薫の戯れ
それは一瞬の出来事だった。突然、眩い閃光が辺りを照らすと、強烈な爆風に鼓膜を突き破る程の爆音が轟いた。道士の身体が爆風で飛ばされ、そのすぐ後に幾つもの火の玉が四方に飛び散っていく。
轟音が収まると、先程まであった移動指揮車両の所に大きく凹んだクレーターが出来ていた。爆発のエネルギーは移動指揮車を跡形もなく吹き飛ばし、落下して燃えている炎が余った力を故事するかのように燃焼し続けている。
「がはぁ、ゲホッ、ゲホッ・・・なんだ・・・一体・・・?」
30メートル以上飛ばされた道士は頭を押さえながら顔を上げた。吹き飛ばされた衝撃波で軽い脳震盪を起こし、両耳から甲高い耳鳴りが鳴り響いてる。
しばらくの間一体何が起こったのか理解出来ずに呆然と眺めていたが、だんだんと思考回路が繋がり始めると、最悪な事態を想像した。。
「そんな、まさか・・・」
ようやく何が起こったのか理解できた。急いで立ち上がろうとすると、両足に激痛が走る。爆風で飛び散った破片が両足を貫通し、右肩右脇腹も貫通していた。
それでも匍匐前進しなが身体を進め、爆心地の炎が頬を熱くする所までたどり着く。
眼の前に飛び込んできた光景にはクレーターと幾つもの小さな炎が燻っているだけで、移動指揮車両が生存者の有無も絶望的なくらい跡形もなく吹っ飛んでいた。
「あと・・・少しだったの、これだから軍人は嫌なんだ。 愛国心だ、自己犠牲だと言って結局最後は自決して・・・」
がっくりと頭を下げ、地面の砂を握りしめる。
「そんなに・・・自決が美徳だと思う前に、死ぬものぐるいで生きる事を考えて見ろよ!! 死んだら終わりなんだぞ!!」
道士の慟哭がこだまする中で、クレーターの奥から二つの炎の塊がゆっくりと近づいていくる。
それは特殊C4火薬で吹き飛ばされ身体を炎に焼かれている二匹の邪虎だった。さすがの邪虎も至近距離から受けた衝撃で、一匹は下半身が吹き飛ばされ、もう一匹は顔半分と右胸半分が無くなっていた。
もし仮にこの二匹が生物なら間違いなく死んでいるだろう。だが、その生命力は凄まじく身体が燃えている事にまったく動じてる素振りさえ見せずに近づいて来る。
「バケモノめ・・・待ってろ今・・・相手をしてやるかな」
足に力を込めてヨロめきならがも立ち上がると、また柏手を打とうと手を出した。
「ちょっと、こっちを無視するんじゃないわよ」
突如すぐ後ろで薫の声が聞こえると、力が抜けるように道士の体が倒れこむ。
仰向けになって星のない空と一緒に薫の顔が視界に張り込んだ。
「少しは退屈しのぎになるかと思って期待してみたけど、でもあの蟻だけでいくら待っても次が来ないからシラケちゃったじゃないのよ。ちょっとでも期待した私の落胆どう責任とってくれるのかしら?」
やや不満そうな口調に笑を浮かべたまま、その手には日本刀が光っていた。刃先から赤い液体が道士の顔に滴り落ちる。
身体に違和感を感じ、すぐに道士が起き上がろうとするが自分の両足が無いことに気がついた。みるみるうちに短くなった袴の裾が真っ赤に滲んでくる。
「なっ!? ない。あっ足が、無い・・・なっなっあああああああああああああああ」
「うるさいわよ。たかが足二本切り落としただけじゃないのよ。そんなに叫んだらあとが続かないわよ!! 式神のくせに少し大げさなのよ」
「そんな、封蟲神の『縛蟻』はどうした? 確かに封じたはずなのに、どうして動ける?」
「あら!? そんなに意外だったかしら? まあ「蟻」を使った護封術は珍しかったけど、それだけよ。あんな案山子の術なんて似たようなのが世界中いくらでもあったわよ。井の中のカワズは世界を知らずっか・・・ホント興ざめだわ、本流である日本の術式は甘すぎるわね、もっと『攻』の術を進化させられれば、あんな戦争に負けなかったのに」
「・・・そっそんな・・・」
道士の顔に絶望感が漂いはじめる、この女は一体何者なのか? その疑問だけが頭の中を巡り始め自然と声が出る。
「貴方は一体・・・何者なんだ・・・」
「そんなの最初から決まってるでしょう。私達はだたのバケモノよ、戦争という怪物が産み落としたバケモノなのよ。お前みたいに人間に作られた鬼風情がハナっから私に勝てると思っていたの? でもまあ、私はちょっと遊んであげようと思ったけど、昨日生まれた子供の邪虎相手によく頑張ったほうよ。一応褒めてあげるわね『ゴクロウサマ』ってね」
「私・・・たち・・・だと?・・・」
「そう私達よ!! 私達『桜の獅子の子供達』よ!! この地球上の食物連鎖の頂点に君臨する者達よ。あんたはそんな私達に光栄にも相対する事ができたのよ、それだけでもありがたいと思いないなさいな」
「バカな・・・そんなこと・・・」
そこまで言った所で、道士の視界に2匹の邪虎の顔が入ってきた。口が避けた女能面の顔と目が合うと道士は腕を咥えられ空高く放り投げられた。身体が空で廻りながら落下し始めると今度は別の邪虎が後ろ足で蹴り飛ばした。何本か骨の砕ける音が響いた。そしてまた別の邪虎が腕を咥えて放り投げる。
邪虎たちはまるで道士の身を弄ぶように投げ飛ばし続け、ボロ雑巾のように道士の身体がボロボロになった所でまた薫の前に落とされた。
「この子達も喜んでるわよ、そこそこ強い相手と戦えていい勉強になったみたいね。もう同じ術は効かないわよ、こんな見てくれでもこの子達って以外と頭がいいのよ。知らなかった?」
「ガハッ・・・早く殺せ・・・」
すでに満身創痍な状態だったが、それでも吐血しながら薫に鋭い視線を向ける。
「まだよ、私がまだ楽しんでないでしょう」
薫が足を使って道士を仰向けにすると、刀を逆手に持ち替えた。
「さあ、まずは鳴いてごらんなさいな」
刀なの切先を躊躇いもなく左胸に突き刺さした。
「ぐはあぁ!!」
僅かに心臓を避けたが、貫かれた肋骨の痛みが全身を駆け巡った。
「ちょっと・・・本当にそれだけなの?」
薫は道士の叫びに満足しなかった。むしろ不満顔のまま、さらに刀で刺し続けた。
「ほら、ほら、ほら!! もっと鳴きなさいよ、あんたの断末魔ってやつを大きな声でさぁ!! ほら!! ほら!! ほら!!」
「グハァ、ゲハっ、あヴぁ、ぐぅ、あぁ・・・、ぅ・・・、・・・ッ、・・・、・・・ヴぅ」
意図的に心臓を避けてはいるが、いくら急所は外れても肺に血が溜まった道士はもう声を出すことが出来なかった。最後に右胸を貫けれた時一瞬ビクッと体が震えると、口から鮮血を吹き出した。
「アハハハハっ、どう? 悔しいぃ? 守るべきものが守れず、あの人間たちを助けられなかった自分の不甲斐なさに悔しい思いを感じてる? アハハハハっ式神なのにそんな感情持ってるの? ねえ教えてよ式神は死んだらどこに行くの? 天国? それとも地獄かしら? まあっどっちでもいいわよね、あんたはこれからこの子達に食われるんだから、それが終わったらあんたの今使えてる主を食べに行くから、そんな所で死んでる場合じゃないわよ。アハハハハハ」
「さあな、そんなの死んだら分かることだろ!!」
薫の近くにいた邪虎が突然言葉を発した。
「ようやく見つけたぞ。僕の式神に随分な事をしてくれたな、それにこの僕を食うだと? この身土ほど知らずが、高くつくぞ!!」
「法・・・眼・・・・・・さま・・・」
ゆっくりと視線を向けると、邪虎の額から一直線に亀裂が走ると中から白く輝い虎が姿を見せた。純白の体毛が炎のように靡いていて、全身から熱風を漂わせていた。
「チッ・・・四獣の白虎か、やかっかいな相手が来たもんね」
最初に道士に襲いかかった邪虎に刻んだ九字によって、法眼は結界内で迷うこなく道士たちの場所を見つけることができた。そして、その九字と邪虎の体を触媒にして『式神飛ばし』を行うことができた。
「虎には同じ虎が相応だろう、お前の相手をするつもりはなかったが気が変わった。引き上げる前に格の違いを見せてやる」
「面白いわね、そっちに比べるほどの格なんてあるのかしら?」
余裕を向ける薫だったが、白虎の体が一瞬だけ薄くなると軽い衝撃を受けて後ろにたじろいだ。
「まずはお前のプライドを砕く前に、道士が世話になった礼にその容姿を俺好みに変えてやったぜ」
頬に手を当てるると、手の平いっぱいに血が広がっている。先ほど身体が薄く見えたのは残像の一種で、その隙に白虎の爪が薫の両頬を切り裂いていた。
「ほおぉ、私の目を騙すなんて結構やるじゃないの。こりゃ少し楽しめそうね、期待してもいいかしら」
手の平の血を舐めながら、沸き起こる衝動に思わず笑を浮かべている。そして刃の切先を白虎に向けると、高まる高揚感と一緒に始まりの言葉を言い放った。
「さあ!! 遊びましょう!! かかっておいでぇ!!」
こんにちは、朏天仁です。こんかい番外編のプロトに思っていた程時間を取られてしまって右往左往してました。
今回の話は多分次回で終了すると思います。




