表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/72

死ニ方用意!!

 薄青白く指揮所内を照らす梵字の中、博打のような乾いた連続音が響いていた。

「クソっ!! こいつらに急所はねぇのかよぉ!! 道士無事か!! 返事をしろ!!」

 道士からの返事はなく、柴崎の怒号が虚しくこだまする。柴崎自身も今は他人の心配をしている場合ではなかった。眼前から迫りくる2匹の邪虎が指揮所内に侵入するのを必死に防いでいた。

 闇の中から少女が現れたと思ったら、その後をゾロゾロと邪虎達が姿を現してきた。すぐさま応戦しようとしたが、道士から外に出るなと指示されそのまま指揮所内で篭城戦に陥ってしまった。

 幸いにも結界はまだ生きていて邪虎の侵入を不正ではいるが、2匹の邪虎の力は思っていた以上に強力で、入口に張り巡らせていた結界をゆっくりと押し進め始めた。

 不気味な女能面の顔を五芒星に押し付けながら結界が内側へと湾曲しだす。結界が無事でもこのままいけば最後は板金プレスのように圧殺されてしまう。

 長い両爪を車体の壁に食い込ませると、さらに奥へと入ろうと力を込める。

「クソッタレがぁ!! 飲み屋の女よりも強引だぞお前らぁ!!」

 魔弾を込めたショットガンを邪虎の右目に命中させた。一瞬、顔を仰け反らしたがすぐに向き直すと、何事のもなかったように顔を押し付けた。

「・・・その諦めの悪っさらはポン引き以上だな。クソっ切れた。藤本援護しろ!!」

 ショットガンの弾を再装填している間、応急処置を施したままの藤本が震える手でP220で応戦する。すでに半分生気を失った顔色のまま、痛み止めの鎮痛剤モルフィネを打って何とか意識を保っていた。

「藤本ぉ、ちゃんと狙え。弾をむだにするな」

「わっ、わかってます先任。こんなの・・・あの津軽攻防に比べたら屁でもありませんよ。どんな状況下でも我々はちゃんと、きっ、帰還してきたではありせんか。どんな時でも悪運だけは強いですから」

 無理に笑って見せてはいるが、藤本の顔にも絶望感が漂っている。いくら撃っても邪虎の硬い表皮に魔弾が虚しく跳ね返るだけで、進行を止める事が出来なかった。

 もっと火力が強い武器が欲しい、口惜しそうに奥歯を噛み締める。

「そうだな、そうだったな。俺達は悪運だけは強かったな・・・だが、まだ運にすがるには早ぇぞ!! 最後の最後まで往生際悪く抵抗してやろうじゃねぇかよ。『第一混成守備隊(決死隊)』の意地を見せてやるぜぇ!!」

 最後の弾を装填し終えた柴崎のショットガンが、最後の銃声を吠え始めた。

「ええ、そうです。先任、お供しますよ」

 決意を固めた戦士2人が、迫り来る邪虎2匹に臆することなく引き金を引いてみせた。


「あの人間達って結構粘ってるようね、さてさてこっちの式神くんはどうなのかしら? 死ぬのは確実だけど、せめて私を楽しませるくらいは粘ってもらわないとね」

 相対する道士を前に、薫は期待感を含ませた笑を浮かべていた。既に7体の邪虎が道士を囲みながら薫の合図を今か今かと待っている。

 大きく裂けた口から鋭い牙を覗かせ、その間からは粘調度の高い唾液が滴り落ちている。皆目的は一つ、エサを食するただそれだけだった。

 囲まれた道士は左右を確認し終えると、薫に向かって口を開いた。

「やれやれ、よもやこれほどの邪虎と対峙するとは・・・私の経験上未だかつて皆無でしてが、思っていたほどではありませんね。むしろ拍子抜けだな」

「ちょっと最後に言い残す言葉がそれなの、もっとカッコイイ決め台詞ってもんがあるでしょうほあら、言って見なさいよ。言ってくれなきゃつまんないじゃないのよ!! こっちだって一応気を使って上げてるんだから、せっかく私なりに勇ましい最後にしてあげようとそれっぽい演出してるんだし、それ相応に答えてもらいたいものね」

「・・・・・・残念ですがいくら考えても貴方のご希望に添える事は無理でしょう。私の率直な意見を言ったまでですから。ここの邪虎たちはまるで曲芸を仕込まれた猿のようだと」

「そうそう、それそれ、それよ。その言葉を待っていたのよ。なーんんだ、ちゃんと言えるんじゃないのよ。なら、これでもういいわよね。」

 相手を称賛するように軽くパチパチと手を叩いた。

「さて、それじゃーおしゃべりはここまで、あとはディナーの前に踊りましょう。ショウタイムの始まり始まりよ。 」

 薫がパチりっと指を鳴らすと、それを合図に道士の右後ろにいた邪虎が飛びかかる。同時に道士もその邪虎目掛けて跳躍する。地面すれすれを滑空かっくうし飛んでる邪虎の真下から九字を切ると腹に同じ印が刻まれた。

 最初の第一波を上手く交わし着地した道士に、休むことなく邪虎たちの二波、三波が襲ってきた。咄嗟に柏手かしわでを一回打つと、足元の砂利から鋭い槍が数本突き出し手前の邪虎の右前足を貫いた。

 低い唸り声が上がり他の邪虎の動きが止まった。

「そう簡単にメシにありつけると思わぬことだ。私は食べにくぞ。」 

 もう一度柏手(かしわで)を打つと、今度は槍の柄をつたりながら茨が生え進み、突き刺さっている邪虎にものすごい速さで絡まり始めた。

 苦声を上げてもがいていた邪虎だが、幾重にも茨が巻き付き最後は巨大な繭が形成されると動かなくなった。

「そこで大人しくしていろよ、すぐ終わる」

 再び三度目の柏手を打つと、繭の間から大量の赤い液体が流れだした。流れ出たのは邪虎の血液でそれが地面に貯まると、意思を持ったように道士の足元へと集まりだした。道士の力も限界なのか、左手で胸を押さえ息が上がっている。

「貴方の名は存じませんが、とても残念です。私はもうそんなにゆっくりできませんので、ここで終わりにさせていただきます」

 右手の人差し指に気を込め、一気に血だまりに突き刺した。すると、血だまり黒く変色しながら小さく波打ち始めた。それは幾万もの蟻だった。

「ここで終わらせる。夜陰やいん鬼哭きこくおん蘇婆訶そわか

 唱え終えると、黒い蟻たちが一斉に残りの邪虎と薫の身体に襲いかかる。邪虎はまと張り付く蟻を身体を振って振い落そうとしているが、薫は逃げるどころか何もせずただ不気味に笑っていた。

「これだから近代陰陽道の術は好きなのよ。さあ、次は何をしてくれるのかしら」

「残念ですが次はございませんよ。それは私の前主『冴鬼希』様が独自に考案した護封陣の一つ『縛蟻しばりあり』です。近代より生み出された術式故、この封蟲神ふうちゅうじんの『返し』は存在しない。術が切れるまでそこで止まっていろ」

 既に自身の力を殆ど使い果たしてしまった道士は、邪虎の血を使って力の補填を行ったのだ。これだけなら気を込めて唱えるだけで、あとは邪虎自身の力で封蟲神の術式を発動するだけだった。

 道士にとってもイチかバチかの賭けだったが、勝敗の流れは道士についたようだ。縛蟻は波のように薫と邪虎達を飲み込み岩のようになっている。

「・・・ハアっハア、ハアっ・・・つぅっ、余計な時間をとられた、あと2体を何とかしなくては」

 重い足取りのまま、道士は奥の指揮所に群がる2匹の邪虎へと進みだした。銃声が聞こえる事からまだ二人は生きているに違いない。


「・・・先任、これで・・・最後です」

「藤本。どうやらここまでのようだな、お前と一緒に戦えてよかったよ。退職して駄作な毎日を送るよりやっぱり戦友たちと一緒に死にたかった」

 渡されたP220のマガジンを受け取って再装填リロードすると、最後を悟った柴崎が呟いた。藤本は何も答えず黙ったまま笑い、そして目を閉じた。

 すでに邪虎は指揮所の半分まで侵入して来ていて、柴崎達は背後の壁に背を付けている。恐らくあと数分もしないうちに二人は邪虎の餌食になる。その時どう対象するか、二人はもう決めていた。

 それはただ食われるのではない。答えは藤本が持ってる起爆スイッチだ。この指揮所は万が一敵の手に渡るのを阻止するため、証拠隠滅用に自爆装置が取り付けられてる。

 特殊C4火薬200キロ、威力にして商業ビル一棟を確実に倒壊させられる威力だ。

「藤本、この弾が切れたら頼むぞ!!」

「はい!! 先任、任せて下さい!!」

 こみ上げる武者震いを抑え、起爆スイッチを力強く握り締める。だがここに来て藤本の目に涙がにじみ出て、小さく囁いた。

「せめて・・・あと、3日生きていたかった・・・」

 藤本には男でひとつで育てた一人娘がいる。3年前に大喧嘩をしたまま家を飛び出し音信不通だった娘だったが、ほんの半年前に突然帰ってきたと思ったら、妊娠している事を打ち明けられた。

 しかもお腹の子の父親は誰かも知らずに、このまま生みたい事を告げたれた。さすがの藤本も最初は困惑し激昂した。一人で子供を育てるのがいかに大変で責任が重いのかを知っていたからだ。

 長い口論が続き、最後に子供を堕ろす(中絶)ように話すと、今まで泣いたことがなかった娘が始めて泣き崩れた。そして大泣きしながら言った一言が胸に刺さった。

『自分の娘の中で、自分の初孫がバラバラに切り刻まれるのよ。そんなのを望む親なんて、親じゃない!!』

 その一言に、藤本は自分が言ってしまった言葉に戦慄を覚えた。今まで人を殺す職業に就き、命を軽く扱ってきた結果がこれだった。

 言ってしまった結果に何も弁解出来なった。自分の娘に、まだ生まれぬ孫に、自分が守るべき家族に何て事を言ってしまったのだと。結局時間だけが過ぎ、妊娠22週を過ぎた頃に藤本は生むことを認めた。だが内心どこかホットしていた。

 それからの毎日は藤本にとっては新鮮な毎日だった。日に日に大きくなる娘のお腹を見ながら生まれ出る孫が娘に似てるのか、自分にも似ているのか。名前は何に決めようか、考えるだけで楽しかった。時間を見つけては古いアルバムを開き、娘が赤ん坊だった頃の写真を眺め当時を振り返ったりもした。

 その娘の出産予定日があと3日後なのだ。藤本の中にせめて孫をこの両手で抱きたかった、せめてひと目でもいいから孫の顔を見たかったと親心に揺れていた。

「・・・藤本・・・・・・・・・・・・・・・頼む・・・」

 全弾撃ち尽くした柴崎はゆっくりと銃を手前に下ろした。迫り続ける邪虎は大きく口を開け食べる準備を始めている。それを確認するとゆっくり銃を捨て、ポケットから一枚の写真を取り出して眺めた。

 横で見てる藤本にはそれが誰なのか知っていた。去年ガンで亡くなった柴崎先任の奥さんだった。やっぱり先任も最後は一人の男として家族を思って死ぬのだと思うと、何故か安心してきた。

「先任。靖国で仲間達あいつらと再会したら・・・そのあとは・・・・・・家族に会いに行きましょう」

「・・・・・・おう・・・・・・そうするか・・・」

 起爆スイッチに指をかけ、藤本も財布にしまった娘の写真を取り出した。家のソファーに座る娘と、その大きく膨らんだお腹にいる孫を見ると、もう思い残すことはなかった。

「結衣・・・お父さん、これらずっと・・・お前達の側にいるからな」

 大きく息を吸い込み、娘の写真を胸に抱きしめる。

 そして、起爆スイッチが押された。

 


こんにちは、朏天仁です。今回の話はいかがでしたでしょうか。死に方用意はそれぞれの思い思いの死に方があると思いますが、自分がもし死ななければならない時に、最後は誉な漢として死ぬか、それとも一人の男として死ぬかを考えて書きました。

 さて、皆さんにお知らせがあります。今月ついにアクセス数が2000件を突破しました。ここまで来れたのは間違いなく作品を読んでくれた読者の皆様のおかげです。今後も精進していきたいと思いますので、どうか今後も変わらずのご支援宜しくお願いします。m(__)m

では、次回お会いしましょう(´ー`)/~~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ