はぐれ者
午前中の快晴がうそのように、急に天候が悪くなり、黒がかった雲から雷鳴が轟き始めた。おそらくあと1時間もしないうちに夕立が降り始めるだろう。
7月の湿気を帯びた風が強く吹きだし、赤色灯を付けた覆面車両から降りてきたのは埼玉連警に所属する平松警部補だった。シワが目立つYシャツに、背広を肩にかけている。
この男、齢50を過ぎているが、しっかりとした姿勢を保っている。顔に刻まれたシワの数だけ修羅場を経験してきたかのような雰囲気を、厚い黒縁メガネの奥にある強い目力がそれを物語っていた。
「おい、おい、こりゃハデにやってくれたもんだな。よりにもよってココで事故かよ」
事故現場はすでに複数のパトカーや消防車の他に、救急車が到着しいて、『KEEP OUT』の規制線が道路に掛かっていた。
ドアを閉めた平松の鼻腔にゴムや不燃物が燃えた時にでる異臭が漂ってきた。そのまま奥へと進み、規制線の手前に立っている制服警官に手帳を見せて中に入ると、ちょうど山道の脇から防火服を着込んだ数人の消防隊員が現れた。
「ちょっとすまない。状況を教えてくれ」
「誰です? あんたは?」
平松が警察手帳を見せると、消防隊員は奥の状況を説明してくれた。
「火はもう鎮火しました。車体はメチャクチャで殆ど真っ黒焦げになってます。すごい事故でしたけど、幸い中に人がいなかったのがなりよいでした」
「車内は無人ってことか? なら運転手はどこにいった?」
「乗っていた人間は運転手を含め全員外に投げ出されたみたいですよ。道路のタイヤ痕からしてもかなりのスピードが出て横転した感じですね。まったく・・・中学生に運転させるなんて・・・」
「中学生が運転してたのか?」
「ええ、向こうにいる刑事さんたちが話してましたから、運転していたのはどうやら中学生で、乗っていた同乗者はさっき救急車で運ばれましたよ」
「みんな生きてるんだな? どこの病院に運ばれたかわかるか?」
「そこまでは聞いてませんよ、自分が知ってるのはあと、そうだな・・・同乗者2名とも重体で、運転してた中学生は重症って事だけです。詳しく知りたいならあそこにまだ残っている刑事さん達に聞いてみてください、自分達が現場に着く前にいましたから、それじゃ自分達はこれで」
消防士が指した先に、スーツを着た男が2人話し合っている。
平松は消防士に礼を済ませると、ズボンのポケットからデジカメを取り出し辺りを取り始めた。雲息が怪しくなってきたため、現場が雨で変わる前にできるだけ状況を記録しておこうとシャッターを押しまくる。
路面に残るタイヤ痕と血痕がまだ新しかった。ある程度取り終わった所で平松は車体の写真も撮ろうと、奥の林へと進みまじめた。何本もの消防ホースが道しるべのように奥へと伸びていて、平松はそれを辿りながら進んで行く。
枝を掻き分けながら進むと黒い塊が姿を表し、熱気とガソリン臭に身体を包まれた。
「ほおっ、コイツは派手にやったもんだな」
それはおよそ車の原型を留めていなかった。唯一タイヤホイルがついているだけで車と認識できるが、それがなければ唯の鉄クズの塊にしか見えなかった。
さすがにまだ熱が残っていて、下手に触れば火傷しそうだ。平松は消火のさいにできた水たまりをよけながら黒い塊を撮り始めた。
数枚取り終わった時、平松はあることに気付いた。ただの事故にしては損傷が不自然過ぎる。車体の天井部の損傷が他とは明らかに違っている。普通の事故なら外圧が車体に加えられ、中に向かって車体は損傷していくのが普通だ。なのにこの車は内圧が外に向かって加えれた壊れ方をしている。
平松の脳裏に嫌な記憶が蘇ってくる。第二次極東戦争終結後、日本各地で巻き起こった暴動の中で、一部過激派が占領軍駐留所で自爆テロを行った時だ。
車に仕掛けられた爆弾が爆発し、占領軍側に多くの死傷者がでた。当時、民間警備会社の中間管理職から警察官特別中途採用に合格し、地域課に配属されていた平松は39歳だった。巡査長として治安維持を取り締まっていたさなか、その現場近くで爆発音を聞いた為すぐに状況確認に向かった。そこで目撃した光景は兵士達の声にならない悲鳴が飛び交い、血と肉の焦げた異臭が漂っていた。まだ軍警察や衛生兵達は到着してなく、軽症者が重症者を担いで運んでいる状況だった。
現場に近づくにつれ惨状は酷くなっていった。上半身のない兵士や腕や頭だけしか残せなかった兵士もいた。無論、占領軍だけしか被害を受けた分けではない、たまたま近くを歩いていた日本人の通行人も巻き添えを食らい、あたりに遺物を散乱させていた。
まだ幼い10歳ぐらいの子の頭部だけを見つけると、偶然目が合ってしまった。光を失ったその瞳から突き刺すような視線を平松は感じた。『お前のせいだ!!』っと、この子がいっているような気がしたからだ。
口元を押さえ嗚咽を堪えながら進み、ようやく爆発した車まで辿りつく事ができた。
黒い爆心地は地面が大きくクボミ、中心に鉄の花が開いていた。おそらく軽のワンボックスに爆弾を積み込み使用したのだろう。3つ残ったタイヤのホイルが受け皿のような形を作り、その鉄花を惹きたてていた。
それはまるで、爆発という化学反応が周りにいた人間の命を奪って出来た芸術作品のように感じられた。そしてそれと似た感じのモノが目の前にある。
「ちっ、嫌な事を思い出しちまったな」
平松は苦いものを噛み砕いたような表情を作ると、その場を後にした。
先程の消防隊員と話した場所まで戻ってきたとき、ポツポツを雨粒が降り始めた。夕立が思っていた程早く到来したようだ。
本降りになる前に所轄の刑事から話しを聞こうとして視線を向けると、今まさに所轄の刑事が車に乗り込む瞬間だった。
「おーい!! ちょっと待ってくれぇ!!」
慣れない地面に足を取られそうになりながらも、走りながら必死に大声を絞り出すと1人の刑事がそれに気付いた。だが、平松の顔を見るとそれを無視して車に乗り込む。そしてエンジンを掛け車を発進させた。
「おっおい! ちょっと待て、待てってば!! おい!!」
平松の制止も聞かず、車はゆっくりと進み続けると約20メートル程走って停止した。わき腹を押さえ、荒い息づかいのまま平松はやっと車にたどり着いた。
「はあ、はあ、はあ。ちょっ、ちょっと待てって・・・はあ、はあ、はあ、言っただろうが・・・はあ、はあ、何で行っちまうんだよ・・・はあ、はあ」
運転席の隣で腰を曲げ、両膝に手を掛けながら呼吸を整える。いくら気持ちだけ若いと思っても肉体的衰えはどうする事もできないと悟った。
運転席側のウインカーがゆっくり下りると、含み笑いを浮かべた男が話しかけてきた。
「おやおや、これはこれは、誰かと思えば平松のとっつぁんじゃーねぇか。連警の警部補様はよほどお暇とみられるな、わざわざこんな田舎まで足を運んで仕事を見つけてこなくちゃならないんだからな」
「はあ、はあ、一応ここも俺達の管轄なんでな。悪いが当事者の中学生には話が聞けたのか?ちょっと内容だけでも教えてくれねぇかな、頼むよ」
平松が片手でお願いのポーズをして中の男の顔を覗き込んだ。一瞬、「あっ」と声を上げた相手は平松のよく知る人物だった。
「おいおい今の聞いたかよ! 連警の刑事が所轄の俺達に情報を教えてくれってさぁ。お前どう思うよ」
「へっ、恐ぇー恐ぇー下手に情報を教えちまったらまた仲間をしょっぴかれちまうし、それにまだ聴取も済んでないから知らねえーな、まっ知ってても教えねえーけどな」
「そうだよな散々所轄を引っかき舞わした挙句、課長から署長までの首を全部すり替えちまうんだからな。あの後、残っされた俺達が監察官にどんな扱いを受けたか知ってんのかな」
「俺達は首の皮一枚でつながったとはいえ、中には本庁から虫けら扱いされた奴もいたんだしなあ」
いけしゃあしゃあと平松に悪態を向ける刑事達は、上郷町警察の保安捜査課に所属している中野巡査と東巡査部長だった。
「いい大人がいつまでもガキみてぇーに拗ねてんじゃねぇーよ! 毎年捜査協力費を自分の財布に入れてなければあんな事にならかったんだ。それを言えば、あの程度ですんでよかったと感謝してもらいたいね」
半分ウザったい感じを言葉に混ぜ言い返すと、二人の表情が険しくなった。
「なんだどぉ! よくそんな口が聞けたもんだな。大体お前ら上の連中が検挙率維持のために、しなくてもいい捜査や調書をやらしといて、ヤバくなったら全部下に押し付けてきたんじゃねぇかよ!」
「そうだ。飛ばされた課長の子供はまだ生まれたばかりなんだ。それを依願退職とぬかしてたが、ほとんど脅した懲戒免職だったじゃねぇーかよ! しかも未だに退職金は未払のままだしな」
青スジをたてながら捲くし立てる口調で吐き出してくる。このままいけば唾のひとつでも飛ばされてきそうな勢いだ。なぜこの二人がこんなにも平松を毛嫌いにしているのか、それは平松には普段秘密にしているある特技があった。
連警内でもごく一部の人間しか知られていないその能力を、上層部の幹部連中が10ヶ月前に行われた捜査機密費横領事件の捜査に活用したのだ。それは同じ身内を捜査するという目的であったため極秘で行われた。
普通なら早くて数ヶ月、遅くても数年かかる内偵捜査だったが平松の特技のおかげで、たったの3週間程で捜査はほぼ終了してしまった。
結果は上層部の予想した通りだった。機密費の内訳で情報提供者に支払われる捜査協力費は架空経費として計上され、すべて所轄の管理職連中の懐えと入れられていた。
幸いマスコミや週刊誌の記者連中に感づかれる事はなかった、その為表向きには所轄の人員整理、組織編成、捜査の効率化の名目で横領に関わった者達の粛清が始まった。
何も知らないマスコミ各社はこぞって『警察組織の大改革』『治安維持に新たな風を』と華々しい見出しを載せていたが、実際はノンキャリアの大規模リストラだった。
だが、事件はそこで終わりではなかった。運悪く内偵捜査官リストを入れたパソコンがファイル共有ソフトを通じで外部に流出してしまったのだ。
その結果、ノンキャリア警察官すべての憎悪の対象のなった平松は、全ての捜査から外され飼い殺しの日々を送らされていた。
「ここにはお前にくれてやるような情報はねぇよ。とっとと帰りなよ、この監査のイヌが!!」
「やれやれ、どうしてもダメかな?」
「くどいぞ、二度は言はねぇーぞ。早く家に帰って奥さんでも相手してやんなよ、ひょっとして喜ぶんじゃねぇか」
「そうかい・・・それなら―」
平松はポケットから10センチ程の銀のてい針を取り出し、素早く運転席にいる東巡査部長の首に押し当てた。
一瞬ビクリと震えると、東は目を向けたまま硬直した。
「おい、何やってんだ! おい!」
その様子に助手席に座っている平野巡査長が、東の体に手をかけようとした時、平松が差し出した八角形の手鏡に自分の顔が写ると、そのまま意識を失った。
「さあ、形代よ。この者の口を借り主の問いに答えよ」
「・・・・・・はい」
東は口元だけを動かしているが、目は虚ろのままで能面のような表情のままだった。
「では答えよ、ここで何があったんだ?」
「はい、西野という中学生が運転する車がカーブを曲がりきれずにセンターラインを外れ、そのまま林の奥へと突っ込んでいった」
「その西野という中学生から話を聞いたんだろ、なんて言ってた?」
「はい、西野はヤクでもやっている様子で、オレ達が現着した時にはすでに半狂乱状態だった。支離滅裂は事を言って完全にイッちまった感じだった。話が聞ける状態じゃなかった」
「なんと言っていたんだ?」
「はい、『目が』『化物が』とだけ言ってた。他は何も言ってなかった。だからこれはここで終了だ」
恐らく、この二人は西野をヤク中で起こした事故として処理したいらしい。だが平松にはどうしたも気になる事があった。
「わかった。あと他に聞き込みをして何か変わった事はなかったか?」
「変わっこと?」
「そうだ。何か捜査とはまったく関係ない事でも、常識的にみておかしな話を聞いてないか?」
「上の施設の数人から『巨大な大蛇を見た』といった証言があった」
「大蛇だと!?、本当かそれは?」
東は黙った頷いた。
「まさか・・・」
首に当てていた針を外すと、東は頭を垂らして気を失った。てい針をポケットに戻すと、代わりに一枚の札を取り出し念を込めた。そると札が突然青い炎を出して燃え出した。
「マズイな」
平松は急いで車に戻り乗り込むと、携帯を出し数字以外の記号をいくつか入れて番号を打ち込んだ。番号をデータに残さないための特殊な操作で、その後に覚えた8桁の番号を入力する仕組みだ。
面倒臭ささを感じながらも、数回コールのあと回線が繋がった。
『はい、こちら法局第1課』
「連警の平松だ。至急法印局長に繋げてくれ」
『はっ!? 何を寝ぼけた事を言ってる』
「寝ぼけちゃいねぇよ。大至急っいや、緊急事態なんだ早く繋げてくれ」
『おい、自分の立場をわきまえろよ平松。お前が局長と話せるわけないだろうが、用件を言え伝えとく』
「それじゃ時間がないだろう、急ぐんだ!!」
『だから用件を言え、早く!』
「だから-」
『だから用件を言え!!』
苛立たしさを感じながらも電話の相手に折れる気配はなく、これ以上押し問答を続けても時間の無駄と判断した。
「太上秘法鎮宅の霊符が青く燃えた」
『・・・・・・しばし待て』
保留中平松はどう説明しようか考えていた。おそらく次に電話に出る相手は平松のよく知ってる人物だろう。そいつにどう説明するのかでわなく、どのように話していいか分からなった。
考えがまとまらないうちに保留が解除されると、低い嗄れた声が耳に入ってきた。
『局長の藤原だ。どうしたんだ平松』
「太上秘法鎮宅の霊符が青く燃えたんだよ・・・誰かが鬼門を開いたんだよ、兄さん」
平松は戸惑いながらもこれまでの経緯を説明しだした。
こんばんは、朏 天仁です。
第17話を読んでくれました読者の皆様、ありがとうございます!
今回は登場した平松警部補は、何やら五行法印局の息がかかった自分だと思います。このキャラが今後どうなるのか、それは・・・まだ言えません。って、おいおい:(;゛゜'ω゜'):
最後にここまで読んでくれました貴方様に感謝を送られせ下さい。本当にありがとうございますm(__)m




