答えを求めて
第三倉庫の前で赤色灯を回しながら救急車と数台のパトカーが停車している。
降りしきる雨のなか倉庫の入口周辺には、レインコートに身を包んだ警察官たちがざわつくいていた。
皆入口付近で固まって以降に中に入ろうとしない。
数分前に、若い刑事が中に入っていったが、すぐに戻ってくると倉庫壁の脇で嘔吐した。それだけ中の状況が凄惨を極めて誰も入ろうとしないのだ。
最初は先に到着した救急隊員の後に、刑事や制服警官と一緒に鑑識隊員が入って現場検証を始めていたが、皆しばらくして外へと出て行ってしまった。
鑑識の若い隊員も何かと理由を付けては何度も外に出ていく。そんな中で辰巳に処置を施している救急隊員だけは淡々と仕事をこなしていた。
結局時間の経過とともに倉庫内にいるのは救急隊員の他に、数名の鑑識隊員だけ残して後は皆外に出たのはいいが、青白い顔で表情が引きつったように強張っている。
タバコをふかす年配の刑事の指が小刻みに震えながら、横目で亮達がいる方向に視線を向けていた。
亮と薫は規制線から少し離れて停車しているベンツの所にいた。雨の中傘もささずに亮は腕を組み、少しイライラした様子で指を叩いている。
「あはっ。みんな兄上の方を見てますよ。スゴイ!! スゴイ!! 兄上人気者になれましたね」
「冗談言うな。あいつらはお前のその格好が気になっているだけだろう。場違いにも程あるだろう」
「そうかな、ワタシは兄上のハンターバッチが本当に本物なのかどうか気になってると思うんだけど。だってさ3回も確認照合を受けたんだよ。絶対まだ疑っているよきっと」
亮の言う場違いの意味も間違いではなかった。こんな惨劇の事件現場にセーラー服美少女を模した青年が、しかもその手に日本刀を携えていたらこれが目立たない理由がなかった。
事実何人かの刑事が薫に近寄ろうとすると、薫が出した準バウンティハンターバッチを見て驚くと『男かよっ!!』と言って戻っていった。
「それにしてもホントっ、失礼しちゃうわよね。結構この服気に入ってるのよ。それを冷やかすような目を向けて来るなんて」
「多分違うぞ。あいつはもっと別の所を見て言ってるんだと思うぞ」
「それりも兄上、本当にあの玩具向こうに渡しちゃうの?」
「ああ、そうだよ」
「ちぇっ残念ね。でもいいわ、これからもっと楽しい時間が始まろうとするんだから。楽しみは最後に取っとかなくっちゃね」
「俺とっては楽しくない」
「またまた、少しは楽しまないと。仕事は楽しんだもん勝ちよ」
「仕事じゃない。家族を取り返しに行くだけだ」
「どっちにしたってアイツの連絡待ちでしょう。連絡を受けたらその後はこっちの人物にも会ってもらうわよ」
「会うだけだぞ。それに―」
会話の途中で亮の携帯が鳴り出した。
「もしもし、………ああ、わかった。そこに居るんだな。住所をもう一度教えてくれ。ああ、……わかった」
電話を切った後で、亮は薫の方へと顔を向けた。
「どうしたの? わかったの?」
「ああ、早速行くからその人物とやらに会わせろ。その車の中にいるんだろう」
「OK! それじゃー早速ご対面と行きましょうか」
薫が車のドアを開けてると、奥に後部座席に居たのは白いフードをかぶった一人のシスターが座っている。
そのまま亮が隣に座ると、シスターに向かい軽い会釈をした。濡れた服で座席を汚れてもまったく気にしていない。
顔は確認出来ないが、華奢な体格でまっすぐ背筋を伸ばして座っている。
「初めまして、月宮亮といいます」
棒読みに近い言葉で自己紹介を済ませると、シスターの透きとおるような声が響いてきた。
「はじめまして、まず最初に私のご無礼をお許し下さい」
「!? どう言う意味ですか?」
「理由あって名を教える事は出来ませんが、私を見ていただけたら、私の真意を分かってもらえると存じます」
首を傾げる亮に、シスターがフードをめぐり上げると、隠れていた顔が表になった。
「あっ…あなたは?」
「ねっ、兄上。会ってみるだけの価値はあったでしょう」
驚く亮の様子を見て、期待通りの反応が見れたと薫が笑っている。
辰巳の応急処置を終えて救急車が来るまでの間、亮と薫は殆ど無言のまま過ごしていた。
無論、辰巳に関しては応急処置をしただけで、それ以上の事は一切していない。
ベルトコンベア上に拘束された状態で救急車の到着を待っていたが、最初に到着した隊員が倉庫内の惨状を目の当たりするとすぐに警察に通報すると言ってきた。
一応、亮は救急隊員に状況の説明と国家バウンティハンターバッチを示してみたが、事件性が高いと見て通報されてしまった。
薫が少し憤慨な態度を見せて隊員に抗議しようとするが、すぐに亮に止められ半ば強引に外に連れ出した。
嬉しいことにさっきまで降っていた雨は止んでいた。
倉庫脇の外灯近くに停めてあるベンツの場所まで薫が案内すると、そのままボンネットに腰を下ろし細い足を組んだ。
「さて、兄上。公僕が来るまでまだ少し時間があるから少しお話でもしない。こんな暗い場所で若い男女が二人きりっていうのも良いシチュエーションだと思わないかしら」
「男同士た。じゃっかん一名はオカマだけど」
「もう、つれないわね。はいはい、それじゃーこれからどうするの? 次探す相手はいるのかしら?」
「それよりも、何でお前がココにいるんだ。俺はそっちが気になってる。お前は俺に何のようだ」
「およよっ!! 質問を質問で返すとは中々だね兄上。うまく主導権を奪うなんてさすがは我が兄上だ」
「茶化してんじゃねぇよ。早く質問に答えろよ。それよりも、いつぞやの続きをしたいならそれでもいいぞ」
先日、中途半端で終わってしまった続きを求めるかのように、亮がポキポキと指を鳴らす。
慌てて薫が手を上げて見せた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待って待って、兄上少し落ち着いて。この前の事は悪かったわ、謝る謝るから。ねぇっ、少し落ち着いてよ。わたしは話をしたいんだけど、兄上はどうするの? 話聞く気ある?」
「なら話せ。薫お前は一体何の目的で来たんだ?」
「そうね、一言で説明するにはちょっと難しいから順を追って説明するわね」
そう言って薫は人差し指を一本立てた。
「まず最初は兄上と一緒にいた槙村葵につて話すわね。アレは元々ヨーロッパ地方の生まれよ、ある取引によって日本連邦に移譲されたのよ」
「取引?」
「そっ!! 取引よ。でも取引と言っても向こう側に問題があって、半ばこっちに泣きつく感じで要請があったのよ。内容は省くとして、この連邦内で保護されている間連中はアレの能力に注目したの」
「おい、ちょっと待て。『連中』って何だ? だれの事を言ってるんだ」
「もちろん敵の事よ。この前父上に会ったとき教えて貰わはなかったの? 第二次水戦争終結後に組織された非合法組織よ。正直こっちに情報が一切でないのよ、でもね連中がアレの能力の研究をしてるって情報を得たから、協力者を使って連中をあぶり出そうとしたのよ」
「協力者? 俺の前任者か?」
「そうそう、その通りよ兄上。でもね前任者の一ノ瀬が途中で裏切ったのよ。それで父上が急遽一番近くにいた兄上に白羽の矢を立てたのよ」
突如亮の右手が薫の喉を掴んだ。
「う゛ふぅ、あ…兄上…!?」
「そうか、そういう事か。俺の前任者の一ノ瀬は葵をその連中の手から連れ出し、そこでお前たちの目的も知ったんだな。それで一ノ瀬はもしもの時の安全策として葵が俺の所に来るように仕向けたんだな。人をコマのように使って叔父は何を考えている。それならボイスはお前達の仲間だな」
「ボっボイス…何のことよ…それより…兄上、くっ苦しいって…ギブ、ギブだって…こんな状況じゃ…話が、でっできない」
はっと我に返えって亮は手を放した。解放された薫は軽く咳払いをした後、何事もなかったように話を続けた。
「とにかく、私たちにとっては本当に偶然だったのよ。まさか一ノ瀬が兄上の所にアレを託していたなんて、正直父上も驚いていたわ。でもそこで父上は考えたのよ、兄上を再教育する方法を」
「ちょっと待て、それってまさか…」
「そうよ、それがその2よ。敵にアレの情報をリークして回収させようとうしたの。その頃には敵の正体は大体把握できたから、まあ別の問題も片付けたかったし。後は私か他の子たちに回収させれば済むことだからね。監視は退屈だったけど、アレはいい退屈しのぎなったよ」
亮の顔から殺意が現れ、向けられた視線は『殺してやるっ!!』と語っていた。 体中を駆け巡る激昂心に今にも薫を殺さんばかりの勢いだ。
「つまり、お前は…マナ達が襲われるのを知っていたばかりではなく、それを…さも面白おかしく見ていたんだな」
「あっ、地雷踏んじゃった? ゴメンゴメン。でもそれは兄上にだって責任があるんだよ」
「何だと?」
「2年前のあの事件、兄上の夜叉蛇が食い殺したあの女の呪縛まだ縛られてる。あの女さえ来なければ兄上は変わらずに済んだはずなのに、そうすればあんな亜民共を知り合う事もなかった」
「お前―ッ」
ボンネットから腰を上げ、今度は薫の手が亮の口を塞いだ。
「前に言いましたよね。私達は戦争という怪物が産み落としたバケモノなんだと。家族ゴッコのぬるいおママゴトじゃなく、私達が求めるものは殺戮と拷問、血と硝煙、慟哭と砲声そして征服と死のみ。血の山河を渡り死地へと歩みを進める髑髏の戦士、ただ殺す事でしかその存在が許されない戦場の申し子達なのですよ」
そこまで言ったところで、亮が薫の手を振り払った。
「たとえ俺が人の皮をかぶった鬼だとしても!! 俺の中にはアイツ等と過ごして芽生えたこの温ったけえモノがあるんだよ!! これは…アイツ等がくれたこれが、今は何よりも愛おしくさえ思えてならねぇんだよ!! だからこれを否定することは出来ねえんだ!! お前には一生わかるまい」
「ええ、わかりたくないわそんなモノ。第一そんなものがあっても戦場じゃクソの役にも立ちはしないわよ。敵は殺す。ただそれでいい、物事はシンプルが一番よ。今の兄上の姿は鎖で縛られた暴れ牛みたいよ、身動きができなくて苦しんでいる。その姿は哀れにしか見えないわ、だから私たちがその鎖を断ち切って上げようとしたんじゃないの」
「誰もそんな事頼んでないだろう。誰だって勝手に人の家を土足で踏み荒らして、大切な物を壊されたら怒るに決まってるだろう」
「私は、ただ昔の兄上に戻ってきて欲しかっただけよ。昔の兄上は私の憧れだったわ!! 怖いくらい残酷で残忍、冷血に暴威を振るいながら冷静に世界を見て、そして孤高のようで自由な存在だったわ。そんな兄上が今じゃ虫一匹も殺すことが出来ないなんて。ねぇ…これは一体何の冗談なの?」
「昔の俺に憧れるのは勝手だが、俺はもう過去に生きるつもりはない。俺に未来は無いがそれでも現在を生きるつもりだ。そしてアイツ等の明日を一緒に見る、それが俺の生き方だ。それを邪魔するならお前でも容赦しないぞ。俺の生き方に口を挟むな!!」
「過去に生きるつもりはないですって。その過去に囚われて辛い今を生きてるのは何処の誰よ。さっきだって殺人衝動で歓喜なまでに震えてたでしょう、あの時の兄上の笑った顔すごく新鮮だったわよ」
「やめろっ!!」
亮が一括と同時に拳をコンクリート璧に叩きつけた。鈍い音と一緒に壁が凹みヒビが広がる。
そこからしばしの沈黙が続いた後、薫が黙ったままゆっくりと日本刀の鍔を押し上げる。さすがにこれはまずい状況になったと表情が曇っている様子だ。
この状況下ではいつ亮が襲いかかってきもおかしくないと判断しているのだろう。勝つ見込みがなくても、万が一に備えていつでも抜刀できる状態にしている。
首筋から冷や汗が流れると、薫はもう一方の手で指を3つ立てて見せた。
「3つめよ。これが私の目的でもあるの。兄上に是非紹介したい人物がいるから、その人物に会ってほしくて兄上の後を尾行ていたのよ。」
「誰だ? その人物ってのは」
呼吸を整えてから亮は訪ねた。
「私たちの新しいスポンサーよ。今この車中にいるわ」
薫がベンツに顔を向けた時、視界の向こうから甲高いサイレンと赤色灯を回すパトカーが近づいてきた。
「ちぇっ、邪魔が入っちゃった。兄上、すこし騒がしくなるから少し落ち着いたら紹介するわ」
もうすぐ警察がここに着て、事情聴取が行われるだろう。下手をしたら長時間拘束されるおそれがある、とてもじゃないがそんな悠長な時間を大人しく待っている気はなかった。
倉庫の中には麻酔で眠っている霧島がいるはずだ。ここは彼女に任せて亮は退散しようと考えた。
「おい、そんな悠長な事言ってられねぇだろうが。お前の話を聞いて時間を無駄にする所だった。こっちは葵を探す方が先決だ」
「えっ、ちょっと待ってよ兄上。一度会っておいた方がいいわよ。それに私だって―」
薫が慌てて亮の前に出て行く手を塞ぐ。だが、それだけで亮の歩が止まるはずもなかった。
もはや力では止める事が出来ないと思った時、亮のポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。この携帯に掛けてくるのは一人しかいない。
「もしもし」
『例の賞金首で随分と遊んだそうだな』
「何でも知ってるんだな。それだけ優秀な耳を持ってるなら葵の居場所だってもう知ってるんじゃないのか」
『たまたま消防無線を傍受しただけだ。隊員が興奮しながら報告していたよ。でもまあ殺さなかったみたいだな、何かあったのか?』
「お前は俺が奴を殺す事を予想していたのか? それなら期待にそえなくて残念だったな。丁度いい、あんたに頼みがある」
亮は皮肉を込めてボイスに言った。
『ほう、偉くなったもんだな。主導権がどっちにあるのか知らないようだな』
「実は捜査に行き詰った。ある人物を探すのに協力してくれ。あんたなら出来るだろう」
『おい、話をきてるのか? これ以上巻き込むつもりか?』
「PMCの隊員でU2と呼ばれている人間を探してくれ。多分コードネームか何かの略語だと思う。何か意味があってついてるはずだ」
『………………………………そこにいる『紅甲の邪虎』に替われ』
ボイスが薫に替わる事を要求してきたでの、そのまま携帯を薫に手渡した。
「もしもし、どちら様でしょうか? えっ? 誰? はあっ? ………うん、そう言う事ならわかったわ。でもそれ以上は私の判断では無理よ。上の判断を仰がないと無理だから」
最初は電話の相手に戸惑った様子を見せていた。ボイスは『桜の獅子の子供たち』について詳しく知っていたので、亮はてっきり組織の人間だと思っていた。
だが薫はボイスの事を知らない様子だった。
「はい、兄上返すわ」
薫が携帯を返してきた。
「アレは一体誰だ?」
「誰って知らない人よ」
「…おい、その割には随分と親しげに話していたようだけど。それにお前の本当の名前も知っていたぞ」
「? 何言ってんのよ兄上は。向こうは兄上の仲間って言ってたわよ。兄上が危ないから見張っていてくれって頼まれたのよ。あっそうそう、後その場で少し待てとも言ってたよ。すぐに連絡するからって」
上手くはぐらかされたように気になっている所に、警察官が4人亮たちの所にやってきた。案の定職質と身分証明の提示を求めてきたので二人揃ってバウンティハンターバッチを見せた。
最初は疑って見ていた警察官だったが、バッチの確認が取れるとそれまで横柄な態度が変わり軟化し始めた。
やれやれといった感じで亮はこれまでの経緯説明を始めると、間の悪いことにまた雨が降り始めてきた。
コンクリートを激しく叩く音で葵は目を覚ました。薄暗い光景と鼻腔を突くカビ臭さでここは、あの暗い穴蔵だと直感した。
風と一緒に体を撫でるように吹き込んでくる冷気に、一瞬身体が身震いする。自分はここに戻されてしまった、もう二度と外に出ることは出来ない。
そんな考えが頭を過ると、今朝知らない男達に連れ去られ時に見た光景を思い出した。リビングで男が彩音に馬乗りになり顔を殴っていた事。フライパンを持ったマナちゃんが撃たれた事。玄関で仰向けに倒れている蒼崎先生。
一連の事を思い出していくうちに、葵の心の中で彼女たちに対する罪悪感が大きくなっていった。
心の中で何度も『ごめんなさい。ごめんなさい』と繰り返し唱えながら、体を震わせて泣いた。自分のせいで巻き込んでしまった。自分のせいで傷つけてしまった。せっかく仲良くなれた友達にあんな酷いめに合わせてしまった。その後悔に胸が苦しくなる。
何度も嗚咽を繰り返した後、葵は涙をぬぐってから周りを見渡した。
よく見ると何かが違っている。監視カメラも重そうなドアも見当たない。それどころか窓の代わりにビニールが貼られ、壁には手が出るくらいの隙間がいくつもある。
おまけにドアが設置されていなかった。しかも自分が横になっているのはボロボロのソファーの上だ。
よく見えれば見るほどおかしな光景に、葵はまだ自分は戻されいないのではと思い始めた。まだアソコに戻されていないのなら何とか脱出しなければと立ち上がった。
ドア枠から顔を出して様子と伺ってみると、すぐ横に鎧武者が一体立っている。見た目ですぐに人間ではないとわかった葵は、そのまま廊下に出ると鎧武者が気づく前に隣に近づいた。
鎧武者がそれに気づいた時、葵の口が開かれた瞬間だった。
皆さんお久しぶりです。朏 天仁です。先月はこちらの都合で一度しか更新する事ができませんでした。本来なら月2回更新しているはずなのに、読者の皆様にご迷惑をお掛けした事大変申し訳ありませんでした。
今度は、できるだけ月の更新を増やしていけたらと考え、執筆活動を行っていきたいと思います。
どうぞこれからも変わらずご支援の方をよろしくお願い致します。m(__)m