東方の使者
一機の旅客機が、極東ロシア上空の高度12000メートルを飛行している。下方にいつくもの小さな塊状の雲片に、ひつじ雲の群れが空平線の遥向こうまで続いている。それはまるで雲の絨毯といえるだろう。
その上をジェットエンジン音を轟かせながら飛行し、照りつける太陽光に機体を光られる中型機は、ルーマニア王国所属の政府専用機だ。尾翼部分に国旗が刻まれ、その下には『北米幻魔導師団』のシンボルマークである『生命の樹』も一緒にあった。
中型機の客席には2人の乗客しかいない。一人は黒装束の神服を着た神父と、もう一人は群青色のローブに同色のフードを頭からスッポリと被ったシスターが座っている。
「ロメロ神父。あと、どれくらいなのでしょうか?」
シスターが深く被ったフードから唯一見える口元を動かし、隣に座っている神父に話しかけた。
「そうですね、あと約1時間半程です。心中心配なのはわかりますが、どうか気を落ち着かせて下さい。日本の大使館には、すでに先遣隊が動いております。我々が到着する頃には『クルージュの奇跡』は無事回収できているでしょう」
落ち着いた様子で語りかけるこの神父の名は、フレデリック・J・ロメリオロ神父だ。信者の間ではロメロ神父と呼ばれている。オールバックの長い白髪を綺麗に後ろで留め、革手袋をした手には英文で『Torture history in the world 《世界の拷問史》』と書かれた本を読んでいる。細く長い脚を綺麗に組んで座る姿は、気品を重ねた英国紳士のようにも見える。
「わかっております。ですが、王室を守るためとはいえ、わたくしはただ・・・身の安全を思ってしたことが、あの子をさらに危険な場所に置いてしまいました。わたくしは・・・」
「何をおっしゃいますか、あなたは多くの時間を悩み苦しみぬいたのですよ。その結果を誰が責めされるでしょうか。あたは正しい事をしました。神もあなたの決断を正しかったとおっしゃるはずです」
「ですが・・・」
読んでいた本を閉じ、ロメロ神父はシスターの肩に手を乗せた。
「もう一度言います。あなたに咎はありあません。むしろ、咎を受けるべきは厚かましくも我らの神聖領域を勝手に犯した極東のサルどもです。奴らこそ本来咎を受けるべきなのです。我らの聖域を汚した野蛮なサルどもにすこし躾が必要なのです。この世界の主人が誰なのかをしっかり教えてやらなければ。そのために今回は、ジャロック枢機卿から聖痕解除の特例を受けたのです」
ロメロ神父の口元が僅かに動き笑を見せる。
「ロメロ神父。念のため訪ねますが、わたくしが王室を出る前に言ったことをお忘れでわありませんでしょうね?」
「勿論ですとも。聖痕解除はあくまでもあなた様の安全を守る為、想定外の事態に対処するためです。ジャロック枢機卿からも再三にわたり仰せつかっております。ご安心ください」
「それなら良いのです。『北米幻魔導師団』出身のあなたは、王室内でも黒い噂は絶えませんでしたから、でもその言葉遣いは?」
「わたしの言葉使いに少しご不満がお有りでしょうが、ご心配なく。わたしも十分気お付けておりますが、なにぶん、この国とは昔いろいろ有りまして、その名残と思って下さい」
「わかりました。わたくしもあなたの事を少し疑ってしまいました。今後は少しあなたの見方を変えましょう」
そう言うと、シスターは胸元で十字をきる。と、同時に機内アナウンスが流れ始めた。
『本日は当機をご利用頂きありがとうございます。現在目的地である日本の天候が悪化してるため、当機はこのまま待機飛行にはいります。尚、天候改善の知らせが管制塔から入り次第日本連邦へ入国いたします。御手数ですがもうしばらくお待ち下さい』
天候悪化の機内アナウンスを聴き終えると、シスターは組んだ手を胸元に押しあてた。
「主よ、どうかわたくし達を無事に目的地へと辿りつかせて下さい」
「ちょうどいい機会です。向こうにつく前に、この聖痕の力を試してみましょう」
そう言ってロメロ神父は革手袋を外すと、両手の手背部にできた丸い痕が姿を見せる。
それはちょうどキリストが十字架に貼り付けにされた位置でもある。
ルーマニア宮殿聖十字近衛師団に所属する、ごく限らえた司祭クラスにしか許されない聖痕解除術式。キリストが受けた5つの受難を自らの体に代理受難させる事で、あらゆる奇跡を起こすことができる最上級術式である。近衛師団の師団長でさせ3つまでの受難しか受けておらず、5つ全ての受難を受けたものはキリストの再来と言われている。
ロメロ神父の受けた受難は、その中で一番低い受難を受けていた。
「ロメロ神父、勝手に聖痕を使用することは―」
「勝手ではありませ、我々の任務が滞りなく進むために使うのですよ。問題はありません。ここで時間を無駄にするわけにはいかないのですよ」
ロメロ神父の言葉に、シスターは返事を返さずに顔を伏せる。
「でわ。主よ、われらの子供の達の前に生い茂る茨の森に風を、そして水が集まり我らの船に光道を示し下さい。私は私の血と肉を持って、主の祭壇へとその身を捧げ賜ります」
ロメロ神父の祈りが終わると、両手の手背部の痕が赤く光り、血の雫が一線を引きなが床に落ちる。
「うぐぅ」
軽いうめき声が漏れると、ロメロ神父の額に無数の汗がにじみ出て、口唇を一文字に引きながら顔をひきつらせている。
「・・・ロメロ神父?」
心配したシスターが声を掛けると、直ぐに返事が返ってきた。
「大丈夫です。はぁ、はぁ、代理受難がこれほどとはさすがに思っていませんでした。ですが、耐えらぬ程の苦痛でわありません。すぐに慣れるでしょう」
「そうですか。それで、何をしたのですか?」
「すぐにわかりますよ」
それだけ言うと、ロメロ神父は大きく深呼吸を行い窓の外へと目を向けた。
『えー、ご搭乗されているお客様にご連絡します』
すぐにまた機内アナウンスが流れ始めた。
『成田空港管制室から天候改善の連絡が入りました。つきましては当機は予定通り日本連邦へと向かいます。もうしばらくお待ち下さいますよう、よろしくお願い致します。繰り返し連絡いたし―』
天候改善のアナウンスが流れるなか、一人外を眺めているロメロ神父は、誰にも聞こえぬ程度の声で囁いた。
「・・・戻ってきたぞ! 日本人共め!」
前回の投稿からかなり時間を掛けてしまってすみません。
それと、前話のあとがきを読まれた方は気づいたかもしませんが、ゴメンなさい。都合により『たんぽぽ』の家族の話は次回に移させてもらいました。m(_ _)m
予定が狂いすぎだろ!!(#゜Д゜) Σ(゜д゜lll)うぅっ・・・
今後もなんとか時間を見つけて投稿を続けていきたいと思います。多分最低でも月一投稿にはなると思います。
最後にここまで読んでくれました読者のあたに感謝を送りたいと思います。
今後も宜しくお願い致します。[^ェ^]