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スティグマ~たんぽぽの子供たち~ 番外編その⑤ 最凶の根源

西暦2020年2月3日東京都内某所、冬の寒さが一番キツイ午前2時を過ぎた頃に、3台に並んだ車があるビルの地下駐車場へと入ってきた。

 車が入り終え、自動的に入り口のシャッターが閉じると同時に89式小銃を携帯した隊員がゾロゾロと暗い影から現れ始めた。

 さらにその後から全身白の防護服に身を包んだ人物が現れると、中央の車の横で立ち止まった。

 妙に薄暗い地下駐車場にその防護服は一際目立ってみえる。

運転席から降りた体格の良い男が後部座席のドアを開けると、中から和服を着て眼光鋭い老人が降りてきた。顔に深いシワが彫られ年かさの割りに、しっかりとした脚で立っている。

「お待ちしておりました憲龍けんりゅう様。わざわざご足労お掛けして申し訳ございません」

 丁重な言葉で白い防護服を着た男が深々と頭を下げる。背中に背負った酸素ボンベが重いのか幾分身体を戻すのが辛そうに見えた。

「羽柴、前置きはいらん。状況がどうなっているのか簡潔に申せ」

「はっ、ですが…簡潔に申しますよりも、実際に憲龍様ご自身で確認されたほうが早いと思います」

「憑かれたものがでたと聞いているぞ」

「犠牲者の事ですか? はい、申し訳ありません。あれ程接触には気をつける様に説明はしたのですが、何せ下界の人間にアレの扱いは正直申しまして疎いのが現状でして。いくら説明しても護符を見につけないのです。実際今回も護符を貼らずに中に入ったのが命取りになりました」

「何人だ?」

「はぁっ…情けない事に今月で2人目です。ここ2カ月を合わせますと犠牲者は6人になります」

「そうか…」

 憲龍は軽く溜め息をもらす。

「みな事後処理に疲労困憊です。逆にあの源洲げんしゅうの者達は喜んでおります。それに連中の行いには目を覆いたくなるほどです。人をまるでモノか何かのように扱っていて、なんとも…」

「仕方なかろう。あやつらにとってノドから手が出る程の素材なのだからな。我らにとっても悲願でもある。何にせよ400年ぶりに禁忌を犯しているのだ。向こうは向こうで既に腹を決めておる」

 そこまで言うと羽柴との話しにあきたのか、早く案内しろとばかりに憲龍が顎を動かす。

「では私がご案内致しますので後についてお越しください。まず先に議長がお会いしたいとの事ですので、どうぞこちらへ」

 防護服から羽柴の顔をうかがい知る事は出来ないが、砕けた口調に低姿勢な態度から大体の想像はついた。

 羽柴の後に憲龍が歩き始めると、その脇に屈強な4人の男達が姿を現した。いつ現れたのか周りにいる隊員達は誰一人気が付かなかった。

サングラスを掛け音も無く気配を完全に殺しながら、4人は憲龍の周りを守り奥へと進んでいく。

「はあっ、やっと行ったわね。正直もう退屈だったわ。もう夜中の2時過ぎよ、こんな時間につき合わせて冗談じゃないわよ。夜更かしがお肌にどんだけ悪いか知っているのかしら? 憲龍様はもう少し時間を考えてくださったらよろしいのに」

 なかば欠伸をかみ殺しながら久家椿くがつばきが車から姿を現した。茶髪のショートヘアから黒髪に戻し、付け爪の無いか細い指が髪をすいている。

 薄い紺の着物と山吹色の帯をまとった姿に、どこか落ち着いた雰囲気を醸し出していた。しかし、残念なのはその雰囲気を壊すような不機嫌な顔をしている事だ。

 椿が憲龍の後を追うとすると、着物の裾を運転手が掴んで止めた。

「お待ちください椿様。憲龍様が居なくなった途端態度を崩されるのはお止めください。補佐役の自分がどれだけ肝を冷やしているか分かっているでしょう」

「何よ、馬上ばしょう。補佐役のあんたがいつから私の御目付け役に昇格したのよ。私に指図するなんて10年早いわよ。虚勢を張るより少しはその小さい肝っ玉に気合入れないさいよ」

 椿よりは若く童顔の馬上と呼ばれた男は、掴んだ裾を微かに震わせているが目はしっかりと椿を見据えていた。言うべき事はきちんと言わなければ、そんな気概を発しているのかと見て取れた。

 だた、それくらいの事では止まる椿ではなかった。

 強引に馬上が掴んだ裾を引っ張って取ると。逆に人差し指を立てて詰め寄ってきた。

「それに!! 今回あんたが私の補佐役ってことになってるようだけど、それは御館様が決めた事で、私はそんなの認めてないんだからね。いくら幼馴染だからだって、久家御用人のあんたが本来私の補佐なんて勤まるわけないんだから。少しは身の程をわきまえなさいよね!!」

「…ですが、御館様から-」

「うっさいわねぇ!! あんた二言目には御館様、御館様ってそれしか言えないのぉ!! こんな細かい事にまで御館様の名前を出して恥ずかしくないの? 私の補佐役になってるんだったら私を納得させるくらいの言葉を考えて言ってみなさいよ!!」

「椿様が御館様から申し付けられた事は、憲龍様がここに来るまでの間の護衛です。ここから先は四獣様達のお役目です。軽率な行動は慎みください、越権行為と見られいらぬ疑義の眼で見られますよ。七夜と月鎌の里が開放されたとはいえ、久家一族をはじめ『里ながれ』に対する風当たりは未だ厳しいものです。もしもの事があれば御館様からお叱りを受けるのは自分ですが、罰を受けるのは椿様なのですよ」

「はいはいはい、相変わらずの模範解答ね。でも足りないわ、私を納得させるにはまだ全然足りない。不十分よ!!」

 椿はさらに馬上に詰め寄る。お互いの鼻息が掛かるくらい顔を近づけられると、馬上の顔が赤面する。

人形のように整った顔立で迫り、射抜くような視線を送られた馬上は思わず眼だけが泳いでいる。

 その意味を察してか、椿は人差し指の先を馬上の胸に突き当てた。

「ほら、あんたは御館様がどうとか家がどうとか言ってるけど、あんた自身はどう思ってんのよ。少しはその鈍い頭を使って考えて物申してみなさいよね」

「椿様っ!!」 

椿の勢いに負けじと馬上が声を張り上げる。

一瞬、椿が止まり馬上を見る。

「好きだ。だから行くなッ!!」

「!?」

次の瞬間、椿の強烈なビンタが飛び出し馬上を張り倒した。

「たわけっ!!」

赤面した椿の身体がわなわなと震えている。それは怒りよりも羞恥心に近いだろう。予想外の発言に咄嗟に手が出てしまった事に気付いたが、すでに馬上は冷たい地面に尻餅を付いている。

すぐに頭を切り替えると、振るえる声でまくし立てた。

「あっあっあんたねぇ!! 時と場所を考えなさいよぉ!! 今ココで言うべき言葉ぁ? 本っ当!! デリカシーのない男ねぇまったくっ!! 煩悩丸出しでよくそんな恥ずかしい事言えたものねぇ。恥を知りなさいよ、恥を!! 小学生だってもっとマシな事言うわよ!!」

「いやっ…だって、椿様が自分で考えて話せって言ったから。いってほしくない理由を正直に言ったんですよ」

「…だからってアンタねぇ」

「あっ…あの、椿様…」

「何よっ!!」

「その…周りを…」

 馬上の指摘に椿が辺り目をむけると、自分に向けられる視線に気付いた。椿の怒声が周りに響いている間、周囲にいる他の護衛官や隊員達の注目の的になっていた。

 皆やれやれといった感じの視線で二人を眺めている。

「ほら、周りの方たちに迷惑になりますし、私も恥ずかしいですから…」

「あんたが、恥ずかしいを口にするかぁ!!」

 さらに大声で椿の草履ぞうりが何度も馬上の顔を踏みつける。容赦なく踏みつけられている馬上が微妙に嬉しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。


目的地へと続く廊下を羽柴達は進んでいた。荒い息づかいが防護服を着た上でも見て取れる。

白く清潔な廊下の先に、目的地の場所が見えてきた。冷たい白銀一色に染められた扉には凹凸が一切無く、右隣に取り付けてある認証パネル機が無ければ唯の壁と間違えてしまうほどだ。

認証パネルの前で防護服の右ポケットからIDパスを取り出してセキュリティーを解除する。ここのIDパスはドアのセキュリティーのみの解除で、ドア開閉の解除は別の認証が必要になっている。

羽柴は防護マスクと右手袋を外した。本人確認の角膜色素チェックと静脈認証が終わると、最後に声音認証のみとなる。

「声門認証チェックオン、『日出ひいづる国の民』確認どうぞ」

 声音チェックが終わると、無音のまま扉が開き始めた。まるで巨大金庫の扉のような分厚で重さは軽く1tはあるだろう。

「どうぞこちらです」

 促されるまま憲龍が中に入ると、いつの間にか護衛の4人が消えていた。だが憲龍はきにする様子も無く奥に進んでいく。

 中には羽柴と同じ防護服を着た職員が数名居て、机上に置かれた計測機器やモニター類の対応に追われている。部屋の広さは25メートル四方の広さはあるが、様々な機材や器具類、コード類に埋め尽くされ窮屈にも感じられる。

 羽柴が一番おくにある電子ドアに向かいながら話始めた。

「感染したのは今から4時間ほど前です。感染後たったの数分で人体の30%を侵食し始めてしまい、これまでにないくらいの猛スピードでした。我々も…どう止めたらいいのかわからず、とりあえず室内を氷点下に下げて何とか侵食を食い止めましたが、1時間ほど前から再び侵食の活動が活発化しはじめまして。正直我々では対処が困難だった為、源州院の者達が結界を造り中で収まってはいますが、いつまで持つか分かりません」

 疲労感を混ぜた羽柴の説明の後、電子ドアの前で立ち止まった。

「正直…あんなものは見たことがありません…」

「原因はなんだ?」

「おそらくは…突然変異でしょう。オリジナルに施した様々な実験の中で、細胞内で抵抗力もしくは適応力を身につけた可能性が高いです」

「まさか…あれが生命体な理由わけなかろう。…否、実際確認するまでは信じられん、早く見せろ!!」

「…はい」

 羽柴が電子ドアを開けると、二人が中に入っていく。

「こっ…これは?……一体……」

 流石の憲龍もその光景には驚きを隠せなかった。

 部屋の中でひのき柱が四隅に建ちしめ縄の囲いで括られて、その間に白い紙垂しでを付けられた結界内にそれはあった。

「ガッ…ふぅっ……ゴォッ……はぁっ…ふぅっ……ゴォッ……はぁっ…ガッ…ふぅっ……ゴォッ……」

 結界内から僅かに聞こえてくるのは、犠牲になった職員の囁くような呼吸だった。

「あの人間は…まだ生きているのか?…」

「はい、一応…生物学的には……ですがもう死んでいるのと同じです。もう回復しません…」

「これは…どうなっている?」

「感染したオリジナルの細胞が宿主であるこの職員の骨や臓器を食い荒らして、その生命力を糧に身体を構築していっています。時間の経過と共にどんどん成長していて。その速度は…もう抑えるのは困難でしょう……遅らせる方法がありません」

「なんと言う事だ…」

 目の前で起っている事実に、憲龍は肩を落とす。

「そう悲観するにはまだ早いぞ」

 突然部屋のすみから響いた声に、羽柴が慌てて横を向いた。

「議長っ、こちらにおられたのですか? ここは危険です。すぐに外に出て下さい。もし議長に万が一の事が起れば大変です」

「羽柴二佐、構わんよ。ここでいい」

 憲龍の隣へとやってきた議長は軍服に多彩な勲章や腕章を着けて存在を表してはいるが、頭部に影がかかり上手い具合に表情が隠れている。

「憲龍殿。今回の事故は幸いにして好機に転じてくれたようだ」

「どういう意味だ?」

「我々に新しい選択肢が増えたと言う事だよ。これはこれで利用価値がある。80年前に凍結された『天ノ鬼人』計画に組み入れる」

「馬鹿なっ!! これを人間が制御できると本気で思っておるのか。400年前もお主のように馬鹿なことを考えたやからがおったが、それがどうなったか教えたハズじゃぞ!!」

「勿論。だが、コントロールできなかったわけじゃないだろう。実際、憲龍殿たちは300年かけて人柱うつわを利用して上手く飼い馴らすことができた。要は人柱うつわの内か外かの違いだ。首輪と鎖をつければ問題ない」

「ならぬぅ!! そんな事をすれば1000年前の厄災が再び起るぞ。最初は上手くいってもいずれ人間に牙を向けるのは目に見えておる」

「それは困った。たが…牙を向けるのが我々でなければ問題ないでしょう」

「んぅ!?」

 議長の言葉に憲龍がやや首を傾げた。

「ヨーロッパの水戦争がもうすぐ我が国まで飛び火する。日本の豊富な水資源を大陸連中が狙ってきている。今は外務省の有志たちが『採掘権』と『排水権』を分割して、市場開放をうたい文句に交渉を続けているが、どっちみちもう戦争は避けられん。自分達が壊した環境のツケをこっちに押し付けて、根こそぎ奪っていくつもりだ。一国ならまだしも、他国で攻め来られた場合は難しい。前大戦もそうだった。だから可及的かきゅうてき速やかに戦力を備える必要があんだ」

「その為に米軍がおるだろう。前の戦争とは違う」

「はあんっ!! 何も知らない者は皆そう言うのですよ。支那しなの連中は最初に尖閣諸島かその周辺地域で問題を起こすでしょう。そうなった場合アメリカが僻地の無人島を守るために本気で自分達の兵隊を差し出すと? 日本のために血を流すと本気で思っているのですか。多くの国民は日米安保があるから大丈夫と思っているようだが、そうなった場合。アメリカは間違いなく安保条約の第五条を持ち出して不参加を決めるだろう。直接的な本土攻撃が無い限り向こうは動かないし、動いたとしてもそれまでの時間経過は致命的になる。支那(連中)はそんなに生易しくはない。その時になって日本国民が安保条約という幻想保険にすがっていたと気づいても遅い。知っているものがそれに気づき備えなければならない。憲龍殿、我々にはもう時間がないのだよ」

 議長の言葉に憲龍は言葉を詰まらせた。確かに利己主義の強いアメリカが誰も住んでいない島の為に戦ってくれるとは思わない。そうなった場合、自分達のみで戦わざるをえなくなる。100年近く実戦経験なく、専守防衛に努めてきた自衛隊だけで戦う事に一抹の不安が過ぎる。

「お主の考えには同調しよう。しかし、これをこのままにするわけにはいかんぞ」

「わかっている。サンプルとデーターを出来るだけ多く集めたあと、源州院の式神『火車』で滅っせさせる。それでもダメなら鎮守娘達『宿鬼の巫女』に分け与えればいい。意外と外で騒いでいる鎮守の女と相性がいいかもしれんぞ」

 憲龍の目が鋭く議長を睨んだ。

「器がもたんよ。それにあ奴らは里でも貴重な巫女達じゃ。無駄に死なせるわけにはいかん。何としても『火車』で焼き殺すまでだ。どんな事をしてもコレは殺さんといかん」

「勿論、我々もそこまでのリスクを被るつもりはない。これはあくまでも『天ノ鬼人』計画に組み込めればの話だ。使えないなら当然殺処分するまでだよ」 

結界の向こうで今まさに生まれようとしている、最凶なる厄災を眺める二人は、これら起きるであろう戦争の風を感じ取っているに違いない。

あと8日後には、日本の戦後が終わり、約1世紀ぶりに始まる戦火に日本中が飲み込まれようとしている。

これから4年半続く『第一・第二次極東戦争(水戦争)』の影がすぐそこまで迫ってきていた。


 皆さんこんばんは、遅れましたが新年明けましておめでとうございます。本日久しぶりの番外編ですが、いかがだってでしょうか?

 少し読みにくい所があったと思いますが、今後も番外編を続けていけたらと思います。

 さて、次回はいよいよ本編の続きとなります。はたして亮の運命は? 葵の近況はどうなっていくのか? お待ち下さい!!

 最後まで読んでもらった読者の皆に今一度感謝の言葉を贈らせていただきます。今後もスティグマをよろしくお願い致しますm(__)m

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