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人間の証明

 先程までの晴天から急に雲行きが怪しくなり始めると、雲の間から轟く雷鳴とスコールのよいな夕立が町を襲った。

 走行中の車のワイパーを全開に動かしていても、フロントガラスに叩きつける豪雨に対処する事ができない状況だ。

 そんな豪雨降りしきる市民病院の駐車場に、一台の車が水しぶきを上げながら颯爽と進入してきた。赤い高級スポーツカーで後ろのバックドア部分が大きく凹んだSR車だ。運転するのはもちろん霧島だ。地面に溜まった水たまりにタイヤが取られてスリップを繰り返すが、そこを高度な運転テクニックで操作しながら車を病院入口に付け終えた。

 車の停車と当時に助手席ドアが勢いよく開くと、亮が飛び出し病院内に駆け込んでいった。

「すみません!! マナはっ!! 星村マナはどこですかぁ!! ここに運ばれたって聞いたんですが!!」

 周りの目など一切気にせず、受付事務員の女性に大声で訪ねた。少しでも冷静に話そうとするが、高まった感情が声に混ざり無意識に強調されてしまう。

「あの、落ちていて下さい・・・えっと・・・どちら様でしょうか? もう一度話してもらえませんか?」

「星村マナがここに運ばれったて聞いたんだ!! 今どんな状況なんだ? 無事なのか? どうなんだ? どこにいるんだ?」

「ちょっ、ちょっと待ってください。少し…落ち着いて下さい。あなたは…どなたですか?」

「俺は月宮亮!! たんぽぽに入所してる亜民です。ここに…あの、ここに星村マナと他に彩音や楓も運ばれてるはずなんだ。どこにいるんですか?」

「はぁ? 亜民!? …ちょっと待ちなさいッ!! 今調べるからッ!!」

 少し怯えた表情の事務員だったが、亮が亜民とわかると急に態度が横柄おうへいに変わった。面倒臭そうに搬送記録の氏名欄を指でなぞりながら探し始める。

「星村……星村……星村……、見当たないわねぇー、ホントにこっちに搬送されてるの?」

「…はい。間違いないはずです」

「でもねぇー、名前が見当たんないのよ。そもそもここは市民病院よ。紹介状もないのに亜民が来れるわけないでしょう。ひょっとして緊急搬送されたけどすぐに別の病院に搬送されたんじゃないの? そもそもここには亜民の患者なんて入ってないからさ、きっとそうなのよ」

 そんな筈はなかった。この病院の亜民患者は少ないがちゃんといるし、亮の知っている荻野もここに入院している。明らかにこの事務員は適当なことを言って亮をあしらをうとしているのが見て取れた。

 苛立つ気持ちを抑えながら、もう一度尋ねる。

「いいえ、ここにちゃんといるはずなんです。もっとちゃんと見て下さい!!」

「でもねー………うん、やっぱりいないわぁ。後で確認しておくから、少しそこのイスにでも掛けて待ってなさいよ。それともまた来る?」

「オ゛イっ!!」

 亮が一括すると、一瞬で場の空気か静まった。周りの視線が一斉に亮の方へ向けられる。

「あの……あっ、あの………」

 鋭い視線で睨まれてる事務員は驚いた顔のまま硬直していた。震えながら声を発するが上手く言葉が出てこない。

 その様子を見ていた他の事務員達も亮から感じられる、暗く冷たい空気を感じて近づことができずに、ただ見ている事しかできなかった。

「あ………あっうあ………あぅああ……」

 恐怖に飲み込まれたまま完全に自分を見失った事務員に向かって、亮がゆっくりと腕を伸ばす。

「ひぃっ」

 引きつった顔で目をギュッとつむると、小さく悲鳴を上げた。殺される、恐らく彼女はそう思っただろう。自分に伸ばされた腕が細い首を掴み締め上げる。数秒後には自分は床に倒れたまま冷たくなっていく死体になる。

 走馬灯に似た思考が瞬時に頭を駆け巡ったが、亮の手は彼女の首ではなく、さらにその下になる記録台帳に届くと、掴み上げた。

 無言のままページをめくり、記録台帳の記録を確認しだした。ここ数日間の搬送患者記録や入院患者記録等の多くの個人情報が記載されているのため、普通ならすぐに注意をして返却を促すか、警備員を呼んで対象しなければならない。だが、今の亮に何かいうものなら間違いなく無事ではすまいだろう。その場にいる皆もそう察した。

「確かに、いないな。オイっ、これはどう言う事だ!! なぜいないんだ?」

「しっ、知りませんよ…だから…ホントにいないって言いましたよ…わたし…」

「黙れ!! ここに運ばれたのは間違いねぇんだよ。何故ここに無い。もう一度言うぞ、星村マナだ。ほ・し・む・ら・ま・な・っだぁ!! 本当に知らねぇなら、知ってる奴を連れてこい!! 今すぐぅ!!」

 念を押すように亮の視線がさらに鋭く変わると、瞳の奥から殺意のようなドス黒く光るとそこに蒼白に怯える事務員が映り込む。

「わたし、わっ…わたし…」

 もう話ができる状態ではなかった。パニック寸前な彼女は今にも泣き出しそうな顔のまま周りの同僚に視線を送る。

 だが向けらた同僚たちも触らぬ神に祟りなしといった感じでに皆視線をそらしていく。

 それを見た亮が乱暴に台帳を閉じると、一番奥でメガネを掛けた男性に、クイっクイっと指で来るように合図を送った。

 間違いになく彼がこの事務の責任者だろう。手っ取り早く彼に聞いたほうが早いと考えた亮だったが、先程までの状況を見ていた彼は、気づかないフリをして目を泳がせている。

 さすがにその様子に怒りを覚え、呼びつけようと口を開けた瞬間。後ろから肩を叩かれた。

 振り返るとそこには白衣を着た医者が立っていた。どこかで見覚えがある顔その医者は口元に人差し指を立て告げた。

「静かにしたまえ、ここは病院だ。周りよく見なさい、普通に患者さんだっているんだよ。これ以上騒ぐと出て行ってもらうよ」

「こっちだって騒ぎたくないよ。だけど、そっちにも問題がないわけじゃないだろう。妹達が確かにここに運ばれたのに、どうして記録が無いんだよ。ここに運ばれたのは間違いなはずなんだ!! 絶対ここいるはずなんだよ!!」

「わかってる。わかってるから」

「何がわかってるんだよ。あんたも調子のいいこと言ってんじゃねぇぞ!!」

「たんぽぽの子達だろう。蒼崎のっ!! ちゃんとわかってるから落ち着け。君が亮くんか? 今3人の処置が終わった所だ」

「えっ…あっ、はい…!?」

 この時、亮は思い出した。この医師はこの前蒼崎先生が荻野美花の紹介状を書きに来た時にいた医師だ。あの時は遠目だった為若い研修医ぽく見えていたが、実際近くで見ると蒼崎先生よりも年がいった感じだ。

 白衣に付けたネームプレートには『第二外科部長 佐々木修平』と書かれていた。

「話しながら事情を説明するから、付いてきなさい」

 佐々木は奥に指を向けると、そのまま歩き始めた。その後を亮も追う。

 長い廊下のサイドには様々な診察室の入口があるが、丁度午前の診察が終了していて入口付近にある長椅子に座っている人は見られなかった。

 その静かな中を歩いている内に佐々木が聞いてきた。

「どうして搬送記録に名前がないのか聞いてきたけども、それにはちゃんと理由があってね。事件性が高いと判断して載せなかっただよ。なんせ銃創じゅうそう患者なんてあの戦争以来だったからね。警察からも状況がわかるまでは伏せるようにと要請があったしね」

「銃創!?」

「そうだ。それだけじゃなくて、他にも問題があってね。正直こっちでも手が出せない状況なんだよ。アレは一体何なのか皆目見当がつかないしね」

「どういうことですが? 一体何があったんですか?」

 銃創と言う単語の他に、アレと含みがある事を聞いた亮はこれはただの事件では無いと直感した。否、これまでの事を考れば説明がつかない事があってもおかしくはないはずだ。

 それよりもまず皆の容態を知りたかった。

「先生。みんなの状態はどうなんでしょうか?」

 亮が尋ねると、佐々木は歩みを止めた。そして隣の処置室のドアを親指でさした。

「自分の目で確かめてみろ。ほら、中にいるから」

 亮がドアの取っ手に手を掛けて引くと、だれかのすすり泣く声が耳に入ってきた。診察のカーテンが壁になっていて、それを避けならが中を進んでいく。

 奥の診察用のベットの上で腰掛ける3人を見つけた。蒼崎先生を真ん中にして、その両脇に彩音と楓がいた。首に包帯を巻いた蒼崎が二人の肩を抱きかかえている。聞こえていた泣き声の正体は楓だった。楓が蒼崎の肩に頭をつけて泣いていた。

 彩音にいたっては何故か毛布を被った状態で、出ている顔の目元が殴られたように腫れ上がり、口元が切れて瘡蓋かさぶたになっていた。

「…先生」

「…亮くん」

 振り向いた蒼崎の顔は今朝見たときよりも一気に10歳くらい老けた感じに傷悴しょうすいしきっていた。 

「何があったんですか?」

「亮君…わたし……わたしねっ……」

 何とかして亮に説明しようとしても、言葉が出てこない。いつも明るく元気一杯でみんなと接している蒼崎が、普段見せたことが無い哀しい顔でガタガタと肩を震わせていた。

「わたし、何も…何も覚えてないの……ドアを開けて、気づいたら救急車の中だったの」

「覚えてないってどういう意味ですか?」

「亮お兄ちゃん、先生…ほんとに何も知らないの……あいつが入ってきたとき…先生は…玄関で倒れてたの、だから本当に知らないの……」

 対人恐怖症の楓が、精一杯の声で亮にこれまでの経緯いきさつを説明しだした。

 楓の説明では、今朝の朝食を食べ終わった楓が部屋に戻って絵の続きを描いていると、玄関のチャイムが鳴り出したという。

 そのすぐ後に大きな音と一緒に蒼崎の声が聞こえると、誰かが家に上がってくる足音が聞こえたとういう。少ししてからマナか彩音の悲鳴が聞こえてきて、恐怖を感じた楓は部屋から出ることが出来ずにいた。

 下の方からさらに皿が割れる音や物が激しく落ちる音が続き、勇気を出し恐る恐る下の様子を見に行った楓は、階段のところで紺の服とフェイスマスクをした男が嫌がる葵を連れ去って行くのを見たいう。

 慌てて居間に行くと、そこには『マナ! マナ!』と叫ぶ彩音と、壁に寄りかかり自分の胸を押さえているマナがいた。

 顔面蒼白のまま押さえている手の下から、着物に血の染みが広がりながらも、マナは『大丈夫…だよ、マナ…撃たれてないよ…さむいだけ…すこし…』と言って意識を無くしたという。

 その後は、楓がマナの傷口を押さえつけいる間、彩音が救急車を呼んで、今の状況になったというわけだ。

 楓の話を聞いた亮はすぐに彩音に詰め寄る。

「彩音!! 何があった? だれが葵をさらっていった? 入ってきた人数は? 男の特徴は? どうしてマナが撃たれたんだ? 男は何か言ってたか? どうなんだぁ、教えろ彩音!!」

 亮が彩音の両肩を掴むと同時に、彩音が物凄い力で暴れその腕を振りほどいた。

 まるで亮を敵と思うかのように、力一杯に腕を振り回して嫌がる。

「亮くん、落ち着いて。彩音が怖がっているから、ねっ…少し落ち着こうよ」

 その言葉に亮は2・3歩後ろに下がって大きく深呼吸をして気持ちを静めると、もう一度彩音に尋ねた。今度は彩音を怖がらせないように、ゆっくりとした言葉で尋ねる。

「彩音、居間で何があったんだ? 覚えているだけでいい…話してくれないか?」

 しかし、彩音はうつむいたまま何も話そうとしなかった。その目にはショックからか涙がにじんでいた。

 亮はこれ以上に聞いても、彩音が落ち着くまでは無駄だと思い聞くのを諦めた。それよりも一番知りたい事があった。

「あの、マナは? マナはどこですか?」

「亮君…落ち着いて聞いてね。マナちゃん…ダメかも…しれないの…撃たれた銃弾が左の肺を貫通して、心臓の大動脈の血管に埋まる形で止まっていたらしくて…それよりも手術ができないのよ。その弾に問題があるみたいで、今は集中治療室(ICU)にいるわ」

 それを聞いたとたん、亮は一瞬呼吸が停まった。まるで誰かに自分の心臓をおもいっきり握られた感じで、呼吸だけでなく思考も感覚さえも止まり、自分が何者でなぜここにいるのかも考えられず、部屋を漂う微風や温度さえも感じる感覚さえ失くなった。体内時計が止まったままその場で立ち尽くすしか出来なかった。

「…ぅ…嘘ですよね? そんなバカなこと…あるわけないじゃないですか? ははっ…やだな先生、少しオーバーですよ。マナがダメなわけ…なっなっ…なぅ、ないじゃないですか…信じませんよ俺…俺は、こっ…この目で見るまでは、絶対に信じませんから。マナがいるICUはどこですか? ちゃんと見えてきますから」

 これは何かの冗談か、それとも悪い夢なのか。そうあって欲しいと願ってもコレは現実だった。残酷なくらい酷い現実だった。


 佐々木先生に案内されて着いたICUで亮はさらなる現実と直面した。

 ICUの壁ガラスから佐々木先生が指し示した方に目を向けると。亮の目に写ってきたのは、白いベット上で鼻からチューブが入り、口から挿管された管を呼吸器につながれた顔。病衣の脇には排液用の胸腔ドレーンが、体内から排出した血液や体液をベッドの柵にある排液パックに溜めている。細い腕から何本もの点滴の針が刺さり、点滴ラインの他に輸血パック(RCC-RL)のラインが確保され、点滴筒の中を早い速度で輸血がちている。

 ベッド脇にある生命維持装置と心拍モニターからは、マナの心電図と機械的な電子音が規則的に響いている。体中に管を入れられた状態で、何とか命をつなぎとめているマナの姿を見た亮は、さらにショックを受けた。

「マナ……マナ……」

 ガラスに手を当てマナの名を呼ぶ亮の心は、なぜあの時『たんぽぽ』に残らなかったのか、残っていればマナや葵や皆を守れたはずなのに、なぜもっと注意しなかった。なぜもっとあの警告を真剣に聞かなかった。なぜ一緒にいてやれなかった。後悔と自責の念で今にも気が狂いそうだった。

 ほんの数時間前まで一緒に朝食を食べていたマナが今、生死の境をさ迷っている状況で以前薫が言った言葉が蘇る。

『兄上、私達は人間ではないのですよ』

『私達は純粋なバケモノなの。戦争と言う怪物が産み落としたバケモノなんですよ』

『やれやれ、兄上はあの人間達と一緒に暮らしておかしくなったんですか? 人とバケモノが一緒に暮らせるわけないじゃないですか』

『いつの時代もバケモノは最悪を呼ぶのよ、そう決まってるの!』

『そして一緒にいる人間に必ず不幸をもたらすの』

『そんなにニセモノの家族がいいの?』

『私たち『桜の獅子の子供達』の中で、一番親獅子に近いと言われた若獅子様が『亜民』ですって、いい加減目ぇ覚ませやぁ!』

「うっ…ぅ…マナ……ごめんっ…………………ごめんな…………うっ………………マナ…っごめん…」

 亮はこみ上げてくる感情に耐え切れなくなり、力なくその場に膝をついた。

 張り裂けそうな感情に胸元のシャツを掴み歯を食いしばると、自分がいかに愚かだったかを知った。人間になりたいと思っても運命からは逃れられない。、改めて自分はバケモノだったと認めると、初めて亮の瞳から熱い雫が頬を伝ってポタポタと床に落ちる。

「また………………………………守れなかったよ……母さん、マナ…ごめん、うぐぅ・・うっうっうあぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあぁあ゛あ゛あぁぁぁぁあ゛ぁぁぁ」

 亮は泣いた。バケモノである自分を呪いながら大声で泣き崩れた。込み上げてくる感情に今は泣くことしか出来なかった。それはマナ達との共同生活の中ではぐくまれて生まれた人間の証だった。

 静かな廊下に亮の慟哭どうこくから流れ続ける人間の証が止まることはなかった。

皆さんこんにちは、今日でスティグマ~たんぽぽの子供たち~は46話を達成しました。正直ここまで続くとは思ってもみませんでした(^_^;)

番外編もスタートして正直どなるかと思いますたが、今のとろこは順調に進んできてます。

さて、今回の話はいかがでしたでしょうか? 早く続きが気になると思いますが、次回は番外編を予定します。

 読者の皆さん、ここまで本当にありがとうございますm(__)mあと、読み終わったら最後下のある『小説家になろう勝手にランキング』のバナーをクリックしていただけると嬉しいです( ´ ▽ ` )

 それでは皆さん次回またお会いしましょう。(´ー`)/~~

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