強者《つわもの》
予定通りに依頼が終わり、帰りの車内で亮は暗く沈んだ顔で外を眺めていた。
「さっきからずっとそんな顔して、一体どうしたっていうのよ。そんなに今回の仕事嫌だったの?」
「こんな仕事自体が嫌だったさ、それに俺は元からこんな顔だよ」
アパートを出た後、指定された場所で男の引渡しを行った際に、てっきり依頼主が来ると思っていた亮だったが、その考えはあっさり裏切られた。
引渡し場所に現れたのは亮たちと同じ、雇われたもつ一つの運び屋だった。
結局その運び屋に男を渡し、お札の入った封筒を貰って依頼達成となった。亮にしてみれば幾分腑に落ちなかった。
「あらあらウソついちゃってまあ。でもまあ今の君の方が人間らしくなってるからいけどね。それで、何が一体気になってっるって言うのよ。あと1時間で『たんぽぽ』に着くから、その前に話なさいよ。これでも元教官なのんだからさ」
「別に俺個人の問題だから、人に話すことじゃないし。特にあんたに話してもな」
「ほらやっぱり気になってる事があったんじゃない。引っかかったわね」
「くっ・・・この・・・俺はただ、あんたがあまりにも安全運転をしているからそれが怖いだけだよ」
「えっと、銃はどこにしまったからしら?」
「ウソウソ、探さなくっていいから冗談だって。前見ろ前、少しは空気読めよ」
「あら!? 君って空気読める人だったかしら。一番空気読めない奴だった気がすけど」
「いい加減人を茶化すのはやめてくれ、何が目的なんだよ。ひょっとしてさっきからずっとツケられてる事に関係してるのか?」
意外な一言だった。亮の言葉に霧島は表示を変えずにため息を漏らすと、バックミラーを操作して亮が後方を見えるようにした。
「3台後ろの黒いセダン。だいぶ前からこっちをつけて来てるわよ。目的は私か君か、それとも両方共かしらね。いずれにしろもう少したったら教えておこうと思ったんだけどね」
「俺の危機管理センサーはまだナマっちゃいねぇよ。連中の仲間かどうかわからねぇけど、家につく前に片付けようか。どこかのコンビニに停めてくれ」
「コンビニ!? 何でコンビニなの?」
亮は答えず黙ったままでいる。ちょうど目の前にコンビニが見えたので霧島はその駐車場に入り停車した。
バックミラーで後ろを確認すると、尾行していた黒いセダンは駐車場の路肩に停車した。
「助教、運転手は任せました。それじゃ」
それだけ言うと、亮は外に出て黒いセダンの方へ真っ直ぐ進んでいく。
「はあ。ちょっと!? もう!!」
慌てて亮の後ろ姿を確認すると、黒いセダンの前で立ち止まった。そしてそのまま踵を返して反対方向へ猛ダッシュした。
それに合わせて車からスーツ姿の男が二人亮の後を追いかけ、暗がりの中を走り去っていく。
「あらら、あの子ったらホント無茶するんだから。あんなに乗り気じゃなかったのに、今は生き生きしてるじゃないの。まあいいわ、こっちはこっちの仕事に入るとしますか」
バックから拳銃を取り出すと、装てん数を確認し背中のベルトに押し込んだ。
「これは最後の手段でっと、まったく。この車まだローンが残ってるのよ。まっ、後で諸経費で落とすからいいか」
車のギアをバックに入れると、アクセルを勢いよく踏み込み黒のセダン目掛けてバックした。白煙と摩擦音を上げながら猛スピードのまま車がセダンに突っ込むと、勢い余って車体を乗り上げ反対側に着地した。
霧島の車は後ろのバックドアが大きく凹んだだけだったが、セダンの方は天井が潰れ運転席側の窓が半分押しつぶされている。
咄嗟の出来事に運転手はどうする事も出来なっかっただろう、まさかあの状況下で車がバックで突っ込んで来るとは誰も想像出来なかった。
車から降りた霧島は銃を構えたまま近づく。コンビニの客数人が野次馬根性丸出しで外に出てくるとスマフォで撮り始める。中には善良な市民らしく警察か消防に通報をしている客がいた。
騒ぎを大きくしてしまったため、後々面倒な事にならないための秘訣に霧島がハンターバッチを振りかざし一言放った。
「国家バウンティーハンターよ! 現時点をもって私から半径10メートル内を強制捜査範囲とします。無許可の撮影は今後禁止。捜査妨害とする。以上」
霧島の強権発動を聞いた野次馬連中はすぐに撮影を中止した。以外にあっさりしてると思えたが、昔『殺しのライセンス』をもつハンターの命令を無視した一般人が射殺される事件が後を経たないためだ。国民はハンターの恐ろしさを知っているからこそ直ぐに撮影を止めたのだ。
運転席から中を確認すると、天井とイスに挟まれて頭から血を流している男に銃口を向けた。
「この・・・イカレ女が・・・」
「何だ、外国人だったの? ならいいわ、日本の大和撫子を舐めんじゃないわよ!! 特にバウンティーガールはね」
「くっ、クソッタレが」
悔し紛れに言った一言に、霧島は無言のまま銃底を食らわせて気絶させた。
「さてと、あとは亮くん頑張ってね」
亮を追跡していた男たちは、路地裏に入った所で見失っていた。二手に分かれてあたりを探索し始めると、一人が丁度町工場同士の細道に入る亮を発見した。
もう一人に指で合図を送り、その細道の入口付近で立ち止まった。建物同士の道は細く人一人通るのがやっとに状況だ。一人が先行して中に入り、時間を開けてもう人が後に続いた。足の踏み場がないくらいゴミが散乱し、異臭が漂っていた。
また見失ってはと思いながら、進み続ける男たちに対して、彼らの頭上にはその様子を伺っている亮がいた。
両壁に手足を伸ばして留まっている状態のままで、自分の真下を最後の男が通り過ぎた瞬間。一気に落下した。
「ガッハッ!!」
落下のスピードと体重を載せた肘鉄を男の脳天に食らわせて倒すと、今度は振り向いた男の鼻先目掛けて飛び膝をおみまいした。グシャリっと鼻の軟骨が折れる感触が伝わり、男は鼻を押さえ尻餅を付いた。
「何故俺をツケ回す? 何が目的だ?」
亮の問に、男は昏倒しそうな痛みをこえながら脇腹をまさぐった。
「ひょとして探し物はこれかい? 案外いい趣味してるよね」
亮が指先で何かを器用に回してる。男の視線がそこに注がれる。回っているのはドイツのワルサー社が開発したワルサーP99だ。
男は亮を睨みつけていたが、やがて銃口が男に向けられると一発発射した。9mm弾の乾いた音が壁に反響する。
「早く答えてくれよ。でないと次は容赦なく体に当てるから」
銃弾は男のこめかみを掠りながら数本の髪を奪っていった。
灯りはなく暗い路地裏で、相手の顔などただの黒い輪郭にしか見えない状況下で、まるでハッキリ相手が見えているように正確に狙い撃ってきた。
「ワっ、ワっ・・・ワタカッタ。ワカッタカラ撃ツナ。撃タナイデクレ・・・クレ」
戦意喪失したまま男が片手を上げた次の瞬間。一瞬鈍く光る線が男の顔面に突き刺さった。絶命した男の顔を長細い剣が串刺しにしている。
「!?」
亮は何が起こったのか理解しないまま、条件反射でその場を離脱すると少し広い路地裏に出た。壁に背を向けあたりを確認する。上空に向けたP99を左右に降りながら一度深呼吸する。
周りに人の気配はなかったが、どこからともなく自分に向けられている殺気をヒシヒシと感じていた。大抵の人間は緊張と恐怖で冷静でいられないはずだが、亮はいつの間にか自分が笑っている事に気がつかないでいた。
生と死が交差するこの状況で楽しんでいる自分がいる。しかも相手はそれなりの強者だ。全身を巡る血が沸き立ち肉が踊ると、高まる高揚感に亮は久しぶりの高揚感に気持ちが湧き上がってきた。
「さあ、来いよ。早く来いよ」
向けられてる殺気の方向に目を向けた時、黒い人影がゆっくとこっちに歩いてくる姿が見えた。銃を構えると、ベターなセリフが口こら漏れた。
「そこで止まれ! 両手を頭の腕で組んでから、ゆっくりと腹ばいになれ!」
警告が聞こえてないのかそれとも無視しているのか、相手の歩みは止まらなかった。
「バカが」
亮は相手の足に向かって一発撃った。右足のスネに当たるとようやく止まった。そこで始めて相手が女であることに気がついた。
黒のローブで身を包み、腰に中世のコングソードを携帯し両手に銀手甲を装備してた。
「なんてこった。ちゃんと警告はしたんだぞ」
「気にすな。むしろ感謝しているわ、これで正当防衛が成り立つからね」
フードを剥ぐとそこにはルーマニア大使館の一等書記官ミハイ・イオネスコがいた。暗闇の中でも彼女の金髪とみなぎる殺気はハッキリわかった。
「さっき殺したのはお前の仲間だろ、躊躇せずに仲間を殺せるとは」
「勘違いするなよ、仲間なら組織を売る事はしない。組織を売るやつは仲間じゃない。ただ組織を守っただけ。それにあの程度の痛みに耐えられないやつも仲間じゃない」
淡々と語るミハイの言葉には、なんの罪悪感も含まれていなかった。ゆっくりと鞘からロングソードを抜くと、剣先を亮に向けた。
「まずはポーンはどこ? それと『クルージュの奇跡』について知ってる事を全部話してもらうわ」
「待て、何の事だ? 聞いたことないぞ。一体何の事だ?」
「いいわよ。その方が責めがいあるから。ゆっくり聞き出すから」
剣先を向けたままミハイは、銃弾を受けた足は引きづらずに向かってくる。亮は再び銃口を足に向けて発泡した。今度は反対側の足に命中し、ミハイはその場で倒れた。
銃を構えたまま、うつ伏せに倒れているミハイの傍まで近づく。
「バカが、銃に剣じゃあ勝負は見えてるだろうが。急所は外したけど、しばらくは車椅子を覚悟しろ」
一応生きてくるか確認するため、首元に指を当てて脈拍を確認した。しかし脈拍どころか体の抵抗さえ感じない。まるで硬い石を触っているみたいだ。
何か変だと感じたその瞬間。左脇腹に激痛が走り、赤く滴る刀身が亮の体を貫いた。
「グアァ!?」
前に倒れているはずのミハイがいつの間にか背後に回っていた。
「もう一度聞くわ、ポーンと『クルージュの奇跡』につてい話しなさい。口が動かせるうちに早く答えろ」
背後から耳元に囁くミハイの冷淡な口調に、亮の体を貫いた刀身の先から滴る血液が地面を赤く染めていた。
こんにちは、朏天仁です。さて、猛暑が続いていますが皆さん体調は大丈夫でしようか?
今回新しいキャラが登場しました。亮が苦戦してま(>_<)この続きは次回投稿予定です。
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最後まで読んでいただいてありがとうございます。m(__)m