聖痕消失
日本連邦の空の玄関口である成田国際空港は、一日に約2万人の外国人が入国する。しかし入国にトラブルが起きない事はありえない。
成田空港内にある入国審査別室に、ロメロ神父とシスターの2人が座っている。四方を白一色に装飾された部屋の広さは、10人程が会議をできる広さがある。中央のテーブルに腕を乗せて、2人は瞑想をしているように目を閉じて微動だにしない。
「やーどうもお待たせしてすみません」
突然ノックもなしに太った男が入ってきた。
40代後半で見た目にもメタボリック症候群だとわかる程に出た腹をゆらゆら揺らしながら入ってくると、悪びれる素振りも見せずに椅子に腰掛けた。
持っていたファイルを机上に開くと、指で文字をなぞりながら話始めた。
「えーと、一応外務省から本国の方に確認を取っているみたのですが、どうもヨーロッパ圏の通信回線に不具合が生じてしまったようです。パスポートの確認にもうしばらく掛かってしまうようですね。お二人共向こうの教会に所属しているようですね。この・・・『東方マリア教会』でしたっけ、申し訳ないのですがもう一度入国目的を確認させてください」
『東方マリア教会』はロメロ神父達が海外で布教活動をするときに使用するダミー教会である。『第二次極東戦争』終結後、国際紛争調停特別調査団(AlternativeDisputeResolution)によって『東方シオネス十字協会』の非道行為は一部の国際社会から強く非難された。多国のマスコミからも報道され、今後の教会運営に支障が発生する恐れから海外活動の場合は『東方マリア教会』の名を用いて活動を行っている。
「布教活動です」
ロメロ神父がしっかりとした発音で話す。
「日本語がお上手ですね、以前何度か日本に来られているのですか?」
「いいえ」
「にしてもお上手だ。覚えるのが大変だったでしょう、私なんて未だに日本語と英語以外全然ダメですから。特に北欧なんかはお手上げですよ。ハッハッハッ」
その場の空気を少しでも和ませようと笑ってみせても、2人の表情に変化は見られなかった。逆に男の臭い口臭を飛ばされ、隣に座っているシスターが手で鼻を覆った。
しばし間をおいてから、ニヤリとしたロメロ神父が口元から白い歯を覗かる。
「以前、日本人の知り合いがいまして。彼らから日本語を教えてもらいました」
神父の口元は笑っているがあきらかに目は笑っていない、むしろ見下したように目の前にいる男を眺めいる。
当然だろう、6時間異常も部屋に拘束され連絡もとれないでいる。罵声を上げたい衝動に駆られたがあえて我慢している。
「それで、いつになったら私たちは入国できるのですか? もう6時間も待たされています。大使館にも連絡を入れてもらえないなんて、どういうことですか?」
「ええ、ですから、その・・・通信に不具合があるので、回線が回復したらすぐにでも」
男が額に吹き出た汗をハンカチで拭きながら、のらりくらりと言葉をつなげるて説明を始めると、神父が両手の人差し指を自分の口元に当てた。
「あなたの誠意はわかっていますから、大丈夫ですよ・・・・・・ただ、ちょっと見てもらいたい物がありまして」
そう言うと神父が男の前に一枚の紙を広げた。紙には幾何学な記号や模様が描かれていて、それを見ている男は首を傾げながら神父に訊ねた瞬間、男の動きが停まった。
男の表情が固まり、口がダランと下がると虚ろな目のまま一点を向いている。動かなくなった男に対し今度は神父が話し始める。
「本当に本国と連絡が取れないのか?」
「いいえ」
男が何の感情もなくゆっくりと答え始める、まるで何かの催眠術にでも掛かったかのようにロメロ神父の質問に淡々と答え始めた。
「何故私たちをここに留めた?」
「頼まれたから」
「誰に?」
「国土交通省の先輩に」
「理由は?」
「聞くなと言われた」
「正直に言いなさい」
「本当に知らない」
「では、迎えの大使館職員はどこにいる?」
「隣の別室に待たせてます」
「公用車は?」
「地下のVIP専用の駐車場があり、そこに今駐車しています」
「よろしい。・・・・では、たった今本国と連絡は取れた。お前は入国審査官に私達の手続きを完了しろ。誰になんと言われてもだ」
「はい、わかりました」
「他に問題は?」
「はい。ありません」
「なら入国を許可してもらおう」
「はい」
「今すぐにだ!」
「はい、今すぐに」
「それが済んだら隣の別室に待たせている職員を呼んできたまえ。ああそうだ。それともう一つ、お前は罪を犯した」
「・・・罪を?」
「そうだ、お前はシオネス教の正典にある八つの枢要罪の一つ『暴食』の大罪を犯している。お前は今後質素な生活に悔い改め、得られた賃金はその生活だけに使え。そして残りの財産は全て我ら『東方マリア教会』に預けるのだ」
「えっ・・・あっあっ・・・」
「何を躊躇している、これはお前の大罪に対する免責のお布施だ。それで神がお前の罪をお赦しになるのだ、欲を捨てよ!」
「わか・・・り・・・ました」
「でわ、さっそく動いてもらおう。早く行け!」
そう言うと男はゆっくりと立ち上がるり、そのまま部屋を出て行ってしまった。
ドアがゆっくり閉まると、フードを被ったシスターがロメロ神父に話し始めた。
「神父、さっき日本語で彼になんと話しましたか?」
「入国審査に時間が掛かっているようなので、わたしは親切丁寧にお願いしたのです。神父らしく」
「しかし、あの日本人は途中なにか困ってませんでしたか? 『マリア』と単語がでましたが、ひょっとしてお布施の強要などは―」
「滅相もございません。わたしは神に使えているのです。神の信徒として辺境の地で布教活動をするのは当然のことです。あの男は欲に執着しておりましたので、わたしが神父らしく諭してさしあげたのですよ。神の使途として」
ロメロ神父は人差し指を立てながら、ニンマリとした微笑をシスターに向けた。
「・・・それならいいのです。貴方がどこで神の教えを広めようとわたくし達には関係の無いことですから、ただ貴方達を保護している王室にまで変な悪評が広まるようなら・・・わかっておりますね」
「僭越にすぎるかとぞんじますが、承知いたしております。貴女様の所に迷惑をかける気は毛頭ありません。王室の代表として気が張ってしまうのはわかりますが、だからこそ平常心をお保ちください」
「それなら良いのです・・・わたくしはただ、早くあの子を見つけたのです。ただそれだけですから」
シスターは前を向き、その歯がゆい感情をローブを握り締める事で抑えている。
「ご安心下さいませ、空港を出れば1日で万事上手くいきます。その為の聖痕さのですから、明後日の今頃には貴方様はとなりには『ルクージュの奇跡』と一緒に寄り添っておりましょう」
ロメロ神父の言葉に、シスターは無言のまま頷いた。
数分後。先ほどの出て行った男が出て行ったドアから入ってきのは、丸刈りで背が高く、スーツを着てはいるが鍛え上げただろう広い胸板と太い腕で、生地がパンパンに張っている。目で見てわかる程の筋肉質な体格は、先ほどの男とはまったく正反対な体格だ。
「お待たせしました。本国より今回の任務を仰せつかった駐留武官のポーンです。こちらがお2人の入国許可書とパスポートになります」
男が机上にパスポートを置いた。神父とシスターはそれを黙って受け取ると、静かに立ち上がった。
「ポーン? 『Pawn』か、文字どうりの駒と言うわけだな。でわ、我々を先にキングの元へ案内しておくれ」
「こちらです」
ポーンは扉を開け廊下へと誘導する。ロメロ神父とシスターはそのまま部屋をあとにした。
白く長い廊下を歩続けると、手前に指紋認証式ロックが付いた扉が現れた。ポーンが指紋確認のタッチポイントに指を置いて扉が開くと、薄暗い間接照明に照らされた成田空港の中央ロビーに出た。
ロビーにあるデジタル時計がAM2:11を刻んでいる。フロアー内は登乗窓口には誰一人としておらず、奥の待合室にある長椅子に横になって寝ている人が数人いるくらいだ。
「あちらになります」
ポーンの手が外の中央ロータリーへ示すと、外交官ナンバーと前後の角2箇所にルーマニア国旗を掲げた黒のベンツが光沢を放ちながら停まっている。
ロメロ神父が車に近づくと、ゆっくり後部座席のドアが自動に開いた。2人が乗車するとドアが閉まり発進する。
居心地のいいイスに深々と座りながら、ロメロ神父は身体を伸ばして見せる。皮手袋をしたまま手を組むと長旅で疲れたのか目を閉じたまま瞑想に入った。
この時、ロメロ神父が手袋を外していたら自身の異常事態に早く気がついたかもしれなかった。ロメロ神父の手から聖痕が消失している事に。
しかし、その事に気づく事なく車は走り続けた。
播磨局長にその連絡が届いたのは、ロメロ神父達が乗った公用車が空港を出発した直後だった。
破れた日本国旗を背にして連絡を受けた播磨局長は、連絡員にそのまま監視を続けるよう命令を下すと受話器を戻した。
「予定通りレッドクロスが入国した。もうすぐ奴らは知ることになるだろう、今の日本がどうなっているのかをたっぷり思い知らせてやる・・・だがL-211の強奪はこちらの側にとって予定外だったぞ。それは貴様が描いた青写真の一部なのか?」
部屋には播磨局長一人しかにない。独り言のように話し始めると、部屋の奥から声が発せられた。
「どのような作戦においても想定外の自体は起こりえる。だが、今の所そのリスクは軽微ですんでいる。計画に支障はない。予定通り列島方陣の一つ『森羅明神経位』が発動された。播磨よ、これで世界は知る事になる。日本は唯一神秘術に防衛力を持った強国であることをな」
「2度の敗戦、2度の植民地化。ワシらの国を土足で踏み荒らし・・・あの悔しさは今でも忘れん! 今までとは違う、日本は過去から学び力をつけてきた。もう日本は大国を恐れたりはしない、恐るのは奴らのほうだ」
播磨局長の瞳に怒りが宿り、大きく息を吸い込む。怒りが全身に周りワナワナと震えだすのを抑えるためだ。
「その歳で決起盛んとは羨ましいぞ、播磨。だが戦争の前に日本が本当の独立を果たすのが先だというのを忘れるなよ。若いお前の部下が勢い余ってつい・・・などないようにな」
「わかっている。その辺りは心配ない。むしろ問題があるとすればあの『陰陽師』だ。早速ワシの部下を可愛がってくれたそうじゃないか、緊箍児がないのはいささか問題があるぞ」
「ちゃんと躾てあるが心配いらん、もう手は出させんよ。所詮は姉の傀儡よ、大目に見ておけ」
「餓鬼は餓鬼らしくか」
「他になければこれで失礼する。連絡はまた同じ時刻に」
声が消えると、播磨は机上の置いた写真立てに目を向けた。まだ幼さが残る青年が陸自の91式制服を着て敬礼している。その隣には少しはにかんだ笑を作ってみせる播磨局長が写っている。
写真立てを手にとって近づけると、震える指でゆっくり写真を撫でる。写真の日付は2021年5月1日を記している。日本の水戦争が始まる前日だった。
こんにちは、朏 天仁です。今回は久しぶりにロメロ神父達が登場です。何やら亮の知らない所で話が進んできてますね。渡して彼らの目的と、陰謀渦巻く播磨達の計画、今後の展開が気になります。
次回の投稿は2月下旬頃を予定してまいます。今月から他が忙しくなるってきましたが、なんとか投稿を続けていきたいと思います。
ここまで読んでくれました、読者の皆さんには本当に感謝します。でわm(__)m




