発覚
「母さんの名前・・・巴って言うんだね、思い出したよ」
「おいおい、まさか今の今まで忘れてたって言うんじゃねぇだろうな、それじゃ巴が可哀想じゃねぇかよ。腹を痛めて生んだ息子に自分の名前を忘れられたんじゃな」
「叔父さん、母さんが死んだとき俺はまだ5歳だったんだよ。それに俺は母さんってしか呼べなかったんだし、覚えてたとしても時間と一緒に記憶は深く深く埋もれていくものなんだよ。それよりも本当に俺に戸籍があった事に驚いたよ」
自身の戸籍標本を見つめ続ける亮に、叔父はさらに言葉を続けた。
「必要ないものだったからな、お前が『桜の獅子の子供達』でいる以上はな。だが、お前は選択した。自分の意思で、自分の足で自らの道を進もうと。だが・・・未だに意思を持っても信念はカラッポのまま、2年前と何も変わっとらん」
「それは・・・これから・・・」
あとに続く言葉が出てこなかった。
そんな亮を見た叔父は笑を浮かべると、揶揄うような口調で話しだした。
「これから何だ? おお、言ってみろ!! これからどうしたいんだ。言えないなら俺が代わりに言ってやるよ!! 俺は人間ですって言いながら、あの施設に残って楽しく暮らすんだろ。知恵遅れの亜民達と毎日戯れて、一番なついた女と交わってガキを作って円満な一生を送るんだよってな」
叔父のその言葉に、亮は握りしめた拳に体重を掛けて打ち込んだ。その口から溢れだす卑猥な言葉をすぐに塞ぎたかった。
たが、その拳を叔父は片手だけで止めてしまった。拳がぶつかった衝撃波が空気を揺らし近くに留まっていた小鳥達が一斉に飛び立つ。
「おいおい、腑抜けにも程があるぞ。平和ボケした人間みたいだな、散々人を殺めておいてこれかよ、拳が泣いてるぞ」
「うるせぇよ!!」
「何を熱くなっているんだ? あの『たんぽぽ』がお前の急所だったのか? それとも一緒に生活している亜民達か?」
「・・・叔父さん、そろそろ教えてくれないかな。父さんも母さんも人間だったのに、どうして―」
「自分は化物なのか・・・か?」
亮は小さく頷いた。
「それと、何で俺の両親が殺されなきゃならなかったのか? 叔父さん達が前言ってた全ての元凶『天ノ鬼人計画』って何? 何なんだよ?」
亮は今まで疑問に思っていた事を訪ねだした。それまで、だた衝動的に沸き起こる殺戮衝動に従って行動し、それが当たり前と思って生きてきた人生だったが、2年前の大宮事件から生まれた感情がそれまでの亮の考え方を180度変えてしまった。何故自分が生まれたのか、自分がどう生きればいいのか、少なくともそれを知るためには自分のルーツを知る必要があると思っていた。
「答えてくれよ・・・いや、答えろ!!」
自分の胸の奥で大きくなっていく焦燥感に、握っている拳を更に握り締める。
「亮・・・取り敢えず座れ。まずはそれからだ。そう、話はそれからだ」
叔父は掴んでいる亮の拳をゆっくり放すと表情がこわばった。その瞳には一つの決意がにじみ出ていた。
再び腰を下ろすと、亮はさっきと違って真っ直ぐに叔父の方を向いた。その口からでる言葉を一言一句聞き漏らしたくないように。
「さて、どっから話そうかな。俺たちの影の一族についてかな、いや最初はやはり巴達の事だな。お前はさっき二人は人間だといったが、正確には少し違う。お前の父親の方は間違いなく人間だったが、巴・・・いや、俺達はそうじゃない」
「どういうこと?」
「お前には始めて話す事だ。800年だ・・・800年間。俺達の一族が800年掛けて犯し続けた禁忌の太極外法『六壬神夜行百鬼』がようやく完成した時から始まった。問題はそれが本家ではなく、分家で生まれちまったってことだ。それが巴だったんだよ」
「? ・・・もっと易しく言ってくれよ叔父さん。内容が抽象的過ぎるよ」
「巴は、俺達のように後天的に『宿鬼』を持たなかった。巴は亮達と同じ生まれながらにして『宿鬼』を持っていたんだよ。言うならば巴こそ最初の『桜の獅子』の申し子だったんだよ。付け加えると、お前が2年前の時に食い殺した本家の『冴鬼希』は巴と同じ黄泉還鬼だ。もっとも向こうは巴とは正反対の『九天玄女』だったからな、だから帯刀は冴鬼を鬼門のカギに使おうとしたんだよ」
「なっ!? ・・・ノゾミが・・・叔父さん、そんなの一言も言ってなかっただろう!!」
「当時のお前だったら理由を聞いたか?」
亮は反論出来なかった。
「とっ、話が複雑になってきちまったから最初から話すか、あの第一次極東戦争末期、一部の京都上宮院の陰陽師達が戦争介入を行なをうとして防衛省と接触した。進行してくるロシア・中国に加え大陸からの傭兵術士や死霊黒魔術士に対抗するための組織が必要だった。その生け簀に選ばれたのが俺たちの里『七夜の里』ともう一つ『月鎌の里』だ。長い何月の間、陰陽道の影として隠れ潜み、修練と人体実験によって太極陰陽術式を進化させてきた一族は『武装陰陽師』として始めて歴史の表舞台で光を浴びる事になった」
叔父の口から語られる言葉は、どれも始めて聞くことばかりだった。今まで自分に備わっていた力とそれまで自分の両親の事など深く考えもしなかったが、ここに来て亮はもっと知りたいと思い始めていた。
「武装陰陽師が終戦後どうなんな運命をたどったかは、言わずともわかるな・・・亮?」
亮は一度頷いた。
「・・・それが、あの日だったのさ。戦争の為に生み出された物は、戦争が終わると同時に消える運命なんだよ。往生際悪く残ればそれは当事者達にとって最大の負の遺産になっちまう、巴達は・・・いや、俺達は戦争に翻弄されただけ、ただそれだけの事さ」
黙って聞いていた亮だったが、ここで始めて口を開いた。
「誰が殺したの? 発案したのは? 実行部隊は? 黒幕は? 誰が得をして、何人がそれに関わったの?」
亮の口調が次第に強ってくる。自分でも抑えられない感情が言葉として出てしまう。叔父の言葉を聞けば聞くほど気持ちが掻き乱されていく。
「聞いてどうする? もう終わった事だろう。仇でもとりたいのか?」
「そいつらは今も叔父さん達を探しての? だから俺たちはしばらく外国にいたの? どうして戦わない? 逃げてばかりでこれからも逃げ続けるの? 叔父さんはいつからそんな負け犬根性がついちまったんだよ」
「ふっ!! 戦う? 逃げる? 何言ってんだ亮。ハッハッハ。お前はまだ知らないだろうが、里を失った俺たちはただの敗走兵だったわけじゃないぞ、むしろその逆だ。」
「逆? まさか利用したの?」
「ああ、そうだ。防衛省と陰陽師が癒着していたということは、その中で一番表と裏の情報に精通したのが誰だったか、当然最前線に投入された武装陰陽師だったのさ。仲介役の参謀、作戦立案の戦略士に実行部隊の戦術士、消耗品扱いのその他大勢の百鬼衆だよ。防衛省は道具として上手く飼い慣らそうと考えていたようだが、俺たちを思い通りになると安く考えたのがそもそもの大間違いだったのさ。当然非合法な作戦や、国益を損なう事を数多く実行してきたからな、強請る情報はたっぷりあった」
真剣な眼差しのままだが、語っている口元は緩んでいた。
「日本が独立国家共同体として建国された後に、防衛省出身の連邦議員達や、当時の防衛産業連盟に上手く食い込むことができたよ。おかげで今じゃあ根を更に深く深く張り巡らすことができた」
「まるで寄生虫だね」
亮は冷めた目を向けて冷ややかに笑った。
「だからなんだ。俺たちが今までそんな事を誰からも言われずに来たと思ったか? 忘れるなよ亮。お前の身体には俺達と同じ血が流れていることを、一族末端に至るまで呪われた咎人としての血が流れている事をな!!」
何度も聞かされた叔父の言葉を聞きながしながらも、亮は鋭い視線を向ける。今更自分のして来た事を正当化する事はできないし、する気もなかった。それでも自分自信の力にようやく真正面から向き合う決心がついてきた所なのだ。今ハッキリ分かることは、ここで逃げてしまってはまた2年前の二の舞なる。それだけは絶対に嫌だと思っていた。過去の自分に戻るのではなく、過去を知って今の自分を認め未来の自分を造り上げる。今はその大事な時期なのだ。
「叔父さん・・・もし母さんが生きていたら、今の俺に何って言ったと思う?」
「さあなぁ。死んだ者の事など早く忘れろ、ただ運がなかっただけの事だ。感傷に浸っても糞に役にもたたねぇよ」
「そうだね、叔父さんに聞いた俺がバカだったよ」
「そうだ。人間としての感情を失った俺に聞くのが間違いだ。そうでなければとっくに『宿鬼』に食われてるところだ。そうそう、中途半端に食われた哀れな甥っ子がいたな」
明らかにからかう様な口調で、亮に言葉を飛ばしてきた。
「・・・そんな皮肉をいても無駄だよ。さあ早く話しの続きを聞かせて」
「ふんっ腑抜けめ・・・」
亮に聞こえないくらいに、叔父は溜め息と一緒に小さく呟いた。
「まあいいだろう。あと何が残っていたっけかな? あっそうそう例の『天ノ鬼人計画』についてだったな。あれは休戦協定締結前に―」
亮に向けていた視線が少し右にズレたと思ったら、話し出していた叔父の言葉が突然止まった。それに気づいた亮が後ろを振り向くとそこに葵が立っていた。気配も無いままいつからそこにいたのかは分からなかった。
「あっ葵・・・どうした? 向こうで待っててくれって言っただろう」
葵が手にしたスケッチブックを亮に向ける。そこには『きもちわる』と書かれていた。よく見ると葵の顔色が悪く息も荒い。恐らく熱中症にでもかかったのだろう。
「おい大丈夫か? 無理するな」
心配した亮が立ち上がると、肩を抱きかかえた。すると亮に支えられた葵の身体から力が抜け、そのまま寄りかかってくる。
「葵ちょっと向こうに戻るぞ、救護室があるから取り敢えずそこに行くぞ」
「おい亮・・・その子は・・・何でそこいる?」
始めて叔父が驚いた表情を見せた。
「えっ!? ああ、心配しなくてもいいよ。この子は問題ない大丈夫だから」
「いや、そうじゃなくてだ・・・・・・・・・いや、その子は誰だ?」
「今度『たんぽぽ』に新しく入った槇村葵だよ。心配しなくても大丈夫だよ。叔父さんオレちょっと葵を向こうに連れて行くから、続きはちょっと待ってくれ」
「・・・やもういい。用事を思い出した。そんなに長いはできないから、話はまた後日にでもしてやる。これで失礼するぞ。じゃあな」
それだけ言い残すと叔父は足早に去って行った。
「なんだよそれ、ちょと待てって!! おい!!」
だがこの時、去っていく叔父の後ろ姿から何かドス黒い霧のような影が一瞬見えた気がした。
この時は、ただの気のせいか見間違えかと思うしかできなかった。今はただ葵を早く救護室に連れて行く事が先決だと思っていた。
亮の言葉を背中で受けながら、叔父は頬笑みながら小さく囁いた。
「そうか、今は葵と言うのか・・・ハッハッハ見つけぞ『アマテラス』、見つけぞ!!」
やがて叔父の笑が次第に大きくなっていく。
お互いの距離がだんだんと離れていくが、運命の糸だけは二人を更に強く引きつけようとしていた。
こんばんは、朏天仁です。今回の話は作成する段階で必要になる話しだと思い、急きょ作成しました。間に合うか正直不安でした。(^-^;校生修正なしで一発掲載でしたので、読みにくいと思いますが、そこは改めて修正さえていただきます。
さて、今回の話はいかがだったでしょうか? ご感想は多々あると思いますが、次回はやっと道士達の話しの続きに入りたいと思います。
最後にここまで読んでもらった読者の貴方様に感謝の気持ちを送らせて下さい。ありがとうございますm(__)m
では、また36話でお会いしましょう!!(´ー`)/~~




