる手を掴み両足をバタつかせながら抗っている。

次第に抗うのを止めると、歯を食いしばりこみ上げる嗚咽と一緒に葵の頬を涙が伝う

「うふふふ、か―くぅ―ほ―ぉ!!」


 本庄市民病院のICU室を覗ける外の廊下では、廊下に設置された長椅子に横になる蒼崎先生の姿があった。

 一時は危篤寸前と言われたマネの様態も、亮の輸血を行なった時から小康状態を保っていた。やっと落ち着きを取り戻した蒼崎は少し横になって休むはずが、いつの間にか寝入っていた。

 ふと、身体が揺らされた蒼崎はすぐに目を覚ました。

「…あっアレ、あなた?」

「すみません。あの起こすつもりはなかったの、マナちゃんがここに運ばれたって看護婦さんから聞いて…その、いてもたってもいられなくて来ちゃいました」

 そこに居たのはこの病院に入院している荻野美花おぎのみかだった。頭にはまだ包帯が巻かれているが、病衣姿で白杖を持っている。

「ごめんなさいね美花ちゃん、全然気が付かなくて。でも、もう歩いて大丈夫なの?」

「はい、一昨日辺りからもう普通に出歩いています。あの、それで…マナちゃんの様子は? 今日夕方お母さんがきました、そこで『たんぽぽ』で何か事故があって、マナちゃんがここに運ばれたって聞きました」

 心配する様子で訪ねてきた美花に蒼崎は隣に座るように招いた。隣に座る盲目の彼女に今のマナの姿を見せずにいられるのは、不幸中の幸いだろうと内心思った。

「心配せさてごめんなさいね。マナちゃんね…今は落ち着いてるみたいなの、だらかそんなに心配しなくて大丈夫よ。安心して」

 疲れきった顔で優しく諭すように話す。

「あの、………月見さんは…どうしてますか?」

「亮くん? 亮くんがどうかしたの?」

「いえ、その、別に何でもないけど…マナちゃんの事大事に思っていたみたいだから…」

「そうね……」

 一瞬、亮の事を話そう考えたが彼女にいらぬ心配を掛けさせまいと飲み込んだ。設楽施設長から亮が出て行って事を聞いて、今は行方不明になってるなんてとても言えなかった。

「あの、ワタシ…こんな時に言うことじゃないと思いますけど、ワタシ…月宮さんのこと…好きです」

「えっ!? うっうん…」

「ワタシ…いつも月宮さんといつ時感じていました…とても悲しいって事が伝わるんです…上手く説明出来ないんですけど、でも、何ていうかその…氷のような冷たい世界を感じるんです」

「…うぅうんっ」

 突然の発言に蒼崎もどう対応していいのか分からなかった。

「この前ワタシが襲われた時、ワタシは見えませんでしたが確かにワタシを助けてくれたのは月宮さんでした。でも同時にアソコに居たのは月宮さんじゃあなかったの。もっと別に何かだった気がしたの…あの時、ワタシには月宮さんの…胸が締め付けられる苦しさや悲しさを感じました……ともて悲しかったの…とても…」

 美花は自分の胸元を強く握り締めると、閉じている瞼から涙が溢れ出した。

「あの…あの…月宮さんは一体…何者なの? ひっぐ、どうして…あんなに悲しい人なの? うっぐ、教えて下さい…お願いします。ひっぐ…」

 顔を両手で覆い肩を震わせる美花の姿に、蒼崎は言葉よりも先に美花の震える身体を抱きしめる。

「ごめんめ、美花ちゃん。ごめんなさいね」

 蒼崎の胸の中ですすり泣く美花に、これだけの言葉しか返して上げる事が出来なかった。

「でもね、美花ちゃん。何だかんだ言ったって亮くんはちゃんと帰ってくるわよ。大丈夫よ。明日にでもなればまたいつもの亮くんが来るから、美花ちゃんは何も心配しなくていいわ。ごめんね、余計な心配させちゃって。ホント…ごめんなさいね」

 心配する美花の気持ちに正面から答える事は出来なった。ただ優しく頭を撫でる事ぐらいにしか、今の蒼崎には出来なった。

 誰もいない廊下に美花のすすり泣く声がこだまするなか、ICU室で横たわるマナの目元には、溜まった涙が溢れ流れていた。

 その涙を拭ってほしい人は、まだ現れてはいない。

みなさんお久しぶりです。朏 天仁です。更新がだいぶ遅れてしまった事まずお詫び致します。今回でだいぶクライマックスへと近づいてきました。次回からは月2回ペースで更新を目指していきたいと思います。

最後まで読んでいただいた読者の皆さん。本当にありがとうございます。

では、また次回お会い致しましょう!!

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