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ボイス

 本庄市民病院の1Fフロアーは、連日の猛暑によって大量発生した熱中症患者で埋め尽くされていた。

「スゴイな、この人数は・・・」

 もはや夏の猛暑は当たり前と思って甘く見ている現代人は、熱中症は子供やお年寄りと言った体力的に低下してる人にしか縁のない病気だと考えいないだろうか。

 特に10代~30代は熱中症をただの脱水症状だと勘違いしている場合がある。水分を取れば大丈夫と油断していると、すぐにナトリウム不足に陥り熱中症の怖さを痛感する。

 特に若者は自分はまだ大丈夫だと過大評価してしまい、気づかないうちに熱中症が進行し危ない状況に陥っている場合が多い。

「すみません、お隣失礼します」

「はい、どうぞ」

 母親に付き添われて、首と額にアイスノンを付けた中学生くらいの男子が亮の隣に座った。母親が亮の腕に巻かれた亜民認識タグ(バーコードリング)を見て顔を曇らせたが、亮は気づかない素振りをしてやり過ごした。

 もはや見慣れた光景だ。入院以外に関しては亜民も市民も関係ないが、それでも亜民が隣で一緒にいて良い顔をする市民は少ない。

 これぐらいの亜民差別は亮をはじめ多くの亜民達も経験し気にしてないが、それでも中には大声で理不尽な事を行ってくる連中はいた。それこそ手は出さないが、激しく罵られ罵倒された経験は一つ二つではなかった。

 亮は腕を組みながら葵が入っていった診察室に目を向けた。診察が始まってもう20分は経過している。

 都島リハビリセンターで気分を悪くした葵は、センターから出る市民専用巡回バスに乗ってこの病院まで搬送させてもらった。センター長が運転手に事情を説明して特別に乗せてもらったが、途中何度も吐きそうになって紙袋を広げると、その度に周りの市民が眉をひそめたり、「きたねぇ!!」「くせぇーなぁ!!」とワザと聞こえる風に言ってきた。

 思わず立ち上がろうとしたが、葵の看病でそれどころではなかった。それを思い出すたびに亮の中から黒い感情が沸き起こってくる。知らず知らずのうちに顔が険しくなり、ハッと気づくと隣に座っていた母親が少し離れて怯えた顔で亮を見ていた。

 思わず殺気立ててしまい、気まずそうに立ち上がると、受付で事務員に話しかけた。

「すみません、槇村葵の付き添いの者なんですが、葵はまだかかりますか? もう診察が始まって大分経つんですが」

「すみません、もう少々お待ち頂けますか」

「ええ、待つには待ちますけど、遅すぎませんか? 診察ですよね、普通の診察だけでこんなに時間かかるものなんでしょうか?」

「すみません。ですから、もう少々お待ち頂けませんか」

 何度聞いても若い事務員は、同じような返答しかしなかった。その態度から亮の中に、まさか診察中に何かあったのかと不安を感じ始めた時、後ろから看護師が声を掛けてきた。

「あのすみません。槇村葵さんの付き添いの方ですか?」

「はい、そうです」

「ご家族の方ですが?」

「・・・一応、兄です・・・」

 一応と言う言葉が余計だったか、看護師が少し顔を傾げる。葵の日本人離れした容姿を見れば、亮が兄妹ではないと誰しもが考えてしまう。

「・・・ご家族の方ですよね。保護者の方はまだ見えられてませんか?」

「一応連絡はしました、もうすぐ来ると思います。それで葵の状態はどうなんですか? 大丈夫なんですか?」

 亮は少し慌てた様子で話しながら、看護師に余計な事を考える隙を与えないようにした。

「まあまあ、落ち着いて下さいお兄さん。妹さんは大丈夫です、先程ドクターの診察を終えて軽い熱中症と疲労との事でしたから、まずは処置室に案内します」

「お願いします」

 看護師の後を付いて行きながら『外来処置室』とネームが出ている部屋に通された。部屋の左右はカーテンで区切られた処置台があり、その上に老若男女約20人弱程が横になって腕に点滴が入っていた。

 葵はその部屋の一番奥にいた。

「大丈夫か葵? 先生には連絡したからもうすぐ来るって言ってたよ」

 疲れた顔色で乾いた唇の葵が頷いた。

「軽い熱中症っだって、今日は暑かったからな。それに家に来て・・・環境が変わったせいもあるだろうし、体に疲れが溜まってたんだよ。ゆっくり休むんだぞ」

 また葵が頷く。失語症で声が出せない葵は、いつもコミュニケーションツールに4サイズのスケッチブックで筆談をする。

 そのスケッチブックは青い診察台の下に落ちていて、亮が拾い上げ葵に持たせた。すぐに何か書こうとするが、手が震えスケッチブックを開く事も、ペンを持つ事もままならない状態だ。

「葵、いいからいいから。今は休むことだけを考えてな、何も心配しなくていいから」

 心配する亮を見つめながら、葵の乾いた唇が僅かに動きだす。読唇術どくしんじゅつは持ってないが、亮にはそれが『ごめんなさい』と動いているとわかった。

「大丈夫だよ。だれだって体調を悪くするときだってあるんだからさ、その時はもうお互い様だよ。だらそんなに気にすんなって」

 葵の頭を撫でながら亮は笑って言った。

 頭を撫でなられると、葵の目に涙がにじみ溢れ出す。

「おいおい、そんなに泣いたらせっかく点滴してるのに、また脱水になっちゃうぞ。いいから、そんなに気を使わなくていいからさ」

 亮の言葉を聞くと、葵は顔を左右に振る。そしてまた唇を動かし同じように『ごめんなさい』を繰り返す。

 亮には葵の『ごめんなさい』の意味がちゃんと伝わっていなかった。無論体調を崩して迷惑を掛けてしまった事もそうだが、葵はバスの中で看病してくれた亮が、周りから投げ飛ばされる言葉に耐え、自分を守ろうとしてくれたのを知っていた。その気になれば怒って注意する事も出来たが、もしケンカにでもなればいらぬ波風がたってしまうかもしれない。怒りを抑えながら卑猥ひわいな言葉に対し、懸命に隣で励ましてくれた亮の優しさが嬉しかった。そしてその半面、自分のせいで亮にまで迷惑を掛けてしまった自信の情けなさと、申し訳なさに涙が溢れ出してしまったのだ。

「う゛っぐ・・・うっ・・・ひっく・・・」

「なあ、葵。葵ってば。もう泣かなくていいよ。先生がもうすぐ来るかもしれないから、俺外で待ってるから。先生が来らまた戻ってくるよ。だからちょっと待てるか?」

 葵は手で目を隠しながら小さく頷いた。これ以上亮がそばにいたらもっと涙が出てしまうだろう。

「じゃあ、外にいるから。もう泣くなよ」

 それだけ言うと、外来処置室を後にした。

 1Fフロアーに戻って辺りを見渡してみるが、まだ蒼崎先生は来ていなかった。仕方なくフロアーの長イスに座って待っていようと考えたが、もうすでに座る場所がないくらい混雑していた。

「さっきよりも増えてるな、今日はスゴイな・・・」

 壁際に座れなかった数名の患者が床に腰を下ろして項垂れている。紙コップの水を飲んだり、飲みきってぐったり壁に寄りかかったりしている者もいるが、よく見るよ全員腕に亮と同じ亜民認識タグ(バーコードリング)が付けていた。

 恐らく別施設の亜民達だろう。この市内だけでも数十の支援施設があるし、それ以外に上郷町の支援施設だけでも本庄市の倍は軽く超えてる。

 その亜民患者達の後ろに目を向けた時、亮の目が止まった。そこには前の亜民達と同じ数人の亜民達が床に座っているが、その亜民達には見覚えがあった。亮が葵を連れて来た時にフロアーの長イスで先に待っていた亜民達だ。

 亮はすぐに理解した。ここに到着する前にセンター長が先に連絡して優先的に見るように指示したんだろうと。その証拠に、到着時の受付事務員の対応が妙に良かったのを思い出した。

「クソッ。何だよ、そういうことか」

 平等に治療が受けれても、順番は平等とは限らない。同じ亜民でもコネが有るのと無いのとではこうも対応が違ってしまう。しかも、先に座ってい場所も後からきた市民に奪われるなんてあんまりだ。それどころか亜民患者の身体に鞭打つような対応をしても、誰ひとり気にする者はいなった。

 皆心のどこかで可哀想と思っていても、『亜民だからしょうないよね』と納得して目を背けている。一般市民の思いやりの心は亜民に向けられる事はなかった。

「あの、月宮亮さんでよろしいですか?」

 やるせない気分と一緒に溜め息を吐きだずと、すぐ後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはさっき受付で対応した事務員が立っていた。

「はい、そうですけど。何か?」

「あの、蒼崎様とおっしゃる方から電話はきてますが」

「えっ!? あっはい・・・?」

 すぐに受け付けで電話をもらい応答した。

「もしもし、亮です。先生どうしたんですか? 俺の携帯にかけてくれればいいのに、わざわざ病院にかけなくてもいいんですよ。もう少し時間が掛かりますから」

『前回、言った言葉を覚えているかい?』

 その瞬間、亮の顔が変わり全身から沸き立つ殺気で、思わず受話器を握り潰してしまうところだった。電話の相手はこの前霧島に仕事を頼んだ奴だ。何故か亮の過去を知っていて、至近距離から撮ったマナ達の写真を使って脅迫して来た奴だ。

「テメェーか、この前の変な仕事は一体なんだったんだ? あの後大変だったんだぞ。あれは一体何だったんだよ。変な連中に尾行され挙句におかしな術士も登場してきて。しかも向こうとは何か勘違いしてるみたいだったが、一体全体どうなってるんだよ!!」

『質問してるのはこっちのはずだけど。もう一度聞く、前回言った言葉を覚えているのか? どうなんだ?』

 相変わらず声は変成器かなにかで変えてわからなくしていて、話し口調も淡々として男なのか女なのか今ひとつわからなかった。

「・・・お前はいい加減に―」

『ツートンガバメントか、いい趣味してるな』

「何?」

『これお前の愛銃だろ。このタイプはマニアのあいだでも希少価値の高い骨董品(アンティーク)だ。ましてや惜しげもなくカスタムチューンしている。この銃職人(ガンスミス)は名工に近いかっただろう。いい銃だな』

「お前まさか!?」

『そうだ。今お前の部屋にいる。セキュリティが甘すぎる。簡単に入れて逆にビックリしている。それにしても銃にはこだわりを感じさせているが、この殺風景の部屋はいかがなものか、少し模様替えをした方がいいぞ』

「・・・どうして・・・貴様ぁぁ!!」

 電話越しに怒鳴ると、奥歯を噛み締めた。

『もしも、あくまでももしもの話だ。この施設に今風間楓という少女が部屋にいるが、この銃を使って頭部を打ち抜かれた楓が発見されたら、どうなると思う』

「・・・やめろ・・・楓に手を出すな・・・何がのぞみだ?」

『さっきも言ったが、前回言ったことを覚えてるか? 返答しだいでは死体袋が必要になるぞ』

「待て、・・・覚えてる。確か仕事を頼みたいだったよな」

『他には?』

「連絡は携帯を使う・・・あっ」

 亮は思い出した。

『その通り正解だ。その連絡とる大事な携帯は今どこにあるのかな?』

「俺の・・・机の上だ。わざとじゃない、わざとじゃないんだ。たまたま忘れただけだ。ホントにたまたまなんだ」

『次はないぞ。絶対に忘れるなよ。早速仕事の話をしたいところだったんだが、この電話はマズイからこの施設の近くに『二杜(ふもり)神社』があるだろ。そこに来てもうろうかな、そこで連絡をするので今度は携帯を忘れるなよ。時間は18時きっかりだ。遅れるなよ』

「待て、ちょっと待て・・・・・・あんたの事をなんて呼べばいい、名無しのゴンベイか? それとも盗撮魔か?」

『・・・・・・ボイス()だ。それで以外、間違ってもそれ以外で言うな』

「ボイスか、わかった。今後は忘れない、だから・・・・・・早くそこから出て行け!!」

『吠えるな、駄犬だけんが』

 電話が切れると亮は込み上げる怒りで鬼のような形相で受話器を戻した。

「あの野郎ぉぉ」

 唸り出すような声を出し、拳を強く握った。怒りで方が震えだした所で、後ろから肩を叩かれた。

 黙ったまま振り返ると、そこに見覚えのない黒ぶちメガネを掛けたシワの深い中年男が立っていた。

「月宮亮くんだね」

 亮は黙ったまま頷いた。

 男はズボンの後ろポケットからパスケースを取り出し、それを開いて亮に見せた。

「埼玉連警の平松警部補だ。やっと見つけたよ、ちょっと話をしたいんだ。知ってると思うけど亜民に任意同行は無いよ。全て強制だ。この意味わかるよね」

 当たり障りのない口調で語りかける平松だが、ポケットに入れた左手には銀のてい針がいつでも使用できるように握られていた。



みなさん、新年明けましてオメデトウ(^▽^)ゴザイマース。今年最初の作品いかがでしたでしょうか?

 ついに平松警部補と亮が接触してしました。この後どうなるのでしょうか。それと今だ謎多きボイスと名乗る人物の存在。この期の展開が気になる所ですが、今回はここまでです。次回をお楽しみ下さい。

 それでは、今回も最後まで読んで下さった読者の皆さま方に熱く御礼申し上げます。今年も一年宜くお願いします。m(__)m

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