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主従関係

 ビルの間に夕日が沈み、街の外灯が灯り始めた頃。黒塗りのセダンが一台六本木ヒルズの地下駐車場に入ってきた。

 華やかにライトアップされ、人々の賑わう声にあふれてる場所と打って変わって。地下駐車場は蛍光灯の明かりと、静寂に包まれたいた。

 コンクリートの壁にエンジンを反響させながら、決められた駐車スペースにゆっくりと車を駐車させ終わると、中から40代位で胸板の厚い男と、派手なピンクのドレスを来た20代の女が降りてきた。

 どう見てもキャバ嬢が出勤前にお客と一緒に買い物に来てるとしか見えない光景だ。男の方は高級スーツに身を包み、さわやかで清潔感のある香水を漂わせている。

 女は何も言わずに男の腕に抱きつくと、そのまま大きく開いた胸の谷間に押し付けながら、人気のない地下駐車場を歩き始める。

「おい、気が早いぞ。お楽しみはまだまだ先なんだからよ」

「あら、そっちこそ気が早いわよ。私はまだ誘ってもないんだから、竹中さん。今夜他の子に浮気したらマキ承知しないからね」

「安心しろよ、みんなお前ほどいい女じゃねえし、それにお前ほどのいい女もいねえからよ」

「あら嬉しい。それならマキ、今日はうんっと竹ちゃんにご奉仕してあげちゃうからね」

 黄色い声を上げながらマキはさらに強く腕を抱きしめた。それに釣られて、男がの視線がそのふくよかな谷間に視線を移す。

 竹中は後ろを軽く確認すると、女の腰に手を回し自分に引き寄せる。

「もう、気が早いわよ。まだこれからなんだからもう」

「仕方ねぇだろう。こればっかりは男の性分しょうぶんなんだからよ。お前今日はちゃんと開けてあるんだろうな? この前みたいな事は無しだぞ」

「わかってるわよ。マキだって今日は竹ちゃんの為に今夜はオフにしてるんだから。そう心配しないで」

「よしよし、いい子だ」

「キャッ!!」

 二人が甘い世界を満喫してる途中で、突然マキが悲鳴を上げた。

「どうした?」

「へっへっへっ、ようようお二人さん。こんな場所でおアツイこったな。これからおな楽しみかい、いいね。これだから金持ってる奴は羨ましいね。いい着物(べべ)着て、尻軽女を連れてんだからな」

 突如、後ろから現れたのは顔を赤らめた中年の酔っ払いだった。シワだらけのシャツに、緩んだネクタイ。怪我でもしたのか指に包帯を巻きながら、少し笑った口からは安いビールの匂いが漂ってきた。

「おい、オッサン! 俺のツレに何してんだよ。酔っ払いはとっとと帰りな」

「へっへっへっ、こっちは帰って女房子供はいねぇんだし、淋しい夜を一人過ごさなくっちゃならねんだよ、それよりも俺にも少しおすそ分けしてくれてもいいだおう、なあ」

 そう言うと、男は女のバックを掴みだした。

「ちょっ、ちょっと何すんのよ。話しなさいよ」

「おいテメー、いい加減にしろよな!! その手を離しやがれ!!」

 竹中が男の腕を掴み上げ、そのまま後ろに追いやる。

「おっとっと、あぶねぇーじゃねかよ。怪我したらどうすんだよコラ!!」

「たくっ、この酔っぱらいが。おいマキ、お前ちょっと先行ってろ。俺はこのオッサンにちょっと話があるからよ。直ぐに行く」

「う、うん。わかったわ」

 その場の空気を感じとったマキは、足早に去っていった。

 マキが居なくなると地下駐車場に残った2人は、お互いを真っ直ぐ見据えた。そして竹中が手の届く位置までゆっくり近づくと右腕を大きく振り上げ敬礼をした。

「お久しぶりであります。村岡一佐」

「敬礼はよせ竹中二尉。それに俺は元一佐で今は三尉だ。お前より下だぞ」

「いいえ、例え階級が下がっても、自分の中では一佐は一佐であります。そして自分の上官であることも変わりません」

 その言葉に村岡は嬉しそうに頬を緩めると、敬礼を返した。

「その生真面目さは変わってないな、終戦から上手いこと防衛省から検察庁にくら替え出来たみたいだな」

「それは、一佐のお陰であります。自分を含め一佐が最後の権力チカラを使ってくれたおかげで、自分らの部隊は路頭に迷う事はありませんでした。あの時の嬉しさは今でも忘れません」

「買いかぶり過ぎだ。俺はただ上の連中がお前たちを残置諜者(ざんちちょうじゃ)として戦地で切り捨てようとした事がムカついただけだっただ」

「それでも、自分達は一佐に助けられました。自分は、今でも一佐の部下であることを誇りに思っております」

 竹中は胸を更に反り上げ目を見開いた。

「おい、いい加減敬礼を降ろせよ。誰もいないかもしれないが恥ずかしいだろう」

「あっ、これは失礼しました。所で一佐その手はどうされたのですか?」

「これか、ちょっと飼い犬に噛まれてな」

「飼い犬・・・でありますか?」

 竹中は首をかしげた。

「それで一佐。今日はどのような用件でいらしたのでしょうか? こんな手の込んだ事をすると言うことは、何か事情がお有りなのでしょう」

「くさい三文芝居だったかな、実はなお前に調べてもたいたい人物がいる。もしかした想定外の状況が出てくるかもしれないが、頼めるのはお前だけなんだ」

「一佐の為であるなら、自分はどんな事があってもそれを最優先に致します。それで一体何をお調べになりたいと?」

 村岡はズボンのポケットから一枚の画像写真を取り出して見せた。そこにはあの一ノ瀬アパートで椅子に縛れたポーンの他に亮と霧島の3人が写っていた。

「この二人を調べてもらいたい。名前、住所、生年月日はもちろん、運転免許、保険番号に納税証明書。勤務地、そこでの役職。とにかく徹底的に調べてもらいたい」

 写真を受け取りその二人の顔を脳裏刻み付ける竹中は、まさかと思って訪ねてみた。

「まさか、一佐の愛人とめかけの子ですか?」

 村岡は呆れた顔を向けると、竹中は慌てて修正しだした。

「失礼しました。一佐はそんな人ではありませんよね。分かりました、24時間以内に一佐がお知りになり情報を揃えてみせます。まずはこの女の方からあったてみます。それと報告はいつものアレでよろしいですか?」

「ああ、奉善寺ほうぜんじで待っている。頼んだぞ」

「了解しました」

 力強い口調で再び敬礼をする竹中の瞳には、情熱のような感情が宿りだした。

「とこでさっきの女は国税局マルサか?」

「はい、内偵捜査中です」

「何!? そうか悪いところを引き止めてしまったな」

「いいえ、かまいません。先程も言った通り自分の上司はデスクワークで腐った上司ではなく、一佐であります。お気になさらずに」

「そうか、それを聞いて気が楽になったよ。ではあとは頼んだぞ」

「ハッ!! ありがとうございます。お気を付けて」

 お互いに敬礼を済ませると、村岡はその場を離れ奥の影に消えていった。その後ろ姿が消えるまで竹中は視線をそらせずに注視していた。


「どうして寺んだ?」

 柱の影から法眼が現れた。今日は学生服でなく、白シャツにストレートなジーパンをはいている。一見純粋そうな好青年に見える雰囲気だが、その性格は冷血漢の言葉がピッタリと当てはまる。

「車で待ってろって言っただろ。人のプライベートを覗くなんてお前にはデリカシーも無いんだな」

「また鳴かせてあげようか、オジさん」

「やってみろよ。今度はお前が鳴く番だぞ。坊や」

 前回指の骨を折られたはずの村岡だったが、何故か今回は妙に余裕を見せている。それは負けじ根性から見せる虚勢ではなく、本当にかかってこいと相手に自分の力を誇示してるように見えた。

「ふんっ、たかが贈位ぞういを頂いたからといって、いい気になるなよ。それに一時的な贈位だって事を忘れるなよ。時期が過ぎればタダの人なんだからな。その時僕に命乞いをしたってもう遅いからな」

「たとえ一時的だろうと、俺はお前より上の位の人間なんだ。お前だってバカじゃないだろう、上が命令を下し、下は黙ってそれに従う。陰陽師も軍隊も位や階級が絶対なんだってことをよ」

 村岡の言葉に法眼は眉間にシワを寄せ、奥歯を噛み締める。色白の顔に不服の暗い影がおちる。だが、村岡はその反応をみて、やはりこの子は年相応な子供だと確信した。自分の自尊心をちょっとでも傷つけられりでもした、まるで親の敵のようにすぐ感情が表に出る。

(こいつも・・・ただのガキだったか)

 そう思いながら、村岡は内心笑ってみせる。

「それよりもだ、お前たちの力は本当に信頼できるのか?」

「どういう意味だよ」

「手ひどくやられたみたいじゃないか、あの道士とかいう奴だ。強い術が使えるから残りを任せたが、たったの2人に返り討ちにあうとは、この調子じゃ先が思いやられるな。いくら後方支援要員だと言っても、オレ達の足を引っ張るような事は勘弁してもらいたいな。くれぐれくもな、坊や」

 最後は皮肉を込めたつもりで言ったつもりだったが、法眼は以外にも静かに聞いていた。

「ああ、わかっているよ。まさか式神を素手で殺せる稀有けうな者がいたとは、僕が知る限りそんな話聞いた事がない。先の戦争(水戦争)でもそんな奴はいなかったはずだ」

「だが実際にいた。何者なんだろうな、そいつは・・・」

「わからない。だが、強き者だ」

 この時、村岡はある事に気づいた。竹中に渡した画像写真に写っていた青年の腕に、黒いマークがあったことに、最初は画像がそれほど鮮明でなかったから何かのノイズかと思っていた。

 だがここにきて、村岡の頭にある疑念が生まれた。

「まさか・・・亜民じゃねぇだろうな?」

「なにか言った?」

「いや、何でもない。ただの独り言だ」

「中年オヤジの独り言は、ボケの始まりなんだぜ」

 何故か法眼が笑ってみせる。

「お前なー」

 村岡が口を開くのと当時に携帯が鳴り出した。画面を見ると部下の一人である柴木からだ。

「私だ。何か進展があったのか?」

『ビンコですよ隊長。例の車の所有者が分かりました。いいですか落ち着いて聞いてくださいよ。持ち主は霧島千聖と言う名前の女です。しかもコイツ元公安別室第17課諜報監査室の補佐官でした。これは間違いなく、陰謀の匂いがプンプンしてきましたよ隊長』

 電話の向こうで子供のように声を弾ませてしゃべる柴木に、村岡はやれやれといった感じで応えた。

「そうか、元公安の女か。引っかかるな、どうしてあの場所にいたんだ」

『そんなの決まってますよ、スパイですよスパイ。どうせこの女は売国奴で、外国にこっちの情報を流してたんですよ。そうに決まってますって隊長』

「わかった、わかった。お前はそのまま青山の班と合流して、この調査を継続しろ。それと今度俺の事を隊長と言ったら一生口が開かねぇようにしてやるからな!!」

『りょっ了解しました・・・・・・柴木二士これより青山一曹の元に向かいます』

 それだけ聞くと村岡は電話をきった。今更ながら奴を班に加えた事を後悔しだした。

 予備自衛官補から研修目的で配属された柴木だったが、民間人感覚が抜け切れてなく班内でも浮いた存在だった。他の班の足を引っ張る恐れがあったため、単独行動で簡単な任務を与えていたが、そろそろ軍人精神を叩き込む頃だと考えた。

「何やらそっちの部下も問題があるみたいだね。くれぐれも僕たちの足を引っ張らないでくださいね。・・・てっ、おいちょっと待てよ。僕を無視するのか、オイ!!」

 法眼が皮肉を返してきたが、反論する気もなくそのまま無視して停車してある自分の車に乗り込んだ。

 運転席で一息つくと、何やら不穏な空気が漂い始めてきたと感じ、少し情報を整理してみる。東方シオネス十字教会(黒鐘の赤い十字架)の元に現れた元公安、それに素手で式神を殺す者。今まで考えていた体外勢力との戦いに、想定外の敵が張り込んできた。今後起こりうるであろう複雑な展開に加え何か大事なピースを見落としている気がして、それが更に苛立ちを大きくさせていった。

 水戦争中、圧倒的な物量と聖獣を背景に進軍して来る敵勢力に対して、村岡は後方からゲリラ兵を投入しかく乱させる作戦を受けた。ちょうど対馬奪還を果たした武装陰陽師達の百鬼衆が増援に来ると報告を受けたためだ。

 主力部隊が到着するまでの間、敵勢力をできるだけ自分達の場所におびき出す為、とにかく派手にかく乱させる必要があったのだ。

 しかし、作戦を開始した際に情報部の戦況報告で敵の戦力を過小評価してしまった結果、予想を超えた火力によって根室防衛線を突破させてしまうと言う失態を起こしてしまった。尊敬する上官、友人、部下に守るべき国民が慈悲をうことなく命を奪われ、敵の軍靴に領土を蹂躙され続けた屈辱感が込み上げてくる。あの時の同じ過ちを繰り返さない為に、わずかな懸念材料も潰しておくと心に誓ったのだ。

「おいオジさん。僕を無視するとはいい度胸だな。いい気になるよ、調子に乗ってると今ここでー」

 文句を付きながら助手席に座り込んだ法眼は突然口を塞がれた。固く冷たい村岡の手が顔半分を覆い隠し、そのよく回る舌を強制停止させた。

「お前、少し黙れよ」

「・・・・・・・・・っ」

 静かに、囁くように出したその言葉には、今まで感じたことがない殺気が込められていた。たとえ陰陽師や魔術師のような力がなくても、村岡には戦場で培われた軍人として気迫があった。

 ほんの一瞬見せただけだったが、子供一人黙らせるには十分過ぎた。この瞬間、二人の主従関係が完成した。





こんにちは、朏天仁です。今回は村岡三尉の話になりましが、いかがだったでしょうか。

話は変わりますが、最近暑かったり寒かったりと気温差が激しいですが、読者の皆さん体にはお気を付け下さい。

 最後にここまで読んでくれました読者の皆さんに感謝を送らせて下さい。応援ありがとうございます。m(__)m

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