その男、謎深きこと
「さてと、早速なんだけど。この前の君が利用している『都島リハビリセンター』近くの通学路で事故があったのを知ってるかな? 普段あんな所で事故なんで滅多に起きるもんじゃないんだけど、事故は起きちゃんったんだよ」
「はい、知ってますよ。センターでもそんな話がありましたから」
亮は落ち着いた口調で淡々と答えた。対して刑事の平松は外堀を埋めるかのように、大雑把な質問内容から聴き始めている。
何故なら、相手の言葉に嘘や矛盾がないかどうか確認していくからだ。まずは亮が関係ない第三者として質問し、次第に確信をついた質問切り替える。大抵の場合は最初の質問から少し矛盾がある回答が出て来て、結局相手は最初に言った矛盾する答えを追求されていく。徐々に追い込まれいき最後は自白する事になる。取り調べの上手い捜査官は1時間もしない内に相手の嘘を見破り、犯人を特定することができる。あとはどう墓穴を掘らせるのかが腕の見せどころだ。
しかし平松にとってそんな手間のかかることをしなくても、相手を犯人と確信した時点でポケットに忍ばせた銀のてい針を使って自白させるだけだった。
「これは誰にでも聞いてることなんだけど、君は当時センターにいたんだよね」
「はい、いましたよ。その日はフルートの講習がありましたから」
「そう、フルートねぇ」
早速嘘が現れた。平松の裏取りではその日フルート講師である神矢は公休になっていた。思っていたより早く墓穴を掘ってくれた事で平松の刑事のカンが確信に変わった。それ以前にこの月宮亮の素性を調べた時にあるはずのモノが無い事に強い不信感を抱いていた。
ポケットに忍ばせたてい針を強く握り、亮の首筋のツボに狙いを定めた。
「あっ違った。すいません、間違えました。その日はフルートの講習じゃなくて、書類を出しに行ってたんです」
「はぁ、書類? 一体何の書類だい?」
「同じ施設にいる葵って子の『施設見学届け』の書類ですよ。蒼崎先生に頼まれたから俺が届けに行ったんです」
「そうか、それじゃ君はフルートの授業じゃなくて、書類を届けに行ったんだね」
「そうです」
念を入れるような口調で確認する平松だったが、亮は落ち着いて答えた。
「あの、刑事さん。3つほど聞きたい事があるんでけど」
「なんだい?」
「さっきから俺の話を聞いてるけど、全然メモしてないけど大丈夫なの? 普通は何かメモするんじゃないの」
「これでも私は記憶力が良いんだよ。心配しなくても大丈夫ちゃんと記憶してるから」
「それと、刑事さんて普通2人で捜査するもんでしょう。なんで一人なの?」
それは迂闊だった。と、平松は思った。普通刑事は2人1組で捜査する決まりだ。単独捜査は普通ならありえない。ここで怪しまれたら相手は警戒して口を閉じてしまう恐れがある、いくら取り調べに強制権を使える亜民でも黙秘権はある。ここで相手を警戒させない返答を何とか出さなくてはならない。
「…今、私の相棒は他の所に行ってる、ここでもう一人話を聞かなくてはならない人がいるからね」
「ここで?」
亮の顔に陰がさす。
「刑事さん、それは誰のことですか?」
「それは言えないな」
顔色が変わった亮の変化に、平松は何かを隠してると確信した。亮から向けられる強い視線を受けながら、危機感に似た寒い悪寒を背中に感じた平松は、てい針を使おうと半歩足を出し間合いを詰める。
「あと、最後に一つ。刑事さん、さっきから気になってたんだけど、そのポケットに何隠してんの?」
「…それはな―」
平松が動いたその時、すぐ横から聞きなれた声が聞こえて来た。
「あっ、いたいた。亮君探したわよ」
「蒼崎…先生?」
二人の間に割って入ってきたのは蒼崎だった。いつものグレーのパンツに白シャツに汗をにじませ、髪が顔の頬や首筋に張り付いていた。
「てっきり受付にいると思ったて探したけど何処にもいなかったから、受け付けて葵ちゃんの事を聞こうとしたら丁度亮君を見つけちゃったわ」
「すいません、ちょっとこの刑事さんにいろいろ話を聴かれてたんです。葵はそっちの外来処置室の一番奥のベットにいます」
「そう。連絡をもらったときはビックリしたけど、葵ちゃんの容態はどうなの? どんな様子なの?」
「軽い熱中症です。本人も意識はしっかりしてます。あと点滴してます」
「そうなの、それなら大丈夫そうね。それよりも」
蒼崎が平松に視線を向けると、軽く会釈をする。
「こんにちは、刑事さん。確か・・・平松さんでしたよね。今日は一体どうしたんでしょうか? うちの亮君が何か?」
「いえ、この前お話した事故の件ですよ。ここで偶然彼を見つけてね、この前話を聞こうとして聞けなかったから話だけでもと思った次第です」
「そうだったんですか、それならこの前話した通りですよ。話は私と同伴で行ってくださいって約束しましたよね。この子の現在の保護者である私を無視して勝手なことはしないで下さい」
蒼崎の言葉に、平松はバツ悪そうに指で頭を掻き始めた。
「そうしたかったんですけど。待てど暮らせどあなたから全然連絡が来ないからね。自分たちも早く報告書をまとめなくてはならないんですよ。だからその辺は理解して下さいな」
「そのことですけど、私がうっかりして貰った名刺を無くしてしまいまして、言われた携帯に連絡することが出来なったんですよ。それで直接署の方に連絡したら、もう事故報告は済んでいるみたいでしたよ。これって一体どう言う事なんでしょうか? 平松さん、あなた本当は何を捜査してるんですか?」
「そりゃー、私達刑事はどんな小さな事も疑って見ますし、それに確認の確認を徹底することを先輩刑事に叩き込まれてきましたから。例え書類上終わったしまったことでも、常に再確認はするものなんですよ」
何とか平静を装いながら言葉を返した平松だったが、内心では早くこの女性をこの場から退かせた方がいいと考えた。
ここしばらく事故の当事者少年達の聞き取りに時間をとられ、あまり署に戻っていなかった事が仇となった。既に事故調書作成が終わっているということは、今頃はただの自動車事故として加害者の書類送検で検事がカタをついてしまっているだろう。そうなったら、今後の単独捜査がしにくくなってしまう。
あの時、事故現場で太上秘法鎮宅の霊符が青く燃えたことで、この事件はには怪異が関わっていると確信しいる平松にとって、この事件をただの事故として流してしまう理由にいかなった。
それに、目の前にいるこの月宮亮と言う青年を前にして、平松の刑事のカンがこの男をあの事件の犯人だと囁いている。
「申し訳ないですが、すこしこちらの月宮君と話をさせてもらえませんかね。ほら、さっき言ってた子の様子も心配でしょうに、別に変な事は聞きませんよ。あと2、3質問するくらいですから」
「いいえ、そういうわけにはいきませんから。ちゃんと話を聞きたいのならこう言う場所ではなく、ちゃんとした場所があるでしょう。ここで済まそうなんて失礼だとは思わないんですか?」
少し困った顔になった平松だったが、ここで護符を使って蒼崎を大人しくさせてから、亮にてい針を打とうと考えた。
若干の人間に見られると思うが、そこは仕方ないと自分を納得させ護符を出そうとした時、タイミング悪く携帯電話が鳴り出した。
「おっと、署の方から電話ですね。すいません、ちょっと失礼します」
「構いませんけど、話はまた今度にしてもらえますか?」
「しかたないですね、それじゃ…話はまた今度そちらの施設に伺いますので」
それだけ言うと平松は踵を返してロビーの方へ戻っていった。
熱中症の患者で溢れかえるロビーの隅まで来ると、鳴り続ける携帯画面を一度見てから電話に出る。
『どうして早くでない』
「すまん、立て込んでた」
電話の相手は、言葉に少し憤慨な感情が混ざっていた。
「それでどうしたんだい。珍しいな兄さんから連絡をよこすなんて」
『一時間前に、京都上宮院から宮中賢所の八咫鏡に影派が出現したと一報が入った。場所は艮宮と寅の方向、お前が以前に太上秘法鎮宅の霊符が青く燃えたと言った近くだ』
「それで俺にどうしろと?」
『すぐに調べろ。今その近くにいるのはお前しかいないからな、何かしらの痕跡がまだ残っているはずだ』
「俺に調べろって言うのか、兄さん…それは随分と都合がよくないか。この前の時、いくら言っても聞きてくれなかったのに、俺じゃなくお上から言われてから動くらいじゃ話にならねぇぞ。それにこれでも俺は一応刑事なんだよ。五行法印局にはかかわれないよ」
『あの時お前が正しかったことは皆知ってる。仕方ないだろう俺にだって立場があるんだ、そう腹を立てるなよ。お前だって先に連絡してきたくらいだ。この事が気になってるんだろ、なら協力しろ』
確かに気になってるから今もこうして捜査している。だが、ここで兄の言いなりで尻尾を降っていては向こうの思惑通りになってしまう。それだけは絶対に嫌だったと平松は考え、ある提案を思いついた。
「別にいいよ。その代わりそっちで調べもらいたい事がある」
『何!? 随分と偉くなったな』
「ギブ&テイクだよ。それくらい当然だろ。恐山のイタコを使って『月宮亮』という男を調べてほしい、歳は19歳で亜民だ」
『何…亜民だと? お前ふざけているのか?』
「いや、大マジメだよ。その男の全ての情報が欲しいんだよ。生まれてから現在に至るまでのね」
『そんなの刑事のお前なら直ぐに調べられるだろうが、何でわざわざイタコを使って調べるんだ。五行法印局をなんだと思ってるんだ、これは完全な越権行為に当たるぞ』
「おいおい。自分のことは棚に上げといて、一体どの口が言ってんだよ。それにもし役所とかが文句を言ってきてもそっちの方が上だろう。なに遠慮してんだよ」
『…その男を調べてどうするつもりだ? 今回の事と何か関係があるのか?』
「別に、ただ気になるだけだよ。俺の刑事のカンが」
『そんな事にイタコを使うなんて承服できんぞ。キーボードを叩けば出てくる情報だろうが』
「無いんだよ」
『何がだ?』
「その男、名前以外はこの世に生まれた記録が無いんだよ」
村岡三尉は机上に肘をかけながら頭を抱えていた。ここ数時間の内で酷く憔悴しきり、頬がこけている。
それもそのはず、自分達の偵察にだした部下を全員死亡させてしまったのだから。戦時中、指揮官として部下を死地に送り出すことは嫌というほど経験してきたが、戦争なのだから仕方がないと思っていた。だが平時になってから部下を失う事は思っていた以上にこたえた。
皆が一時の平和を手にしてから、突然最愛な人が亡くなる悲しみは大きい。ましてや極秘任務であった為、死亡届はだせずただの行方不明者扱いにしなくてならない事に村岡の胸が痛み出した。残された家族は既に死亡している隊員達が、生きていると信じながら帰りを待つ事に言葉が出なかった。
「一佐、大丈夫ですか?」
顔を上げると、そこのは心配した様子の竹中二尉が立っていた。
「お前か、何だ」
「状況は大体聞きました。心中お察しします。死んだ柴崎さんは根室防衛線の時一緒に戦った間からでした。まさかこんな事になるなんて」
「よせ、どう後悔しても後の祭りだ。それより何か用か? 俺はもうすぐ播磨局長に状況報告をしなくてはならない、その後は査問委員会で責任追及と、軍法会議が待っているんだ。何かあれば手短に頼む」
「わかりました。では、L-211の居場所を特定しました」
「何ぃ!? 本当か!!」
「はい、死んだフクロウの隊員が持っていたカメラから断片的でしたがデーターを解析した結果、復元に成功しました。早速中に入っている人物の顔を顔認識ソフトを使用して照合した結果、L-211を特定しました」
竹中二尉が脇に挟んでいた茶色い書類封筒を差し出すと、村岡が中の写真を確認する。
そこには亮と一緒に写っているL-211が写っていた。
「確かに、L-211に間違いない」
「やはりあの電話の相手が言っていた通りでしたね一佐。早速この写真に写っている施設を特定してサーバーにハッキングを掛けた結果、L-211は槇村葵と名乗っているそうです。それと今現在住んでいる住所も特定しました。そこに書いてあります」
「槇村だと!? 一ノ瀬の母方の旧姓だ。ありがとう竹中二尉。これだけあれば何とか播磨局長を説得させて任務を継続させる事ができるだろう、さっそく伝えてくる」
「ちょっとお待ちください!!」
立ち上がろろとする村岡三尉を竹中二尉の手が止めた。
「一佐、データーを解析して一つ気になることありましたので一緒に報告します。この男です」
そう言って竹中二尉が写真に指差したのは月宮亮だった。
「この男も一応顔認識ソフトで調べたのですが、旧防衛省のアクセス権に引っかかり検索不能になりました。それと外務省の入国記録にこんな写真がありましたが、一佐はどう思いますか? 一応顔認識ソフトでは同一人物で間違いないと判定されましたが」
「これは…」
もう一枚渡された写真には、空港の入管所で撮られた思われるまだ若い月宮亮の顔写真だった。写真に刻印された日付から5年前の写真で間違いない。
写っている亮の顔を見た村岡は思わず呟いた。
「これは…戦場を知った兵士の眼だ。間違いない、それも侵略軍以上のな」
「やはりそうですか」
「竹中二尉、この男を徹底的に調べろ。我々の脅威になるようなら排除する」
村岡三尉が手にしている写真には、地獄を経験した者が独特に醸し出す、深淵のように暗く冷徹な瞳をした亮が写っていた。
こんにちは、朏天仁です。今回でもう41回を数えました。正直ここまで話が長くなるとは思っておりませんでした。
さてさて、今回の話いかがだったでしょうか。亮の元に忍びよる集団、果たして亮は葵を守りきる事はできるのでしょうか? O(≧▽≦)O今後の展開が気になってきますね!!
それと、今回も最後まで読んで下さってありがとうございます。この作品が続くのも皆様とう読者あっての事です。今後もこの作品をよろしくお願いしますm(__)m




