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スティグマ~たんぽぽの子供たち~ 番外編その①月下美人

 西暦2019年12月23日、奥秩父山塊おくちちぶさんかい某所。あと二時間もすれば日付がかわる午後22時09分。島義弘しまよしひろは荒い息遣いのまま、真っ暗な山中の道なき道を死に物狂いで走っていた。

 正確には走っているのではなく、追われて逃げているのが正しかった。 12月の秩父の気温は零度を下回り、急速に体力を奪っていった。

「はあっ、はぁっ はあっ、はぁっ、ちきしょう!! 何ンなんだよあいつはぁ!! ちきしょう!!」

 軽い酸欠で鈍くなった思考経路に、どうして自分がこうなってしまったのかを必死に思い出していた。事の始まりは、毎年陸自で行われている夏の関東射撃大会にハンドガンクラス部で参加した島義弘三曹が、部隊初参加で見事準優勝の成績を収めるという偉業を成し遂げ、鬼教官でもある石神一尉からその功績を称えられた結果、特別休暇を貰うことができた。

 最初は浮かれた気分の島だったが、待てど暮らせど休暇申請の許可が一向に降りてこないまま時間だけが過ぎていった。やがて休暇のことなど忘れかけていた12月上旬、突然石神一尉から『特別休暇訓練』の書類を渡された。

 それは休暇という名目の訓練シゴキの一環だった。日本全国の秘境の中から無作為に選ばれた場所で、着の身着のまま三日間の個人演習を行うというものだ。

 口頭説明では夜間、奥秩父山塊おくちちぶさんかいにパラシュート降下したのち、三日間のサバイバル訓練を実施しその後は自力で下山すること。これが島にいい渡された休暇内容だった。

 当然理由を問うたが全く聞いれてもらえなった。しかし、出発の前日に同期の何人かから本当の理由を教えてもらい愕然とした。

 夏に行われた射撃大会で、島は教官たちが賭けていた対戦相手を負かしてしまった事がこの原因だったのだ。要は大損した教官たちの逆恨みと八つ当たりだ。

「チキショウ!! 絶対戻ったら辞めてやれるから、今度こそ絶対ッ辞めてかるかなら!!」

 無事着地した島は戻っていくC-130輸送機に中指を突きたてながら怒鳴り散らした。島の装備は迷彩服に空の水筒と腕時計、あとは一回だけ使用できる緊急無線だけだった。

 最初こそ腹を立ていた島だったが、時間が経つにつれ自分の置かれた状況が想像以上に厳しい事に気づきはじめた。

 最初に襲ったのは山の寒さだった。12月の奥秩父の気候は、白い吐息を吐くたびに気管が凍りつくほどだ。気温が確実に零度以下だと確信すると、大急ぎで真っ暗の中を手探りで落ち葉を集め始めた。ある程度集まった所で小山にすると、身体をその中に入れて横になった。集めた落ち葉の山で即席の保温毛布の代わりにした。こういう場合は無駄に動かず朝まで体力を温存する事にした。

 朝を迎えた島は空腹を我慢しながら探索を始めると、運良くすぐに沢を見つけた。さっそく空っぽの水筒に水を補充すると、自分も手にすくって飲み始めた。

喉の渇きと飲み水を確保した所でようやく本題の道具作りを始めた。沢で見つけた黒曜石を石叩きながら形を整え小ナイフを作ると、それで近くの竹やツルを器用に刈り編みながら籠や魚をとる仕掛け罠を作っていく。

 出来上がった籠や仕掛け罠を持って沢を下ると、予想通り大きな川に出た。川岸で石をどかし仕掛け罠を仕掛けると、また山の方へと戻りはじめた。

今後は大木の下に生えているキノコや食べられる山菜を見つけると次ぎ次ぎ摘み取り籠を一杯にした。

「よし、これだけあればもう十分だろう。ヘビがいれば言うことないんだけど季節的に無理だろう。あとは戻るとするかな」

 ここに来て、島は入隊時に教育隊で受けた生存自活訓練を思いだして複雑な気持ちになっていた。一般教養や体力修練よりも一番嫌で苦手だったのが生存自活訓練だったからだ。入隊前まで自炊はおろか一人暮らしもしたことない学生だった島は、親のスネをかじりながら駄作なキャンパスライフを送る普通より下の学生だった。

 そんな夢も希望もない大学生がなぜ自衛隊に入隊したのかと言えば、同じ年代なら誰もが一度は思う動機「自分を変えたい!!」それが理由だった。

 折しも時代は就職氷河期真っ只の中だったが以外に入隊はすんなりできた。しかし、問題はその後の教育訓練だった。それまで都会の温室育ちだった大学生が規律と階級社会に入ればどうなるかは、結果は火を見るより明らかだ。

 自衛隊独自の呼称や決まり事からはじまり、教官と先輩隊員への絶対服従や、馴染みのない戦術講義や体力訓練は島を始め多くの同期入隊生の価値観を粉々に粉砕していった。

 地獄の一ヶ月が過ぎる頃には40人いた同期は27人にまで減っていた。以外にも島は残った27人の入っていたが、それには理由があった。入隊して2週間が過ぎた頃、島の元に親戚から連絡が入り両親が経営する会社が長引く不況の影響で大量の小切手が不渡りになり、その結果多額の借金で遂に会社が倒産したと言う知らせだった。しかも、両親は島を残して蒸発し現在も連絡も取れない状況だと言われた。

 帰る家も場所もなくなった島にとって、自衛隊にいる事が自分の生活を唯一安全に送れる場所だと受け入れるのにさほど時間は掛からなかった。

「あれ? 何だこれ?」

 途中でわだちのような跡を発見した。好奇心からその跡をたどって行くと、膝まで生茂る雑草の中に赤い鳥居が一つ建ってるのを見つけた。

「おおっ!! まさか神社かよ、しかもこんな場所でか!?」

 人跡未踏の地と思っていた島にとって、突然目の前に人工物が現れた事に驚いた。少なくともここは人が訪れる場所だということだ。恐らくこの轍も人とが通ってできた跡だろう。

「ってことは、近くに人がいるってことか。まいったな」

 頭を掻きながら島は苦笑いをつくった。島達が演習訓練している幾つかの場所は地主がいて、本来はそこを借りて訓練を行っている。しかし今回は100%正当な手続きを無視している為、下手をしたら私有地に無断で入り込んだ不法侵入者になる。

 もし発見された場合、この迷彩服では言い逃れはできないだろう。

「誰かに見つかる前に、場所移動するかな」

 来た道を戻ろうと鳥居を出てすぐに島は異変に気づいた。突然方向感覚を失ってしまったのだ。一応訓練を受けてそれなりの知識と経験を備えてきたつもりだったが、完全に方向感覚を失ってしまった。

「うそだろう。何で・・・」

 取り敢えず下に降りていけば川に出ると考え、斜面を滑りながら降りていった。しかし、いくら降りても一向に川に出ず、むしろ余計に迷い込んでしまった。

 さすがの島もこの異変に困惑した。腕時計で時間を確認すると斜面を降り始めて既に3時間が経過している。本来ならとっくに川に着いていてもおかしくないハズなのに、降りれば降りるほど森が深くなるだけだった。

「おかしいぞ・・・絶対おかしい。」

 時刻は既に11時24分を刻んでいる。いくら体力に自信があるにしろ12時間以上水しか口にしていないのも身体にこたえる為、ここで休憩をとることにした。

 丁度いい大木を見つけると、それを背もたれにして腰を降ろした。早速撮ってきた山菜を食べようと籠の中を確認する。

「あっ!! オイっ、ふざけんなよ!!」

 籠角に穴が空いていて一杯になるまで摘んだ山菜が全部抜け落ちていた。気落ちと空腹に悪態をつくと、目をつむりがっくりと頭を落としながら溜め息をつく。

 最悪の場合は今日一日食事は摂れないことを覚悟しなくてはならず、おまけに道に迷い疲労と空腹のダブルパンチで精神的負担が重くのしかかる。

「はぁ、もう一度探索するかぁ・・・」

 このままではいけないと、顔を上げた瞬間。島は我が目を疑った。時間にしたらものの10秒位しか経過してないはずなのに、既にあたりは黒一色の夜になっていた。

 慌てて時間を確認するが、腕時計の時刻は午後21時32分だった。

「おい嘘だろう。何だよこれ? 一体何がどうなってんだよ? えっ、どうなってんだよ!?」

 ほんの一息ついただけで、10時間程の記憶が抜け落ちてしまっていた。今までにこんな経験はしたことがない島は、自分の置かれている状況を飲み込む事が出来なかった。否、どう説明されてもこの状況を理解することは無理だろう。

 方向感覚の欠如、状況失認、時間消失、全てはあの鳥居を出た時から始まった。

「何なんだよ一体全体よぉ!!」

 深く考えれば考える程、余計頭が混乱してくる島にまた新たな問題が発生した。身体に寒気を感じガタガタと震えだす。筋肉が強張り思うように動かすことが難しくなってきた。

「マズイぞ・・・何か・・・暖まめないと・・・なにか・・・マズイぞ・・・」

 辺りを見渡そうと首を横に向けた瞬間、空気を切り裂くような音が聞こえたと思ったら、すぐ耳の後ろで乾いた音が響いた。

「えっ!?」

 振り向くとそこには長さ80cmはある矢が突き刺さっていた。考えるまでもなく、島の身体は外的脅威からの対処行動に動いていた。素早く身をかがめると、すぐ頭上を2本目の矢が飛んでいった。僅かに掠り背中と腹に嫌な汗をかく。

 ほんの一瞬動作が遅れていたら、あの矢は間違いなく額に突き刺さっていただろう。

 一般的な映画だとここで悲鳴を上げて逃げてい行くのがベターだが、実際は恐怖と困惑で声を出すことなどできず、ただ黙って原始的な行動を起こすことしか出来なかった。それはただただ全力でその場から逃げる事だ。

「はあっ、はぁっ はあっ、はぁっ、」

 島は真っ暗な山道を無我夢中で逃げ回っていた。途中何度も転び、木々にぶつかったがそれでも止まらず目の前の闇に向かって上へ下へ、そして右へ左にとにかくただ遠くに行く事だけを考えて走っていた。

 幸いな事に、普段鍛えている肺活量と山岳行軍で山道にはなれていた。それでも夜間山中を動き回るのは自殺行為に近かった。

「うがっあ!!」

 木の根に足を取れ派手に転んだ所で島は我に返った。走るのを止め、木に肩を寄せ身を隠し荒い息遣いを整えながら周辺に目を向けた。

 風で僅かに擦れる木々の音が聞こえるだけで、虫の音のさえ聞こえない。やがて呼吸が落ち着くと島はゆっくりと立ち上がり木から身を出してみた。

 次の瞬間。左足に激痛が走り島は後ろに倒れ込んだ。

「ひぃやあ!! 痛ってぇ!!」

 左足のスネの箇所に矢が刺さり貫通している。再び危機回避のスイッチが入って起き上がると、その場から離れだした。だが、今度は思うように走れず、ペースが悪い。

 地面にある石を拾い上げると、矢が飛んで来たと思う方向目掛けて投げ飛ばしたが、それと同時にもう一本の矢が右肩を貫いた。

「うがっあっ・・・あっああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 バランスを崩して倒れた先が急な傾斜になっていて、島は真っ暗な闇の中を下へ下へと転げ落ちていった。

 何度もむき出しの岩肌に身体をぶつけながら落ちて止まると、運良く川岸に出ることができた。

「ぐはっ、いっ痛ってぇ、痛ってぇよぐぅっ・・・はあぁ、はあぁ、はあぁ、チキショウ痛えぇ」

 身体を引きずるようにして川岸を進み続ける。足と肩から血をにじみ出ながら地面に赤い線を幾つも描いていく。

 まずい事に月明かりに照らせれた川岸には身を隠せる場所はなく、このままでは格好の的になってしまう。

 川岸に打ち上げらた丸太を見つけ辿り着くと、そこに寄りかかった。

「クソっ!! 痛え・・・ぐあぁっ」

 すぐに傷口を確認し刺さった矢を抜こうと掴んだ瞬間、手に電流のような痛みが走った。もう一度掴んで見たが同じだった。

「何だこれ? どうなってんだ? っん!?」

 困惑している島がふと前を向くと、向こうの森から月光に照らせれた人影が見えた。ハッキリとは見えないが、こちらにゆっくりと近づいてくる。

 島は息を飲むと近づく人物を凝視ぎょうししながら、足元にある手頃な石を広い上げた。やがて月光に照らせれたその顔がハッキリとわかった。

 それは黒い弓道着を着た、長い白髪の少女だった。手には自身の2倍はある弓を持っている。15、6歳位に見えるが、大人びた輪郭に目を瞑ったまま妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 この彼女こそ、はぐれ陰陽道と呼ばれた『源洲裏陰陽道十三家げんしゅううらおんみょうどうじゅうさんけ』の一つに属する『月ノ宮家』暗部の末端分家。月宮家鎮守つきみやけちんしゅ月宮巴つきみやともえだった。

 彼女はゆっくりと矢を弓に駆け引くと小さく囁いた。

「何も知らずに逝くのは不憫ふびんでしょう。だけど里に入ってしまった以上、見過ごすわけにはいきません。せめて・・・わたしを恨みなさい」

「やっ・・・やてくれ・・・死にたくない、まだ死にたくないんだ・・・お願いだ、助けてくれ、助けて下さい。死にたくない、死にたくないんです」

 必死に命乞いをしてみるが、彼女はただ首を横に振るだけだった。

 現実から目を背けるように、彼女は目を瞑っている。だが、その矢先は迷うことなく島の向けられる。そして矢が放たれた。

「っはあ・・・」

 放たれた矢は真っ直ぐ島の左胸に突き刺さった。

「・・・ァ・・・ァ・・・ァ・・・・・・ァ・・・」」

 小刻みに震え浅く早い呼吸のまま島義弘は、悲しそうに自分を見つめる巴を見ていた。二人の頭上には綺麗な満月が静かに二人を照らしている。

 これは第一次極東戦争開戦、2ヶ月前の師走(12月)のある晩の出来事だった。

 

こんにちは、朏天仁です。予定では昨日掲載予定でしたが、私の勘違いで本日掲載いたしました。お待たせして申し訳ございません。

 さて、今回始めて番外編を載せさせて見ましたが、いかがでしたでしょうか?賛否はあると思いますが、不定期で番外編は続けて行きたいと思います。

最後にここまで読んでくれた読者の皆様に感謝の言葉を述べていと思います。本当にありがとうございますm(__)m

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