狩場
都島リハビリセンターから200メートル程下った山道の脇に、8tトラックが一台停車している。ダークグリーン色の車体に、白銀色のバンボデーには『牧野運送』とだけ印刷されていた。
車体の近くでは帽子をかぶった作業着姿の男が立ち小便をしている。傍から見れば運転手がトラックを脇に寄せて小休憩に入っている光景だが、用を済ました運転手が後ろのリヤドアを開けて中に入るとまたドアがあった。
二重ドア構造になっていて、中に入ると全体が薄暗い群青色に染まっている。左側の壁に8個の重なったモニター画面を監視している人が一人、右側の壁机には並べられた無線機とパソコンキーボードを叩いている技師が一名座っている。帽子の男が中央の人一人がやっと通れる程のスペースを進み、一番奥にある新聞紙一枚を広げた大きさの机上から投射されてる、ホログラフ映像の前で歩を止めた。手前には50代の角刈り白髪の男が一人、その隣に同じ角刈りで顔のほりが深い40代くらいの男が立っている。全員がどこにでもあるような同じ作業着を着ていた。
カチッと靴の踵を鳴らし敬礼をすると、ホログラフ映像を鋭い眼光で見つめながら腕組をしている白髪の柴崎規夫先任電官が口を開いた。
「敬礼はいい、報告もいらん。早く持ち場に戻れ!!」
帽子の男は無言のまま踵を返すと、入っきたドアへと向かい外に出て行った。
このトラックのバンボデー内は旧陸上自衛隊の82式指揮通信車内部を改造した移動式戦闘指揮所になっている。型は旧式だが、装備されいる機材一式は全て最新式を整備されている。
高感度集音マイクに、全方向全ての状況確認ができる赤外線捜査追跡システムに加え、次世代行動予測装置が設置され、これにより部隊展開が30%以上迅速に行われるようになった。
最新式装備の中でなによりも隊員を驚かせたのは、この指揮所内を人体の最適環境に設定できる空調設備に、立って歩ける空間スペースだろう。皆言葉に出さなくともこの居心地の良さは十分理解している。
その最適環境下の中で柴崎先任電官と隣にいる藤本隆先任補佐電官が見つめている映像には、都島リハビリセンターを中心に各人配置されている隊員達の位置情報が赤い点となって写っていた。
「まったく緊張感のない奴め!! 一体村岡隊長は何を考えいらっしゃるのか」
「ふっ、そう言うな藤本。俺たちが疑問を持つのは禁忌だぞ。一つの疑問が迷いなり、迷いが疑心を生み疑心は空気を伝わって周りに伝染していく。そして最後は死神に魅入られ隊は全滅。根室防衛戦の時に隊長から口酸っぱく言われただろう」
藤本は口元をグッと引き締めた。
「ですが、あいつは無駄なモノです。使えない・・・いえ。我々の班の能力を120%引き出すには全員が一定の基準に達していなければ意味がありません。無駄にいても死ぬだけです」
「確か柴木二士だったかな、青山一曹」
「はい、そうです」
監視モニターを見つめる青山一曹は振り返らずに返事を返してきた。
「もう時代は変わりつつある、戦争を知らない子供がそろそろいい年になる頃だろう。平和という感覚を持ったものが一人くらいいてもいい頃合だ。」
「先任、いくら平時とはいえそれは連地教での事です。この班に実戦経験のないものが入るのは今後の士気に影響が出てきます。現にー」
「藤本、もうそのへんでいいだろう。今は任務に集中することが先決だ。柴木二士のことはこの任務が終わったらじっくりやればいい。青山一曹! 対象1、2の状況は?」
「はい、赤外線捜査追跡システムで確認した所、現在対象は中央階段を降りて1階正面玄関脇にある管理人室に立ち寄っています」
「よし。事情説明通りにクマタカ7~12を所定の位置に展開、その他も順次位置につくよう伝達」
「了解。こちら巣箱。クマタカ7、8、9は対象を目視で確認できしだい接触。クマタカ10、11は捕獲。クマタカ12は周辺確認。送れ」
指示を送って直ぐに返事が来るかと思いきや、奇妙な間が生まれた。
「・・・・・・こちら巣箱、クマタカ応答しろ。送れ」
再度指示を送っても返信は返ってこない。さすがに柴崎達も不信に思った様子で、藤本が青山の無線を取り上げて指示を送った。
しかし、結果は同じだった。
「なんだ? 無線の故障か?」
「いえ、無線は問題ありません。ちゃんと電波も生きてます。間違いなく向こうに継っています」
「おいっ!! 遊びじゃねんだぞ!! 返信しろクマタカ!! 誰でもかまわん。返信しろ!!」
藤本の怒鳴り声が指揮所に響くと、青山が無線チャンネルを全て開けた。と、同時に僅かに雑音ノイズに混ざり誰かの声が入ってきた。
『ガガッ・・・・・・・・・ッガ・・・・・・・・・ザザザザ・・・誰かッ・・・・・・のむ・・・ザザザ・・・・・・は不能・・・・・・ザッ・・・求む・・・・・・誰でもいい・・・・・・に遭遇・・・ガッガッガッ・・・・・・・・・』
最後はブチッとデカイ音と一緒に無線が切れた。
「今のは?」
「周波数から特定して・・・おそらくクマタカ2です。分隊の一番後方にいるはずですが」
「他のクマタカ達は? 回線が生きてるのだけでいいから呼び出せ」
「全チャンネルは開いてますが、応答はありません」
「もう一度呼びせ」
「藤本!!」
呼びかけに振り向くと、柴崎がアゴでホログラフ映像を見るように合図を送った。黙ったまま映像を見ると、藤本は一瞬我が目を疑った。
先程まで映し出されていた隊員達の個人GPSマークが全て消滅している。
「さっきの音と同時にクマタカ2のGPSが消滅した」
「そっそんなー」
「ぼさっとするな!! 黒鉄の赤い十字架の襲撃かもしれん。各自、甲種防衛体制に移れ!! 通常弾は使うな、魔弾と属性弾の使用を許可。おい藤本!! 早くこっちに戻れ!!」
柴崎の言葉に、その場にいた全員の思考回路が戦闘準備に切り替わった。各自が近くの引き出しやロッカーから拳銃とショットガンを取り出し慣れた手つきで弾薬を装填し始めた。
「おそらく敵は聖獣だろう、絶対に間合いを詰められるな。聖獣よりも術士を探して属性弾で始末しろ!! わかってると思うが、魔弾を打ったら最後薬莢は回収しろよ。痕跡を残すは、我々今ここに存在しないことになってるからな」
「了解っ!!」
「おい黒田っ!! すぐに本部に連絡しろ。モタモタすんな!!」
「やってます。ですが補佐官、回線が通じません」
「こっちも・・・映像が完全消滅しました」
「もういい!! 車を早く出せ。ここじゃ地の利を生かせねぇ」
無線技士の黒田が拳で壁を強く3度叩いた。それを合図にトラックのエンジンが掛かりだす。
「よし!! 移動だ。こっちの安全が確保されたらクマタカの回収を行うぞ!! ほら急げ!!」
「待って下さい!! フクロウより連絡入りました」
慌てた声の青山が無線機の音量を上げた。
『ザ・・・ザ・・・こちらフクロウ!! 巣箱応答して下さい!! すぐに退避して下さい!! デカイ影がそっちに・・・あっ!!』
フクロウの叫ぶと当時にトラック内にデカイ轟音と強い衝撃波が発生し、柴崎達の空間が90度回転した。ペンや書類の小物類が宙を舞、機材からパチパチとショートの火花が飛び始めた。
「・・・クソッ・・・」
首筋を押さえながら青山が上体を起こすと、自分が無線機の机に挟まり身動きがとれないことに気がついた。
「大丈夫か青山一曹? 待ってろ・・・今助け出してやる」
声を掛けて来のは藤本だった。自身も額を切り出血していた。助けようと藤本が机に手をかけた瞬間。先ほどよりも強い衝撃波に襲われ90度回転した。電力系統がイカれ照明が消失する。
少し経つと、柴崎の声が響いた。
「・・・・・・全員無事か? 全員その場で点呼するぞ!! 藤本っ!!」
「はい」
「黒田!!」
「はい、無事です」
「青山!!」
「・・・無事です」
全員の点呼が終わると、タイミングよく非常灯が点いた。
赤色の非常灯が辺りを照らし、天上と床が逆さかになった指揮所の中で見えたのは、機材が青山の身体に覆いかぶさっている光景だった。
「黒田手伝え!! これを早くどかすんだ!!」
「了解!!」
二人で青山の救助に取り掛かっていると、奥の入口付近で猛獣のような雄叫びが上がった。
鼓膜を揺らす強い振動に、その場にいた全員の動きが停止した。敵は壁一枚隔てたすぐそばにいる。
「全員銃を取れ!! 来るぞ!!」
柴崎がショットガンの引き金を引くと、それを青山に差し出した。
「敵が来るぞ!! 自分の身は自分で守れ!!」
「・・・りょっ、了解しました」
青山はショットガンを受け取ると、それを力強く握り締める。
再び外で雄叫びが上がると、何かが中に入ろうとドアを叩き始めた。断続的に響く打撃音が次第に強くなり、やがて大きな音と一緒にドアが引き剥がされた。
柴崎、藤本、黒田が銃口を向ける。
「何だ!?」
ドアが剥がされ、外の様子が見えると黒田が驚いた。時間的には外は昼間のハズなのに、そこには黒一色に統一された深い闇になっている。
「クソっ!! 結界か!!」
銃口を向ける闇の中から赤く光る2つの点が、瞬きをしながら空をさまよっている。その目が身動きがとれない青山を見つけると、赤黒のまだら模様をした腕が飛び込み、鍵爪のような5本指の手が青山の頭を鷲掴みにした。
「うぎゃや゛あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁ」
断末魔のような悲鳴と、頭蓋骨が砕ける音が鳴り響く。
「野郎!! 撃て!! 撃て!!」
全員の銃口が火を吹き、放たれた魔弾が青山を締め付けている腕に幾つもの穴を開ける。青山も薄れゆく意識の中で、手にしたショットガンの銃口を締め付ける腕に当てて引き金を引いた。
抵抗むなしく手首の辺りから鮮血が吹き出すが、すぐに塞がってしまった。
「ガガガルルルルル!!!」
唸り声が響き、さらに締めつけが強まると青山はショットガンを持つ事も出来ずに事切れた。
「この野郎!! 青山を離しやがれ!!」
P220を連射しながら藤本が叫ぶと、それに続けて黒田も応戦した。だが手応えが無いまま青山の頭を掴んだ手は一瞬内側にひねると、ゴキリっと鈍音と一緒に頭部をねじ切り持ち去ってしまった。
残った胴体からは噴水のように鮮血が飛び出す。
「チキショウォ!! この野郎!! オラっ!! まちやがれぇ!!」
「待て黒田!! 先に弾を補充しろ!!」
「ぐっ・・・了解!!」
目の前で仲間を殺された怒りを何とか押さえ込み、再装填を終えると入口に銃口を向ける。不思議なことに全員の準備が完了するまで敵の襲撃はなかった。まるで準備が終わるまで待っているかのようだ。
「チキショウ、レッドクロスめぇ!! あれは一体何だってんでしょうか?」
「わからん。火トカゲか・・・いや、バジリスクに似ていたが、あんな聖獣見たことないぞ。先任は?」
「いや、あんなのは初めてだ。とにかく術士を見つけないと、このままここにいたら皆殺しだ。」
柴崎が指で合図を送ると、黒田を先頭にゆっくりと入口へ歩始めた。黒田の銃を構える手がガチガチと震えだす。足元には青山の血だまりが出来、足元からその温かみが伝わってくる。
「おい黒田落ち着け。間違っても仲間に当てるなよ」
「わっ・・・わかってます」
左手で顔の汗を拭い、やっと入口までたどり着くいた時。再び唸り声が聞こえ赤い瞼と目が合った。
「うっ・・・うはあああぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴と同時に銃弾が発射されるが、それよりも先に相手の長い爪が黒田の心臓を抜いていた。
「ぐっふぅ・・・」
血を吐きながらも黒田は銃を撃ち続けるが、そのまま闇の中へと吸い込まれて行った。
「黒田ぁぁ!!」
怒りを込めた叫び声が虚しく響き、藤本のショットガンが闇に向かって発射された。荒い息使いだけが指揮所にこだまする。もう残っているのは藤本と柴崎の二人しかいない。
「藤本。戻れ」
呼吸を整えるながらゆっくりと藤本が後ずさりを始めると、闇の中からあの腕が飛び出してくるとその鋭い爪が藤本の左太ももを貫いた。
「ぐぎぃぃ!!」
「藤本ぉ!!」
闇の中へ引きずり込まれそうになる藤本の腕を柴崎がとっさに掴み止めた。
「はっ、離してください先任!! 手を―」
「バカ言うな!! 簡単に諦めんるじゃねぇ!!」
「その通りですよ。藤本補佐電官」
その声が聞こえると、藤本の足を貫いている敵の腕に無数の御札が張り付いた。御札の文字が赤く光り出すと、張り付いている腕の箇所が砂になって消滅した。
二人は一瞬何が起こったのか理解できなかった。だが直ぐに正気に戻ると、柴崎が藤本の体を奥へと運び込んだ。
「遅れて申し訳ありません。この結界を破るのに少々時間が掛かってしまいまして」
「陰陽師か?」
「いいえ、私は道士です」
柴崎の横に立っているのは道士だった。
「すまん、こんな時に黒鉄の赤い十字架の襲撃を受けてしまった。隊長に連絡してくれ本作戦は遂行不能と」
「一つ間違いがあります。アレは黒鉄の赤い十字架の聖獣ではありません。少なくとも西洋の幻獣ではないですね」
「では何なんだ?」
「邪虎です。八大地獄階層の鬼を喰らう虎です」
「じゃこ? 式神なのか?」
「我々と!? まさか。似て非なるな物、まったく違いますよ」
道士が話の途中で一枚の札を出すと、それを藤本の出血している足の部位に貼り付けた。すでに大量に出血していて、藤本の顔は蒼白していた。
「取りあえずはこれで大丈夫です、あとはこの結界が敗れるまで時間を稼ぐだけです」
「かせぐ? 他に誰かいるのか?」
「ええ、おりますとも。ただその前にうるさいドラ猫を大人しくさせないと」
入口を向く道士につられて柴崎も向くと、そこは入口一杯に五芒星ができていた。その五芒星を破ろうと唸り声を上げながら邪虎の爪が切りつけている。
「吠えるなよドラ猫、今遊んでやるから」
道士の左手が五芒星に向けるられると、青白く五芒星が輝き始めた。
こんにちは、朏天仁です。今回の「狩場」はいかがだったでしょうか?
今後の展開にご期待ください。とは大きな声で言えませんね(^_^;)
誤字脱字が内容にチェックはしているつもりですが、読みにくかったらすみません。
最後にここまで読んでらって本当にありがとうございます。m(__)m