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交渉決裂

 西陽を照らす太陽が山間に沈み、夏の夜空によい明星みょうじょうが輝き始めた頃、たんぽぽの駐車場に蒼崎が運転する車が戻ってきた。

 先に降りた蒼崎が背筋を伸ばして葵が座る側のドアを開けた。

「さあ、着いたはよお二人さん。もうマナちゃん達は戻ってきてるはずだけど、二人とも大人く待っててくれてるかしらね、少し遅くなったちゃったみたいだけど。彩音が変な事してなければいいんだけどね」

「楓がいるから大丈夫だと思いますよ」

「あれ、楓ちゃんが残ってること何で亮君が知ってるの? 私言ったかしら?」

 うっかり口が滑ってしまった。本当なら楓は支援学校に行ってるはずだったが、ボイスと電話の中で理由はハッキリしてなかったが、楓がたんぽぽ()に戻っていると教えられていた。

「えっ、あっ・・・おっーって、ほら先生が駐車場に入る時、楓の部屋の電気が点いてのが見えたらから・・・」

「えっ、何だ。そうだったんだ、そうだよね。それよりも先生葵ちゃんを連れて行くから、亮君先に行って玄関を開けて来て」

 後部座席に座ったままの葵はまだ顔色が悪かった。一応点滴が終わってから再び医師に診てもらい帰宅指示が出された。本当は一晩様子見で入院させたいと蒼崎が言ったが、結局葵が亜民ということで入院許可が出ないまま自宅療養になった。

 隣で話を聞いていた亮は、分かってい事だが普通の市民なら何の問題も無いまま入院できるのに、この扱いの差は何なんだとやるせない気持ちになった。当然、あの病院ロビーに大勢いた亜民達も誰ひとり入院されないまま帰されたに違いない。

「はいはい、了解しましたよ」

 生返事を返しながら亮は玄関へと向かって行った。鍵を開けドアを開いておいてから、亮はしゃがみこむとポケットからタバコケース程の紫外線ライトを取り出して玄関を照らし始めた。

 亮が玄関に仕掛けた蛍光物質に紫色灯が照らされ、幾つもの靴の跡が浮かび上がっている。この蛍光物質の防犯装置は特殊な作りをしていて、まず特殊塗料を薄く塗って伸ばし乾かしてからその上に粉末状の別の蛍光物質を散布しておく。こうしておく事で万が一侵入者が玄関で靴を脱いでも、裾や靴下に付着した蛍光物質が床に足跡を残してくれる。

「ここからじゃないのか」

 電話のボイスが玄関から侵入した形跡は無かった。もっとも堂々と入ってくる可能性は低いと思っていた。

 浮き上がった足跡は3人分、どれも見慣れた大きさの足跡だった。朝最後に亮が出たのでそれから帰ってきたのは楓にマナ、そして彩音しかいない。しかも3人の跡のうちひとつは裸足だった。家で裸足は彩音しかいない、歩幅の間隔も、大きさ形を見ても彩音で間違いないし、他の2人についても同様だった。

「何してるの亮君? そこに立っていると邪魔なんだけど。早くどいてくれないかしら」

「あっ、すいません」

「とりあえず葵ちゃん休ませるから、亮君リビングのソファーに寝かせとりて、その間に私が部屋の準備しとくから」

 亮は頷き、葵の腕を持って引き寄せた。少しふらつくが、葵は亮が支えなしでも歩ける程回復していた。だが、油断はできないため亮がしっかりと支えている。

 蒼崎が早足で階段を昇っていくと、亮は葵を奥のリビングへと連れて行った。ドアの隙間から光量と彩音達の声が聞こえてきた。

 そのまま亮がドアを開けた瞬間。

「ビぃーンゴォォォォォォー!!」

 黒い塊が亮の股間めがけて飛び込んで来た。突然の不意打ち、しかも男の急所の中で一番痛い場所。亮は叫び声さえ上げられず悶絶のままその場に崩れ落ちた。

「うげぇ・・・なんかぁー・・・・・・グシャーって・・・グシャっていった、気持ちワリぃ!!」

 気持ち悪そうに自分の額を両手で押さえているマナが、奥にいる彩音に伝えている。

「グッチョ!! グッチョやーレンジさん めっちゃグッチョや!!」

 亮の状況を見た彩音が、満面の笑で親指を立てている。

 彩音の言うレンジとはマナのもう1つの別人格だ。マナは9歳の時に解離性同一性障害《DID》を発症し亜民になった。マナの病気は先天性ではなく、様々な発症因子で引き起こされた後天性である。そして蓮二と言う名は、マナを虐待していた父親と同じ名だ。

 ここ最近、主治医でもある蒼崎先生の心理療法効果によってあまり表に出てこなくなっていたマナの別人格は、勝気の男勝りで、口調が「オレ」に変わるのが特徴だ。他にも格好がはかまを履いて髪を後ろにまとめている。

「おう彩音!! 潰してやったぜぇ、多分な」

「最高やレンジさん!! メチャええでぇ!! 久々さに見たでぇレンジさんの『玉潰し』スカッとしたわ」

「ごっごっ・・・なっ・・・なに、・・・何すんだよ・・・ぐぅっ・・・」

「何って!? そりゃーオメェーの胸によく聞いてみろ。マナを悲しめやがってコノヤローめ!! 最近新しく入った葵っちゅう女とウハウハなんだと、だからちょっとお灸の代わりに繁殖不能にしてやろうと思ってな。イエーイ!!」

 最後の掛け声と一緒に蓮二と彩音がハイタッチを交わす。 

 男性人格の蓮二は、気が強く彩音に対しても兄貴分的な態度をとっているため彩音も手を出すことはない。それ以上に何故かレンジと彩音は仲が良い。

「ぐっぐっぐう゛う゛ぅ゛ぅ゛オオオオォォォォォォ」

 膝を崩したまま未だに起き上がる事ができずにいる亮は、段々と波のように押し寄せる言葉にできない痛みに襲われ身動きがとれないままだった。

 さすがに心配になった葵が亮の背中に手を伸ばした顔色を覗き込んだ。苦悶の顔で額に大量の脂汗を浮かべていた。

『りお だいじょうぶ?』

 葵がスケッチブックに書いて見せるが、亮にはそれを見る余裕は無かった。

 ちょうどその時、2階から蒼崎が降りてきた。

「ちょっと、何やってるのあんた達は!? ちょっと亮君大丈夫? どうしたのよ?」

「・・・レっ、レンジに・・・やられました・・・・・・」

「レンジ、あんた一体何したのよ?」

「別に、ただ繁殖不能にしてやろうと思っただけだよ。俺の必殺技『玉潰し』をモロに喰らわせてやったんだ」

「大丈夫、大丈夫や先生ぇ。潰れてはおらんから大丈夫やとは思うけど、それにしても少しオーバーやないの亮。男がそないなことで倒れてどないすんや」

「何言ってんの二人共!! ちょっとこっち来なさい!!」

 来るよりも先に蒼崎のアイアンクローが二人のこめかみを捕えた。

「ゴメンナサイは? 二人とも!!」

「痛い、痛いで先生ぇ!! 堪忍してやぁ!!」

「クソババぁ、いてぇだろう離せぇ!! この、イタタタタタ」

 この時まで二人は大切な事を忘れていた。この『たんぽぽ』で一番怒らせてはいけいの存在が蒼崎先生だった事を。普段は温厚な蒼崎先生は怒るときは容赦なく怒るのだ。

「さあ、二人共。ごめんなさいは? それとももっとキツク絞めてあげようかしら」

「イタタタタタ、テメェー本当にオンナかぁババア!! イダダダダダダダ」

「あっアカン、アカン・・・先生ぇ、中身が出てまう、出てまうぅって。ホントに出るぅ!!」

 徐々に蒼崎の手に力が入り、万力のように蓮二と彩音の頭が絞め上がっていく。

 二人の悲痛な悲鳴が連呼する中、その恐ろしい光景を亮の隣で眺めてる葵は震えていた。こうして葵も『たんぽぽ』での支配者ボスが誰なのかを認識できただろう。これがトラウマにならない事を亮は願っていた。

 蓮二と彩音はしぶとく抵抗していたが、この技を2分以上耐えられた者はいないし、あまりの苦痛に根を上げる前に失神した者もいた。

 結局蒼崎のアイアンクローの前では時間の問題だった。どんなに抵抗しても二人は49秒で根を上げた。そして亮に一言づつ謝り終わり、ようやく解放された時には半分放心状態のままにソファーに横たわった。

 葵を横にしようとしたソファーを二人に占領された為、蒼崎が葵を部屋まで連れて行くことになった。その間、亮はようやく悶絶が落ち着きはじめると、自分の荷物を自室へと運び始めた。

 部屋に入るなり真っ先に机の一番下の引き出しを外し、中からボストンバックを引っ張りだした。中身を確認すると、思った通りホルスターにしまったガバメントが抜かれた形跡があった。

 ボイスがこの部屋に来たのは間違いない、あの時この銃を楓に使っていたらと思うと亮は銃をギュッと握り締めた。

 他に何かいじられていないか中身をベッドに広げて確認するが、特にこれといっていじられた形跡は見られなかった。

 内心ちょっと安心したその時、すぐ後ろでアラーム音がなり響いた。

 咄嗟に体をひるがえし銃口を向けた。見るとそこにはボイスから渡された携帯を鳴っている。手に持って確認するとタイマーが17:40分でセットされていた。

「ふざけやがって」

 恐らくボイスから“時間に遅れるなよ”のメッセージだろう。約束の時間まであと20分、指定場所の二柱神社まではここから直線で約500メートルの距離だ。

 相手から接触を試みている事から、今度は本人と逢う可能性が高い。一応銃を背中のズボンに忍ばせる。

弾が入ってないにしろ、脅す事はできるだろう。今まで後手後手に回ってきた為、ここに来て少しでも優位に立つチャンスなのだ。

 向こうが何者なのかだけでもわかれば、こちらが優位に立つことも可能だ。これ以上後手にまわるわけにはいかない。亮は携帯をポケットしまうと、階段を降りリビングを確認する。レンジと彩音はまだソファーで横になっていた。

 静かに玄関から出ると、道路で周囲を見渡した。特に監視されている気配はなく、周囲を警戒したまま二柱神社を目指して進んでいった。

 日が沈み防犯灯に照らされる道を進みながら、目的地の神社に到着した。二柱神社はそれほど大きくはない広さで、学校の25メートルプールくらいに少し余裕がでる程だ。

 時間を確認するとちょうど18:00時だ。予定通り到着した亮は、辺りを見渡した。真っ暗な神社内は灯はなく、拝殿と鳥居の間にしめ縄を巻いた御神木ごしんぼくが見えるくらいだ。

「おいおい何だよ。人を呼び出しといて向こうは遅刻かよ、たくっ!!」

 一応渡された携帯を確認してみるが着信は来てなかった。その場で10分ほど待っていると、背後で人の気配を感じた。

 多分近所の人かと亮は思ったが、足音がまっすぐ自分の方へと向かってくると、それに合わせて鼓動が早まった。そして足音がすぐ背後で止まると亮はゆっくりと振り返った。

「待たせたな」

「・・・・・・てっ、テメェー・・・それは・・・どういうつもりだ」

「本当は少し前に来ていたけど、さっきそこでこの子を見つけてね。丁度いいからこの子を使うことにした」

「お前は俺を怒わせたいのか? 一体何の真似だ?」

「それはこっちのセリフだよ。そっちこそ方こそ何のつもりだ」

「どう言う意味だ? 俺はお前が話がしたいから来いと言われたから来ただけだぞ」

「腰に拳銃を隠してか。確かに来るよう言ったが、武器を持った相手と話をするなんてそんなハイリスクな事するわけないだろう。ひょとして後ろから尾行ツケられていたのに気づいてなかったのか。そんなんじゃこれからの先行きが心配だな」

「やってくれたな!!」

 亮は今にもその首を掴み絞め殺したい衝動に駆られたが、何とか理性で踏みとどめていた。何故ならそこには、赤い梵字で書かれた傀儡の御札を首に巻き、目を閉じた星村マナが立っているからだ。

「さてと。仮初かりそめの身体とはいえ、そんなに長くは保たないだろうから要件を手短に済ませたいが、まず最初はコレだな。一度やってみたかったんだ」

 マナは和服の裾を軽く掴み上げて広げると、少し膝を落として優雅に一礼する。

「はじめまして、月宮亮様。ボイスと申します。以後お見知りおきを」

 普通にマナがドレスを着ていたなら美しい光景に写っただろう。だが、今の状況では最悪としか言えなかった。ボイスの傀儡としてもてあそばれるマナの姿は、亮をさらに逆上させるだけだった。

「予定変更だぁ、コノヤロウー!! まずはマナを玩具にしやがったことを後悔させてやる。話はその後だ、その後で口が聞けるならな聞いてやる」

 その言葉に殺意を乗せて、亮の瞳が暗い闇の中で琥珀色に輝きだした。だが、ボイスは臆するどころかそれを楽しむかのように笑っている。







こんにちは、朏天仁です。今回の話どうだったでしょうか? 展開を早く回すため、少し話を詰め込み過ぎたと感じたのは私だけでしょうか(ーー;)

 さて、今回ボイスが登場しましたがこれは酷いよね(;´Д`)マナちゃん大丈夫かな、亮もこれはマジで起こるよね。この後の続きが気になると思いますが、最後にいつものこれを言わせて下さい。

 今回も最後まで読んでいただきましてありがとうございます。今回で無事42話まで進めることができました。それもこれも読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございますm(__)m

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