表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/72

第三の枢軸

 播磨局長の執務室に通された村岡は、すぐに部屋の空気が違うことに気づいた。理由はある程度想像がつくが、それよりも気になるのが奥にいる播磨局長だった。

 普通出世する者は自身の感情を表に出すことは滅多にない。それは感情を出した時点で相手に自分の弱点を与える事になるからだ。弱みを握られた者は相手の弱みを握らなければ、待っているのは傀儡か破滅の二者択一しかない。

 播磨局長も当然それはわかっているハズなのに、何故か感情を隠さず表に出していた。彼は村岡をギッと睨みつけると、唸るような声で訪ねてきた。

「一体どういうつもりだ?」

「はっ!? 一体何の事でしょうか? 何かありましたか?」

 村岡はワザととぼけた態度を見せた。相手が要点を言ってないのにあえてこちらが言う必要はない。もしかしたら別の事を聞いているのかも知れない、それともあえてこちらがボロを出すのを狙っているのかもしれない。だとしらた相当な役者だなと思った。

「とぼけれるな。ワシは貴官にL-211の回収を命じただけだぞ。ワシは記憶喪失か? それ以上の行動を貴官に命じた覚えはないぞ。貴官に与えた権限においては、これは越権行為えっけんこういに値する重罪だぞ」

「ですから、一体なんのことでしょうか? 私は局長に命じられたままL-211の回収任務についていただけですが、その過程において何か局長の経歴に傷をつけるようなことでもしたのでしょうか?」

「ほお、あくまで正当な任務だと言い張るか。もしそうだとしたら相当なものだな、このタヌキめぇ!!」

「局長、私は何故局長がそれほどまで気分を害されているのか理解できません。一体何があったのでしょうか? 局長が何に対してそれほど激怒しているのか理由を教えてください」

 淡々とこたえる村岡に、播磨の口元が幾分緩みだした。 

「ふんっ、部下を失ってワキが甘くなってると思ったが、むしろ鈍っとらんな。感情を上手くコントロールできているのか、それともやっと部下の死に無関心になれたのか」

「…局長、そうやって私の気持ちを掻き乱そうとしても無駄です。本題に移りましょう。それともこんな茶番をするために、私を呼びつけたのですか?」

 キツく罵声を浴びせる事が無駄と判断した播磨は、次に村岡の心情を揺さぶる作戦に出てきた。これには村岡も平静でいられなかった。もし相手が上官でなければ、その首根っこを締め上げ総入れ歯になるほど殴り続けていた。

「局長、何故私を呼んだのですか?」

 村岡は挑むような視線を播磨に向けた。

 播磨はその視線をしばらく見つめると、引き出しから書類関係の束を机に広げた。

「貴官は何をコソコソ嗅ぎ回っている? 組織内で身内を調べる探索屋は嫌われるぞ。ましてや相手が気難しいなら尚更だ」

 広げられた書類には村岡が調べた月宮亮の写真や記録関係があり、そのうちの二枚は一之瀬のアパートで捕まえた黒鉄の赤い十字架(レッド・クロス)の写真と、その彼と亮そして霧島と言う元公安捜査員が写っている写真だった。

 さらにあとから出された写真には、防犯カメラで撮った思われる自分と竹仲の姿も映っていた。写真の日付はあのビルで月宮亮を調べるように依頼した日だった。

「貴官が何を調べていたかはあらかた検討がついている。あれだけ大っぴらに調べれば墓場で眠る死者の耳にも届くもんだ。それで…()()()()()()()()

 やはりバレていた。しかも播磨の最後にいった言葉は捉え方によっては、機密保持(死の選択)も辞さない言葉セリフだった。

 状況は最悪だった。ここで下手に誤魔化せばさらに自分を窮地に陥れる事になる。だが、全部話した所で命の保証がある訳が無い。

 言葉を間違えれば待っているのは死だ。今村岡は難しい舵取りを迫られている。

「局長…、私はあなたの命令でL-211を回収するように命令を受けました。その捜査過程においてl-211を奪取した一条軍曹の検死の最中に、彼が連邦刑務所の囚人の名を借り別人になりすましていた事が判明しました。彼の本当の名前は一之瀬でした。元準バウンティーハンターであり、ハンター協会のデーターも調べてみたのですが、独立サーバーのためデーターは閲覧できませんでしたが、何とか別ルートで彼の住所を見つけ出し監視カメラを使って張り込みをしている最中に現れた人物が『黒鉄の赤い十字架(レッド・クロス)』とこいつ等です」

 村岡は亮の写真を手に取ってから播磨に見せたが、彼は無表情のまま変化を見せなかった。

「それで貴官はそいつを調べたというのか」

「はい、一之瀬の背後関係を調べるは当然ですから」

「何故…っ、まあ、そうだな。だがその前に何故ワシに報告をしなかった」

「局長からは報告に関して何も決めてませんでしたので、ある程度裏取りが終わった後で報告しようと考えてました。それとも、彼を調()()()()()()何か不味い事でもあったのでしょうか?」

「…調べる事は不味くはない」

 播磨の眉が一瞬動いたのを見逃さなかった。

「だが、調べ方に問題があったな。せめて先に報告さえしていれば相手を怒らせずに済んだものを」

「それは私の責任ではありません。私は命じられた捜査を行い、私のあずかり知らぬ所で起こった問題はむしろ局長自身の問題でしょう」

 ここで変に言い訳をするよりも、自分の正当性を相手に思わせておくことで、向こうにも落ち度があった事を認めさせる。

 このまま上手く流れに乗せられれば、ある程度まで傷を浅くする事ができるだろうと考えた。村岡にとって自分を追求するればそっちもタダでは済まないことを思わせた。

「それはそうだな。だが起こってしまった問題を解決させるためには誰かが責任を取らなければならん。このままいけば組織全体が崩壊しかねぬ状況だ」

「局長、大げさすぎますよ。どうして自分たちの組織が亜民一人によって崩壊するんですか? あなたは一体何にそんなに怯えているのです」

「村岡三尉…貴官は数多の戦場を駆け巡り、修羅場の数は伊達ではないだろう。それでも恐怖するものはあるだろう」

「?…はい、それりゃー私も人間ですから、恐いもの一つや二つあります。ですが、それがどうだって言うんですか?」

「ワシはこの世に、無知ほど恐ろしいモノはないと考えている。特に未知の者たち相手ではなおさらだ。わざわざ叩き起こす必要はなかったのだよ」

「何を言っているのですか?」

「貴官もわかっているだろうが、軍規には連帯責任がある。例え個人が犯した罪だろうと、上官にもその責が問われる」

「それなら…局長、あなたにも責任が―」

「いいや、ワシが言ってるのは貴官の事ではない、貴官の部下が犯した責任だよ。元部下であるから本来は個人に取らせるのが一番なのだが……それは貴官も十分承知していることだろう」

「…それは…」

「それにだ。14名もの部下を死なせてしまった責任もある」

「ですが、それは…ちゃんとL-211を確保したことでー」

「L-211を確保したのは亡霊犬ナイトウルフだ。貴官の部下ではないぞ。もっと詳細に言えば、ワシは貴官の尻拭いをしただけだ。貴官の無能さには目に余る。今回の件に対して軍法会議に値する負うべき責任があるの間違いない」

「組織を守るために私一人を吊るし上げるおつもりですか? 私はこれまで国のために自分の青春を捧げ、血を流し国土を守ってきました。こんな言いがかりに似た事で私の軍人としての気質までも否定するおつもりですか」

 播磨は彼の言葉にまったく聞く耳を持たないまま、黙って引き出しを開けると中から拳銃を取り出した。

「では、軍人らしくワシが死に場所を与えてやろう」

「局長、あなたは…そこまでしてー」

 彼の言葉を遮るように乾いた銃声が1発響くと、グリーンの絨毯じゅうたんに村岡が倒れた。額に空いた穴からトクトクと鮮血が溢れ出しながら、絨毯が真っ赤に染まっていく。

 倒れた彼の亡骸に対して形式的な敬礼を済ませると、播磨は一言だけ呟いた。

「ご苦労、貴官の名誉は保ってやる。眠れ」

 その言葉に罪悪感など微塵も感じられなかった。


 丁度その頃、同じビルの屋上では五芒星の中心に桶が置いてあり、その中の溜水に室内の映像が映り込み播磨が村岡を射殺した光景を一部始終を見ている者たちがいた。

「簡易的とはいえ思ってた以上によく見えるんだなこの六壬式水盤りくじんきょくすいばんは、それにしても飼い主に捨てられたね、どうだい野良犬になった気分は?」

法眼ほうげん様、いくらなんでもそのような言い方は失礼かと思います。特に村岡殿にたいして犬呼ばわりなど」

「失礼だって!? 道士どうし僕はありのままを言ってるだけだぞ」

 そこにいたのは、今回のL-211回収にあたって播磨局長から後方支援要員として呼ばれた陰陽師、源洲裏陰陽道十三家げんしゅううらおんみょうどうじゅうさんけの一つ、冴鬼家第39代当主冴鬼法眼(さえきほうげん)とのその道士だった。法眼と道士は相変わらずいつもの制服とスーツを着ている。そしてもう一人隣で桶の映像を眺めているのは、

「そうだろうオジさん」

「ああ…その通りだ。俺達が国家の犬であることは確かだ。それは否定する気はない。だが、自分でも不思議と落ち着いているのに驚いているよ。数多の戦場で仲間達を見捨ててきた事もあったし、自分がまともな死に方なんてしないと思っていたさ、それを思えばトカゲの尻尾切りにされても致し方ない事だ」

「何それ、いいように生贄にされて納得しちゃっんだよ。自己犠牲に美徳なんて持っちゃってるから、そんな面倒臭ぇ生き方してんだよ。自分の命を他人に利用されてそれを良しとしちゃんだから、僕には一生わからない考え片だな」

「守るものがあれば、人は誰でも命を捨てることができる」

「それじゃーさ、守りたい人を奪われた人はどうなるの? 自分の命をどう使えばいいと思う」

「それは俺に聞いてるのか? 次に守るものを見つければいいだけだ」

「それで納得できるんだ。理不尽に奪われたのに、それで自分を納得できるんだね。へぇーすごいね軍人さんは。僕はそんなのできないねぇ、奪った奴を見つけて、そいつ自身に同じ思いをさせながら生き地獄を味わせてやらないと気がすまないね」

「法眼様、少し落ち着いて下さい。村岡殿もそうムキにならず少し落ち着いて。まずは我々に何か言うべきことがあるのではないでしょうか」

 道士の僅かに見開いた目が村岡を注視する。

 なぜ3人がここにいるのかと言うと、ほんの10分ほど前に逆上る。秘書と一緒にエレベーターに乗っていると、突然停車し扉が開いた。

 開くと同時に道士が飛ばした御札が秘書の額に張り付きその場に座り込んだ。一瞬驚いた村岡だったが、さらに驚く光景が目に飛び込んで来た。道士の後ろから自分が現れたのだ。

「村岡殿詳しい話は抜きに、こちら側に来ていただきたい。変わりにこれを村岡殿の変わりとしていかせますので」

 そこで、村岡は入れ替わり偽の自分は播磨の部屋へと向かっていったのだ。

「そうだな、助かったのは事実だ。感謝する。それよりもあれ一体なんだ」

「法眼様が即席でお創りになられた土人つちびとです。事が急だったので説明できませんでしたが」

「土人? 馬鹿を言え、あれがか!? 俺が以前見たのは完全な土人形だったぞ」

「それはただの陰陽師が造った土人だよ。僕ほどの陰陽師になれば人の目を誤魔化すくらいの精巧な土人くらい雑作ぞうさもないよ」

 法眼が勝ち誇ったようなドヤ顔を村岡に向けた。

「言葉にはならんよ。あれ程精巧とはな」

「でも、即席だったからね。形を保てるのに30分弱が限界だった。あのまま長引けば危なかったし、僕としてはおじさんがこのまま死んだ事になってくれるほうが都合がいいしね」

「取り敢えず助かったよ」

「…勘違いするなよオッサン!!」

 さっきと違って法眼の口調が鋭く変化した。

「僕はね、例えおじさんが官位をもらっていたとしても助けなかったよ。おじさんを助けたのは僕にとって有益になるからだよ。わかる?」

 法眼の言葉に村岡は首を傾げて見せた。

「どう言う意味だ?」

冴鬼希さえきのぞみ

 その言葉で村岡は理解した。

「ひょっとしてお前の身内の者だったのか?」

「そうだよ。冴鬼希は僕の姉だ。このビルも含めて僕が出向くところは『聴伝心』の式神を無数散りばめているから、姉の名前が出た時点で直に僕の耳に入るのさ。もちろんおじさん達のいた部屋にもいたけどね。やっと掴んだ姉さんの手がかりの糸をここで断つわけにはいかなかったのさ、だからおじさんを助けたんだよ」

 法眼が村岡を助けた理由はそれだけだった。自分の務めよりも姉を探し出す事を優先する。家族ならそれは当然だが、村岡には法眼の性格上それだけではないのではと疑念を感じていた。

「そうか、どんな形であれ助けられたのは間違いないな。それで今後どうするつもりだ?」

「それは村岡殿次第ですよ」

「何!?」

「当然だろう、情報はそっちが持ってるんだ。僕たちはおじさんに付いていくだけだよ。おじさんはこれからどうするのさ? まさかこのまま雲隠れでもする気なの?」

 考えもしていなかった。もう自分が組織から離れ単身でいることから自分がこれからどうすのか、その選択に迫われていたことに。

 村岡は腕を組んでしばらく頭を整理し始めた。そしてこれまでの事を考えるなかで、この事件の中心にあるL-211に行き着いたとき結論が出た。

「播磨の手に渡る前に『L-211』を回収する。お前の姉とどう言う関係があるかまだハッキリしていないが、あれを使ってお前の姉について何か知っている人物かもしくはその組織の人間と交渉する材料になるだろうしな」

「いいね、じゃあ早速行くとしようか。道士『風鳳ふうおう』の式神を出してくよ」

「かしこまりました」

 法眼が腰を上げて、道士が空字を切るとそこに風の渦が発生した。渦はやがて像ほどの大きささの怪鳥かいちょうへと変わり3人を乗せようと身をかがめた。

「よし行くよ!!」

「おっおい…ちょっと待て」

「何?」

「このまま3人だけで行くつもりか? L-211を護衛している連中はそこいらの兵士じゃねんだぞ。対魔術の高いレベルを受けてる特殊部隊だ。強力な術殺用の武装を持ってるんだぞ、まずは装備を揃えるのが先だ」

 その村岡の力説を聞いて法眼と道士は思わず吹き出した。

「アッハハハハハハッ!! ねえ、それ本気で言ってんのか? だとしたら相当おめでたいね」

「そうですとも村岡殿。いやしくもこちらにおられるのは『法眼』の名を継承した陰陽師ですよ。その名が伊達じゃないのをしかとその目でご覧下さい」

「バカみたいな事いってないで、早く乗りなよ」

 2人に促されるまま、村岡は慣れない足取りで渦の鳥の背に股がった。3人が乗るとすぐに急上昇を始めると、今後は狙いを定めように一直線に前方に飛び始めた。

 この瞬間まで村岡はこの2人の力を過小評価していた事にまだ気づいていなかった。上宮院で継承される『法眼』と言う名の意味と、それを持つ陰陽師の能力がいかに人外を超えた存在なのかを、この時はまだ知りもしなかった。

 

こんにちは、朏天仁です。まず最初に前回あとがきに次回も亮の話になるとお伝えしましたが、訂正します。

今回の話いかがだったでしょうか、直ぐに話の展開が早くなると自分でも思っていましたが、予想以上にマンネリ化が進行していまい軌道修正に四苦八苦してをります。

 読者の皆様には何卒ご理解のほど変わらぬ応援をお願いしたします。m(__)m

それでは皆様次回お会いしましょう!!( ´ ▽ ` )ノ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ