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フルート

 西暦2043年7月2日、埼玉県北部地区にある上郷かみさと町は、第一・第二次水戦争の戦火を免れた数少ない町の一つだ。四方を山で囲まれていて、町への通路は主に国道を通る車かバスしかない。

 自然豊かなこの町は、埼玉県内有数の別荘地と観光地でもある。町長もこの豊かな自然を謳文句うたいもんくにした土地の誘致を行い、町の財源のおよそ4割を不動産業と観光業が担っている。

 静かで自然豊をアピールする事は、聞こえはいいかもしれないが、裏を返せば誰かを隔離かくりさせておくにはうってつけの場所と言える。

 現に上郷町は、連邦政府公認の自然環境しぜんかんきょう促進そくしん広域授産都市こういきじゅさんしせつ10ヵ年計画(別名:新エメラルドプラン21)のモデル地区に認定されている。簡単に言えば、社会生活を営む事が難しい亜民あみんを、人里離れた山奥に押し込み知らぬ存ぜんを押し通せる制度だ。

 町中のいたるところに、職業訓練施設やリハビリ施設、居住施設に就学施設が整っている。様々な施設がある中で、上郷町を囲む山の一つ『神民山じんみんやま』の中腹に『都島みやこしまリハビリセンター』があった。

 廃校になった木造校舎を町が買取り、中身を一新させて技能能力開発施設として利用されている。主に音楽や芸術分野の能力開発に重点を置いている。一つのクラスには一人の担当講師と、数人の亜民生徒が講習を受けている。

 その施設の2階の奥に古い音楽室があり、そこから綺麗な音色が廊下の方へと響き渡っていた。

 部屋の中では、ここのセンター講師である神矢朋子かみやともこがフルートを奏でている。

 亜麻色のウエーブのかかった長い髪に、薄桜色のノースリーブのワンピースから伸びる色白の細い腕と、日本人離れした細い長身に整った顔立ちは、誰もが一瞬その容姿に足を止めるほどだ。しかも、フルートを美しく奏でる事で彼女の魅力を一段と引き立たせている。

「今のが『アルルの女』よ、この夏が終わるぐらいまでには吹けるように目指すのよ。坊や」

「あの~、その坊やって言うの…いいかげんやめてくれませんか。俺、これでも19なんですけど」

 神矢講師の演奏を隣で聞いていた月宮亮つきみやりょうは、苦笑いしながらポリポリと指で頭を掻いている。目元を覆い隠すほどの前髪と、細く華奢な身体に、Tシャツのすそが何箇所か擦り切れた姿は、いかにも草食系男子と言えるだろう。

「何いってんのよ! あんたは私より年下で子供みたいなもんのなんだから、坊やに変わりないでしょう。実際子供なんだし」

「俺が言いたいのは、せめてその坊やって言うのを、名前に変えてもらいたいってことですよ」

「あぁ、無理! ダメ! ボツ! 却下! はい終了! 私より上手く吹けるようになったら呼んであげるわ。はい、それじゃー今度は一緒に二重奏デュオにしてみましょう」

「はあ、ホンット一方的だよな…」

「何か言った! つべこべ言わない、はい始め!」

「…はいっ」

 神矢講師の合図で亮は譜面台を直し、息を吸い込みフルートを口にあてた。タイマーセットされた電子メトロノームがカチカチとリズムを刻み始めると、タイミングを合わせて二人の二重奏デュオが始まった。

 曲はさっき彼女が美しく奏でた曲『アルルの女』だ。最初の出だしの音が重なると、低音からいっきに音が高くなる。と、すぐに演奏が止まった。

「違う違う! そんな強く吹いてどうするの、もっと優しく吹くのよ」

「えっ? 吹いてますよ」

「違う! 坊やのは音を出してるだけ、楽譜を見て次の音に合わせてないの。はい、最初からやり直し!」

「ええ、あの、もっと分かりやすく説明してください」

「さっきあたしが吹いた曲を、ちゃんと耳で聞いてれば分かるはずよ! 楽譜を見てリズムを掴むの。はい始め!」

「はいはい」

「返事は1回!」

「はいっ!」

 納得がいかない顔で、再びメトロノームのリズムに合わせて演奏を始めてみるが、またしても結果は散々だった。

「ダメダメ、ただ吹けばいいってもんじゃないのよ坊や! 複式呼吸からだされる息を、唇の微妙なさじ加減で調整しながら音をコントロールするの、そして楽譜の中で音を切る所と、繋げる所をよく見るの、ちゃんと音符読んでるの?」

「あの~、俺音符読めないから上に書いてもいいですか?」

「なっ何てことを、ダメに決まってるでしょう。そんなのは小学生かド素人がするものよ、私の生徒にそれは認めません! ちゃんと音符は覚えないとダメよ」

「はぁ~、面倒くせぇな」

 つい、ため息と一緒に本音がこぼれてしまった。この神矢講師は普段は上品で物静かな人ではあるが、こと音楽に関して180度性格が変わって、スパルタ式に変貌してしまう。

 亮がここでフルートを習い始めて3ヶ月、最初は亮の他にあと2人亜民の生徒がいたが、一週間もしないうちに一人はクラスを変わり、もう一人はここに来なくなってしまった。それから現在まで、このクラスは実質亮一人だけとなっている。

「それじゃーっもう一度吹くから、よく聴いとくのよ。わかった!」

「…はい」

 亮がここでフルートを習い始めたのは、別にフルートをやってみたかった理由わけではなかった。

 亮が生活している施設『たんぽぽ』の管理人兼主任の蒼崎玲子あおざきれいこが、神矢講師の親友である事から始まる。

 3ヶ月前『亮くんって、意外とフルートが似合うかもしれないかも』と突拍子とっぴょうしもない事を蒼崎玲子が言い出し、その日の内にここに連れて来られ、半ば無理やり入門されてしまったのだ。

 後に、それは受け持ちクラス生徒数(ゼロ)で、失業寸前の親友を助ける為だったったと、あとから知らされた。

 それまでクラシック音楽など一切興味がなかった亮だったが、神矢講師が奏でるフルートの音色に一瞬で虜になってしまった。こうして慣れないフルートに悪戦苦闘しながら、神矢講師からの毒舌も受けてはいるが、亮はその美しい音色を奏でる彼女に対して尊敬と敬意を持っていた。

「やっぱり違うな」

 神矢講師の奏でる『アルルの女』の音色は、音自体が耳から聞こえるだけでなく、胸の奥に直接響くそんな音色だった。その音色を聞くたびに、いつも亮は自信を無くしそうになる。

「あの~先生、どうすればそんな風な音が出るようになるんですか?」

「ただひたすら練習すればいいのよ」

 即答だ。

「真面目に聞いてるんですけど」

「真面目に答えてるわよ」

「………」

「冗談よ。そうね、一番いいのはだれにこの音を送るかってことね。実際、坊やは誰にこの音を送りたいと思うの?」

「誰に…」

 神矢講師の質問に、亮の頭に今頃『たんぽぽ』で『亮()ぃがいない、亮()ぃいない』と泣いている星村マナの顔がよぎったが、すぐに頭を左右に振った。

「いません」

「へぇ~、いるんだ!」

「だからいませんって!」

「まぁっ多分マナちゃんでしょう。あの子って坊やに一途だから」

「ぅっ…」

「図星ね、まったくそんなんだから坊やって呼ばれるのよ。それじゃーっ今度はその愛しのマナちゃんを思って吹いてみましょう」

「だからぁ、そんなじゃぁないですから!!」

 亮の話を聞かずに、神矢講師がメトロノームのスイッチを押すと、再び演奏が始まる。先ほどと同じように神矢講師の音色に亮の音が重なってはいるが、まだまだ亮の出す音は彼女の音に程遠い。だが、マナの事を考えてるのか、その前と比べるとやや音色が生きている。

 神矢講師もそれを知ってか知らずか、演奏を途中で止める事なく後編へと続けていく。そして二人の二重奏デュオはなんとか無事に最終楽章(コーダ)を迎え終了した。



 今回ようやく主人公の月宮亮が登場です。早く出せよって感じですね(^_^;)

さてさて、やっと本題ストーリが展開されていきますが、次回の投稿は仕事の都合で多分1週間程度空いてしまうかもしれません。Σ(゜д゜lll)

 なるべく早く投稿を予定していますので、どうかご了承下さいm(__)m

 ここまで読んで下さってあなた様に、本当に感謝します。ありがとうございます。


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