次の一手
静寂と闇が広がる空間に、突如強烈な閃光が灯された。敷かれた冷たい木板の上に、鎖で身体を拘束されたままの男の頭を余すことなく照らしている。
「起きろッ!!!!」
ドスの聞いた声が耳に響くと同時に、顔面に勢いよく冷水を叩き付けられて加嶋辰巳は意識を取り戻した。
「ガハッ…ゴホっ…ゲホ、ゲホ…、何だ…ここは―」
状況を把握するより先に重たい拳が顎を刈った。口腔内に鉄の味と一緒に血が広がると、それと同じ衝撃が二度、三度と続く。
衝撃が続くたびに頭が勢いよく左右に触れる。声が出せず、息もできない。考える暇もなかった。
助けを懇願する間もなく繰り返される拳の応酬に、加嶋辰巳は身を任さるしかできなかった。
やがて、口腔内に溜まった血塊を噴水の用に吹き出し時ようやく拳が止まった。
「……たっ、……助けて―」
溢れ出る吐血と一緒に出た言葉をそこまで言いかけて時、上顎の前歯に何か違和感を辰巳は感じた。そして。
バキッ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――――ッ!!!!」
小さく乾いた音と一緒に辰巳の前歯が折られと悲鳴が上がる。強烈な痛みが脳天に昇り、顎が外れるくらい大きく開いた口から、赤い糸のような細い鮮血が功を描いて吹き出ている。
「やぁ、ひゃめろ…あ゛っあ゛が、あ゛がぁ―」
バキッ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――――ッ!!!!」
今度は抜かれた前歯の隣が躊躇する事なく抜かれた。
「静かにしろ。こっちは依頼主の仕事してんだから、質問も命乞いも今はなしだ。今は叫ぶだけでいい、それにここじゃーどんなに叫んでも誰にも聞こえないぞ。悪党の叫び声ならなおさらだ」
叫声を続ける辰巳の口にまた何かが押し込まれ、流れ続ける流血と唾を喉奥で感じると、反射で激しくムセ込み始めた。
殺される! そう思ったとき、すぐ横から女の声が聞こえてきた。
「そこまでよ。はい、そこまで。少し落ち着いて。ちょっとストップ、ストップだって。あらあら…まったく。このまま血反吐の海で溺死させるき、そしたら尋問ができなくなるでしょう。少し頭を冷やしなさいよ」
横から割り込んできた霧島に対して、鬱陶しい視線を向けたのは月宮亮だった。亮は素手で歯を折っていた。
「俺は冷静だよ副教。そう簡単に痛みでショック死しないように、興奮剤も打ったし。歯を抜いたぐらいじゃー人間は死なないから安心してください。それに歯が無くても会話はできるし、喉を切ったわけでも、舌を抜いたわけでもないから。ちゃんと尋問ができるくらいに調整してますから安心しなよ。それに、人間の身体は思っているほど案外頑丈にできているんだ。知ってるでしょう?」
辰巳の身体に馬乗りになって答えた亮は、怪しげな笑を浮かべ無言のまま3本目の歯を折った。
さっきよりも大きな悲鳴が辺りに轟く。泣きながら言葉にならない声を発しながら辰巳が懇願するも、亮は無慈悲なくらい顔色を変えずに4本目を折った。
その陰惨な光景を見ていた霧島は亮の静かな怒りを感じてた。自分と暮らしている同居人、それも親しい間からの関係を築いている。それが、突然襲われ、凶弾に倒れたのだ。怒らないでいる方が無理に決まっていた。
拷問を続けている亮の横顔を見て、明らかに訓練学校の頃と違っている事に気づいた。訓練学校の亮は相手と戦う時、感情なんてモノを微塵も感じさなかった。冷静に相手の動きをよみ、効率の良い体動で最小の攻撃を最大に生かして戦っていた。そして戦っている間も何か物足りなさを漂わせていた。それは相手が弱いのではなく、状況が経験値以下と掛け離れているからでもない。
ただ単に相手にするでさえ面倒臭い。その一言が顔に出た無関心な表情だった。
だけど、今の亮は。霧島でさハッキリとわかるくらい感情を表していた。不謹慎かも知れないが、それが人間らしいとさえ感じていた。
「もういいでしょう!!」
9本目を折った所で霧島が亮の腕を止めた。さすがにこれ以上続けさせるには無理だった。霧島にとっても。
「そうだな…彩音の分はこれくらいにしとくかな」
「さあっ、尋問を始めるとするか」
L-211を回収した村岡達は今後の行動について検討していた。彼らは建設途中でストップしたビルの最上部を占拠し、臨時の作戦指揮所を設置していた。辺りはすっかり陽が落ち闇ができたことも幸いした。
自分のミスとはいえ、元職場を敵に回してしまったことで遅から早かれ部下達の身辺調査と取り調べが行われるだろう。下手に接触して迷惑を掛けるわけにはいかず、道士の式神達が探索して見つけたこの場所で身を隠すことなった。
雨風をしのぎ人があまり近寄らない場所を探していたのもあり、この場所は村岡にとって好都合だった。念の為法眼が『人払い』の結界の中で一番強力な『人外』という結界を敷いたと言っていたが、村岡には始めて効く術で、それがどれほどの効果があるのかわからなかった。
ここにきて、村岡は今の自分の戦力を冷静に分析しだした。
「お前は一体いくつの式神を持っている? どれくらいの数を操れる?」
「五行法印局が保管している『六坊式神集』に記載される式神は全部備えてある。後は『法眼』の名で受け継がれる『前鬼』と『後鬼』が200体に、僕自身が編み出した『式獣』が70体ぐらいかな。僕はちゃんと数えた事はなかったけど。道士の方が詳しいかもしれないよ」
法眼が牛瓦から奪い取った対陰陽術式の『紅蓮石花』の金剛杵を手元で眺めながら説明するが、法眼には式神の説明よりも金剛杵に注意が向いていて興味深そうに眺めている。
「お前の方はこれで良かったのか?」
「何が?」
「播磨局長を裏切り、逃亡者の側についたりして。これでお前の将来は無くなったも同然だぞ」
「別にどうでもいいよ。僕は姉さんの情報を集める為にあの播磨の言うことを聞いてただけだからさ。あそこにいたって、今まで手がかりすらなかったんだし、これ以上手を貸す義理もないしね」
「タヌキ親父か…ふんっ、違げぇーねぇな」
思はず村岡の口元が緩む。
「それにしても、面白いモノ作ったんだね。戦争は発明の母ってどこかの学者か誰かが言ってたけど、僕達の術力をこんな形に変幻具現化させる道具を作れるなんて、戦争って面白いな」
「…おい、結果だけを見るなよ。戦争は面白くも何とない。ただ苦しく重たいだけだ。戦争を知らないガキがいっちょ前に語ってんじゃねぇよ」
「経験者は語るってやつでしょう。別に僕だって戦争を肯定してるわけじゃないんだよ。言葉の綾だよ。そう熱くなるなってオッサン」
「間違っても面白いなんて言うなよ。これかもだ」
「オッケー、オッケー。それで、今後はするのかな? 一応、切り札は僕たちが持ってるから今のところ優位に立ってはいるけど、向こうだってバカじゃないし、必死になってココを突き止めようとするよ。元軍人さんの意見を僕は聞きたいな」
「俺を誰だと思ってる。舐めてんじゃねぇぞ」
年の功を見せようと虚勢を張ったのはいいが、実際正面から対峙してどれほどの勝算があるのか皆目見当がつかなかった。
法眼と道士の2人が術を使ったとして、1人の力には限度がある。襲撃の一件で法眼が敵に回ったことはすでに播磨局長の耳に届いている頃だろうし、別の陰陽師が支援要員として補充されているに違いない。そうなれば自分を入れた3人の戦力では到底勝ち目はなかった。時間の経過で向こうが準備を整えればその分こっちが不利になっていく。
ここは何か別の力が必要だと村岡は考えていた。中央政府の圧力になるくらいな影響力を持ち、陰陽師達からも独立した機関又は人物の力が必要になる。
解決の糸口が見られず、1人だけ頭を抱え思案顔で悩む込む村岡の耳に、法眼の陽気な鼻歌が聞こえてくる。
この状況を楽しんでいるのか、それとも理解していないのか、どちららにしてもそれは村岡のストレス発生要因の一つには違いなかった。
「おいッ!! 呑気に歌ってねぇで、少しは―」
「法眼様、面白い『符鳩』が届きました」
下の階でL-211を監視していた道士が上がってきた。
「お前、監視はどうした。持ち場を離れるなッ!!」
「ご安心ください村岡殿。ちゃんと監視と戦闘用の式神を配置してますから。それよりも法眼様、嵐山の密教衆が襲撃され関東7大結界の一つが破れたそうです」
「ヘェーそりゃーすごいな。誰が破ったかは興味ないけど、今頃上宮院の連中は大慌てだろうな。いい気味だぜ」
「ちょっと待て、何の結界が破られたんだ。その結界が無いと不味いのか?」
2人は物珍しそうな顔を村岡に向けてみた。
「…なんだよ。そんな顔をするな」
「そうでしたね。村岡殿は私達とは違って何もご存知なかったでしたね。いいでしょう。簡単にご説明致します。オホンっ、日本が『第二次極東』後から日本連邦として独立した時に、陰陽道の陰陽師衆たちが二度と戦火を持ち込ませない目的で、極秘の巨大防護術式を構築させました。主に西日本・東日本の2つに別け、さらにそこから20~30の都市結界を連結させ強大な結界を構築させました。この結界の役目は日本連邦内で発動される外来術式を瞬時に判別し、無力化する事ができるのです。つまり日本連邦内では西洋術式は使用不可になるのです」
「そんなモノがあったのか? 対外とはいえ情報部の俺の耳に入ってないぞ。全然知らされていなかったぞ」
「勿論ですとも、これは防衛上重要な事柄なため上宮院の上位と政府要人のごく一部にしか知らされていない最高クラスの国家機密ですから」
「ちょっと待て!! その結界が破れたって事は、非常に不味くないか。この連邦内で術式が使えるってことだよな」
「だから僕がさっきそう言ったでしょう。今頃、上が大騒ぎだって…やっとオッサンでも理解できたか」
「不味いぞ!! すぐに関係各所に通達して、危機管理センターを立ち上げるように要請しないと。それに緊急出動班を都内重要施設に配備し―」
「おいおい、オッサン落ち着きなよ。オッサンはもう軍人じゃないんだし頭を切り替えなって。それに国内が混乱してくれた方が、僕たちにとって都合が良いはずだろう。まずはこのチャンスを最大限生かさないと」
言われて村岡はハッとした。自分はもう軍人ではないのだ。しかし、長い間国家の主権と国民の生命及び財産を守ることを生業としていた村岡にとっては、骨身に染み込んだ軍人精神を簡単に抜けきる事は出来なかった。
だが、法眼の言葉も一理ある。この状況をどう自分達の優位に持ってこさせるか、一番の正念場を迎えていた。
「その襲撃の内容を詳しく教えてくれないか」
「詳しくと言われても、襲撃を受けて結界が消失。あと一人、五行法印局の身内の生存者が拉致された事ぐらいです」
「おそらく身代金でも要求するつもりだろうけど、見誤ったね。僕の知ってる五行法印局は絶対に交渉なんてしないから。結局利用価値が無いと判断されれば人質は処刑されてるだろうね。ひょっとしてもう処刑されちゃってたりして。ああ、かわいそう~に~ぃ」
次の瞬間、村岡にあるアイディアが浮かんだ。
「それだッ!! それッ!!」
「へぇ!?」
「いい事を思いついだぞ。播磨局長に毒饅頭を食わせてやるのに、いい奴がいたじゃねぇかよ。そうだ、そうだよ。一番いい相手がいるじゃねぇかよ。どうして今まで気がつかなかった。あれが相手なら、これで何とかなるかもしれない。フフフフフ」
「!?…一体どうしたんだ?」
「さあ、私にはわかりかねません」
勝機を見言い出した顔で笑っている村岡を、2人は不思議そうに首を傾げながら眺めていた。
こんにちは、朏天仁です。今回の話いかがだってでしょうか? 最近亮や村岡たちの話だけが進んでしまって、ロメロ神父や薫の話が一向に出てきていないのではと思った方がいると思います。
次回から少しづつそちらの話も進めていく予定になってますので、今後とも変わらいご支援とご声援をお願い致します。
でわ、また次回お会いしましょう(´ー`)/~~




